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拾った声

作者: 二月 宴

 立っているだけで蒸し焼きにされそうな真夏の暑さの中、俺は駅に向かって歩いていた。

 経費削減の一環で、会社は最寄駅から徒歩三十分の移動時間ではタクシー代を出してくれない。熱中症で倒れたらどうしてくれるんだ、とボヤキながらハンカチで顔を拭った。

 夜は後輩と飲みに行く約束があるから、無事に会社に戻りたい。

 耐えきれなくなり、コンビニでスポーツドリンクを買おうと思ったときだった。

 リサイクルショップの貼り紙が目についた。


『税込300円均一!(現金払いのみ) インテリアなどにどうぞ』


 暑いはずなのに、足が向いた。

 店の前に置かれた古びたワゴンには、クレヨンで落書きされたロボットのおもちゃ、犬とトカゲを足したような不気味な置物など、雑多なものが詰め込まれていた。

 正直、300円でも高くないか、と思うものばかりだ。片目のないアンティークドールとか、お化け屋敷以外のどこで飾るんだろう。

 立ち去ろうとした瞬間、木目調のラジオが目についた。

 サイズはボックスティッシュほど。その見た目に反して、やけに軽い。

 メーカーは不明、というか書いてない。

 電池式なのか充電式なのかも分からない。電源ボタンはないし、チューニング・ダイヤルも動かない。

 怪しさ満載だが、日本のメーカーではあまり見ないデザインに心が惹かれた。

 小さな傷はあるが、それも味だ。

 ごくり、と渇いた喉が鳴る。

 欲しい。どうしても。

 慌てて覗き込んだ財布の中の小銭は、ちょうど300円。

 俺はそのラジオを持って、リサイクルショップの店内に駆け込んだ。



「ハイになってたんだよな、たぶん」

「あ、次はハイですか? ウーロンハイにします? それともカルピスハイですか?」


 俺の向かいで神妙な顔をして話を聞いてくれたはずの後輩の荒木は、居酒屋のタブレット端末を差し出した。


「ねぇ、俺の話聞いてた?」

「ちゃんと聞いてました! で、そのラジオってどんななんですか?」


 俺は鞄のなかから、昼間買ったラジオを取り出し、テーブルの上に置いた。


「へえ、おしゃれじゃないっすか」

「まあなぁ」


 灼熱の太陽の下で魅力的に思えたはずなのに、居酒屋の照明の下では古ぼけた木の箱にしか見えない。

 盗んででも欲しいと思ったのに、無駄遣いしたな、とすら考えてる。

 人間とはいい加減な生き物だ。


「メーカーも不明なら、自作ですかね。ちょっと触ってもいいですか?」

「ん? いいけど」


 俺は枝豆に手を伸ばしながら、生返事で答えた。

 お手拭きできちんと手を拭いた荒木はラジオに触れた。別に汚れてもかまわないのに。


「あ、開いた。……先輩、これ鉱石ラジオですよ」


 箱の中を覗き込んだ荒木は、嬉しそうに言った。


「コーセキラジオ? ラジオなのか?」

「鉱石ラジオです。鉱石を使ってラジオの電波を受信する仕組みです。電池も充電もいらないんですよ」


 初めて聞く言葉に首を傾げながら、俺も覗き込む。

 中は、シンプルな作りだった。

 巻いたコイルから延びている銅線は、小さな部品を経て、ざらざらした粉っぽい白い石に繋がっている。

 荒木は石だと言うが、石という感じはしない。力を入れて握れば、粉々になってしまいそうだ。

 けど、どこかで見たような気がする。酔っているせいか、思い出せない。


「たったこんなんで? これで聞けんの?」


 失礼だけど、なんか安っぽい。

 疑いを隠さない俺に、荒木はへらりと笑って見せた。


「ちゃんと聞けますよ。これは、ここのハンダが取れてるし、アースがないから、今は聞けないですけど」

「お前、詳しいな」


 荒木のことを口が上手いチャラ男だと思っていたが、そうでもないらしい。


「っても、俺も受け売りなんですけど。同期に開発部の片桐ってのがいるんですけど、片桐がこういうの好きなんですよ。……あれ、イヤホンで聞くのに、どこでイヤホン繋ぐんだろ」


 後半は完全に独り言だった。

 楽しそうな顔をしながら、右に左に首を動かしているので、俺は唐揚げを摘まんだ。


「それで、先輩。これ、どうするんですか? 直すんですか?」


 直しても、たぶん聞かない気がする。いや、絶対。

 飾ってもいいが、インテリアにこだわりはなく、量販店で買い揃えた俺の部屋では浮きまくること間違いなしだ。


「……どうするかな」


 俺が返答をごまかしながらレモンサワーを注文すると、荒木は裏切り者、と笑った。



 一週間後、出社すると静かに荒木が近づいてきた。と思ったらデスクの端に塩大福を置いた。


「夏の塩分は大事です。餅は腹持ちがいいですし」

「まあ、そうだけど。突然なんだよ」


 荒木は一瞬視線を泳がせた。


「えー、開発部の片桐の話、覚えてますか? 先輩の鉱石ラジオの話したら、直せるかもってことなんですが」


 荒木の笑顔は少し引きつっている。

 この塩大福は、勝手に喋ったことに対する詫びということか。


「片桐ってどういう奴?」

「眼鏡で髪が短いです」


 そういうことじゃない。

 しかも、開発部の男性社員の九割が、その条件に当てはまる。


「いいよ。持て余してるから、焼くなり煮るなり好きにしてもらって」

「修理です」


 なぜか荒木が誇らしげに胸を張った。

 翌日、荒木に片桐を紹介してもらった。

 確かに眼鏡で短髪だった。

 鉱石ラジオを渡すと、丁寧に礼を言い、俺の目の前でラジオの蓋を開けた。


「簡単に直せます」


 片桐は目をキラキラと輝かせ、自信満々の笑顔で言った。


「でも、この石なんだろう? これじゃ聞けないと思うけど、ふざけて嵌めただけ?」


 ポツリ、と片桐の呟いた言葉がなぜか耳に残った。



 数日後の日曜日、俺は荒木からの電話で起こされた。

 

「ふぁい、おまえ元気だなぁ」


 寝起きの声と頭で言ってから、昼近くまで寝てる俺の方が問題だと気づいた。


『昨日……片桐が亡くなりました』


 荒木は俺の言葉を遮るように言った。

 頭と体を支配していた睡魔が、どっかに吹っ飛んでいく。


「は? なんで?」

『……心不全、らしいです。あいつ、実家暮らしで。いつまでも起きてこないから、家族が部屋を覗いたら……冷たくなってたって』


 そこからのことはあっという間だった。

 どうしても外せない打ち合わせがあるから、弔問に行く荒木に香典を託した。

 気がついたときには、片桐の初七日が過ぎていた。


「先輩、片桐の両親から連絡があって、遅くなって申し訳ないけれど、先輩のラジオを返却したいってことなんです。今度の土曜日に俺が受け取って、月曜日に先輩に返す感じでもいいですか?」

「ああ、そうか……うん、頼む」


 荒木に言われるまで、ラジオのことなんて、すっかり忘れていた。



 不幸は続く。

 新たな訃報が届いた。今度は荒木だ。

 土曜日に、公園で倒れたらしい。

 熱中症だという。

 塩大福押しつけてきたヤツが何やってんだよ、と怒鳴りつけたかった。

 荒木の初七日が過ぎ、荒木の両親が俺を訪ねて会社にやってきた。

 憔悴しきった両親から渡された紙袋には、『山田先輩』と書かれたメモ用紙とラジオが入っていた。


「……なんでだろうな」


 帰宅すると、俺はラジオをローテーブルの上に置いて、呟いた。

 何気なく蓋を開ける。

 中は、綺麗に直されていた。

 真面目そうな片桐の顔と、へらりと笑った荒木の顔が脳裏に浮かぶ。

 そのままぼんやり眺めていると、ザッ、と小さな音がした。


「は?」


 荒木はイヤホンで聞くとか言ってなかったか。いや、アースだってない。

 俺があたふたしている間に、ザーザーというノイズに変わった。


『……ぱい。せ……い。せんぱ、い』

「あ、らき?」

『き、こえ、ますか? 先輩』


 そんなはずない。でも、この声は間違いなく荒木の声だ。

 荒木の声に混じって、片桐の声が聞こえてくる。

 いつの間にか、ノイズが止んでいた。

 代わって、俺を呼ぶ声とは違う声が聞こえるようになってきた。

 老若男女、いくつもの声がラジオから流れてくる。


「やめろっ!」


 白い石に手を伸ばした。石がなければ、もう聞けないはずだから。

 石に触れた瞬間、このざらざらした粉っぽい白い石を、どこで見たのかを思い出した。

 三年前に他界した祖母ちゃんの納骨のときだ。火葬された骨は粉っぽくて、白かった。

 俺は今、何を(・・)掴んでいる?

 このラジオは、どこ(・・)と繋がっている?

 エアコンの風とは違う、冷えた風が頬を撫でた。

《白い塊》から白く細い指が生え、俺の手に絡む。


『こっちです』


 なあ、荒木。お前は片桐の声を聞いたのか?

 片桐。お前は誰の声を聞いた?

 声とノイズが聞こえなくなるのと同時に、俺の目の前は真っ暗になった。

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