専属侍女のなやみのたね
初投稿です。よろしくお願いいたします!
ここ数年、お嬢様が何を言っているのかわからない。
「いやぁ、やっぱり幼馴染で恋愛って素敵よね。アラサーには眩しいわぁ。アオハルサイコー!!お姉さん応援しちゃう。」
「お嬢様、いくら私以外の人間がいないとはいえ、そのような言葉遣いは…」
「わかっているわよ。相変わらず我が乳兄弟シヴァリーは細かいなあ。」
いや、お姉さんって!あなたまだ15歳でしょう!?デビュタント直前!私の2歳下!
先程の話のお方もあなたの2歳上ですよ?
あらさー?あおはる?また新たな呪文かなにかですか?
「これでまた主人公っぽい子は結ばれ私も断罪されず…。私の主人公はどこにいるのかしら?」
いや、私の主人公って!まだ他人の恋路に首つっこむ気なのですか!?
あなた自分の婚約者ほったらかしで何しているんですか…。今日はデビュタント当日ですよ!?
貴族女性に結婚が義務付けられているこの国で、お嬢様はずっとこの調子です。
国防を担うブリタニア伯爵の一人娘、イサキ・ブリタニアお嬢さまがこんな調子になったのは、今から5年ほど前のことです。
◇◇◇◇◇
その年のお嬢様は、季節性の流行病で高熱を出し、3日3晩うなされておりました。
屋敷の使用人はもちろん、前年に奥様を亡くされたブリタニア伯爵も気が気でなく、皆で交代しつつもずっと看病しました。
熱を出した4日目の朝、たまたま交代し、水枕を交換しようとした私の耳に、小さな声が聞こえました。
『とらてんって、本当にあるんだ。』
この時はお嬢様が目覚めた嬉しさで、よくわからない言葉について深くは考えませんでした。
すっかり熱が下がったお嬢様は、おかしな質問をなさるようになりました。
王家や国の歴史や名称、周辺国との関係などの政治的なことをきくのです。高熱で記憶がなくなったのかと思いきや、お世話をしている使用人の名前や乳母である私の母との約束は覚えているようです。
しまいに、
「乙女ゲームはいろいろ履修したけど、どの作品の世界かはわからないわねぇ。とりま、目元から判断するに私は悪役令嬢ってところかしら。断罪回避には情報が命。まずは主人公を探しましょう!」
いや、何を言っているんですか!?まずおとめげーむってなんですか?主人公って、この屋敷の主人は旦那様ですし、私の主人は、あなたですけど!?断罪なんて物騒なこと起こす予定でもあるなら私が意地でも止めますよ!
長年一緒にいたはずの私が、お嬢様の言っていることが何一つ理解できないまま、お嬢様の暴走がスタートしてしまった。
「まずは…ヒロインのよくある特徴といえばピンク頭…。ストロベリーブロンドの子を探しましょう!王家は紫の虹彩だったかしら。そちらも併せて探しましょうか。シヴァリー、外出の用意を。」
暴走お嬢様、最初の行先は近場の孤児院でした。この国の貴族には“ノブレス・オブリージュ”として、領民や王都に施しをする文化があります。より多くの施しをするのが、高位貴族のステータスとなっています。ブリタニア伯爵は文化とは関係なく寄付や炊き出し、孤児院への様々な支援をしています。
なので、お嬢様が孤児院で何かをしても伯爵家の支援の一部になるかもしれません。
そう思っていた時が私にもありました。
「あなたは可愛いし、手先も器用なようね。もしよければ、お針子として私のところへ来ない?」
お嬢様は、各地にある孤児院への寄付もスラムへの炊き出し支援もご自身で出向き、子どもたちへのおもちゃやご飯、おやつを直接手渡し。さらに、時間のある日は子どもたちとふれあい、本の読み聞かせや、自分の刺繡の先生を呼んでの刺繡会を開催。その上で、何人かの子どもに自分の従者や針子、メイドにしてしまったのです。しかもみんなストロベリーブロンドの見目のいい子ばかり。
仕事もまじめにこなすので、古参の使用人には「イチゴちゃんたち」と呼ばれ可愛がられてはいたのです。しかし、お嬢様か出かける度に2,3人ずつ増えていくので、新人の人数と仕事の数が合わなくなってきました。
「お嬢様、雇っている新人に対して指導する使用人が足りません。このままでは新人ばかりで統率されていない無秩序な屋敷になりますよ!」
私の苦言に対してお嬢様は、
「そうねぇ…。雇う人数にも限度があるし、このままにすると仕事の取り合いやいじめが起こりそうね。それは不本意だし…。そうだわ!職業訓練校を作りましょう!しばらくはうちの使用人に負担をかけてしまうけど、他の貴族家に借りを作れそうだし、きっと大丈夫でしょう!」
…10代の貴族令嬢といえば、流行のドレスや高価な貴金属をおねだりするのでしょうね。うちのお嬢様はなんとギルド(徒弟制の訓練所)をご所望です。何で?本当に何で?
しかも、“ノブレスオブリージュ”が大好きなブリタニア伯爵がお嬢様の提案を全面バックアップしまして。元々あった騎士を目指す庶民向け養成所の隣にギルドを開設しました。お嬢様がスカウトしてきた「イチゴちゃんたち」や伯爵家がメインに出資する孤児院の子を試験的に入所させまして。
当家を引退し、余生の暇を持て余している、元ベテランのメイドやフットマンを指導者として登用しました。ベテランの方々は、言葉遣いやマナーに厳しく、口調もきついのですが、出来ないことを怒ったり、罵ったりせず、理不尽な扱いを絶対にしません。そのため、短期間で王宮使用人にもなれる子達が育ちました。
ギルド開設から半年程度で王宮使用人を輩出しましたので、他の貴族家もこれに注目しまして。夜会などでその仕事ぶりを見た良識のある家の方々がスカウトにいらしたり、私のように代々貴族家に仕えている使用人の子をギルドに研修として預けたりしました。結果“ブリタニア家の使用人”を雇えることが貴族のステータスと呼ばれるようになりました。こうして、今まで騎士を育てるだけだった領地が人を育てる領地として有名になりました。
今までにない羽振りの良さにいち早く目をつけたのが、ベネツィエ侯爵家でした。末息子とお嬢様の年齢も近いということで、婿入りというかたちで婚約を申し出ました。
ベネツィエ侯爵は対立派閥ではなく、格上の家からの申し出ということで、ブリタニア侯爵はこれを受理しました。侯爵本人は大局を見極めるタイプの人間でしたが、末息子レオン様は問題だらけでした。
初対面のお茶会で親たちがいなくなった途端、「お前はタイプじゃない」とお嬢様に言い放ちまして。今日の給仕をしていた「イチゴちゃん」を口説こうとしました。お嬢様がたしなめようとすれば、威圧するような眼光でお嬢様を罵る。挙句、「これはお前の強く望んだ婚約で、俺は不本意だ。本当なら俺はもっと選り取り見取りだった」と宣言しやがった!あっ、心の中とはいえ失礼…。
見目は確かにいいが、おつむはからしき。顔だけ男である。
レオン様がお帰りになられた後、お嬢様は
「驚くほど人の話を聞かない御仁って本当にいるのね。いや、自分の都合のいいことしか聞かない人かも。建前の態度は良かったから、恐らく私が何か言っても、相手に握りつぶされそう。でもああいう人間はいつの間にか自滅するだろうから放っておきましょう。」
そう言って、形だけ誕生日プレゼントを贈り、月一回のお茶会をするようになりました。
レオン様からプレゼントはなく、お茶会は時々すっぽかされ、来たと思えば中身のない謎の自慢話をして帰ってゆく。お嬢様に影のように付き添う私ですらうんざりしていました。
お嬢様のいう“ゼン”とやらの知識がなければ、耐え切れず殴ってしまったでしょう。いつでも冷静に心を落ち着かせることは侍女にとって大事なこと。
お嬢様のする謎の話もたまには役に立つのですね。
◇◇◇◇
そうして、過去を思い出しつつお嬢様の謎の発言をスルーしていたら、いつの間にかお嬢様のヘアアレンジは終わりました。本日のデビュタントは王立学園の卒業式に合わせて王宮で行われます。そしてデビュタントを迎えた貴族子女は成人とみなされます。学園への入学の判断は家ごとに変わりますが、後継者は家庭教師と現当主から学び、それ以外の子女が学園に行くというのが通例です。
お嬢様はギルドを抱えている関係から家で学んでおりますが、婿になるレオン様は伯爵の剣術指南から逃げたいが為に学園にいるようです。入学してからはお茶会にも来ないで、果たして本当に学んできているのやら。お嬢様はその時間を「イチゴちゃんの人生相談会」に代え、前述のとおり他人の恋路を応援しています。どの子も良縁だったようで、お嬢様に心酔し、お嬢様の為に情報を集めるようになりまして。まるで王家に遜色ない諜報機関になりつつあります。
なので、本日のデビュタントにエスコートするべきレオン様が来ないことも、何やら学園で浮名を流していることも事前に知ることができました。
「イサキ・ブリタニア伯爵令嬢!お前との婚約など破棄する!」
父親である伯爵のエスコートで入場し、成人記念ということで伯爵と一曲踊ったお嬢様。喉が渇いたということで、私が飲み物を取りに行った間に事件は起こりました。怒鳴るように言い放ったのは婚約者のレオン様。なんと片腕に赤髪の派手な女性がしがみついています。
「(婚約破棄キター!!)あらまぁ、どんな理由でしょう。どのような理由だとしても、この場ではだいぶ不適切な発言でしてよ」
お嬢様、今何か小声でなんか変なこと言いませんでした!?
「うるさい!お前がこの女性ククルス・バブリネ男爵令嬢をいじめただろう。いじめなどするものなど伯爵家に必要ない。即刻出ていくがいい!」
「あら、いじめなどしておりませんし、その女性も初対面ですわ。出ていけとはどうゆうことですの?
」
「俺は真実の愛に目覚めたんだ!俺は彼女と結ばれブリタニア伯爵家を継ぐのだ!それなのにお前が嫉妬で彼女をひどい目に…」
「レオン様ぁ、私本当に怖くって~」
「いえ、本当に初対面ですし、嫉妬って何のことですの?伯爵家はあなたのものではありませんよ」
「はっ!?学園で散々ククルスに嫌がらせしていただろう!それに伯爵家は俺が継ぐことになっていたはず…。」
「いえ伯爵家を継ぐのは私ですよ?王家へもそのように書類を出して許可をもらっていますし、そのために学園に通わず、領地で後継者教育を受けているのですから。」
「え…」
「レオン様も当家で学ぶはずが、学園に行っていたので、おかしいとは思っていたのです。なるほど、自分は浮気なさってそれを真実の愛とやらでごまかし、伯爵家を乗っ取るおつもりでしたの。」
「いや、違…」
「違いませんよね?大方今日私に恥をかかせればこちらが引き下がるとでも思っていたのでしょう?だいたい真実の愛というものは呪いとかを解くものであって夜会の会場中心で叫ぶものではないのですよ。」
さすがお嬢様、こんな場面で言い負かすだけでなく、何で後半にわけわかんないこと言いだすんですか!?というか、早くこっち来て助けてください!あなたがアイコンタクトで「大丈夫」と伝えたせいで、出張るのを抑えた伯爵様、レオン様の発言で激怒して私と伯爵様の侍従で羽交い絞めにするのもそろそろ限界ですよ~…。
その後、レオンとククルスはデビュタントの夜会を台無しにしたことで騎士に連行され、ベネツィエ侯爵家は降格。レオンは実家を追い出され元侯爵家の国境警備隊に配属。毎日しごかれているらしいです。
ククルスは家族ぐるみで行っていた結婚詐欺やら文書偽造などがばれ、投獄され男爵家は取り潰されたそうです。
お嬢様は、今回の事件の中で、1つ下の第3王子に一目ぼれされ、求婚されたが、「婚約破棄されるような自分にはもったいなきお言葉」とこれを固辞しました。第3王子は諦めていないようですが。
「私は悪役令嬢ではなかったようだけど、主人公はいるのかもしれないから探すのはやめないわ!」
いや、悪役令嬢ってまだ言いますか!やっぱりお嬢様の言っていることはわかりません!!