第11話 紅白パンダ
「……ぅ、あぅ?」
「真珠お嬢様! お目覚めになられましたか、よかった!」
目が覚めるといつもの匂い、いつものぬくもり、いつものばあや!
「ええ、もう大丈夫ですよ。怖いことはなにもなくなりましたからね」
ばあやの抱っこ! 抱っこがふつう! あったかくて甘い匂いがしてふわふわ明るい! 場所もいつもの天蓋付きのプリンセスひらひらベッド!
全部元通り。なんか、もうなにもかも夢だった気がするけど……あれ?
「……ばぁぶぅ?」
パンダが違う……?
ばあやのくれた白黒くたっとぬいぐるみじゃなくて、今、両手で抱えているのは紅白饅頭みたいな色のパンダ! 白とピンクで可愛い! しかも、ぬくいし動いてる!?
「ふえっ、なぁあぁ……!?」
びっくり仰天! 動くパンダぬいぐるみ! ぷにぷにぷるんなゼリー感触、なにこれ? 気持ちいい! 毛がないぷにぷにパンダ、可愛い!
「きゃうばぁ! ぷにゃあ!」
「まあ、お気に召しましたか? それではそれは当面、そのままにしておきましょうか。いざという時になにかの役に立つかもしれませんからね」
「ぷにゃ?」
「うん、ほんと。一歳の誕生日に世界初のテイマーとか、初テイムされるのがスライムとか、テイマーの感情を汲み取ってスライムがパンダに変形するとか、全部ありえなさすぎるけど、一番ありえないのは憲法兄さんだから、きみが目覚めて本当によかったよ、真珠ちゃん」
と、背後から綺麗な声。
ばあやに抱っこされたままくるりと振り向くと、持ち主のわたし以上にレースとフリルが似合う麗人がお姫様ベッドに寝そべっていた。
言わずと知れた竜胆叔父様。どうやら添い寝してくれていたらしい。
なんだかお疲れというか、憂い顔がまた一段と色っぽいけど、「世界初のていまぁ」って、なに……?
「闇王様と僕の総力戦で回復に一カ月とか、ほんっとにありえないくらいの魔力枯渇っぷりだったね。まあ、最初は僕の魔力の二割がばあやさんの治療とクズの調教に必要だったからにせよ、僕、これだけ毎日、回復ポーション飲んだの、人生で初めてだったよ」
竜胆叔父様、ふうっとため息。ていむ・すらいむ・ぽーしょんも、クズの調教もよくわかんないけど、
「あぁと!」
お疲れ様です! ありがとう!
どうやら知らない間に一歳と一カ月になっていたらしいわたし。
でも、うまくしゃべれないのは前からだし、おむつから何から全身介護受けてるのも転生して以来ずっとだから、一カ月寝たきり生活の影響は特にわからない。それより、ばあや!
「ばぁば、たいたい?」
「いいえ、もう大丈夫ですよ。傷はすべて竜胆様が癒してくれましたし、魔力から何からすべて最高級ポーションですっかり回復しました。薄さんもケガをしておりましたが、若い分、一日で治りましたしね」
すすきさんもケガって、あの時、すすきさんもいたの? ばあやたち、本当に大変だったんだね。わたしは基本的に寝てただけの赤ちゃんでごめんね。本当にありがとう!
「ばぁば、ちゅき!」
「ええ、真珠お嬢様、ばあやも真珠お嬢様が大好きですよ。ばあやのことを気遣ってテイマーの才能を発揮させるなど、本当に生まれながらに慈愛の心に満ち溢れていらっしゃって……」
「んちゃぁ!」
ばあやがほっぺに、ちゅってしてくれたから、お返しキャッキャ!
テイマーもこのぬくい謎ぷにパンダも、ばあやとすすきさんが元気なら細かいことは問題なし!
はぁっ、と背後から竜胆叔父様のさらに深いため息が聞こえた。
「なんか、真珠ちゃん、前より意思の疎通できるようになった気がするね。二語文が余裕? 闇王様の魔力、ごっそり注ぎこんだ悪影響とかだったら、どうしよ。こんな赤ん坊を急成長させなきゃいけないなんて、本当に大人が情けないね。ごめんね」
うんうん、竜胆叔父様はちゃんと大人だね。相手が赤ん坊でも謝ってくれるなんて、人間できてる! わたしのこともばあやのことも助けてくれたみたいだし、別にもういいよ。ばあや、大好き!
ばあやもわたしにほおずりしながら言う。
「真珠お嬢様はこれから赤ちゃんらしくゆっくりお育てしますから、竜胆様があちらのお坊ちゃまにしっかり大人の責任を果たさせてくださればよろしいかと」
「うん。それはそうなんだけど、困ったことに真珠ちゃんはまだしばらく大人の騒動に巻き込まれることになりそう。明らかに僕と魔力の型が違うからね」
ぴきっとばあやのこめかみに青筋が立った。問いただす声が強張っている。
「それは、どういう意味でしょう? 真珠お嬢様は露茄様の娘ですが?」
「一応魔道具でもチェックしたけど、真珠ちゃんと僕や姉さんとでは魔力の型がひとつも一致しない。姉さんは他人に卵子提供を受けたわけじゃないはずだから、真珠ちゃんは姉さんの産んだ赤ん坊じゃない。となると、出生時に取り替えられたっていうのが現実的だろうね」
魔力の型? なにそれって思ったけど、実は血液型みたいなののことで、魔医療師な竜胆叔父様は触れただけで相手の魔力の型がわかる特殊能力の持ち主だったらしい。
おおっ! すごい! 取り替えっ子問題一気に解決!?
ここに来て真珠ちゃんの出生の秘密が明かされましたよ!
ただし、と竜胆叔父様は付け加えた。
「真珠ちゃんと闇王様は半分近く魔力の型が一致するから、間違いなく血縁。それもかなり近い親族だね」
え? なんで? わたし、取り替えっ子だよ。だから、この家の人とは関係ないのに、闇王伯父様と血縁って……?
「……つまり、闇王様と関係を持った女性がひそかに子供を産んで、露茄様の娘と我が子を取り替えたと?」
な、なんか、ばあやの声が怖い! ズゴゴゴゴーッて燃えさかる効果音付き! これ見ちゃいけないレベルで眉間やばそう!
そうっと目をそらすと、ベッドから立ち上がった竜胆叔父様がわたしを謎パンダごと抱きとってくれた。
「いや、憲法兄さんの浮気って可能性もあるし、一番女性関係が派手なのは宵司様だからね。僕の感覚的には白絹様と真珠ちゃんの一致が四分の一くらいだから、念のために鴨羽家も探ってみた方がいいかな」
親族じゃないって判明しても、わたしを抱っこしてくれる竜胆叔父様の腕は甘くあたたかい。
あれ? ちゃんと意識のある状態で抱っこされてるの、初めて? クリスマスの着ぐるみ撮影の時も抱っこはされなかった気がする。
竜胆叔父様の抱っこ、めっちゃ極上!
ぬるめの温泉みたいな、ずうっと浸かっていられる心地よさ。意外に胸とかも筋肉質なのになぜだか柔らかタッチで、なによりいい匂い!
甘いけど、花じゃなくて、食べ物系。バニラと桃とチョコレートのおいしいとこ取りしたみたいないい匂い! くんくん、ふにゃふにゃ、すりすり……。
すっかりごろにゃん手なずけられたわたしの背中を、竜胆叔父様はトントン上手にあやしてくれる。
「うん、ミルクのいい香り。僕、一カ月も同じ人と一緒に寝るのって初めてだったけど、もうすっかり真珠ちゃんの匂いになじんじゃった。だから、最終的には僕がこの子を引き取るから、ばあやさんも一緒に来てね」
竜胆叔父様はふふっと楽しげにわたしの頭の匂いを嗅いでるけど、ばあやは固い口調で言った。
「現段階ではいかなるお約束も致しかねます。とにかく今は闇王様と宵司様と憲法様の血液検査、及び黒玄家、鴨羽家の親族すべての過去一年の行動を大至急精査させていただきます」
「よろしく。真珠ちゃんのDNA採取は毛根より、あとで口腔粘膜細胞採取のほうがいいかな。準備しといて」
「承知いたしました。大人は頬粘膜と血液と、この際、生殖能力含めた完全な人間ドックを受けていただきましょう。そうすれば皆様、言い逃れもできなくなるでしょうし」
やったよ! かっこうとか托卵とかほのめかさなくても取り替えっ子発覚で、なんとかなりそう!
しかも竜胆叔父様がこの先も面倒見てくれそうだし、ごろにゃんコビコビで甘えよう!
ごろごろ、にゃんにゃん……あれ? なんか、手の中の謎パンダ、形が変わってる?
丸いのがごろごろ、くにゃっ、くるんと大きな目!
「……にゃんこ!」
「っつ、きっつ……そっか。まだアクセス・パス繋げたままだったから、真珠ちゃんが魔力使うと、足りない分は僕から引き出されるのか……」
紅白パンダが紅白にゃんこになった!と喜んだら、竜胆叔父様はがくっと背後のベッドに座り込んだ。わたしを落とさなかったのが不思議なくらい、顔面蒼白!
「ふにゃ!? だぁ?」
「うん、スライムが変形するだけでこれだけ魔力要るってことは、テイマーになれる人間なんて、魔医療師以上にレアだね。……無理。これって普通はテイムする前に魔力枯渇で死んじゃう。あ、でも、そうか」
ベッドに座った竜胆叔父様はわたしを抱えなおして、目を合わせた。顔色は悪いけど、その綺麗な瞳はキラキラ楽しげに輝いてる。
「真珠ちゃん、その猫だかパンダのスライムに名前つけてみて。こういうのって、名づけで絆が深まるから、そしたら魔力消費量も減るはずだよ」
もしもし、竜胆叔父様? それって普通の一歳の赤ん坊には無茶ぶりすぎると思います。いや、一歳一カ月だけど、誤差の範囲内。
それに叔父様、先に顔色悪いのを治療した方がいいと思うんだけど、こうも、じいっと期待のこもった目で見つめられると応えないわけにはいかなくなる。
「あぅあ……ぅあ、あう……」
えーと、スライムって、たぶん聞いたことあるよ。のりとかホウ砂とかで作る自由研究のねばねばしたのだよね? 元はゲームの架空生物だっけ?
べちょっとクラゲみたいなのとか、水色の饅頭型とか、頭に変な映像が浮かぶんだけど……クラゲ? クラゲっぽいスライム饅頭? パンダにもなれて、猫にもなれて、元はクラゲみたいなゼリー状の……。
「……くぁ、くぁ……」
「ん? クララ?」
あ、クララ、いいね! クラゲのクララ!
「くぁあ!」
クララ、と叫んだつもりだけど、頭の中で「クアア」と響いたその時、また、ずぼっ!と魂が抜けてった。
今回は例の声とか例の雑音は聞こえてこなかったけど、
「うわ、ごめん! 名づけって、直で本人の魔力消費するんだ!」
「竜胆様! 一歳の赤子に何を!?」
代わりに焦ったような竜胆叔父様の声と、ばあやの怒鳴り声がどこか遠くで聞こえた気がした……。