37.ゴンザレスの過去6
随分と長くなってしまいましたがゴンザレスの過去編はあと2~3話ぐらいで終わる予定です!
顔の所々に血が滲み眠る様に眼を瞑る少女、その少女を貫かんと肉薄する針。
瞬きをしようものなら次の瞬間には無惨な光景が目に映るだろう。少女を助けようにも腕は上がらず足も震えている。まずもって距離が遠すぎる。万全の状態で駆けつけた所で亡骸を抱きかかえるだけになる結果は目に見える。ゴンザレスの心には覚悟とも諦観ともつかぬ感情で満たされていた。
しかし、いくら待ってもその瞬間は訪れなかった。
「どう……いう……?」
静止する世界、これから目の前で繰り広げられる惨劇はどういう訳か、しばしの猶予を与えられたようだ。ゴンザレスがどういう事だと口に出そうとしていたが、ふと気がつく。
「何だ……この『声』は」
静止した世界に音を立てる者は無く、耳に届くのは自分の鼓動と吐息だけ。しかしその静寂に混ざる深いな『声』があった。その『声』はいくつもの囁き声が重なり雑音と感じる音になっていた。正確に言葉は聞き取れないものの焦りや嘲笑、憤りや哀れみなどの様々な感情が読み取れた。声に耳を傾けると徐々に『声』の言葉が鮮明になる。
『怒れ 憤れ 激昂しろ』
怒れ?何に対してだ?眼前の敵に対してだろうか。それとも呑気に気絶している友人か?そんなの分かり切っている。こんな状況でまともに腕も上がらない自分の不甲斐なさに対してだ。自分が弱くなければゾーイやセルドを危険に晒す事もなかっただろう。自分が強ければ敵を打ち砕けただろう。
『敵を憎め 友を憎め 父を憎め 世界を憎め』
どうやらこの『声』はそうとは思っていないようだ。
「憎むべきは自分だ……!周りを憎んでも現実は変わらない……!」
貴族としての矜持か、将来国防を担う者の怒りか、その言葉は考えるよりも先に口を突いて出ていた。その言葉に対して思う所があるのか『声』は押し黙り、一瞬の静寂を生んだ。
『……汝の苦難と努力を我らは称賛する 汝の努力に見合うだけの対価を 』
複数を声が重なり鼓膜を震わせる。すると目の前に何者かが立っていた。それは膝を折り、ゴンザレスへと手を差し伸べた。『声』の主なのだろうと直感で分り、一言文句を言ってやろうと顔を見ようとするが頭が上がらない。それどころか俯かんばかりに頭は垂れ、全身が震えを起こす。充満する魔力が圧力となり、ゴンザレスの体を押さえつけ、内蔵を締め上げる。
『 怖がる事は無い 汝の苦難を我らは知っている 汝の研鑽を我らは知っている 』
口調は穏やかなのに震えが止まらない。それもそのはずだ。その声からは唇を食いちぎらんとする程の激しい色を孕んでいた。この手を取ってはいけない。そう考えるゴンザレスだったが彼の腕は意思に反するように差し伸べられた手へと引き寄せられていた。
『 怺える日々は終わった 汝に苦難を強いる賎陋な者に復讐を 』
抗おうと力を込めるがその腕は言う事を聞かない。
『 侮る友を! 嘲る父を! 愚かな大衆を! 全てを破壊し尽くせ!! 』
叫ぶような怒号が響き渡り我に返り、その手を拒絶するように手を払い除ける。
「いくら馬鹿にされようと!いくら呆れられようと!僕は誰かを害そうなんて思わない!!」
不格好ながらもゴンザレスは頭を下げたままそう言い放ち、唾を飲み込んで『声』の反応を待った。しかし、突然圧力は消え、目の前に居た何かは姿を消していた。
圧力から開放され、顔を上げると少女を狙う針が徐々に動き出していた。
「まだ、間に合う!せめてゾーイだけでも……!」
左腕と顎を使い這うようにゾーイへと近寄るゴンザレス。しかし、針の進む速度は早くなり、比例して少女の余命は縮んでいく。手を皮が向け、顎の肉が削げ、血の筋を作りながらもゴンザレスは必死に這った。すると左手の甲に熱を感じる。
『なぁ兄ちゃん。助けは必要かい?』
またも声が響く。またかと思うが今はゾーイを助けるのが先だと声を無視して進む。
『あいつらの誘いを蹴る人間は少ないからな。良いもの見せて貰ったよ。』
「…………」
『おいおい無視かよ!』
「…………」
『まぁ良いか。良いもん見せて貰った礼だ。ちょっとだけ助けてやるよ』
そう言い気配が消える。必死に這いずるゴンザレスだったが、針の進む速度が急に速まる。
「クソ!クソ!クソ!」
悪態をつきながらも、なお前へと進むゴンザレス。しかし無常にもゴンザレスよりも速く針は進む。ゾーイの額から血が雫となって地面へ滴り落ちた瞬間、頬に風を感じた。
「……!?」
突然銀色の人形が凄まじい勢いで吹き飛び壁へと叩きつけられる。その風は相当な熱を持っていたのか吹いた軌道は燃え上がり、場所によっては岩や金属が溶けていた。
「ナニガ……!!」
人形が困惑の声を漏らす。人形は熱と衝撃により液体の様に周囲飛び散り、その体からは蒸気が立ち上っている。
『俺が手を貸せるのはここまでだ。頑張れよ人間』
どこかから声が聞こえる。どうやら先程の声が助けてくれたようだ。
「オマエカラサキニコロス……!!」
人形から見ればゴンザレスの攻撃に見えたようで、飛び散った体を吸収し終えると重い音を響かせながら勢い良くゴンザレスへと駆け寄る。
ゴンザレスはフラフラと立ち上がり拳を構える。拳を振り上げ精一杯の力で振り下ろそうとするが、敵の攻撃の方が早い。先程ゾーイの命を奪おうとした針が今度はゴンザレスの心臓を捉え肉薄する。と、その瞬間氷の塊が針に当たる。
「させ……ませんわ!」
ゾーイの一撃により逸れた針が地面へと突き刺さり人形の動きが一瞬硬直する。
「キサマァ!!」
焦りか怒りか、人形は怒号を上げながら針を引き抜き前を向く。丁度良い位置だと言わんばかりにゴンザレスの拳が人形の顔を粉砕する。人形の頭は先程と同じように液体となって飛び散るがこれまた先程と同様に再生しようと本体へと吸い寄せられる。
「クソっ!物理攻撃じゃ駄目なのか……!?」
拳は振れてあと1回だろう、拳での攻撃が有効打で無いのならば完全に万策尽きる。そう思案を巡らせていると右手の紋章が光る。
「そうだ!加護の力を使えば……!」
しかし紋章は光るだけで何かが起きる気配は無い。期待を裏切られ、心の中で毒づく。人形の方を見ると完全に再生が終わったのかゴンザレスへと走り出していた。
「……っ!」
完全に万策尽きたと思っていたが、ゴンザレスの目に何かが映る。
「点……!」
人形の左胸の辺り、丁度人間で言う心臓の辺りに光る点が浮かんでいた。点の意味を理解しようとするが時間が足りず、最後の力を振り絞るように拳で点の位置を振り抜く。先程と同様に胸の位置が液体となって飛び散る。もう立つこともできずゴンザレスは膝を着く。
「様子がおかしいですわ……!」
ゾーイのその声を聞き人形の方を見るとブルブルと全身が震え、形を保てず、金属の液体が滴り徐々に体積を減らしていく。
「ガガ……ガッ……ガ……」
フラフラと覚束ない足取りでゾーイへと近寄る。腕を針に変形させようとするも先端からボロボロと崩れ地面へと落ちていく。
「ゾーイ!逃げろ!」
雰囲気に圧倒されたのかゾーイはその場を動けず、青い顔で震えていた。
「カエ……セ……」
人形は子供程の大きさになっており、縋るようにゾーイへと手を差し伸べる。
「カエ……シテ……ヨ……」
そう言い残し、液体となり地面へと流れ出す人形。
「終わった……のか?」
「大丈夫か二人共!!」
束の間の静寂にセルドの声が響く。
「うわ!何じゃこりゃ……。さっきの人形は!?」
「貴方が今踏んでるソレですわ」
「え!?どゆこと!?」
その後人形だった液体は動き出す事は無く、二人に肩を貸してもらいながらダンジョンを脱出するが、馬車へ載せられた辺りでゴンザレスは意識を失った。
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