第12話 究極の魔力三択
転生してから一年ちょっと、これまでわかったことは魔力に味があるってこと!
「あぅあ、んまんま!」
ガジガジうまうま、こちら主食なおいしさだね。味もいいけどおなかも満ち足りて大満足。
「この娘に似た顔に見覚えはないが……まあ、おまえが誰の子でも関係ない。おまえは私の娘だ、真珠。私がおまえをすべてから守ろう」
わたしに指をかじらせながら、魔力を食べさせてくれる闇王伯父様。
片手の手のひらに一歳児を座らせて、もう片方の手の指をかじらせてもこの安定感、さすがパパ最有力候補! 太っ腹!
「うーん、じゃあ、父親の座は譲るから、僕は若紫を育てる光源氏って立場でいいかな」
対面のソファで優雅に紅茶を飲んでいるのは竜胆叔父様。でも隣に座った月白お兄様を片腕でがっちりホールドして撫でまくってるけどね!
竜胆叔父様の魔力はスイーツ別腹系。おなかいっぱいでも甘くてうまうま!
でも、光源氏って紫の上を自分好みに育てて愛人にしたけど、正妻にはしなかった小説の登場人物だよね。それどころか別の愛人の子供を紫の上に育てさせたような……あれ? それってむしろ好条件?
親族が集う年中行事とか、祖先の墓守とか、跡取り産まなきゃ!みたいな重責は全部、正妻にお任せ。気まぐれに弄ばれるだけの愛人だから、可哀そうって家賃払ってもらえれば、九時五時・残業休日出勤なしの基本給だけの適当な仕事でも余裕で暮らしていけるから、ラッキー!
「え? 光源氏って……あ、そっか。血の繋がりがなかったら、竜胆叔父様でも真珠と結婚できるんだ。それって、真珠がお父様の子供じゃなくて、僕のいとこだったら、僕のお嫁さんにできる……?」
僕のはどう?って、さっき月白お兄様がちょっとかじらせてくれた魔力は、闇王伯父様みたく主食なおいしさなんだけど、薄味だった。
赤ちゃんには薄味の方がいいのかもしれないけど、物足りないっていうか、絶対量が少なそうだからほんの一口かじって、「あーと!」。
いやぁ、でも、月白お兄様のお嫁さんになるのは「ばいばい!」したい……。
昨日、一カ月ぶりにお目覚めしたものの、テイムしたスライムを「クアア」と名付けたことによって再び意識消失した真珠ちゃん。
あのあと竜胆叔父様は魔力回復ポーションをがぶ飲みしながら、わたしを回復させつつ、がっつり、ばあやに叱られたらしい。
そして、白絹お祖母様に緊急招集されたのは、闇王伯父様。
黒玄家の人間の中では、今のところわたしに一番魔力の型が近いのは闇王伯父様なんだって。
だけど、それでも、それこそ半分以上は魔力の型が違ってる。
魔力の型っていうのは血液型みたいなものだけど、もっと種類が複雑で入り組んでて、半分以上違う型の魔力を注がれるとアレルギー反応みたいなので具合が悪くなる。
それでも自分の魔力がたくさんあって、意識のある状態……クリスマスイブとか今の起きてる状態のわたしなら、闇王伯父様の魔力のうちの同じ型の部分だけをチューチュー本能で選んでドレインできる。
だけど、意識がない状態だとオートソート不可能。しかも多い方から少ない方へ、一気に流れてオーバーフローで生命の危機!
そこで登場するのが、このダンジョン世界特有の職業、魔医療師。
魔医療師は魔力を使って怪我や病気を治療できるだけでなく、自分の体内で魔石の魔力や他人の魔力を循環させて、誰にでも合う魔力に変換できちゃうらしい。ABO式の血液型でいえば、AB型の血液をO型に変換できるようなものっぽい。すごいね。
でも、魔力の型ってヒト白血球型抗原みたいに組み合わせが何万通りもあるから、それを分析して適合させて適量ずつ流すのはすっごい集中力が必要で、普通の魔医療師は十分持たずにギブアップ。
だけど、竜胆叔父様は不可能を可能にする天才魔医療師。
この一カ月、わたしの様子を見ながら、自分の魔力と変換した闇王伯父様の魔力をわたしの身体にほぼ二十四時間無理のないように流してくれていたらしい。
おかげで今朝には元気に起きれたよ。眠れる麗人な竜胆叔父様とパンダスライムにはさまれて、うふふキャッキャ!
寝てる間に頬の内側の粘膜の採取も終わってたみたいだし、あとは結果待ち!
ちなみに魔力回復ポーションっていうのは体内魔力が一定量残っていないと、回復させる量が少なすぎて効果が出ない。体内魔力が一桁パーセントの魔力枯渇状態だと、肉体の基礎代謝魔力量に回復魔力量が間に合わないから、ダンジョン初期の頃はイコール死を意味したらしい。
ところがダンジョンで魔法レベルを上げた冒険者の中に、治癒能力を目覚めさせた魔医療師が現れたことで、完全枯渇に近い状態でも治療可能になった。
とはいえ、さすがに一歳児の魔力枯渇の治療実例は世界的にも前例がない。
そもそも、この世界の人間は生まれつき魔力があっても、最初から魔法が使えるわけじゃない。だから、物心つく前の赤ん坊が枯渇するまで魔力を使うわけないんだって。
寝る前にばあやが読み聞かせてくれるのは、どこぞのお兄様の影響で英語の絵本がメインになったんだけど、時々、黒玄家とダンジョンのお話も混じってる。
それによると、西暦一九四五年、地球上にダンジョンが現れて、魔素がダンジョン外の大気にも充満したことで、人類は魔力を手に入れた。
けれど、その魔力には個人差が大きく、先天的に魔力を多く持って生まれる人間もいれば、ほとんど魔力を持たずに生まれてくる人間もいる。
魔力を使って不思議なことができる魔法は、ダンジョンで魔物を倒すことによって才能が開花する。
魔法は当初、魔素の濃いダンジョン内でしか使えなかった。
しかるにダンジョン内で魔物を倒すほどに魔法レベルが上がり、ある一定の魔法レベルを超えたダンジョン探索者は、魔素の薄いダンジョン外でも魔法が使えるようになった。
これが魔法使いという職業の誕生。
魔力量というもともとの才能に、後天的な努力で上がる魔法レベル。この組み合わせはこれまでになかった様々な職業を生み出していく。
魔医療師はその中でもなるのが一番難しい職業のひとつ。
誰でもわりと簡単になれるのは、魔石蓄電池の充填人。通称「電池屋さん」。
この世界では魔素が電力代わりに使われていて、前世の電気ガス供給システムが魔石蓄電池システムとして発達しているらしい。
そこにたどり着くまでにはかなりの年月と激しい開発競争が多々あったが、各家庭には家庭用蓄電池ならぬ蓄魔石電池装置が置かれ、前世の家電製品に相当する便利な家庭用魔道具が動いている。
その一家に一台の蓄魔石電池装置に魔力を充填してまわるのが、電池屋さん。
資格は単純、魔力がたくさんあればいい。なので、ダンジョン探索でレベルを上げた冒険者の引退後のお仕事として人気らしい。
ちなみに、黒玄グループの主幹事業はこの蓄魔石電池装置や魔素魔力発電所の開発設計普及に保守整備。
黒玄グループの創業者である黒玄新月氏は、世界で一番初めに魔素エネルギーを電力代わりに使える仕組みを開発したらしい。
特殊な魔力インクで書いた魔法陣による発電システムがどうたらこうたら、その魔力インクの作り方が究極の奥義で国際特許でなんたらかんたら、黒玄新月氏は魔法陣開発の父と呼ばれ、天才的な研究者でもあり革新的な発明家でもあり、人類の未来のために力を尽くし……って、ばあやのベッドタイムストーリーが途中で子守唄になったからよく眠れたよ。
なにしろ、すぐには漢字変換できないような単語ばっか。呪文みたいなカタカナ英語もふんだんだし……。
でも、魔力のある人間なら誰でも簡単に魔力を充填できる大容量蓄魔石電池装置の発明。
さらに、それを小型化して家庭用魔道具の動力部分に自動で充填できる個人向け汎用性蓄魔石電池装置の作成普及。
ほかにも様々な魔道具や魔法陣の開発にも数多くかかわっているので、黒玄新月氏はとにかく偉大すぎる発明王。特許権だけで子孫はウハウハ左うちわ!
なのに、黒玄グループの二代目社長は親の力に頼ることなく、自分の努力と才能でS級冒険者になったらしい。いや、装備とか遠征費に親の金はたっぷり使ったみたいだけど、この二代目社長が白絹お祖母様の夫である黒玄夜壱氏。
闇王、宵司、憲法って三人の息子の名前の付け方からしても脳筋疑惑の人だよね。
というわけで、闇王伯父様は黒玄グループの三代目社長。
ただし、夜壱氏は究極の名ばかり社長で、ほぼほぼ世界各地のダンジョンを探索してまわっていた。
だから、夫の代わりに社長業を代行していた白絹お祖母様が現在、黒玄グループの会長。夜壱氏の妹二人も黒玄グループの主要企業の経営に関わっている。
なので、黒玄グループは闇王伯父様のワンマン経営ってわけじゃないけど、直系相続だったら四代目社長の最有力候補は月白お兄様。
前世のオイルマネーの億万長者とかアラブの王族とか考えたら、黒玄グループの売り上げとか総資産とかって、大国の国家予算レベルだと思う。
前世で平凡な一般庶民だったわたしには荷が重いっていうか、すごすぎてついていけないセレブ世界。
なので、月白お兄様のお嫁さんになるのは謹んでお断り!
同じ理由で闇王伯父様の娘になるのも遠慮したいから、残る選択肢は竜胆叔父様の若紫。
……うん、年齢差以上にお互い、これっぽっちも恋愛感情が芽生える気がしないね。
竜胆叔父様にとっちゃ真珠ちゃんってペットだろうし、前世の枯れたおばさん感覚だと竜胆叔父様は偶像。二次元のアニメキャラの、それもヒロインにあこがれられるだけの王子様とか先輩っぽい……。
いや、でも、竜胆叔父様もお金持ちみたいだから、ペットにかけられる予算が普通の子育て費用以上にあるかも。犬小屋代わりにワンルームマンション買ってくれるなら、喜んでペットになりますとも!
なにしろ、真珠ちゃん、産みの母から取り換えっ子という名の育児放棄された可哀そうな赤ん坊ですので、強くしたたかに生きていきます! 犯罪者の娘って石を投げられることを思えば、靴はなめたくないけど、足の指でもガジガジしちゃうよ。もちろん魔力ドレインするけどね。
なのに、竜胆叔父様は甥っ子を膝に引き寄せながら、わたしを売った!
「憲法兄さんと真珠ちゃんの魔力の型は二割も一致していなかったから、DNA鑑定の結果を待つまでもなく、二人の父子関係は否定できるよ。月白と真珠ちゃんだと大体一割くらいだから、結婚っていうか、子供を作るには最適な魔力の相性だね。一致しすぎても、完全不一致でも子供ができにくいし」
「じゃあ、真珠は将来、僕のお嫁さんですね。でも、真珠、すごく可愛いから、他の男が近づかないように、闇王伯父様、真珠のこと守ってくださいね!」
月白お兄様、にっこにこ!
闇王伯父様もちょっと嬉しそうにわたしを抱えなおして、背中さすさすでゲップさせてくれる。もう自分でゲップできるけど、ミルク代わりの魔力、おいしすぎてガジガジしすぎたから、消化促進にいいね!
最初はおぼつかない手つきだったのに、いつのまにかすっかり一人前のパパの風格を漂わせる闇王伯父様。高級スーツがよだれまみれになって、ミルク臭くなってもぜんぜん気にしない大らかさがすばらしい。
まあ、自分で洗濯しない人ならではっていうか、この点に関しては竜胆叔父様も月白お兄様も、それこそ白絹お祖母様もばあやもすすきさんもまったく気にしてない。むしろ、真珠ちゃんいい匂いってクンクンしてくれる。
ビバお金持ち! セコセコみみっちい子育てしなくていいって、幸せだね。
これに慣れちゃうと養護施設に行くのが怖くなるけど、お金持ち生活ってまだほんの一年だからね。劣悪な環境に適応するのも早いと思う。どうせ前世も底辺出身って、なんか頭のどこかでささやく声が……。
「魔力の型以上に、これだけ闇王様に懐く子供なんて他にいるわけないから、真珠ちゃん、闇王様の娘でいいんだけど、僕の姪っ子を探すには宵司様に帰ってきてもらうしかないんだよね。消去法でいくと、宵司様が真珠ちゃんの本当のお母さんを知ってるはずだから」
だけど、それ以前に、黒玄家と本気で血縁関係あるみたいなんだよね、この身体。
いまだばあやのタブレット画像ですら見せてもらったことのないこの家の二男、黒玄宵司、その人が真珠ちゃんの本物のパパらしかった。