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3、穏やかに想いを育んでいけると思っていたのに


 「姫、昼食を待っていてくださったんですね。お腹が空いたでしょう、こちらで一緒に食べませんか?」

 

 扉が閉まったのを確認して、カーテンへ声を掛ければ、黒い頭がひょこっと出てきて室内を見回した。

 

 「俺以外、いませんよ。呼ぶまで誰も来ませんからゆっくり食べられます。冷めないうちにどうぞ。」

 

 その言葉で安心したのか姫はトコトコやってきて食事の用意がされたテーブルを一瞥した。

 それからおもむろに俺の方に置かれているスープカップとスプーンを手に持ち、こちらへやってきた。

 

 「ハイ、あーーーーん。」

 

 彼女はスプーンで一匙掬ったスープを俺の口元に持ってきて、真顔でそんな台詞を吐いた。

 

 俺はその無表情の圧に負けて口を開ける。直ぐにグイッとスプーンを突っ込まれ、流し込まれたスープを飲み下す。

 

 姫はいそいそと次の準備をしているが、さすがに恥ずかしいので止めてもらおうと手を上げた。

 

 「姫、自分で食べられますから。」

 「人間の看病はこうするのでしょう?昔、熱を出した妹が乳母にそうやって食べさせてもらっていたのを見たもの。」

 

 なんだか得意気に胸をそらしてそう言った姫は結局、スープを最後まで俺の口に運んだ。

 

 姫の気が済んだタイミングを見計らって、俺はベッドから降りてテーブルについた。

 

 「姫、おかげで元気になりましたので後は自分でできます。貴方の食事も冷めてしまいますから、一緒に食べましょう。」

 

 やっと俺の言葉に納得してくれたらしく、姫も向かいの席についてスプーンを手に持った。

 

 やれやれ、なんてかわいいんだ。

 

 ■■

 

 数週間後、俺は執務室の窓から遠くの庭を眺めていた。

 

 緑に覆われた低い丘で小麦色の大きな犬とユディタ姫がじゃれ合っている。先日やっと姫の希望に合った犬が見つかり、姫と引き合わせたところ、一人と一頭は直ぐに意気投合した。

 

 以来、犬のフレーブ(姫が丸一日かかってつけた名前)はいつでも姫と一緒だ。

 

 奴は姫とは反対に人懐っこく、誰にでも尻尾を振って愛想よく人気者になっている。だが何故か俺には唸る時があって、その時は姫に窘められている。

 

 姫と犬の近くには側仕えの女達が穏やかに見守っていた。

 

 ぼうっと幸せな光景を見つめ続けていたら、背丈より高く積まれた書類を持ってきた秘書官のチェニェクが、机の上にドスンと積みながら言った。

 

 「サシャ殿下のいう通りに女性だけの区域を作ったら、お妃様がのびのびとされるようになりましたねえ。」

 「うん。」

 「それにサシャ殿下には随分と気を許されてこられたように見受けられますが。」

 「そんな気はするな。」

 「でも、子作りはしてない、と。」

 「・・・そういう直接的な物言いは止めて欲しいのだが。」

 「どう言おうと、同じですよね。殿下、いつになったらお子様が出来るのですか?陛下達も仰らないだけでジリジリしておられますよ?」

 「・・・うーん。」

 

 あれから姫とは食事はなるべく一緒に摂っているし、空いた時間ができれば庭を歩いたり、お茶をしたりと親交を深める努力を続けているのだが。

 

 まあ、急がないと決めたし姫は聞いていた年齢より幼いように思えるので、向こうの心の準備が出来るまでゆっくり待つしかない。

 

 と、口の中だけでぼやいて新たに加わった書類を夕食までに片付けるべく手を伸ばした。

 

 

 「サシャ殿下!大変です、大国から至急の使者が参っております!今すぐ王の間までおいでください!」

 

 扉がすごい勢いで開かれたかと思うと、息を切らせた伝言役が飛び込んできた。

 

 お前、城内を走るだけで息を切らせるとか、運動不足も甚だしいな。規則を作り直して普段から走らせようかな。

 

 脳内にそんな考えがよぎったが、身体は直ぐに動いて廊下へ出ていた。

 

 ■■

 

 「え?人違い?」

 

 えらく急いでここまで来たらしく長旅の汚れを落とす時間さえ惜しんだ様子の大国の使者の話は、にわかに信じ難いものだった。

 

 「はい。ユディタ姫は私どもの手違いでこちらの国に嫁いでしまったので、直ぐに離婚の手続きをして返して頂きたいのです。もちろん、サシャ王子殿下には改めて別の姫を輿入れさせますので、ご安心下さい。」

 

 「それは、ユディタ姫は既に他の国の方と婚約されていたということなの?」

 「いえ、まだお相手はお決まりではなく・・・。」

 「ならばこのままでもよろしいのではなくて?ユディタもこの国に慣れてきたところなのに。」

 

 玉座の横から王妃である母の少し震えた声がした。

 いつもは何があっても父とともにどっしり構えている母らしくない。父も口を開けてポカンとしている。どうやら二人ともこの展開には驚きを禁じ得ないらしい。

 

 使者は母の質問に首を竦めて言いにくそうに口をモゴモゴさせた。

 

 「いえ、その、ユディタ姫様は特別な御方でございますので・・・そのう。」

 「うちなんかの小国にやるには勿体無いということかしら?」

 「いえ、それは・・・」

 

 と口では濁しつつも使者の表情がそうだと言っている。その無礼さに母の怒りのメーターが上がって行く。隣に座る父がそっと母から距離をとった。

 

 「間違いだろうと、ユディタは既にうちの息子の妃です!簡単に離婚などさせられませんわ!」

 

 扇を握りしめそう叫んだ王妃を上目遣いに見ながら、使者は俺の方をちらりと見て言った。

 

 「王子殿下はいかがですか?ユディタ姫は、その、ちょっと変わったところがありますし、次の姫は大国でも五指に入る美人でございます。交換されたいと思われませんか?」

 

 「全く思わない。」

 

 間髪入れずに言葉を叩きつける。女性を交換などという言い方も許せないし、ユディタ姫は出会った時とは比べものにならないほど会話も増え、男では俺だけに笑顔を向けてくれるようになったところなのに、別れるなんて嫌だ。

 

 こちらが離婚に全く応じる気がないと分かった使者は大きなため息をついた。

 

 「素直に応じて頂ければ、我が大国からの覚えも良くなったでしょうに。そう強硬な態度をとられてはこちらも強く出ざるをえません。」

 

 いかにも仕方ないという風情で胸元から書状を出して国王である父に向けて差し出した。

 

 形だけはへりくだっているが、大国の方が上で小国であるうちが言うことを聞くのが当然と思っていることは明白だった。

 

 取り次ぎが捧げ持って行った書状を一瞥した父はさっと青ざめてそれを母へと渡す。母も表情を強張らせて俺を見やった。

 

 「・・・?!これ程までして返せというのは何故です?あの姫にはいったいどんな価値があるのです?」

 

 母が上擦った声で聞いたが、使者は無言で首を振って答えなかった。

 

 「それでは直ぐにユディタ姫様を連れて戻りたいと思います。今どちらにおられますか?」

 「今、姫は風邪を引いて臥せっているので連れて帰るのは無理だ。」

 「はい?そんな話は聞いておりませんが?」

 

 当然だ、今思いついたのだから。国の力の差で一方的に、今すぐ別れさせられるなんて真っ平ゴメンだ。

 俺は時間稼ぎを試みることにした。

 

 「そうだったわね!可哀そうに高熱で動けないのよ。それに、離婚手続きも直ぐには無理よね、陛下?」

 「あ、ああ!もちろん、国同士の結婚がそんな直ぐに解消できるわけが無い。時間がかかる。」

 

 俺の意図に感づいた母が直ぐさま乗っかってきた。母に睨まれて父も加勢する。

 

 あからさまに嘘だと分かっていてもこちらもれっきとした国家だ。そう言われてしまえば一介の使者にはどうすることもできない。

 

 彼は不愉快そうに顔を歪めた。

 

 「やはり、こんな貧乏国は大国の姫のお身体には合わないのでしょうね!お気の毒に早々にお国にお戻ししなくては。で、いつ治るのですか、その高熱と風邪は!」

 

 「そんなの、決まっているでしょう。ユディタが快癒したら、ですよ。」

 

 母が使者に傲然と言い放った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


急転直下!

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