7、めでたしめでたし(最終話)
「ユディタ!貴方、最高ね!」
使者が姫が与えた物を掻き集めて、逃げるようにこの国を去った後、母は大興奮して姫の手をとった。
「お義母様、わたくし、サシャ様といるために頑張りました!」
「ええ、貴方はよくやったわ!本来やらねばならないはずのサシャときたら・・・本当に頼りない息子で申し訳ないわ。」
母が眉を下げて姫に謝っている。残念ながら事実であり反論のしようがないので、俺は黙って小さくなって姫の横に控えていた。
「そんなことはありません。サシャ様が側にいてくださったから、わたくしは安心して行動できたのです。お義母様、サシャ様を生んでくださってありがとうございます。」
姫はあっさりと俺を役立たずから御守りに昇格させてくれ、さらに礼まで言われた母の顔が喜びに満ちた。
姫も満面の笑みを浮かべて俺の腕に抱きつくと、きらきら光る琥珀色の瞳で俺を見上げて弾んだ声で続けた。
「サシャ様は初めて会った時からわたくしのことを思いやってくれて、いつだってわたくしのことを考えて行動してくれます。わたくし、間違いで貴方に嫁ぐことができて、とっても幸せです。」
「まあ、ユディタは嬉しいことを言ってくれるわね。サシャ、貴方はこんなに素晴らしい妃が来てくれて果報者よ。」
「全くその通りです。俺は世界一の果報者です。」
「サシャ様もそう思ってくれているなんて、とっても嬉しい!」
「うわあっ!」
母の言に深く同意した俺に、喜んだ姫がいきなり、思いっきりジャンプして飛びついて来た。格好悪いことに俺は受け止めきれず尻もちをついた。もちろん、姫は守り切ったが。
「サシャ様、大丈夫ですか?」
「姫こそ、その、お腹の赤ちゃんは・・・」
ふと思い出して尋ねる。昨日の今日いや、今日直ぐに分かるもんではないと思うのだが。
「そうだったわ!ユディタ、貴方は本当に望みの子供を授かれるの?!」
床に倒れた俺の上に座ったまま、姫はコクリと頷いた。
「そのように母より聞いています。母方の一族には不思議な力があって、十六を過ぎて最初に契った相手の望む子供を授かれると。」
「サシャ!もちろん、男の子を望んだのでしょうね?!」
キッと俺を見下ろしてきた母から瞬時に目を逸らす。それだけで母にはバレてしまい、幼少時のように耳を引っ張られた。
俺の上に姫が乗っているので、身動きがとれず逃げられない。
「い、痛いです、母上!」
「貴方、なんと願ったの?!もしや女の子、まさか、まだいらないとか抜かしたんじゃないでしょうね!・・・ええい、サッサと白状おし!」
母に襟首を掴まれてガクガクゆすぶられる。
「そんなことは言ってませんよ!その、ですね・・・・・・『男の子が欲しいけど、女の子もいいなあ』と・・・」
「なんですって!貴方、正気?こんな、二度とないチャンスを五分五分にするなんて!この馬鹿息子!」
「だって、望みの子供が生まれるなんて知らなかったんですよ!」
「ええ?」
母がようやく俺の上から退いてドレスの裾を直しているユディタ姫へ不満げな視線を向けた。
姫はしれっとした様子で頬に片手を添えて可愛らしく首を傾げる。
「ええ、言いませんでした。なぜって、そんなことを言ったらサシャ様は『男子が欲しいが為に無理に貴方を傷つけたくない』とか無意味なやせ我慢をして、私に手を出してくれない気がしましたので。」
「確かに。貴方、短い期間でよくもそこまでサシャの性格を見抜いたわね。」
「毎日陰からじっくり観察させていただきましたから。」
うふふふ、と笑う姫に少しばかり恐怖を感じる。
微妙な空気になったところで父の国王が姫に向かって腰を折った。
「ユディタ。せっかく似合っていた嫁入り道具の装飾品やドレスを手放させてすまなかった。」
「まあ、お義父様。謝罪などいりません。決めたのはわたくしですし、あれらは元々趣味に合わなかったので、なくなってすっきりしました。わたくし、いつかサシャ様がわたくしの為だけに選んで買ってくださった物を、身に着けるのを楽しみにしているのです。」
姫は父へサラリと言って俺を再度見上げた。
姫、それはうちの国家予算の数倍の贈り物を期待してるってことですか?
・・・頑張って収入アップを目指そう、と俺はひっそり心に決めた。
「でな、儂は生まれてくる子が男の子でも女の子でもどちらでも良いと思うのだ。もし女の子だけしか生まれなかったら、その時は法を変えて女が国王になれるようにすればいいだけだと思ったのだよ。」
父の言葉に、その場が一瞬で静まり返る。今までそんな柔軟なことを言ったことがない父に皆が目を丸くしている。
それを感じ取って父は頭の後ろに手をやって、ハハッと笑った。
「だってほら、先程のユディタの様子を見ていたら、女でも十分国を治めることができるんじゃないかと思えてな。」
俺は母と目を合わせ、周囲に控えている人々をぐるりと見渡し、最後に隣の姫を見つめた。
姫はニコニコと俺を見上げている。
「ユディタ姫、貴方は凄い人だ。綺麗で、可愛くて、頭が良くて、度胸があって、うちの国まで変えてしまうとは。」
「サシャ様にそんなに褒めていただけるなんて光栄です!わたくし、この国の次期国王の妃としてもっともっと頑張りますね!」
心の底からそう言ってくれた姫が愛しすぎて、俺は姫をぎゅうっと抱きしめた。
もう、絶対に放さない!
■■
月満ちて、姫は男女の双子を生んでくれた。
「もう、サシャがどちらも欲しいなんていうから、両方生まれてくれたわよ!」
出産で汗だくになった姫は嬉しそうな顔でそんな憎まれ口を叩く。
「ユディタ、俺が男の子も女の子もどちらも欲しいなんて曖昧なことを言って、しんどい思いをさせてすまなかった。お疲れ様。君は最高の妻だよ、ありがとう、愛しているよ!」
俺は愛する妻をそっと宝物を扱うように抱きしめた。姫もぎゅっと抱きしめ返してくれる。
それだけで心の底から喜びが湧き上がって溢れてくる。
そのままの体勢で妻のベッドの横に目を向ける。そこには産湯が済んで真っ赤な顔で寝ている俺と彼女の髪色をそれぞれ受け継いだ赤ちゃん達がすやすやと眠っていた。
この世に出てきたばかりの小さな小さな子供達に恐る恐る手を差し伸べれば、ふっとお揃いの琥珀色の目を開けてきゅっと指を掴んできた。
その弱々しくも確かに生きている生命に涙がこみ上げてくる。
俺は新たに増えた大切な家族を全力で守ろうと心に誓った。
その後、愛する妻と子供達に不自由はさせたくない、大国から馬鹿にされたままではいけないという一心で俺は必死で勉強し、他国を視察して学び、国を改革していった。
数十年後、気がつけば領土は変わらないままだったが、世界トップクラスの資産国になっていた。
「あー、緊張する!」
「何言ってるの、サシャが結婚するんじゃないのよ?」
「でも、息子の結婚相手との初顔合わせなんだぞ。緊張するだろ?」
「そういえば、サシャは娘の時には真っ青になって震えていたっけ。」
「あれは・・・まあ、今は娘と仲良くやっているみたいだからいいんだ。・・・だから息子の相手も君みたいな素敵な女性だと良いんだが。」
「まあ、嬉しい。」
「俺は君のおかげで今も最高に幸せだからな。ユディタ、俺を愛してくれて、今日までずっと側にいてくれてありがとう。」
「わたくしも毎日最高に幸せよ!まだまだずっとずっと一緒にいましょうね!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これにて完結です。
もしよろしければいいね、評価、感想等でこの話がどうだったか教えて頂ければ次回の励みになります。よろしくお願い申し上げます。