第13話 ふぬけとストーカー
黒玄グループ初代社長、黒玄新月氏は実のところ、大気中の魔素を集めて電気代わりのエネルギーに変換するシステムや魔法陣の特許の大部分を無償公開し、関連産業の発展に大きく寄与したらしい。
ダンジョン新世界における世界平和と人類の発展を願って、志の高い偉大なる先駆者!
二代目の黒玄夜壱氏はダンジョンが崩壊して魔物が地上に溢れるスタンピードを防ぐため、そもそもの原因であるダンジョンコアを破壊することに命を懸けたスペシャルな冒険者。
ダンジョンの探索は国や国家体制によって違い、軍や志願者が集まらない場所では立ち入り禁止にされたり、存在を気づかれていないダンジョンも数多くあったらしい。なにせ、活断層がダンジョンになったんだもんね。海底とかってどうしようもないよね。
で、黒玄家は有り余る富とコネで世界各国のお偉いさんたちと連携して、冒険者ギルドを国際組織に発展させた。
その過程で冒険者たちが集めたダンジョン素材を優先的に買い取り、珍しい素材で新たな魔道具を生み出す会社ができたから、さらに黒玄企業グループが大きくなったって。
すごいね! 初代が創って、二代目で傾いて、三代目が潰すって、同族経営の悪い例にならずに二代目がさらに巨大化国際化させてるよ。
地球規模での冒険者ギルド制度の確立と、政財界全方位での交渉と、日々増大していく国際企業経営はほぼほぼ白絹お祖母様がやってたらしいけど。
なので、白絹お祖母様は今現在、この世の誰よりも強力なコネネットワークが世界中にあって、白絹お祖母様が命じれば秘境の海底ダンジョンの最深部を探索しているどこぞの次男を一個大隊使って強制召喚することも可能だったとか……。
一個大隊ってたぶん五百人以上だよって、前世のおばさんの豆知識がどこかでつぶやいてる気がする。
偉大なる初代、人類最強の二代目と来て、ものすごいプレッシャーのかかる中、黒玄グループの三代目に就任した闇王伯父様はといえば、
「対外的には闇王様って、巨大なグローバルビジネスを展開する黒玄帝国を継承するのに相応しい頭脳体力、決断力と実行力、加えてカリスマ性まで兼ね備えた申し分のない三代目帝王だったんだけどね」
竜胆叔父様からすれば、
「プライベートは単なる『ふぬけ』。ったく、年齢差とか婚約者がいるとか、くだらない言い訳ばっかしてないで、さっさと姉さんさらって駆け落ちすればよかったのに、相性最悪の女と政略結婚繰り返して、馬鹿馬鹿しい」
ふふんと鼻先で笑っちゃえる存在らしい……。
闇王伯父様、パンダ型スライムクアアを抱えたわたしをお膝抱っこしてくれてるんだけど、お尻の下の太ももに微妙に緊張が走ったよ。
だけど、ばあや情報だと闇王伯父様と末弟憲法(※もう呼び捨て)の年齢差は十四歳。憲法と露茄お母様は同い年。
それって、闇王伯父様が三十歳の時に露茄お母様は十六歳だから、ふつうに犯罪だよね。というか、闇王伯父様は露茄お母様が好きだったってこと?
斜め前のソファーに座ったばあやからさすがにフォローが入った。
「いえ、さすがにそのことで闇王様を責めるのは酷でしょう。憲法お坊ちゃまはこども園に入園したその日に隣に座っていた露茄様に一目惚れして、園長先生の挨拶が始まる前に『かわいいひと、どうか、ぼくのおよめさんになってくだちゃい!』とプロポーズしましたからね。それこそ、竜胆様が生まれる前の話ですよ」
露茄お母様と憲法の出会いは、なんとこども園時代の三歳!
竜胆叔父様は露茄お母様と六歳差だから、まだ影も形もなく生まれていなかった頃らしい。
「入園前は幼児ばかりの学校なんか行くものかと渋ってぐずっていらしたのに、露茄様に会うために毎日、それこそ夏休みも通おうとするのには参りました。ええもう、むしろ露茄様に会えない祝祭日や長期休暇が恐怖でしたね」
遠い目をするばあや。
純愛というにはすさまじすぎる三歳児の執着ぶりには、実母である白絹お祖母様も困惑したらしい。
「本当にね。それまで魔法陣にしか興味がなくて、文字や数字より魔法陣の書き方を先に覚えて、二歳であの新月お義父様に才能を認められて、孫の中でも一番可愛がられていた憲法が、まさかあれほど一途に誰かに恋するなんて……上の二人は小学生になっても中学生になっても高校生になっても大学生になっても、性欲はともかく、ロマンティックな恋愛にはまったく興味を示さなかったのに……」
場所は真珠ちゃんが普段暮らしている離れの応接間。
闇王伯父様、竜胆叔父様、月白お兄様の三人に真珠ちゃん紅一点だった朝のティータイム。そこに、用事を済ませた白絹お祖母様とばあやが加わって、男女三対三になりました。
わりと深刻な内緒話なので、護衛の人とかメイドさんは部屋の外。実は例のDNA鑑定の結果待ちタイム。
ほら、お金持ちっていうか、危険と隣り合わせの冒険者だから、どこぞの次男もいざという時のために自己血液を保存してたみたいで、昨日、親子鑑定の手配はすぐにできたんだって。
でも、真珠ちゃんの本当の両親とかの前に、赤ちゃんなわたしよりも、主に月白お兄様に説明しておかなきゃいけない事件があったわけで……いやぁ、スライムクアアですっかり忘れてたけど、そういえばそういう人いたよね、クズ憲法!
黒玄グループの歴史とか主幹事業とか聞いてて実感したけど、『黒玄真珠』は単なるお嬢様じゃなくて、巨大帝国のお姫様。要警戒レベルは竜胆叔父様以上。たぶん今、この世界で一番誘拐価値のある赤ん坊!
だって、身代金なんて幾らでも要求できるし、幼い姪っ子を使えば竜胆叔父様を動かすこともできる。
さらに黒玄真珠本体の、その血筋にも価値がある。優秀な人間の多い黒玄家の血を取り入れたい人々にとっては超狙い目! 身代金より、真珠ちゃんを育てて子供を産ませたいって輩も出てくる。
なので、誘拐対策はもちろん万全。
黒玄家の敷地には新月氏が丹精込めて作った厳重な守りの結界が施されていて、上空からも地下からもどこからも魔物や悪意を持った人間が入れないようになっていた。
だけど、内部の人間、それも本来この家の所有者の一人である黒玄憲法を結界がはじくわけがない。
しかも憲法は新月氏が亡くなった後、祖父の研究を受けついで、最先端の魔法陣開発を手がけていた。だから、憲法にとって黒玄家の結界を機能させなくすることはとても簡単。
ただし真珠ちゃんの身の周りにも、もしもの時の対策は取られていた。
ばあやがくれたパンダぬいぐるみには位置情報発信機と集音装置って名の盗聴マイク。竜胆叔父様がくれた着ぐるみ服にもボタンとか飾りとか折り返し部分に位置情報発信機と温度センサー。白絹お祖母様からの靴だって、集音と位置情報発信機能付きだったんだって。
でも、寝ている真珠ちゃんを憲法が詰め込んだスーツケースには、ありとあらゆる情報発信を妨害する魔法陣が書かれていたらしい。
目覚めた真珠ちゃんが泣かないように眠りの魔法陣もプラスしてたとか、ほんっとクズだよね。
呼吸できるように酸素供給と温度調節の魔法陣が書かれてたのはたぶん助かったんだけど、憲法って黒玄家の屋敷の警備システムも作動しないようにしたんだって。
なので、黒玄家の人々は真珠ちゃんの位置情報『消失』にすぐには気づけなかった。
だけど、竜胆叔父様が持ってる受信装置は機能していたから、最初に異常事態に気づいたのは中国出張中だった竜胆叔父様。
竜胆叔父様はすぐさまばあやや闇王伯父様に知らせて、大至急日本に帰国。自分の体調不良ってことで、お仕事強制終了。あ、この損害賠償請求はもちろんクズ憲法に回されるらしい。
連絡を受けた黒玄家の人々も即刻、動いた。
憲法は己の能力を無駄遣いして、移動車両にも情報発信阻害魔法陣を仕込んでいる。だけど、黒玄家の最先端魔法技術を駆使すれば、その情報発信が阻害されている空白部分を突き止められたらしい。ただし憲法が偽装工作してたから、ちょっと時間がかかったみたい。
なので、現場に一番最初に到着したのはばあや。プラス運転手兼護衛のすすきさん。
ばあやのわたしへの愛の力っていうより、憲法お坊ちゃまを育てた『育ての母の直感』が物を言ったみたい。ばあやって、それこそ憲法お坊ちゃまが白絹お祖母様のおなかに宿った時から面倒みてきてるからね。
憲法お坊ちゃまの行動理論の大本になってるのはひたすら『露茄』。
出会った三歳の時からの異常なまでの執着。彼女の女友達にさえ嫉妬し、幼い弟を抱っこすることさえ気に入らない。あげく行動制限。休み時間も放課後も休日も自分と過ごすことを強要し、進学先まで口を出す。
「あの子が黒玄家の人間でなければ、とっくに警察沙汰か、精神科に強制入院させることになっていたでしょうし、あの才能がなければわたくしももう少し口を挟めたのだけれど……」
母親もお手上げの三男憲法は、なんと黒玄家の初代黒玄新月氏に全面的にバックアップされていたらしい。
実際問題、愛しい『露茄』ともっと喋りたいから、もっと一緒にいたいから、もっと彼女の姿を見ていたいから、永遠に彼女の映像を保存しておきたいから、という幼いころからの憲法の執着がこの世界のスマホ機器、通信技術を飛躍的に向上させた。
前世の板状スマホはアメリカの会社が主導していた気がするけど、この世界だと黒玄グループが世界シェアトップ。
黒玄新月氏は憲法が十八歳の時に亡くなったものの、亡くなる直前まで、孫の憲法が執着愛ゆえに作り出すすべての録画録音、盗聴盗撮ストーカーグッズを容認し、憲法の望むままに人工衛星を打ち上げた。
いつどこでも常に彼女とつながっていたいという熱烈な愛情は、日本の宇宙工学分野をも発展させ、さらに近年では彼女の移動を楽にするための空飛ぶ車の実現、量産、低価格化にも多大な貢献を果たしたとか……。
狂気と紙一重の鬼才魔法使いである憲法。
一年と一カ月前のあの日まで、憲法が社会の容認するルール内で生きてこれたのは、ひとえに露茄お母様の忍耐あってのこと。
周囲の誰もが困惑するほどの憲法の執着ぶりだったのに、露茄お母様は口癖のように言っていたらしい。
『いいところもあるのよ、あの人』
ダメダメ、ストーカーとの共依存! ほだされちゃダメ! むしろ、悪い面がやばすぎる時にそういう言い方するよね!
モラハラDVストーカーが気まぐれに見せるいい面じゃなくて、悪い面だけを取り出して客観的に判断しましょう。同じ仕打ちを自分の友達、親兄弟、子供が受けた時に適切だと考えられるかどうか。
なんだけど、露茄お母様は残念そうに、こうも言っていたとか。
『どうせ闇王様はわたしをさらってくれないもの』
ええ、そりゃ、『ふぬけ』って、竜胆叔父様が言いたくなっちゃいますよね。
年の離れた弟がメロメロになってる女の子を紹介されて、幼稚園児と高校生とか、小学低学年児童と大学生とかでお互い、ビビッと来るものがあっても、まあ、お手上げですよね。光源氏はリアルじゃ犯罪。
そもそも黒玄家には劣るものの、露茄お母様はかなりのお嬢様。経済力のある愛情深いご両親がいて、本人にも稀有な才能があった。光源氏みたいに引き取って育てる必要はぜんぜんなし!
だから、露茄お母様が憲法に出会うことなく、たとえば十八歳くらいで三十二歳の闇王様に出会っていれば、その時、闇王様が結婚していたとしても話し合いでなんとかなったかもしれない。
だけど、現実には二人の間に憲法という名の、常識の通じないストーカーが存在していて、最初から結ばれることのない運命だった。
とはいえ、
「まあ、姉さんもあんなのにほだされずに、もう少し僕が力をつけるのを待っててくれれば……五年くらい前なら洗脳できたんだけどね」
竜胆叔父様は天才。それも憲法とは別の意味で不可能を可能にできる。
憲法は様々な要素を組み込んだ魔法陣を作動させて、精密電子機器を動かすように広範囲の複雑な魔法を使える。
魔法陣の簡素化一般化も得意。偉大な発明家だった祖父・黒玄新月氏の才能をそのまま受けついだ職人気質の天才魔法使い。
それに対して、竜胆叔父様は本人の存在が奇蹟。
自分のイメージと感覚だけで直感的に魔法を使う。だから、狭い範囲の限られた対象にしか働きかけられないけど、その分、ほかのだれにもできないことができる。
それが、秘儀、ザ『洗脳』。
「我が子と赤ん坊を犠牲にしてもって、ああいう迷惑系には自爆洗脳したかったんだけど、まあ、僕に迷惑かけた分のツケを払わせてからでも遅くないからね。当面は僕に役立つ魔法陣開発で忙しいけど、真珠ちゃん、他になにか希望あるかな? テイマーに役立つような魔法陣作ってもらう?」
我が子をいけにえに愛しい妻の復活を願ったストーカーを、竜胆叔父様は洗脳して自分の役に立つように変化させたらしい……。