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32.ゴンザレスの過去1


「はぁ、またかゴンザレス……」


 豪華な装飾の施された書斎で壮年の男性は窓辺を眺めながらそう呟く。机を挟んで反対側には恰幅は良いものの、体格に似合わずオドオドとした様子の青年が顔色を伺いながらため息にびくりと反応する。


「お前はゴンザーラ家の人間として恥ずかしく無いのか?」


 そう言い男性は一枚の紙を机に投げる。その紙には「進学不可」の赤文字が記載されている。


「申し訳ございません……父上……」

「魔法学校で留年だと?こんな事はゴンザーラ家始まって以来の恥だ」


 忌々しげにゴンザレスを睨みつけ、再度大きなため息をつく。


「お前の姉も大概な女ではあったが、才はあった。それに比べてお前はどうだ?身体を鍛える暇があるなら頭の鍛錬をしろ」

「はい……父上……」

「はぁ、もう良い。行け」

「はい……父上……」


 失望したとばかりに目も合わせず部屋を出ていくよう指示する父親。その言葉に逆らう事なくゴンザレスが部屋を後にすると誰も居ない部屋で一人呟く。


「はぁ、私の子供だと言うのにどうして出来損ないばかりなのだ……」


――――――――――――――――――――――――――――――


「また叱られたのか?」


 父の期待に応えるべく、資料を読み、勉学に励むゴンザレスだったが、何者かの声でそれを中断する。


「部屋に入る時はノックを。それと入るならドアからにして下さい」


 何度も同じ事があったのだろう。うんざりとした様子で窓辺に言葉を投げるゴンザレス。その言葉を聞きやれやれと肩を竦めながらドレス姿の女性が窓の縁から降りる。


「相変わらずケツの穴の小さいやつだ。その様子だとまたあのクソ親父殿に叱られたようだな」

「ケツだとかクソだとか……貴族として品格ある言葉を選んで下さい」

「貴族らしい……か。それは平民を虐げて自分だけ利益を貪れと言うことか?」

「またそんな事を……。貴族に偏見を持ちすぎですし父上は立派な貴族でしょうに……」

「立派なものか!平民から搾り取った金で豪華な屋敷で良い物食って生活してるんだ。これを搾取と言わずに何と言うのか」


 女性は演劇のように大げさな声で身振り手振りを交えてそう言う。


「領地の税は良心的な範囲ですし、そんな事を言ってるとまた父上に叱られますよ?姉上」


 女性はレティアと言い、ゴンザレスの姉である。彼女もゴンザーラ家の者ではあるが、言動から分かる通り貴族に対して良い感情は持ち合わせておらず、その件で度々父親と喧嘩をしている。


「私は天才だからな。そうそう怒られやしないさ。その点お前は良い子ちゃんだが魔法の才能はてんで無いからなぁ……」


 レティアの言う通り、彼女は魔法に関してとても優れており、その才能は反貴族主義とも言える思想を考えてもお釣りが出る程だ。その為、父と対立しても家を追い出されずに済んでいる。それに引き換えゴンザレスは魔法の才能が全くと言って言いほど無いが、唯一の男児であり、父に対して従順な性格から次期当主となる事がほぼ確定している状態だった。


「まぁ、魔法なんぞできなくても身体を鍛えれば良いさ。それに、そっちの方がモテるぞ?」

「残念ながら身体の鍛錬を父に禁じられた所です。それに自分には婚約者がおりますので」


 ゴンザレスには婚約者が居た。公爵家の嫡男と言う事もあり、幼少期からの婚約であったが、ゴンザレスは貴族の立場というものを理解しており、特に抵抗も無かった。


「あぁ、ランドルフ家の娘か。あの女は腹黒い女だぞ?」

「噂で人を判断してはいけませんよ姉上。ゾーイ嬢はそんな人では無いでしょうに……」


 ゴンザレスの婚約者はゾーイと言い。ゴンザーラ家と同格の公爵家の出ではあるが、色々と黒い噂の絶えない女性だった。当初はゴンザレスも警戒しては居たが、何度か会話を交わす内にそれは間違いだと気付いていた。ゾーイと言う女性は貴族としての自覚と覚悟を持ち、それを全うしようとしており、それが他の目にはキツく映るのだろう。とゴンザレスは考えている。


「一度姉上も会ってみれば分かりますよ。彼女は不器用なだけで普通の女の子ですよ」

「いーや、あの目は現在の貴族そのものだ。自分より下の者を見下し、死のうが何とも言わない。そんな女だぞアレは」

「そんな事言う姉上の考える貴族って何なんですか?」

「弱きを助け強きを挫く。平民を慮り、悪を滅する。それでいて貴族としての品格と誇りを忘れない、そんな者を貴族というのだ弟よ」


 胸を張りそう答えるレティアにゴンザレスをため息をつきながら口を開く。


「それこそまさに父上の事でしょう。領民の失業率や貧民問題を解決し、犯罪組織を撲滅し、功績を持って公爵へと昇爵なされた。これの何処が不満なんですか?」


 ゴンザーラ家の当主ゴレアスは傑物であった。画期的な施策や救済措置を行い、領内での貧困問題を解決し、己の武力に物を言わせて犯罪を生業とする集団を次々に壊滅させ、隣国との戦争でも一騎当千の活躍を果たした。その功績を王に認められ、元々侯爵家だったゴンザーラ家を公爵家へと押し上げる事となり、国民にも、国王にも一目置かれる存在だった。


「その事についてなんだがな……今日町の酒場で話したい事があるんだ」


 急に真剣な面持ちとなり、レティアはそう告げる。


「町の酒場?ここじゃダメなんですか?」

「あぁ、ここじゃ誰が聞いているかわからん。それに庶民の生活を見るのも悪くは無いだろう?」

「そりゃあ、貴族として民の生活を見るのも大切ですが……今日じゃないとダメなんですか?」

「あぁ、今日じゃないとダメだ。今日を逃せば次はいつになるかわからん」


 突然の提案に困惑しながら質問を投げ返すゴンザレス。その時部屋をノックする音が響く。


「坊ちゃま。夕餉の準備が整いました」

「分かった。今行く」

「かしこまりました」

「んじゃ今日の夜酒場で待ってるからな?絶対に来るんだぞ?」

「ちょ!?」


 吐き捨てる様にレティアがそう言うと突如として窓から飛び降りる。ゴンザレスが驚いて窓の外を見ると走り去る姉の背中が映る。


「はぁ~……姉上は自分勝手なんだよな……」


 ため息をつきながらそう呟く。一方的とも言えるその約束を守る為、ゴンザレスは先程の使用人を追いかける為部屋を出る。


「そんなに慌てて何処に行くんだ?ゴンザレス」

「父上……あの……その……」


 突然ゴレアスに声を掛けられ、言葉に詰まるゴンザレス。


「レティアか?」

「……はい。町の酒場で大切な話があるとかで……」

「お前は家に居なさい。レティアには私から話をしておく」

「はい、父上……」


 父の言う事に逆らう事はできない。そう思い、屋敷で食事を摂り部屋へと戻り、寝台に横たわる。


「まぁ、明日話せばいいか。事情を説明すれば納得してくれるだろうし」


 姉に文句を言われるのを少し心配しつつその日は眠りに就く。しかし、姉との会話はコレが最後となる。


「姉上が……死んだ……!?」


 雨の激しい朝、全身びっしょりに濡らした憲兵が屋敷へと訪れる。その憲兵によれば、深夜に争うような声が聞こえると通報があり、現場に向かうとレティアの死体を発見したとの事だった。


「刀剣の類で襲われて死亡したものと思われます。ゴレアス様には遺体がレティア様かの確認をして頂きたく……」

「分かった。支度ができ次第向かおう。ご苦労だった」


 驚く様子も無く、ゴレアスは冷たい声でそう答える。


「父上!姉上が死んだなんて嘘……ですよね……?」

「それを確認しに行くんだ」

「なんでそんなに冷静なんですか!?」


 声を荒げるゴンザレスにゴレアスは動きを止めて答える。


「貴族たる者は冷静さを欠いてはならぬと、そう教えたハズだぞ?」

「それでも!姉上が死んだのですよ!?」

「まだそうとは決まって居ない。たとえそうだとしても取り乱して良い事にはならん」

「でも――」

「もう行かねばならん。お前は冷静になるまで屋敷から出る事を禁じる」


 そう言い放ち、ゴレアスは屋敷を後にする。ゴンザレスは一人で部屋に籠もり昨夜の出来事を後悔する。


「あの時、僕が酒場に向かっていれば……」


 父が家へ戻り、遺体がレティアのもので間違い無いと伝えられたのは翌日の事であった。





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