5、姫の企み
未だ眠るフレーブを起こさないようにそっと体を起こした姫は、俺の頬に手を添え顔を覗き込んできた。
口付けられるほどのその距離に顔が赤くなるのが分かる。
先程、姫は俺のことを愛していると言ってくれた。そして彼女から触れてくれ、気遣ってくれた。俺は幸せ過ぎてまた涙が溢れてきた。
「サシャ様!泣いてないで何があったのか説明してくださいませ!」
姫に叱咤された俺は、鼻をすすりながら使者の話を彼女に伝えた。
「なるほど、やはりこの国へ嫁ぐ姫は私ではなかったのですね。」
俺の話を最後まで聞いた姫は頷きながらそう言った。
「気がついておられたのですか?!」
「まあ、薄々そうじゃないかとは思っていました。あの金にがめつい父がこんな払いの悪そうな国に私を送るわけがないですから。」
姫は遠回しにこの国を貧乏と言った。そりゃ大国に比べたら超ド貧乏国ですよ、うちは。
「何故、言ってくれなかったのです?」
「言ってどうなるものでもないでしょう。・・・いえ、言いたくなかった、という方が正しいですね。それにこれはきっと本来この国に嫁ぐ予定だった姫の陰謀でしょうし。」
「陰謀?!」
「ええまあ、あれだけ女がたくさんいれば、そういうこともありますよ。大体犯人は分かりますので、後でお礼状を出しておきます。」
「ええ?!」
「だって、わたくしをサシャ様の妻にしてくれたのですもの!いくらお礼をいっても足りませんわ。」
「それって・・・」
「わたくし、初めて貴方にお会いした時、『なんて優しそうで素敵な人かしら!』って思ったのです。あの夜にそれは確信に変わりました。今思えば、わたくし、サシャ様に一目惚れしてたのですね。」
全身真っ赤にして口をパクパクする俺を見つめてユディタ姫は声を上げて笑う。
「本当に、お優しくてわたくしの気持ちを最優先してくださるサシャ様が大好きで、どれだけ愛しても足りないくらいです。」
もう何も言えずに沸騰している俺にぎゅううっと抱きついてきた姫が、今度は低い声で耳元で囁いた。
「わたくしはずっと貴方のお側におります。だから、二人で使者を追い返しましょうね。」
姫のいい匂いと柔らかさに包まれて、俺は気が遠くなりそうになるのを抑えて姫の腕の中で必死に頷いた。
■■
「『この件はわたくしに任せてください。三日後に使者と会って穏便に帰ってもらいます。』とユディタは言ったけれど、もう明日よ?今どうなっているの?!」
「サシャ、お前は何か聞いていないのか?」
あれから三日後、昼に両親が俺の執務室まで押しかけてきた。
あの後、ユディタ姫は意気揚々と俺を従えて王の間へ行き、父と話をしたのだ。
曰く、大国へは帰らない、一生この国にいる。使者は自分が責任持って帰らせる、その準備の為に三日欲しい、と。
それを聞いた母は喜んだが、父は少し青ざめて悩んでいた。それに気がついた姫は初めて父と二人で小声で会話し、父を瞠目させていた。
一体何を話したのか、二人とも教えてはくれなかった。
「父上母上、姫は自信たっぷりでしたから、そう心配なさらなくても大丈夫ですよ。」
そう告げて俺は二人を部屋から追い出した。
この時まで、俺は姫が父親である大国の国王宛に手紙でも書いて使者に持って帰らせるのだろうと呑気なことを考えていた。
だから、今夜もいつものように姫に就寝の挨拶をした後、自室のソファで無防備に眠っていた。
結局、結婚式の夜からずっとここで寝ている。寝具も充実させてよく眠れるようになっていたのだが、その夜に限って重苦しさを感じて目が覚めた。
・・・なんだ?身体の上に何かが乗っているような。
視線を自分の胸の方ヘ向けた俺は、叫び声をあげそうになり、口に布を押しあてられた。
「にゃにしてひゅんでふは?!」
「サシャ様、お静かに!いいですか、叫んではいけませんよ?」
俺がコクコクと頷くのを確認して、上に乗っている姫が口を解放してくれた。
そう、何故か、深夜に姫が俺の上に跨っており、更には顔を覗き込んできているのだ。
一体これは、どういう状況なのだろうか・・・??何か危機があったにしては姫が落ち着き過ぎている。
「姫、どうしたのです?!」
「サシャ様。わたくし、たった今、十六歳になりました。」
「それは・・・おめでとうございます。えっ?!十六?!昨日まで十五歳だったのですか?!大国の話では二十と・・・!」
「それはわたくしではない方の話ですね。そういえば、サシャ様はおいくつですか?わたくし、突然間違いで嫁いできたのでなんの事前情報も聞いてないのです。」
「俺は・・・その、二十五、です。」
「まあ、随分と上だったのですね!」
「年食っててすみません。」
「いいえ、サシャ様でしたら、わたくし何歳でもオッケーですわ。」
オッケーなんですか・・・。グイグイくる姫に気圧されながら俺は姫の下から抜け出そうと身体を動かした。
がしっ
「そう、わたくしは十六になったので、今からサシャ様の子種をください。」
「はっ?!はあっ?えっ?」
一瞬、息が止まってあの世が見えた。
いや、聞き間違いに違いない、俺の耳がおかしくなったのだと頭を振ってみる。
「さあ、時間がないのです、急いでください。」
「えっ、やっ、ちょっと?!待って?!止めてください!」
姫にシャツのボタンをどんどん外されて俺はパニックに陥った。
俺の必死の静止に姫の顔が悲しそうに歪んだ。
「サシャ様はわたくしと子供を作るのが嫌なのですか?」
「まさか!貴方でなければ嫌です。」
「では何故、そんなに抵抗するのです?」
「いや、その、心の準備が・・・」
姫の目が暗闇でカッと見開かれた。
「心の準備ですって?!分かりました。一秒、差し上げますので覚悟を決めてください。・・・さあ、準備できましたよね?始めますよ!」
「ちょっ、待って!なんでそんなに急ぐのですか?!初めてって、もっとこう、話とか雰囲気とか・・・」
「あら、そういうものなのですか?それは失礼しました。いいですよ、朝までに子種がもらえるならお話して雰囲気作りしてからでも。」
子種って・・・既に雰囲気ぶち壊しです、姫。
でも、悲しいかな。俺も健全な二十五の男なわけで。愛する女性に上に乗られてこんなに迫られたら、身体の準備はできてしまうわけで。
姫もそれに気がついて、嬉しそうに微笑んだ。
「準備が出来たみたいですね!」
「・・・ハイ。」
もう、こうなりゃ姫の言う通りに子作りします!
破れかぶれになって姫を抱き上げてベッドに移動して、さあ、というところで今度は姫からストップが掛かった。
「大事なことを忘れておりました!サシャ様は男の子と女の子、どちらの子供が欲しいですか?」
もう完全にやる気満々になっていた俺は、その質問を深く考えず、夢にまで見た姫との口付けにうっとりしながら適当に返事をした。
「それは俺が決められるものではないでしょう。そりゃ、男の子が生まれれば皆喜んで俺も肩の荷が降りますけど、出来たら姫に似た女の子も欲しいですよ。まあ、どちらでも元気に生まれてくれればいいです。」
「なるほど、分かりました。では、朝まで頑張りましょう。」
「え、朝まで?!」
「え、そういうものではないのですか?」
「いえ、いや、ご期待に添えるようやってみます・・・。」
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このシーンが書きたかったんです…