29.花を摘む条件
「体調はいかがでやすか?」
「ありがとう、もう大丈夫そうだ」
「であれば、花を摘んで帰りましょう」
しばしの間休んだおかげで頭痛は収まったが依然として先程の光景を思い出そうとすると酷くなるので一旦用事を済ませてしまう事にした。
「そういえば特に花を摘んだ様子が無いけど誰も詰まないのか?こんな綺麗なのに」
辺りの様子を見ると隙間なく花が咲き乱れており、直近で誰かが摘み取った様子が無い。これ程綺麗であれば土産や贈り物等、使い道は多岐に渡るであろうに。
「満月の夜にしか咲かないと言うのもありやすが、この花を摘めるのは限られた人間だけなんでやすよ」
「限られた人間?」
予想外の回答に不思議がっているとピエちゃんがミダスを指差す。ミダスは手袋が正しく機能しているのを確かめるとなるべく綺麗に摘み取ろうと慎重に花を手折る。すると花が茎から離れた瞬間みるみる内に萎れて枯れた花びらが落ちていく。
「な……!?」
「どういう事だ?満月の夜なら摘めるって話じゃなかったか?」
「それがですね、どういう訳か普通の人が摘み取ると枯れちまうんでやす。詳しい条件は分かりやせんが、昔摘み取れた人物の共通点から『心の澄んだ者しか摘み取れない』と言われてやす」
「心の澄んだ者?」
「いえね、生まれたばかりの赤子や聖女様とかしか摘み取った記録が無いもんでそうとしか言えないんでやすよ」
どういう原理か分からないが、そういう事であれば誰も摘みに来ないのも納得だ。小さい赤子をここまで連れてくるのは危険過ぎるし、金に変えようと言う者であれば花は摘み取れない。せいぜいが純粋な心で少量を摘み取る現地民だけだろう。
「てか、そんな条件だったら持って帰れなくないか?」
ミダスは今見た通り、ピエちゃんは性格悪そうだし、俺はとても「心が澄んでいる」とは言い難い。
「いえいえ、アッシは見る目だけには自身があるんでやすよ」
ピエちゃんが胸を張って言う。
「坊っちゃんなら摘めるハズでやす。試してみてごらんなさい♪」
そう言いながら花を摘み、自分では無理だと証明するように枯れさせる。ピエちゃんに促され半信半疑で花を手折る。摘まむ形で一輪の花を持ち様子を見るが枯れる様子は無い。
「お?いけた……?」
「当たり前でやす。神様やら神殿やらのお墨付き勇者様なんでやすから♪」
そう言って事前に用意していたであろう袋へ花を入れるピエちゃん。
「摘んでしまえば他の人が触っても枯れないんでやすよ。ホント不思議なお花ちゃんでやすな?」
「って事は花摘むのは俺が全部やらないといけないのか……」
「そうでやす。折角の機会なんで沢山摘んでくださいな♪」
花を摘める人間が希少なのかここぞとばかりに大量に摘むよう指示される。一応プレゼントに使用される物なのでなるべく綺麗に摘んでいく。
「これ位あれば十分でやす。では、帰りやしょうか」
「その前に休憩させてくれ……。腰が……」
長時間中腰で作業していたせいで腰が悲鳴を上げているので休憩を懇願する。ピエちゃんは肩をすくめて「だらしない勇者様でやすね」と呆れながら言い、帰り道の安全を確認する為洞窟へと入っていく。残された俺とミダスは腰を下ろしてぼんやりと花畑を見つめる。
「綺麗だなぁ」
「そうですなぁ」
何ともほのぼのとした空気である。谷底であるのに空気は澄んでおり、時折吹くそよ風で花が一斉に揺れる。
「サラ達にも見せてやりたいな……」
そうポツリと呟くと何やら考え込んでいた様子のミダスが声を上げる。
「思い出した!」
「何だ急に?」
「アズライールと言うのは何処ぞの国に伝わる神の名前ですぞ。確か……罪人の魂を裁く役割を持つとかなんとか……」
「随分と物騒な神様だな……。てかミダスって結構物知りなんだな?」
「いえいえ、物知りと言う程では――」
「そろそろ休憩は十分でやすか?」
「「!?」」
いつの間にか背後に回っていたピエちゃんに驚く二人。
「ちょ!心臓に悪いって!」
「ふふふ。ピエロは人を驚かせるのが仕事なんでやすよ♪」
悪戯心満載のピエちゃんに目で抗議しながら元来た道を戻っていく。
「おっと、そういえば試してみるって話だったな」
来た時に螺旋階段の壁を壊すと言った事を思い出し、鍬に魔力を注ぐ。未だ魔力総量が少ないのか軽くは無い虚脱感を感じながら光り始めた鍬を振るう。しかし鍬はカツンと音を立てて壁に衝突し、手が痺れる。
「やっぱダメみたいだわ」
「あらら、坊っちゃんならもしやと思ったんでやすが……」
そう言いながら大げさに肩を落としながらピエちゃんがため息をつく。俺も一攫千金を逃したのは残念ではあるが、無理なものは無理なので帰路へと就く。
「そういえばアリ共は出てきませんな?」
ミダスの声を聞き天井を見上げる。先程の穴からは時折砂粒が落ちてくるだけで何かが這い出てくる様子は無い。
「アリさん達もお休みの時間なんじゃないでやすか?」
「さっき出てきたじゃねぇか……。ま、出てこないなら楽で良いけどな」
色々とあり疲れてはいたが、姫様の誕生日も近く、野営の準備は無いので眠気を我慢しながら来た道を戻っていく。俺達が城に着いたのは昼頃になった。
「姫様のお誕生会は夜を予定しているんで坊っちゃん方はお休み頂いて大丈夫でやす」
そう言い部屋を後にするピエちゃん。
「んじゃ、さっさと寝ちまうか」
そう言ってふかふかのベッドへと潜り込む。ミダスは寝付きが非常に良いのか既にいびきをかいていた。いや、早すぎない?と思いつつ俺もカーテン越しの穏やかな日差しに包まれ微睡みへと落ちていく。
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「この像はアズライールって言うみたいよ?」
一面白の花畑でサラがそう言う。
「え?これ読めるのか?」
「昔モブロスさんに少し習ったのよ」
「あの人何者なんだよ……」
呆れる様子の俺を見つつサラがため息をつく。
「にしてもここに居る全員花が摘めないとはね……」
「どんな仕組みなんだよこの花」
「特殊な植物って言うのは結構あるみたいですよ?有名どころだと引き抜いた瞬間に死んでしまうマンドラゴラとか」
「あ、ソレは俺も聞いた事あるわ。酒場の商人が仕入れたって小躍りしてたな」
「うげ、今度から何か抜く時は確認しないとな」
などと話しているとサラが花を手折り、枯れさせる。
「パパに供えたかったけどこれじゃあ無理ね」
「失礼ですがサラさんのお父様は……」
「あぁ、魔王が宣戦布告したあの日に王城へ向かって魔物に襲われてな……」
「……すみません」
「ルシールが謝る事じゃないわ。魔王が全部悪いのよ……!」
少しだけ気まずい雰囲気が漂い。サラが口を開く。
「あーもう!しみったれた空気って好きじゃないのよ!さっさと魔王を倒しに行くわよ!」
「おぉ、おっかね。我らが姫様はお前より勇者っぽくなってきたな?」
「うっせぇ!」
少しばかり空元気感は否めないが、静まり返る谷底に負けないよう騒がしくその場を後にするのだった。
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「――ス殿、アレス殿?」
ミダスの呼ぶ声に起こされる。
「……ん?……もう時間か?」
眠い目を擦りながら窓の外を見ると日は沈み、暗くなっていた。
「もう少し時間はあるようですが、そろそろ準備をしませんと」
「あぁ……。そうだな」
「ん?どうされたので?」
「ん?何が?」
「いや、それは……」
そう言って俺の顔を指差すミダス。不思議に思いつつも顔に触れてみると指が濡れる。
「何だこれ?」
指を見るとただの水の様だ。目から頬にかけて濡れているのでどうやら俺は泣いていたようだ。
「何か悲しい夢でも見られたので?」
「んー……」
夢の内容を思い出そうとするも霞がかった様にはっきりとしない。
「分かんねぇわ。まぁ、野菜がダメになったとかそんなんじゃね?」
「それはなく程の事なのだろうか……?」
「何を!?良いか?野菜ってのはだな――」
などと雑談をしながら姫様の誕生日に向かう為、事前に用意されていただろうであろう正装へと着替える。あらかた着替え終わった辺りでドアをノックする音が響く。
「入りやすよ?」
返事を待たずにドアが開かれピエちゃんが中に入ってくる。ピエちゃんはいつも通りカラフルな道化服のままだ。
「丁度今向かう所だったんだよ」
「その事なんでやすがね。はいコレ」
そう言い何処から取り出したのか、身長の半分程もある立派な花束を差し出す。花は谷底で摘んできた月華草だ。
「ん?」
「坊っちゃんにはこの花束を直接渡していただきやす」
「そういや関係改善とか言ってたな。けどもう会う事も無いだろうし無難にピエちゃんが渡した方が良いんじゃないか?」
「一国の王女と勇者殿に確執があるってのは政治的にマズイんでやすよ。それと渡すに当たって一言をお願いしたいんでやすが」
「ええ?俺なんも考えて無いよ?」
「率直におめでとうって事を伝えればいいんでやすよ♪」
「って言ってもな……。言葉遣いとかちゃんとしないとだろ?」
「まぁ、できるに越した事は無いでやすが、農民の坊っちゃんにそこまで期待する人も居ないでやすよ」
「だよな、農民なんだから礼儀知らずでも問題ないよな。――っておい!」
俺の抗議を華麗にスルーしつつ笑いながら部屋を後にするピエーロ。ま、なんとかなるでしょ!




