5話 事実は謎を呼ぶ
光が消えたあと、立っていたのはガーデン達3人のみ。フィーネが相対していた相手は正常な状態になっていたものの、倒れ目覚めなかった。
「一帯のバグは消失…お見事です。今のお力で箱庭がトータル30%も戻ってまいりました」
「フィーネさん、ウォームさんの意識が戻るまでまた壁の中に居れないかな?」
「ふむ…」
そうですね…と思案する。センリよりも深い影響を受けていたこの相手は、浄化した直後では目を覚まさない様子。だがバグが残っていたら?壁の内側にまた入れるのか?
「ええっと、この人ウォームさんって言うの?」
ガーデンの声が思考を遮る。すぐに戦闘に入ったせいもあってろくに紹介もできなかったのだ。
倒れた人物を背負い、紹介が遅くなりました…と口を開いた瞬間。
パチパチパチ
どこからか拍手が鳴り響く。
辺りを見回しても誰も見つからない。だが拍手の音は近づいてくる。
ふとガーデンが1番近くの建物の屋根を見ると、何も無いところから赤いパーカーのフードで顔を隠した人物が現れる。ガーデンの思考ではボロボロのズボン、もといダメージジーンズに赤いブーツを履いているのが見えた。パーカー自体は前開きの物なのだが、チャックが開けっ放しのパーカーから見えるTシャツが墨でも零したのかというほど光を通さない黒。どうやら様々な色のケーブルと思わしき紐を持ち合わせているらしい。
「あそこの人だ!」
「…!フェードインを利用する電子生命体…?いやしかし、箱庭内でのワープはポータルを利用しなければ不可能なはず…」
「へぇ、アンタが箱庭ドロボウってワケ。この俺様が取り返したもんをもう1回奪うのかよ?」
顔が見えない。否、正確には見えているのだろうが、フードに顔の情報を見せないようガードされている。
解析しようとフィーネは人1人背負ったまま青い画面を映す。しかしそれはすぐに消される。
「はいそれ今は禁止。早々にわかってちゃつまらねぇからな!」
静かに睨む。しかしそれは軽く流される。
「…私にプログラムで争える方など居ません。あなたは誰なのですか」
「だーかーらー!それを言ったらつまんねぇだろって!」
赤いパーカーの人物は大袈裟な態度を取っている。顔は見えないが、話し方で元気な男だと聞いてとれる。
ガーデンもその相手を見るが、電子生命体か否かすらフードによるガード(?)でわからなかった。
「呑気にしてたら真っ黒な闇にこの辺が包まれたし、俺様の仲間も消えてたし!俺様の居場所を取る気か!?」
「闇?光ってたと思うけど…」
「まぁまそんな感じで、このまま取られる訳にもいかないしな!一旦帰るわ!じゃあな箱庭ドロボウさんよ!」
「…行っちゃった」
誰だかわからない相手は姿を消す。比喩ではなく本当に少しずつ透けたと思いきや、最後には完全に消える。フィーネの解析機能を搭載したプログラム(青い画面)を利用出来ればどこに居るかやあれが誰なのかなどすぐに分かるのだが…先程一時的にとはいえ消された影響で復旧に時間がかかるとのことだった。
赤いパーカーの男の出現により警戒が強まる。しかし気絶した電子生命体はこのままにしていけない。
1度3人は壁の内側に戻ることにした。
*
彼女は目を覚ます。
なんだかこれまで悪い夢を見ていたような、誰かと戦っていたような。そんな疲労感に襲われる。
起き上がって辺りを見回す。自分が最後に記憶している戦いの時に使っていた盾が見当たらない。少し離れたところにそれを使えるようにした管理AIが見えることから、彼女が何かしているのだと想像が着く。
「フィーネちゃんにセンリくん、と…?」
「…!ウォーム様、お目覚めになられたのですね」
ウォームと呼ばれた電子生命体は駆け寄ってきたフィーネに微笑む。表情こそそこまで変化がないが、その行動に心配の色が見られるのだ。
「お加減の程はいかがですか?」
「えぇありがとう。万全ではないけれど…体を動かすだけなら問題ないわ。それで…」
「終わったー!フィーネさん、ウォームさんの盾のバグ消えたよー!…って!」
「起きてる!」
少し離れたところで何かをしていた2人。ウォームはセンリの方しか知らないのだが、本気で心配してくれていたとわかる。
元気よく駆け寄ってくる2人に視線を向け、フィーネに質問する。
「フィーネちゃん、センリくんの隣にいるあの子は…?」
「ご紹介が遅れまして申し訳ありません。あの方はガーデン様。箱庭が生み出した防衛機構…AIでございます」
「あらあら、フィーネちゃん以外のAIさんなら私からも挨拶しないといけないわ」
その電子生命体は名乗る。
自分はウォーム・エクステンド、アイロンの電子生命体だと。
膝下まであるオレンジ色の長いワンピースに白いサロンエプロン、オレンジ色のミディアムヘアーと全身の印象に見合わぬ西洋の鎧の篭手。最後に戦闘の時に扱っていた靴裏が金属になっているブーツを履いている。これが彼女の姿だった。
「よろしくね!」
「ふふ、よろしくお願いするわ」
「ウォームさんが居れば百人力だね!バグのせいで敵になっちゃってた時は怖かったけど!」
「あらそうなの?詳しく聞かせてちょうだい」
3人はウォームに話す。先程までの状況、現状の目標、ガーデンの力。念の為と赤いパーカーの男についても話をしたのだが、そちらは現れたら警戒する、ということで話が纏まった。
「…つまり私はさっきまで敵に操られていて、ガーデンさんに助けて貰えたのね」
「はい。そしてついでと言っては何ですがあの方のお力も少しづつ判明、研究しております」
再び壁の内側に戻ってきた時に判明した能力はこうだ。
・祈りを込めれば浄化の力を遠隔でも使用可能
・壁の内部では浄化はバグの侵食からの回復となる
・ウォームが目覚める少し前に無機物に対して実験してみたところ、電子生命体より短い時間で武器の修復も可能。ただしウォームの盾は侵食率も高く大きかったため少しばかり時間がかかった
「フィーネさんの槍も僕の銃もちょっとだけ影響あったみたいだけど、ピッカピカの新品になったんだ〜!」
正確には違うのですが…と言うフィーネを他所に純粋に喜ぶセンリ。
その中でも冷静に今の状況を考えるウォームは、自分の身に起きた事や現状の話をまとめる。その中で一点だけ気になる点があった。
「フィーネちゃん、私たち電子生命体がバグ処理の為に残った人数は7人じゃなくて6人ではなかったかしら?」
「…え?」
「おかしいわ。だって昼の街は私とセンリくんにこの場にいないキャミアちゃんで、夜の街はウインドちゃん、シオンちゃん、クーリスくんでしょう?フィーネちゃんの話が本当だとして、あと一人の名前やどっちにいたのかを覚えているかしら?」
そう言われて記憶を辿る。誰かがいた、という記憶も記録もあるのだ。それは何度も管理者権限で大事に保存して何度も見ていたから確実。それに検索したときに名前を入力した記憶もある。
だが、その先は?容姿や声は?箱庭が付けた識別コードや名前は?
フィーネですらそれは幻だったのかと勘違いさせられるほど、うっすらとした記憶にさせられている。そんな気がした。
「…どなたかからの記録の改ざんでしょうか」
「それか元々居ないその人を記憶の中で作るようバグに仕組まれたかよね」
確証は持てない。だが考えられるとすればガーデンが目覚める直前、箱庭のほぼ全てがバグに覆われていた時。赤いパーカーの男が何らかの不都合を消すため、先程フィーネの青い画面もとい管理操作盤を消して見せたように、ハッキングしたと考えるのが自然だったのだ。
だが、箱庭を奪う理由は?
「…必要以上に悩めば敵の思う壷でしょうか」
「そうねぇ。私も皆もどれが正しい情報かわかっていない今、考察するのは危険だわ。とりあえずガーデンさんの力がどんな物かだけでも研究できているなら重畳ね」
実際のところ、現状では何も解決していない。
だが悩みすぎて時間を浪費するには戦力も情報も足りないのだ。
昼の街はあと20%で完全に取り戻せるし、何より昼の街に住んでいたあと一人が戻ってくれば文字通り百人力になる。そのような希望を持って2人は話を続けていた。
この次の話から毎週投稿になります。
執筆速度の問題です、ユルシテ…ユルシテ…