幕間1
アレス達が寝静まり街が暗闇に包まれる深夜。月も雲に覆い隠され、完全な暗闇となった酒場に黒い影が3つ入り込む。
影は店に入ると小声で詠唱を済ませる。すると衣擦れの音もなくなり、完全な無音で階段を登り、素早い動きでアレスの部屋までたどり着くとドアに耳を付け中の様子を伺う。黒い衣服に身を包んだ男が中の様子を確認すると他の二人に手信号を送り、二人は頷き準備ができていることを伝える。先頭の男がふぅと小さく息を付きドアを開けようとする。
コツッ……コツッ……
何者かの足音に気付き三人が同時に廊下の奥へと注意を向ける。音も無く黒装束の一人が詠唱すると彼らの視界に一人の男が浮かび上がる。靴の音の主は黒装束たちが見えていることを知っているかのように口へ人指し指を当てて静かにするように促すと言葉を発した。
「これで何度目かな?失礼、君たちにとってはこれが初だったね」
微笑むような表情で静かに、それでいて少し楽しそうに言う。黒装束たちは返答の代わりに短い詠唱をすると、その姿が完全に闇へと溶け込む。しばしの沈黙の後、突然男が背後の何も無いはずの空間を掴む。
ゴキンッ……!
男が掴んだその手に力を込めると鈍い音を立てて黒装束の姿が現れる。力なくぶら下がる黒装束を寝かせるように床に横たわらせるとその死体が影に沈んでいく。
「申し訳ないが、君たちのやり方は知ってるんだ」
男がそう言うや否や今度は前後の空間をそれぞれの手で掴む。
ゴキンッ……!
後ろ側に伸ばした手に力を込めもう一人の黒装束を始末すると先程と同様に影へと沈んでいく。そして前方の右手にはつままれた短剣が出現する。男は短剣を持ち直すし前方へと歩き始める。
コツッ……コツッ……
誰もいない廊下に靴音だけが響く。
「君たちには何度も失敗させられたからね。けど、今回は失敗する訳にはいかないんだよね」
虚空へと話しかけながら男は歩みを進める。突然男が何もない空間で短剣を振り抜く。すると遅れて黒装束の姿が現れる。
「ゴヒュ…!貴様……!教会の……!」
血を吐き出し悲痛な風切り音を立てながら黒装束が声を振り絞ると、男が口を押さえる。
「しぃー……。勇者様が起きちゃうだろ?残念だけど教会の関係者でもないし君たちのリストにも載ってないよ」
そう言い男が黒装束の心臓にナイフをゆっくりと刺し込む。黒装束のナイフを掴む力が徐々に弱まり、だらんと垂れる。男が手を離すと最後の黒装束も影へと沈んでいく。
誰も居ない廊下で男は満足げに微笑みながら呟く。
「今回はなんだか良いことがありそうだな」
そう言い男は廊下の奥の闇へと消えていった。