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宇宙のアイドル

作者: GONJI

彼は16歳、地方の普通の家庭に生まれ、普通に育ち、地元の普通の公立小学校、普通の公立中学校を経て、現在は平均点辺りの公立高校の1年生である

まだまだ将来のことなんて何も考えていない

彼はそれほど背が高いわけでもなく、いわゆるキラキラのイケメンでもない、言うならば大化けすれば未来がある準イケメンクラスのさらに候補ぐらいだろうか・・・

ドラマで言うならエキストラよりは重要な役だが、主役の引き立て役にもなれない役、まあ犯人役の脇役が逃走中にぶつかってきて倒されて、それを追いかけてきた刑事に大丈夫ですかと声をかけられたところでシーンが終わる役回りぐらいだろうか・・・

そんな彼が大手芸能プロダクションのオーディションを受けることにした

理由は父親から「お前は何もかも普通で特徴がないから、ひょっとしたらオーディションでも受けたら過去に絶対いない人材として合格するかもしれないな」という、なんとも不可解な冗談ともとれる、親であっても大変失礼な軽い進言からだった


この言葉が彼に妄想を与えた

「合格すれば、芸能人たちが通うあの東京の高校に転入学できるかもしれないな、そうなればクラスメイトから有名人が出た時に、自分は知り合いですと自慢できるな!」

という、自分を信じると言うより他力本願なミーハーのような願望だった


今回の大手芸能プロダクションは来年売り出す男性アイドルのオーディションを実施した

アイドルなんて今や珍しくなくなったご時世で大手とは言え、覇権を維持するためには新しい未来のスター達を次々生み出していかなければならない

プロダクションが受け取る出演料は過去のような金額ではないにしろ、普通のサラリーマンなら稼ぐのに数十年かかるほどの金が動く

星屑だらけの新人達のなか輝くスターが1人でも出ればそれだけでまずは大成功だ


さて、今回の募集人員は5名、「既成概念を打ち破った新事実の君を待つ」が宣伝文句だ

彼はオーディションの申込書を記入していた

プロフィール欄のあるところでふとペンが止まった

「自分のアピールポイントか・・・そんなこと一度も考えたこともないや・・・」

「お父さんが何もかも普通で全く特徴がないと言っていたし、ここはそれを書くか」

彼は自分のアピールポイントとして「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」と書いた



数日が経ち、オーディションのことなど忘れそうになっていたころ、通知が郵送されてきた

それは定形最大の84円の切手が貼られた封書ではなかった

特定記録郵便のそれもA4の用紙が入る大きさのもので300円の切手が貼ってあった

中には数枚の書類が入っていそうだった

おっ?

そう、彼は書類審査に合格したのだ。

一番驚いたのは彼ではなく彼の父親だった

「一度電話して間違いじゃないか確認した方がいいのでは?」

自分で息子をそそのかしておいてなんとも無責任な父親だ、この父親は自分を信じることなく今まで生きてきたのかもしれない


とにもかくにも、彼は2次審査の面接を受けることになった

彼は、2次審査を受けるに当たって「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」という意味の解釈に悩みだした。

考えてみれば「どういうカラーの人材?」となるのは無理もない

面接で意味を聞かれることは目に見えている

意識すればするほど定義しようとするので「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」から遠のいていくのが分かる

「あっちゃー・・・大変なこと書いてしまったなぁ・・・」

彼の頭の中、そう思考回路は数種類違う色の絵の具がどんどん混ぜ合わさって埋め尽くされる状況に陥っていった

色々な色を混ぜ合わせると最終的には黒になる

彼はどんどん暗黒の闇に引っぱられていくのを感じていた


うん?

「そうか白色なんだ・・・」

今日はもうそこでやめることにした


2次審査の日がきた

彼は指定された場所に、指定時間の1時間前のちょうど正午に到着した

白いキャップに、白いシャツ、白いパンツ、白いソックス、白いスポーツシューズの出で立ちだった

「白」これが彼なりに答えを出した「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」の姿だ

彼は面接前にランチをとるかどうか少し迷った、面接前で緊張して食事が喉を通らないなんてことはまったくなく、普通にいつもどおり朝食も食べた、そして今も空腹感はあるし、食べたいものもある

ただ、この食べたいものが勝負前なのもあるのか、カツカレーだった

「うーん 流石に今日のこの出で立ちでカレーはまずいだろうか?」

彼が先にランチをすまそうかどうか迷っていた理由は「もしカレーが服に飛び散ったらどうしよう?」だった

「やはりまずいよな あとにしよう」


面接場所の扉の前に来た

ノックする

「はい」

おもむろに扉が内側に開いて、中から案内係の方だろうか?小綺麗な垢抜けした若い女性が現れた。

「やはりこの世界は全然違うや 案内係のお姉さんでさえこれだけ存在感があるんだ」

そう思いながら、彼は案内係の女性に招かれて部屋の中に入った

そこは祖父の法事の時に一度行ったことがあるお寺の本堂ぐらいの大きさで、若い男の子ばかり50人ぐらいはいただろうか・・・

「みんな面接なんだな こんなにいるのならば これは難しいかな・・・」

ここにきて妙に怖気づいてきた彼だった


「こちらで呼ばれるまで暫くお待ち下さい」

案内係の女性はそういうとそそくさといなくなってしまった


完全に独りであり、とんでもないアウェー感に飲み込まれた

「あっちゃー・・・大変なところへ来てしまった・・・」

まわりは小学生ぐらいからいるようで、彼の年齢はすでに平均より上だと感じられた

みんなそれぞれが仮想面接を自演している。

「まあ、指導者がいるだろうから質疑応答は教えられているんだろうな」

派手な色合いの衣装や、黒ずくめの衣装、おまけに髪の毛は奇抜なカットに色はキンキラキン・・・それ校則で禁止されてるんじゃないの?

それはよくもここまで自己主張が集合したな?と思える様相だった

そんななか彼の白い出で立ちは、目立つでもなし、埋もれるでもない不思議なバランスを醸し出していた。

ちょうどそれは、いくら好物とはいえ焼肉ばかり食べ続けたらきっと嫌になるよね

たまにはうどんもいいか・・・と言わんばかりの光景だった


彼の面接番号は38番、そう書かかれたカードを胸元に付けさせられた

よく運が良い人はすべての流れが良くて、うまく回るようになっているとは聞くけど38番って・・・

まさに「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」に付けられたということか・・・

AからZまでランク分けするとして、評価されるほうは、Aランクだとか、Bだとか、Cだったとかで一喜一憂し、反対にこれはZランクだとか、Xぐらいかなとの酷評は感覚的にわかるけど、KランクとかPランクとか言われてもピンとこない

それに似ている


そんなことを彼が考えているうちに面接は始まった

「面接番号1番から5番の方はこちらへどうぞ」

あの案内係の女性の声が響いた

呼ばれなかった周りの者は、みんな興味津々で辺りを見渡した

呼ばれた者は、祈る者、ガッツポーズする者、何事も無かったように静かに向かう者もいた

ただ、それぞれがみんな焼肉の個性の持ち主であるのは伺いしれた

「1番から5番がこういうタイプか・・・今回のオーディションで求めているのはこのタイプかな・・・じゃあ、全然ちがうよなぁ」

彼はおもむろにそう感じた


順調に進んだ

「次に面接番号36番から40番の方はこちらへどうぞ」の声が響いた

ついに彼の番がきた

彼はひとつゆっくりと深呼吸をして、おもむろに立ち上がった

まだ面接を待っている10人ほどの視線を浴びる

とたん緊張してきた

「あっちゃー・・・人に見られるのって向いてないかも・・・」


面接場所の部屋に入る

彼は白いキャップを脱ぎ、深々と礼をし「失礼します」と声をかけた

あれ?

返事がない・・・

恐る恐る頭を上げたら、そこには誰もいなかった

まず目に入ったのは面接番号が表示された椅子が5脚横に並んでいた

あれ?

彼はいま、目の前で起こっている事実を理解できなかった

それは彼だけでなく、一緒に部屋に入った4人も同じようだった

5人がそれぞれの椅子の前に並んだところで正面に大きなスクリーンが降りてきた

よく見ると天井からカメラが一台吊り下げられて彼らを被写体として狙っていた

そしてそのスクリーンには「タイマーのような数字と、この状況で5分間自分を表現してください」とだけ表示されていた

えっ?

そう思っていると、何の前触れもなくタイマーがカウントダウンし始めた

えっ?

暫く唖然とする5人

だが、そのうち一人が激しいダンスを始めた、もう一人が負けまいとダンスを始めた、次にあるものは大きな声で歌い始めた、一人芝居を始めたものもいた・・・さて彼は・・・

ただ、白いキャップを被りなおし椅子に座った

それだけ

「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」を出そうとしたのか?

いや、彼は何もできなかっただけだった

周りで激しいパフォーマンスが続く中、彼はただ5分間を必死に堪えた

長い・・・何もしない時間としては長すぎる・・・ただ耐えた

やっと5分経った・・・こんなにも地獄のような5分を経験したことがあっただろうか?

周りの者達はみんな疲れ果てて椅子に座り込んだ

スクリーンの表示が「ありがとうございました ご退出ください」の表示に変わった


一体何があったのだろう?

今日という日はいったい何だったのだろう?

覚えているのは、案内係のお姉さんが業界の人らしくとても小綺麗で垢抜けしていたこと

オーディションを受けに来ていた人たちは焼肉系であったこと

あとは・・・今まで経験したことのないひたすら長い5分という時間を耐えたこと

ぐらい・・・

そして・・・駄目だもう今日のことは忘れてしまおう・・・


オーディションが終わると、空腹であったのを思い出した

彼は何故か食べ飽きた気がしたのでカツカレーではなく肉抜きのシーフードカレーを食べた


翌日より彼はいつもどおりの普通の生活に戻った

と言うか、オーディション当日のみが特別な日だったと言ったほうがいいかもしれない

彼はいつもの時間に起きて、いつもの時間に家を出て、いつもの時間に学校につき、いつもの時間に下校して帰宅するだけ

「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」で過ごしていた

2週間後事態は急変した


なんと彼がオーディションに合格したのだ

「あなたのアピールポイントである何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材に大変興味を持ちました。つきましては弊社専属パフォーマーとしての登録にご同意頂ける場合は契約を交わしたく保護者同伴のうえご来社いただけますようよろしくお願い申し上げます」

と書いてあった


「えっ? パフォーマーってなんだろう? アイドルじゃなかったっけ? でも、芸能人たちが通うあの東京の高校へ本当に転入学できるかもしれない」

彼はそのことの方に胸が高ぶるのであった


プロダクションとの契約の日、彼はこの結果のきっかけをつくった父親と、東京の本社へ向かった

出迎えてくれたのは、この会社の豪腕プロデューサーだった

何でも今回彼は実際のところ6番目だったらしい

募集は5名だったし、かなりの好感度を持てる期待の合格者も確保できた

では、何故彼が合格となったのか・・・

「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」

そしてそれを表現した全身白ずくめの服

つまり、何でも染まるだろうし、あれだけ強烈な個性の中での書類審査で、面接で、目立つこともないが、目立たないこともなかった、存在感は消えなかった

白と言うのは状況によって何にでも化けることができるということ

それを素のまま表現できる素質があるというところ・・・

「なるほどそれでパフォーマーか・・・」

業界でも豪腕の異名を取るプロデューサーが熱く語ってくれたが、彼は聞いているだけでこそばくなってきたので、その後は適当に聞き流した


ということで、君を是非とも当社の専属パフォーマーとして契約させていただきたい!


彼の人生はここから大きく展開した

東京では会社の寮に入寮した

夢にまで見た芸能人たちが通うあの東京の高校にも転入学できた

そのことが嬉しくてたまらない

この学校にはあの憧れの芸能人がすぐそばにいる

そして自分も同じ仕事をしているクラスメイトなんだ!

ただ、彼はここでも「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」であることに変わりはなかった

この高校ではさらにそれがぴったりの存在だった

彼のためにあるような表現とクラスメイトはみんな言った


学校から帰ると辛いレッスンがある・・・と思いきや

彼には何もない

彼は「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」で居続けなければならない

いくら華やかな芸能界でもそのスタンスを変えてはいけない

それがアピールポイントだから・・・


そんな日が続き、数ヶ月が過ぎた

彼に仕事の話がきた

ちょい役だがドラマへの出演である

サスペンスものの連続ドラマだそうだけど、彼の出演は第3話のみ

役柄は、犯人役の脇役が逃走中にぶつかってきて倒されて、それを追いかけてきた刑事に「大丈夫ですか?」と声をかけられる10秒ほどのシーンだそうだ


彼は黙々と役をこなした

するとその演技が何故か評判を呼び、一躍脚光を浴びることになった

なんということ?

そんなことありえる?

この評判は、芸能人たちが通うあの東京の高校のクラスメイトの間でも大騒ぎになった

もちろん所属プロダクションのあの豪腕プロデューサーの耳にも入った

「これはいけるぞ!よし、次は主役で推して見るか・・・」


数カ月後、あの豪腕プロデューサーは見事に有言実行した

彼はある恋愛ドラマの主役に特別抜擢された

病気を患い余命いくばくもない同級生だが話したこともない彼女とひょんなことから関わりを持つようになってしまった

彼はその彼女の余命を気遣いながらも恋に落ちていくという何か聞いたことあるような青春純愛ラヴストーリー

その一場面で彼は彼女との初デートで、白いキャップを被り、白いシャツ、白いパンツ、白いソックス、白いスポーツシューズの白ずくめの出で立ちで、カツカレーを食べるのだが、そのシーンが大変好評で、初主役で若い女性のファンがたくさんつき、カレーのCMにも抜擢される快挙となった


その後も、チェーンの焼肉店のCMにも起用され、その同じグループのうどん専門店のCMにも起用され「焼肉のあとのシメはうどんで!」というキャッチフレーズが社会現象を起こすまでにもなった


いまや彼は押しも押されもしないアイドルとして君臨している

アピールポイントは「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」

であるにも関わらずに


その後も彼の人気は陰ることもなく・・・

数年後あの一番最初に主役として出演したドラマで共演した、恋人役の女優と結婚して、さらに2人の子供を持つ父親として幸せな人生を送ってきた

ただ、さすがの彼もやはり老いてくることからは避けられなかった

いつか彼はアイドルからオイドルと言う新ジャンル枠で呼ばれるようになった

オイドル第一号だ


彼の演技は円熟味を増してきた、だが「何もかも普通で全く特徴がない今までにいない人材」がアピールポイントであることからはブレなかった

まさにそれこそが今の彼の地位を築いた根源だから


時は流れ、さらに彼の子供たちも独立しそれぞれ芸能界の道へ進んだ

やはり親は子供たちにとっていつも鑑なんだなぁと世間は言った

子供たちも結婚しそれぞれ子供をもった

これで彼は孫ができお爺さんと呼ばれる立場になった

彼は、新しいジャンル枠をさらに広げた

アイドルからオイドルへさらに孫ができてジイドルへ

まさに、世間のお爺さんたちお婆さんたちを勇気づけることとなり、彼は老若男女から支持され人気は天井知らずになった


そんな彼にもやはり寿命はきた

彼の最後の主演となった作品は、まさに彼の生涯をドラマ化したドキュメンタリーとも言える作品だった

10代の彼を演じたのは、彼の孫である長男の息子、最初の恋愛ドラマの相手役でその後に妻となった彼女の役も彼の孫である長女の娘だった、この従兄弟同士の出演も話題になった

その後成長して大人になった彼を演じたのは、長男であり、彼の妻役は長女がつとめた

それは、彼の生涯を表現するにはこの上ないキャスト陣だった

もちろん世間での評価は高く、各賞もそうなめにした

彼はこの作品に満足したのだろう

その翌年に静かに天に召された

アイドルからオイドルへ、そしてジイドルだった彼は、霊体となり宇宙に帰ったのだ

そしてそこでもレイドルというジャンル枠を作り宇宙のアイドルとして活躍しているらしい


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― 新着の感想 ―
面接シーンが一番面白かったですね♪ でも、平凡だとこういう世界では難しいんだろうなぁ そういえば知り合いがアイドルに憧れて、アノ高校の普通科に入学しました 聞いてみると、アイドルは厳正に区切られ普段…
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