第15話 紙一重のほにゃらら
黒玄家のふぬけゲスストーカー三兄弟は、世間的にはいずれも世界トップクラスの成功者。
長男闇王は母・白絹譲りの経営手腕を発揮し、黒玄帝国総帥たるにふさわしいカリスマ性を備え、心技体すべてに秀でている。
二男宵司は父・夜壱氏に並び称される最強のS級冒険者。身体能力抜群、魔法使いとしても凄腕。
三男憲法は祖父・新月氏以来の革新的な魔法陣や魔道具を次々に発明して、十代のころから黒玄グループの発展に貢献してきた。頭脳派だが、実は冒険者としてもS級。
けれど、白絹お祖母様の気苦労は絶えないらしい。
「奥手すぎるのも純愛すぎるのも困るけど、執着しなさすぎるのも本当に困るのよ。真珠ちゃんの生まれた時の成長度合いと誕生日から逆算して、該当する二カ月間で最低でも三百人って、あの子、もう三十九歳なのにどこかおかしいんじゃないかしら……いえ、おかしいのは生まれつきだったけど……」
黒玄宵司は世界中の数多くのダンジョンを探索して征服してきた。
しかし、ダンジョンの数だけ恋があるところではなく、倒したモンスターの数ほど女がいる精剛、漢の中の漢! 女性目線だとドクズ!
「ああ、子供の前でこんな話は駄目ね。真珠ちゃん、抱っこさせてちょうだい」
いやしを求めて手を伸ばす白絹お祖母様。
空気の読める赤ん坊は闇王伯父様をアッシーに、キャッキャ喜んでお祖母様のもとへまいります。
「まぁま、ちゅき!」
「ええ、おばあちゃんも真珠ちゃんが大好きよ。本当にいい匂いで可愛いこと。お願いだから、宵司に似ないように育ってね。でも、この魔力の強さは父親譲り……いいえ、大丈夫。息子たちは手に負えなくて育児放棄したけど、真珠ちゃんはわたくしと小春で常識的に育てて見せるわ」
小春はばあやの名前。でも、大丈夫! 真珠ちゃんは常識的すぎる前世の記憶があるから、めっちゃフツーのおとなしい子に育つよ。
だけど、白絹お祖母様、手に負えなくて育児放棄って、三人の息子たち、多種多様な才能がある分、苦労したんだね。まあ、単純に体力だけでも手に負えないか……。
「お祖母様、大丈夫です。真珠は僕のお嫁さんになりますから、夫婦で仲良く生きていきます」
きりりと宣言する月白お兄様。いまいち決まってないのは、竜胆叔父様にハグハグされてるからだね。月白お兄様は竜胆叔父様と魔力の相性がいいらしくて、竜胆叔父様のヒーリング精神安定剤みたい。
白絹お祖母様はわたしをめっちゃくんくんナデナデしながら、孫息子に切実に願う。
「月白、おまえが父親に似ていないといいのだけれど……だから、お願い。友達はたくさん作ってね。好きなものはたくさんあればあるほどいいの。ひとつの何かに秀でる必要はないわ。全部中途半端でいいし、立派な人間にならなくていいから、とにかく、なにかひとつが駄目になっても、気晴らしできるものをたくさんたくさん作って」
執着ストーカー気質のだれかさんに似たら困るもんね。別に立派な人間にならなくても、この家にはお金も権力も使いきれないくらいある!
なので、祖母が孫に期待するのは、ザ常識!!
「大丈夫ですよ、白絹様。月白には半分うちの血が入ってるし、僕と違って耳もいいみたいだから、音楽鑑賞でも心豊かに暮らせるんじゃないかな」
「そうね。竜胆さん、あなたが付いていてくれれば心強いわ。ただ、あなたにもしものことがあった時が不安なの。憲法のことも頼りきりだし……」
あの日、わたしをあの病院の跡地に連れて行った憲法は、この一年、必死で露茄お母様をこの世に蘇らせる研究をしていたらしい。
暗くてよくわからなかったけど、あの場所は病院の、跡地。
海底ダンジョンの崩壊による超大型スタンピードで、あの日、地上に大量のモンスターが押し寄せてきた。
規模としても世界でこれまで観測された最大級のモンスター氾濫。なにより、ラスボスモンスターが最悪最強。ラスボスに至るまでのモンスターの強さも破滅的だった。
おそらく、その場に黒玄宵司と憲法の二人が居合わせなければ、東海地方一帯が全滅し、その後、たとえるなら前世の南海トラフ地震による大津波レベルの壊滅的な被害が出ていたらしい。
けれど、偶然……そう、たまたま、世界最強の冒険者と世界最高の魔法使いが魔物の前に立ちはだかった。
核ミサイル並みの攻撃力と鉄壁の防御。憲法の魔法陣によるサポートがあれば、宵司は守りを無視して、敵に正面から突っ込んでいける。その攻撃の威力をさらに強め、範囲拡大するのも憲法が秒単位で次々に繰り出す魔法陣。速さも強さもコンビネーションも最高の組み合わせだった。
とはいえ、二人とも人間である。
どんなに最強の肉体や魔力を持っていても、外部からのエネルギー補給がなければ、単なる消耗戦。なのに、いざという時の回復ポーションの類はすべて、露茄お母様のもとに置いてきていた。
戦う理由、守るべきもの、優先すべきすべては露茄お母様。
なのに、補給なしの消耗戦で死線を超えてつかみとった辛勝の果てに、彼女の命はなかった。
鎖骨肋骨をはじめとして、全身の数十か所を骨折し、一部内臓破裂で自力歩行さえ困難な状態に陥っていた憲法だったが、対面した妻の遺体の冷たさに一瞬で怒りと悲しみを爆発させた。
海底ダンジョンの崩壊による最初の大地震でそれなりの被害は出ていたものの、その後、憲法が設置した魔法陣のおかげでその病院は街のどの場所より建物の損傷が少なかった。しかし、モンスターではなく、モンスタークラスの魔法使いの慟哭が建物を瓦解させた。
慌てて弟を気絶させる宵司。この時の宵司は片目と片腕をなくしていたため、やや反応が遅れたのは仕方のないことだったらしい。
ちなみに、普通の人間ならとっくに痛みで意識を失っているほどの重症だった二人を全快させたのは、もちろん竜胆叔父様である。すでに姉のところに到着していたが手遅れだった。その代わり、魔力に余裕はあった。
憲法の今後が不安になった竜胆叔父様は、白絹お祖母様と闇王伯父様と話し合って、憲法が目覚める前に露茄お母様の遺体を火葬した。
ゆえに目覚めた憲法が次に出会ったのは、愛妻の遺骨。
それがいいことだったのか、悪いことだったのかは誰にもわからない。
話に聞く憲法の執着ぶりだと遺体を永久保存して、魂を復活させる方法を考えそうな気がする。
実際、憲法はまず遺骨や保存データをベースにした魔法陣によって、愛妻の肉体の復元を試みたらしい。
けれど、実験で成功したのは単純な器の復元のみ。肉体、それ自体をそっくりそのまま作ったところで、クローン再生技術と同じ。同じなのは見た目だけ。魂が、精神が『彼女』ではない。
とはいえ、もうかなり成功してるよねマッドサイエンティスト……って気がするけど、この恐るべき肉体再生魔法陣は、これはこれで再生医療分野を一気に進歩させたらしい。
だから、この一年、やってることがどんなに倫理に反していても、人類の医学の発展に大いに貢献してくれる憲法の研究をだれも止められなかった。
憲法が臓器や眼球、脚、腕、ありとあらゆる肉体再生の魔法陣を開発してくれれば、数少ない魔医療師の負担が減る。というより、魔医療師の数が少なすぎて、一般の人々のもとには奇蹟の魔法治療は届かない。
しかし、魔法陣と魔道具によって世界のエネルギー問題を解決した黒玄新月に認められた天才、黒玄憲法ならば、高度な医療をだれのもとへも届けられる可能性がある。
憲法にはその頭脳がある。能力も環境も申し分ない。ただ彼の原動力のすべてが、たった一人の女性に由来することが問題だった。
見た目が同じ肉体を作り上げて成長させ、これまで己がストーカー行為で収集してきた記録のすべてを学習させても、その人造人間は本物の彼女にはなりえない、代替物は偽物、という不変の真理に憲法がたどり着いて絶望した、ちょうどその時。
竜胆叔父様はわたしに出会ったことを憲法に知らせたらしい。
なので、例のセリフとなる。
『この子はもしかしたら特別な能力を持っているかもしれないなんて、竜胆が知らせてくれたからね。だったら、その才能をすべて露茄の復活に捧げてもらおう。おまえなんていらない。他に何もいらない。おまえで駄目なら、月白も還そう。僕は露茄のいる時間に戻れればいいんだ』
去年のクリスマス以降、憲法は再生医療の研究をとりやめ、時間を巻き戻す魔法陣開発を始めた。
二カ月足らずでそれがある程度、形になるのが憲法の狂気の才能である。
露茄お母様の血を引く赤ん坊の魔力を素材の一部として合成することで、憲法は世界の時間軸をその赤ん坊の母体が生存する時点まで戻そうとしたらしい。
ということは、である。
もし仮にあの病院の跡地で悪魔の儀式にささげられたのが、わたしではなく本物の真珠ちゃんだったら……いや、月白お兄様だったら、時間逆行魔法陣はうまく作動していたかもしれない。
というより、憲法の本命のいけにえは月白お兄様で、わたしのことは実験だった気もするし、もうどうでもよかったのかもしれない。
彼女を愛している。彼女と巡り会うために生まれてきた。彼女のためなら何でもできる。
度を過ぎる執着は迷惑だけれど、それでも露茄お母様がほだされてしまったほどには純粋な愛情。
好きって、ただもうそれだけ。
でも、だからこそ、彼女がいなければ生きる意味はない、と極論に走るわけで、世俗のどんな名誉や称賛も憲法の心には響かない。
あの日、東海地方を崩壊の危機から救った黒玄兄弟は日本のみならず、世界中から絶賛され、人類の救世主として英雄となった。国内外のあらゆる権力機関から勲章や感謝状が贈られたという。
宵司と憲法の代わりに式典に参加する旅に出たのは闇王伯父様。
兄として代理で栄誉を受け取りつつ、本来の目的である世界各国でのダンジョン・スタンピード対策や政治、経済、食料、資源なんたら国際会議に参加していたら、年末まで黒玄家どころか日本に帰国できなくなったらしい。
でも、憲法がなりたかったのは人類ではなく、彼女の救世主。
彼女が助からなかったのなら、英雄的行為はすべて失敗。その時点で、自分も砕け散ってしまいたかったから、彼女の遺体を前に建物を崩壊させた。
けれど、目が覚めたら彼女のいない世界で呼吸していて、その世界でまだ生きろとだれもが言う。
彼女のいない、もうたった一人になってしまったこの世界で……。
「さすがに一年前は喪失感で振り切れてて、兄さんの精神に介入する余地がなかったんだけど、今回は魔法陣の作動が失敗したばかりだったからね。ばあやさんの言葉も少しは頭の片隅に引っかかってたみたいだから、僕の付け入る隙があった」
生きる価値も意味も失い、完全に暗闇に堕ちた憲法。
竜胆叔父様がその憲法にやったことは、やさしく抱きしめ、あるがままを全面的に受け入れて寄り添うこと。
『僕にとってあなたは生まれた時から当然のように傍にいる家族の一人だよ、憲法兄さん。姉をなくした僕からあなたはこの上、あなたという兄まで奪うの? 姉さんがいないと何もできない? 無意味な人生? うん、だったら僕のために生きてくれればいい。あなたがこの先、働けなくても兄一人くらい僕が養ってあげるし、ああ、そうだ、僕の専属の電池屋さんになってくれる?』
蓄魔石電池装置に魔力を込めるだけの、魔力の強い人間ならだれでもできる職業、電池屋さん。
幼いころから祖父に非凡な才能を認められ、周囲の誰からも神童天才と絶賛され、それこそ一目惚れした露茄お母様からも「すごい!」と褒めてもらえるのは魔法陣魔道具開発に関することばかりだった憲法。
その憲法に冗談でも『専属の電池屋さん』なんて言う人間がいるわけもなく、さらに竜胆叔父様が生まれたのは憲法が六歳の時。
すでに露茄お母様のストーカーと化していた憲法の記憶には、その後の竜胆叔父様の成長がすべて克明に刻み込まれている。
日に日に人間らしく育つ赤ん坊。出会った頃の露茄お母様の大きさになるころには、男の子とは思えない愛らしさで誰もを魅了し、あまりに端正な美貌を理由に不特定多数の人間から誘拐されそうになって、憲法のストーカーグッズが役に立ったり……。
かといって、魔医療師の才能を示す前の竜胆叔父様は音楽の才能が欠如していることで縹家の落ちこぼれ扱い、縹家の跡取りなのに浄化能力がないと無能扱いされつつも、「竜胆だから仕方ない」とほほえみひとつで誰からも愛されていたり……。
天才魔医療師として名を馳せるようになってからも、嬉々として姉の着せ替え人形になって女装して、姉より綺麗な顔でニコニコしながら「おかえりなさい」と憲法を出迎えてくれていた心優しい(?)義弟。
その竜胆叔父様が望むのなら……と、憲法は生きていくことを承諾したらしい。
そして、とどめは、
『僕、しばらく真珠ちゃんの魔力枯渇、治療しなきゃいけないんだよね。魔力のことなんだから、こういうのこそ魔法陣でちゃちゃっと治療できればいいのに、残念。だから、真珠ちゃんが元気になるまで、兄さんはいい子でお休みしててね』
真珠ちゃんがそうなった原因なのに、憲法を責めることなく、頭なでなでしていい子いい子してあげる竜胆叔父様!
これって、『愛されてる、自分は無条件で受け入れられている』って実感させてるよね、夫にナチュラルに宝石ねだってた露茄お母様よりも。
だけど、なにげに魔法陣って口にしてるから、憲法はそれから寝る間を惜しんで、魔力枯渇の治療のための魔法陣・魔道具開発にいそしんでいるらしい。
真珠ちゃん赤ちゃんだからムツカしい話よくわかんないけど、なんかそれって、洗脳っていうより色仕掛けっていうんじゃ……いや、一応魔力も使ったらしいけど。
憲法に直接働きかけるとバレるから、最初に自分の魔力を室内の空気中に溶け込ませておいて、呼吸するごとに『気持ちをはれやかにして素直で従順ないい子にするおまじない』魔法をかけるって、竜胆叔父様ヤバヤバ!
しかも、たしか『クズの調教』とかさらっと言ってたよね。だから、全部仕組んでるよね? 家族としてあるがまま受け入れるなんて、全然本音じゃなくて、にっこり笑顔もなんだかなー! 超腹黒!
「本当に、あの時、憲法お坊ちゃまを無理にこども園に連れて行かなければよかったとつくづく思いますよ。巡り会う順番が少し違ったら、竜胆様が憲法お坊ちゃまを支配……調教……下僕化……いえ、コントロールしてくださったでしょうに」
ばあや本音ダダ洩れすぎ!
どんなにオブラートに包んでも、最終的に『コントロール』としか言えない隷属魔法! 相当ヤバめな宗教の教祖様と紙一重!
だけど、ふふっとほほえむ綺麗なお兄さんを見てると、もうどうでもいいかって気がしてくる。
はっ! もしかしなくても、わたしも洗脳されてる!? ダントラ警報! こんなところにも罠があったよ!!




