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第9話 にゃんこな誕生日

 黒玄真珠ちゃんの誕生日は猫の日。

 にゃんにゃんにゃんの日なので、当然、にゃんこコスプレさせられておりますハッピーバースデー!

 あ、踏んで転ばないようにちゃんと尻尾は短め、折れ耳短足なふわふわマンチカン子猫着ぐるみだよ。


「えーと、か、かわいい……ね。いや、でも、本当に猫の耳とか尻尾があるわけじゃないんだよね……?」


 昼食後、サンルームでごろごろ月白お兄様と戯れているわたしの前に突如、現れたのは、一応見覚えのある男性。


「お父様! おかえりなさい!」


 ぱっと月白お兄様が立ち上がった。すぐさま父親のもとに向かおうとして、でも慌ててわたしの頭のフードをはずす。


「真珠は普通の子です。あの、今日は猫の日で、誕生日だから、可愛いかなって……すぐ着替えさせます!」


 戸惑ったように立ち尽くしていた男性はふっと首を振った。


「そのままでいいよ。露茄だって喜んで着せただろうからね。ただいま、月白。ちょっと会わないうちに随分大きくなったね」


 身長も年齢も、ちょうど闇王伯父様と竜胆叔父様のあいだくらいの憲法お父様のご帰還です。

 ばあやが動画で予習させてくれているから、照合ばっちり!

 でも、実物は思ったほどインパクトがないというか、闇王伯父様ほど威圧感がなくて、竜胆叔父様ほど美人じゃない。普通にハンサムな男性だね。


 いや、この場合の普通って相当レベル高いかも。

 俳優とか芸能人の、清潔感のある整った顔立ちっていうのは、身の回りにいたらものすごく目立つイケメン。しかもデブでもハゲでもない百八十センチ越えの細マッチョとなったら、それこそ見た目を売りにする男性モデルさん並み。

 なのに、親族として最初に会った闇王伯父様が魔王だったし、竜胆叔父様にいたっては麗しすぎて、このハンサムな男性が普通に思えるのが怖い……。


 しかも、月白お兄様を抱きしめるお父様、笑ってるけど、笑ってないよね。うん、覇気がないというか、作り笑い。

 じいっと見つめる真珠ちゃんのつぶらな瞳を、ガン無視してるし。

 せっかく月白お兄様が待ちわびていた父親の帰宅だけど、これは一筋縄ではいかなそうな生気のなさだよ。


「真珠お嬢様、ばあやはいつだってお嬢様のお味方ですからね。さあ、ちょっとおやつにしてお昼寝しましょう」


 抱き上げてくれたばあやに背中トントンされて、わたしはほっと一息つく。


 今日は真珠ちゃんの誕生日ってことで、一緒に寝ていたお兄様のハッピーバースデーで目覚めて、朝食後にイチゴロールケーキをちょっとだけ食べさせてもらって、とってもおいしかった。

 白絹お祖母様からの誕生日プレゼントの可愛い靴をはいて、よちよち廊下をお散歩したり、月白お兄様からヴァイオリンの名演奏を贈られたり、この上なく幸せな一歳の誕生日だって気がしてた。


 だけど、お父様のご帰宅後、お昼寝から目が覚めると真っ暗だった……。


「あの日に戻そう」


 暗闇の中で地の底を這うような暗い声が聞こえる。


「もう一度、やり直すんだ。今度は間違えない。守るべきは露茄だけ。街が崩壊して何百万人の犠牲者が出ようが、日本全土がダンジョンに呑み込まれて魔境になろうがどうでもいい。きみのいる世界が僕の居場所なんだ、露茄。だから、僕をきみのいる時間に戻しておくれ」


 つぶやかれるのは、呪い。

 愛という名の怨念……って、『ダンレン!』って、そういう物語?

 いや、確かに『ダンジョンの数だけ恋がある』って、恋愛物っぽいタイトルだけど、もっと軽いラブコメじゃなかったの? 情念とか愛と憎しみとかって、昔懐かしドロドロの昼ドラ展開?

 え? あのオタク、そういう趣味だったの? でも、ゲームがどうのとか、ハーレムうんぬん軽そうなこと言ってなかったっけ……?


 本来のハーレムはおいといて、一人の男の子が複数の女の子にモテモテ天国みたいな物語って、登場人物の独占欲とか執着心が強いと成立しない。

 だって、たったひとりを、それこそ我が子より深く全身全霊で愛してしまった悪い例が、この黒玄憲法お坊ちゃま!

 

「この子はもしかしたら特別な能力を持っているかもしれないなんて、竜胆が知らせてくれたからね。だったら、その才能をすべて露茄の復活に捧げてもらおう。おまえなんていらない。他に何もいらない。おまえで駄目なら、月白も還そう。僕は露茄のいる時間に戻れればいいんだ」


 そして、なにやらつぶやかれる呪文。

 何かが起こってるみたいなんだけど、正直なところ、暗くて何も見えません。

 ねえ、ここ、どこ……? 窮屈。ぜんぜん動けないし、息苦しいかも? 

 頭動かそうにも動かない。手足もぎゅぎゅっと押し込められてるような……はっ! もしかしなくても、棺桶ですか!? 埋葬された!?


 いや、でも、血の繋がりのない他人父親の声は普通に聞こえるから、土の中に埋められたわけじゃない。

 となると、リュックかスーツケースだね。一歳の赤ん坊をだれにも見つからずに運び出すには、持ち運び手荷物にしてしまうのが一番。

 うんうん、これ、普通の一歳児だったらトラウマだよ。まあ、目覚める前に終わってたかもしれないけど、精神年齢高め転生幼児でよかったね。


 ……って、あれ?

 でも、そういえば、『この子はもしかしたら特別な能力を持っているかもしれないなんて、竜胆が知らせてくれたからね』とか、憲法クズ父親が今、言ってたよね。

 黒マジョな黒玄真珠はヒロインのライバルっていうのが、本来の『ダンレン!』ストーリー。本来の真珠ちゃんは無事に成長するはず。

 だけど、中身がわたしになったことで、物語が変わったのだとしたら?


 もし仮に、真珠ちゃんが普通の赤ん坊だったら、伯父様たちに初めて出会ったクリスマスはどうなっていた?


 どんな赤ん坊にも泣いて怖がられる闇王伯父様。

 ばあやもギャン泣き後始末を想定してた。たぶん、ダンレン!の真珠ちゃんは闇王伯父様に会って怯えて、そのまま部屋に戻っていたはず。となると、その後、竜胆叔父様に会うこともない。

 翌クリスマスの朝に会ったとしても、普通の赤ん坊なら竜胆叔父様に抱っこされたがる。そういう赤ん坊を竜胆叔父様は『特別な能力を持った赤ん坊』とは思わないだろう。

 そうなると、竜胆叔父様は憲法氏に連絡取らなかったかもしれないし、たとえ連絡しても真珠ちゃんの話はしなかったかも……。


 ……って、うえっ!?

 今、わたしが黒魔術のいけにえっぽく捧げられそうになってるのって、自業自得!? わたしが精神年齢高め赤ん坊だったからってことですか!?

 うわーん、ダントラ! 過酷! わずか一歳で人生ハードモード、ダンジョンの数だけ罠がありすぎ転落人生!!


「う……ふえっ……」


 なんか、さすがに泣けてきた。

 だって、身体は一歳になったばかりなんだもん。

 今日って本当は楽しいお誕生日だったんだよ。それこそお正月からばあやもすすきさんも月白お兄様も白絹お祖母様も、時々帰ってくる闇王伯父様も、真珠ちゃんの誕生日、指折り数えてくれていた。


「もうすぐ一歳になるね、真珠。お誕生日に初お出かけしよっか。動物園とか、まだ寒いかなぁ?」

「そろそろお友達を作ってもいいかもしれないわね。同じ年頃の子供のいる方々をお招きして、お誕生日会をしましょう。ああ、でも、法要もあるから、お花見の頃の方がいいかしら」

「そうですね。口さがない者もおりますから、今回は家族だけにして、桜の時期に月白お坊ちゃまのお友達を家族でお招きするのがよろしいでしょう」


 真珠ちゃんの一歳の誕生日は露茄お母様の命日でもあるから、盛大なお祝いってわけにはいかないけど、それでも家族は祝福してくれていた。

 そう、家族。


「一歳か。赤ん坊は一週間見ないだけでも、大きくなった気がするな。月白の大きさになるまであと六年か」

「あと六年たっても真珠お嬢様は月白お坊ちゃまほど大きくなりませんよ。女の子ですし。ですが、同じ年頃の赤ちゃんより少しすらっとしておられますから、薄さんのような長身の美人になるかもしれませんね」


 ちょっとずれてる闇王伯父様だって、いつも真珠ちゃんを手のひらにのせて成長を楽しみにしていてくれる。

 竜胆叔父様もなにかにつけて物を送ってきてくれるし、両親がいなくても真珠ちゃんは家族の愛情にしっかり包まれてた。

 なのに……。

 

「露茄……露茄、露茄、僕のところに戻ってきておくれ!」


 ええい、うるさいこのクズ父親! 露茄露茄そんなに言うなら、おまえがそっちに行けばいいだろ、このボケんぽう!!

  

「っく、ふぎゃああぁーっ!」


 家族と引き離された悲しみと、あまりに身勝手な父親(偽)への怒りが身体の奥からこみあげてくる。

 熱い、悲しいムカつく。熱い、悲しい。熱い、腹立つ。熱い、帰りたい。熱い熱い、熱い熱い熱い……!


「あぅ、うぎゃあああああああーっ!」


 すさまじい熱さだった。

 身体が内側から燃えるような、熱くて熱くて全身溶ける!

 わたしが、わたしではなくなる……!


 熱。赤。

 光。黄色。

 光と熱。青。

 熱と熱。黒。

 光と光。白。 


 色が、見える。

 赤に黄色に青に、黒、白、紫、緑、橙色に空色に水色に茶色に、いろんな色がまぶたに浮かぶ。

 色がぐるぐるして、ぱーっと混ざり合って、最後は……光?

 まぶしくて何も見えない。

  

「巻き込んでしまってごめんなさい。でも、あなたがわたしの大切な赤ちゃんよ。あなたの幸せを祈っているわ、真珠ちゃん」


 声が聞こえる。

 やさしい女性の声。

 聞き覚えのあるようなそれは、ふわりとわたしを包み込んであたたかい。


「もし生まれ変わるようなことがあったら、今度は好き勝手に自分優先して、我が儘放題に生きてくださいね」


 別の声が聞こえる。

 むかつくいらつくオタクの声。

 一瞬で身体が冷える。いや、魂がビシバシ凍る!


「ほら、たとえばダンレン!の黒マジョみたいな……まあ、あれはあれで複雑な事情があるんですけど、ああいう多少の我が儘も許される美貌と財力と権力を兼ね備えた人間に生まれ変われることを祈ってます」


 おまえのお祈りいらねー! もう人間はいい! 生まれ変わるなら人間以外! その我が儘が許される黒マジョに転生して一歳児でいけにえって、無理! ストレスで死ぬ!!


 いや、実際、死んだ……気がする。


 前世、ストレスで急性心筋梗塞。

 胸が苦しくて、キリキリ締め付けられて、息が詰まって呼吸できなくて、でも、心のどこかでほっとした。

 これでもうストレス過多生活から解放される……!


「ああ、そうか。俺が転生物、書けばいいんだ。悪役令嬢に転生した設定で、ダンレン!作者本人によるIFバージョンだから……『ダンジョンの数だけ罠がある』で、略して『ダントラ!』とかいいかも。枯れた中年おばさんがスーパーお嬢様黒玄真珠に転生した設定で幸せにしてあげますね」

 

 おばさん言うな、ストレス元凶! 余計なお世話!!

 つーか、オタクオタク思ってたけど、ダンレン!作者って何者!? 仕事さぼって作家活動してたってこと!?

 いや、そういえば……。


「……ダンレン!って、作者が中学生で作家デビューしたことでも話題になったんっすけど、ほんとに知らないんですね。若くして高額納税者とか、下世話なネット記事、大量に出回ってたのに……世の中、ほんっと他人に興味ない人間もいるもんなんですね」


 つまり、あのオタクは筋金入りオタクなラノベ作家で、高額納税者な億万長者ってことですか!? なら印税で暮らせ!

 え? 今後の作家生活の社会勉強のために就職?

 ええい、やる気のない新人育てる立場になってみやがれ労働者の敵!!

 いらいらグラグラ沸騰する頭のどこかに、なだめるような澄んだ声が聞こえてくる。

 

「もしもあの時ああしたら……って、どんな未来を夢見ても、わたしの未来は変えられない。でもね、真珠ちゃん、あなたがあなたである限り、人類の被害は最小のものになる。だから、わたしはあなたに真珠ちゃんとして生まれてきてほしい。ねえ、お願い、わたしの赤ちゃんになってくれないかしら?」


 思わず、はいいいよ、とうなずいてしまう心の底からの懇願。

 広く深く包み込むような慈愛に満ちたやさしさ。


 光。善。きよらかな祈りが心を清めてくれる。

 けれど、そこに入り混じる不快な雑音。


「ダンレン!でヒロインは幾度も危機に陥るし、出会いと別れを繰り返して、各地でそれ相応の被害も出るんですけど、ダントラ!おばさん転生バージョンは黒マジョがビシバシフラグ折りしていくことにしましょう。お気楽極楽な水戸黄門とか、魔女っ子変身真珠ちゃんとか面白いかな?」


 ふざけしねオタク作家! おまえの思惑に乗ってたまるか!


 てか、なんなのこの状況?

 熱いような寒いような明るいような暗いような、なんだかぐるぐる回ってて、なにがなんだか、わけがわからなくて……。


「真珠お嬢様!」

 混乱する耳にはっきり聞こえてきたのは、ばあやがわたしを呼ぶ声だった。

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