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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢の強火な友人

作者: 久賀寿和子

主人公がひたすら喧しいです。ご注意ください。

 色々あって転生した。


 まさか私が、前世でしこたま読んだ転生を果たすとは思わなかった。しかも一応貴族のご令嬢ですよ。他家から可も不可も無いと言われがちな――逆に言えば程々に上手くやっている――伯爵家の五人兄弟姉妹(きょうだい)の三女、というなんとも微妙なポジションですが! それなりに家族仲は良いですし、両親が子供の内の誰かを依怙贔屓、なんて無いですし。いや流石に跡取りの兄はちょっと優遇されてますけど、その分責任やらありますし。偶に代わって欲しいとぼやいていますしねえ。頑張れ兄。妹は適度に応援してる。

 可も不可も無い家柄の、序でに見た目も可も不可も無い、割と普通な私ではありますが。一つだけ普通では無いと胸(並)を張って言える事がある。


 それは、王子妃候補で侯爵令嬢なお友達がいることです!


 これ世界中の人に自慢したい。美人で上品で格好よくてつよつよで、おまけにグラドル体型のパーフェクト令嬢ぞ? 強いぞ?

 そんなエクセレントでブリリアントな私のお友達、お名前をコンスタンス・ディアーヌ・ド・ヴァランブール様と仰る。うーん、お名前までノーブル。アメリー・ド・フロランタンとは違う。お菓子の名前か? いいえ、私の名前です。


 コンスタンス様は王子妃候補、とされているが、ほぼ内定している。お家柄も教養も性格も外見も申し分ないので当たり前である。

 だがしかし、一部の人はコンスタンス様を“悪役令嬢”と呼ぶ。

 近頃国内で、王子と身分違いの令嬢が恋に落ちるオペラが流行っている。そのオペラの登場人物に、王子の婚約者――悪役令嬢が出てくるのだ。恋する二人の前に立ちはだかる婚約者! 数々の妨害工作! 引き裂かれそうになる二人! ……それでも二人は愛を貫き、悪役令嬢の罪を白日の下にさらし、結ばれる――ちなみに、元々は隣国の人気オペラで、本来は悲恋らしい。何故改変した。


 コンスタンス様が妃候補なだけならば、悪役令嬢と呼ばれはしない。いるのだ。”王子と恋に落ちた身分違いの令嬢”が。


 男爵令嬢、ジゼル・シャンタン様。私達と同じ学園に通う同級生である。いかにもヒロインって感じのお名前ですね。最初にお名前を耳にした時、上湯(シャンタン)って字を当て掛けたけど。お顔もまあヒロイン系って感じ。

 このシャンタン様、どうにも王子とデキているらしい。人目の付く場所で二人きりになってはいないが、しれっと学年の違う王子の学友達の輪に入っているのだ。王子の学友の一人として紛れ込んでいる兄が、言葉を濁しつつも否定しなかったので……クロだと思われる。

 絶対あれでしょ、皆で協力して二人の時間作ってるやつ!

 と、兄に問い詰めなかった私えらい。

 まあ個人的には、殿下がどこのどなたと付き合おうがどうでもいいんですよ。弁えてれば。


 問題はコンスタンス様が、悪役などと、前世で読んだ小説みたいな呼ばれ方をされている事ですよ! いや、悪役令嬢って勝ち確の呼ばれ方だけど! 前世だと!


 正直、大事なお友達が悪役呼ばわりされるの辛い……。コンスタンス様は放って置いてらっしゃるけど、友人である私達としてはどうにももどかしい。

 コンスタンス様に対する妬みや、物語のような恋への憧れ――応援することで、あたかも自分も登場人物の一人のよう、と酔っている方もいらっしゃるのだろう――そういった方々、いや、奴らでいい。そんな奴らによってコンスタンス様は貶められている。コンテンツとして消費されている。本当にコンスタンス様を知ってらっしゃる方は、決して悪役なんて口にしない。


 でも私には、コンスタンス様に張り付く事しか出来ない。お一人にすれば、冤罪を掛けられるやもしれないからだ。口裏を合わせている、と言われればそれまでだけど……。しかし、下手に動けばコンスタンス様の評価を落としかねない。少しでも隙を減らしたかった。幸いにも他のお友達にも理解いただいて、幾人か協力してくださっている。本当はお一人の時間も欲しいだろうに、微笑んで許してくださるコンスタンス様圧倒的女神。理解あるお友達の皆様も女神。

 いや、コンスタンス様が女神であるのは言うまでもなかった。あの艶々な茶色いお(ぐし)に、大地や若葉を思わせるヘーゼルの目は優しさと気高さが宿っておられる。もはや大地母神!! だがしかし、お友達のお一人であるマリアンヌ様も、また違った美しさがある。豪奢に波打つプラチナブロンドに、前世で見たアテナ神の如き灰色の目。纏う雰囲気は艶やかでいて知的。エロスと健全の狭間を司る神の可能性がある。もしや天から落っこちた? いやいや、ふんわりとしたストロベリーブロンドに、ピュアでキラキラの緑の目がキュートなソランジュ様も捨てがたい。天真爛漫でおっとりした性格が滲み出るお姿は、まさに地上に遊ぶ春の妖精。…………そうか、ここが楽園か……。シャンタン様がなんぼのもんだ!! 私のお友達しか勝たんッ!!!!!


 ――――さて、ここで一つ疑問がある。そもそもコンスタンス様は殿下をどう思っているのか、だ。

 貴族である以上、個人の感情だけで結婚するしないを決められない。けれど、恋愛結婚が選択肢としてあった世界を知っている身としては、些か思うところがあるわけで。

 勝手に想像して勝手に同情するなんて、失礼だとは分かっている。もし相談されたのならば、微力ながらお手伝いする心づもりではありますが。


 普段コンスタンス様は、殿下にご挨拶へと度々向かわれる。そこでお二人は二言三言、当たり障りのないやり取りをされるだけだ。周りに私達がいるからかもしれないが、事務的な交流にしか見えない。シャンタン様とバッティングしても、どこ吹く風と言った様子に思える。その割にご挨拶に向かわれる頻度はまあまあ高い。気がする。……いやいや、決めつけは駄目。思い込み、いけない。

 今日が夜会だから、ついつい余計な心配をしてしまうのだ。前世の記憶由来の、婚約破棄イベントが起きがちなイメージの所為だ。現実にそんな非常識な事が起きる訳がないし。

 

 



 


 なんて思っていた小一時間前の自分へ。フラグ立てるな。


 私は会場に着くと、先に着いていらっしゃったソランジュ様、マリアンヌ様と一緒にお話していた。学生だけの気軽なパーティー故に、のほほんと次の休みの話をしていると、コンスタンス様が会場へといらっしゃった。

 参加者は学生のみなので、エスコートを付ける方はそう多くはない。同じ学園内に婚約者がいらっしゃる場合か、私のように兄弟がいる場合はエスコートを頼むけれど――そういえば会場に着いた途端、お腹の不調を訴え、早々にご不浄へと旅立った兄は大丈夫だろうか――。他の方と同様に会場内のスタッフに案内され、優雅な足取りで私達の方へいらっしゃる。目を引く鮮やかな薔薇色の、しかしシックなデザインのドレスは、コンスタンス様の美しさをより際立たせていた。光沢のある糸で薔薇の意匠が刺繍され、歩く度に輝いているように見える。艶めく茶色のお(ぐし)にはレースの付いたシンプルな髪飾り。――あのレースに既視感を覚えたのは、私だけではなかったらしい。ソランジュ様がこちらを見て軽く頷いていた。


 今日も絶好調にお美しいコンスタンス様を、周囲は様々に見ていた。羨望、嫉妬、安堵――これは他の王子妃候補の視線か――、嘲るような目を向けやがった奴は覚えてろ、いつか服にオナモミ入れてやる……。全ての視線を泰然と受け流し、コンスタンス様が私達に笑いかける。と、同時に。


 ぴかぴかの金髪を靡かせ、殿下が会場へとやって来た。傍らには件のシャンタン様。


 おいおい。おいおいおい、まさかそんな。

 息を飲んだのは私以外にも多く、会場の空気が色を変えたかのようだった。


「皆、このような場で失礼する! 本日、私はコンスタンス・ディアーヌ・ド・ヴァランブール嬢の罪をここに告発する!」


 会場に殿下のテノールが響き渡った。一瞬、天使が通っていった。


 …………えっ、何言ってんの? 罪? 美人過ぎ罪とかあった?


 見渡すと誰もが戸惑いの顔をしている。幸いなのは、殿下のご友人方も戸惑っているご様子なことだ。一緒に断罪してくる流れではないみたい。っていうか、兄はまだトイレの住人か……だから家出る前に果物ドカ食いすんなって言ったのに……。


「ヴァランブール嬢は、ここにいるジゼル・シャンタン嬢に対し、幾度も悪質な行為を起こしている!」


 はあああああ!? いつどこで誰がそんな事したって!?


「殿下、証拠はお有りですか?」

「……このような場で仰る程の事でしょうか? 当人同士で解決するものでは?」


 殿下のご友人方が場を収めようとしてくださっている。私達が何か言うよりも、彼らの言葉なら殿下も周囲の方々も聞いてくださる筈。


「証拠はジゼル嬢――ジゼルの証言だ。近い内に披露する予定だが、彼女はいずれ私の妃となる女性だ! 彼女は可憐なだけではない。身寄りの無い者達に涙するような、美しい心の持ち主なのだ。……そこに居るヴァランブール嬢とは違って!」


 ………………えっ馬鹿なの? 殿下ってこんな馬鹿なの? 馬鹿過ぎて凄いびっくりした。


 会場におられる大体の方がドン引きしてらっしゃいますけど? 見えてます? 恋は盲目だから見えないってか? 目の不自由な方に謝れや。うっとりしてるの貴方の隣の中華スープもといシャンタン様と、その友達だけだぞ。

 見ろよ、宰相様のご令息頭抱えてんじゃねーか。


 ちらりとコンスタンス様を見ると、扇で口元を隠し、涼しい顔をしておられる。淑女の鑑である。マリアンヌ様も同じく冷静に、事態を見極めようとしていらっしゃる。一方、ソランジュ様は動揺が隠しきれていないご様子だ。そのお気持ち、分かりますよ……。


「コンスタンスは、私の従妹は、具体的になにを致しましたか?」


 殿下のご学友の方がシャンタン様に問いかけられた。そういえば、あのご学友の方は、コンスタンス様の従兄であらせられた。――あら? 何か引っかかる、ような。

 尋ねられたのはシャンタン様の筈だが、何故か殿下が向き直った。頼むからお喋り遊ばされんな。


「ヴァランブール嬢は慰問先の孤児院で『汚い』と言ったそうだ」

 それは仰いましたが。


「それに『金銭と土地は幾らあっても足りない』『自由に使える資産が欲しい』とも言ったそうだ」

 それも仰っていますが。


「極めつきに。ジゼルに対し酷い言いがかりをつけたり、取り巻きに罵倒させたそうだ」

 してねーわボケ!! そもそも取り巻きって誰じゃアホ!!! そうだそうだうっせえわ、推定で物を言うな、たわけが!!!


「――殿下、よろしゅうございますか? 取り巻きとは……どなたでございましょう?」


 凛とした声が、会場に響いた。決して大きなお声ではないのに、たった一言で場の主導権がコンスタンス様に移ったのを感じた。


「決まっているだろう。いつも連れているそこの令嬢達だ」

「違いますわ。――彼女たちは、わたくしの大切なお友達ですわ」


 こ、コンスタンス様あっ!!! はい好き。私達の方に振り向いての笑顔、百点満点中一億点。世界が湧いた。この世に光が満ちた。あらゆる穢れが浄化された。


「うふふ、わたくしがコンスタンス様の取り巻き(・・・・)だなんて、可笑しな話ですわね」


 コンスタンス様のお言葉に胸をときめかせていると、マリアンヌ様からの援護射撃が入った。そう、だってマリアンヌ様は侯爵令嬢ですもの。コンスタンス様と同家格で、お家の派閥も同じ。おもねる必要などない。更に言うならマリアンヌ様はお家の相続人――爵位こそ継げないものの、お家の財産の全ては彼女が相続なさる。つまり僅かながら、マリアンヌ様の方がお立場は上となるのだ。

 お二人は幼なじみで、純粋に友情で結ばれている。セレブ美少女二人の麗しい友情。需要あるわぁ……。


 完全に流れはこちらへ向いている。よし、これなら直ぐに事態は収束しそう。宰相閣下のご令息やコンスタンス様の従兄様も同様に考えられたのか、明らかに顔色が良くなった。


「ユーグ様っ……わたし……!」


 って思った瞬間に何してくれやがるこの上湯、麺ぶち込むぞ。


 うるうるの上目遣いに、殿下の服の袖をぎゅっと掴むだなんて、正直やり過ぎでは? と、思わずにはいられないが、アホには分かりやすい方が伝わるもんね。なる程これがアピール力か。


「ジゼル……っ!」


 この人達どっかの無人島にでも行ってくれないかな。「……っ!」じゃねえんだわ。臍で茶が沸くぞ。


「これ程までに怯えているのが、何よりの証拠ではないか!」

 辞書引け。証拠の意味調べろ。


「殿下、それを証拠とは」

「私、見ましたわ!」


 宰相ご令息様の言葉を遮って、シャンタン様のご友人が声を上げた。あの……ご令息様の額に青筋立っていらっしゃるのですが……。

 一人が声を上げた事により、「私も」「私も聞きました」とシャンタン様のご友人が次々に証言をしだす。まずい。周囲の皆様も「図書館で金がどうとかの話をしていたのを聞いた」と口にし始める。こうなってしまうと、動向を見守っていた方々も、コンスタンス様へ疑いの目を向け始める。「悪役令嬢」と囁く声が聞こえる。

 穏便に事態を収めようとしていた、殿下のご友人方が周囲に軽挙妄動を止めるよう諫めている。しかし効果はあまり見られない様だった。

 流石のコンスタンス様とマリアンヌ様のお顔にも、僅かな動揺が浮かんでいる。ソランジュ様に至っては泣きそうだ。

 殿下が優位を確信したのか、鷹揚に周囲を見渡した。そしてその隣のシャンタン様は。

 微かに――笑った。

 


 頭の中でぷつん、と何か切れた音がした。

 


 コンスタンス様は内定したも同然とは言え、婚約者候補だ。正式に婚約者と決まった訳ではない。

 ならば、男爵令嬢だとしても今の内に努力して、王子妃に相応しい教養を身に着ければいいだけだ。誰もが認める能力があれば、高位の貴族の養女となれるだろう。養女でも王子妃を輩出したと箔が付く、どの家も喜んで養親になる筈だ。見目も悪くはないのだ。真摯に努力する姿を見せれば、沢山の人間が応援するだろう。

 それを――それを!! コンスタンス様を陥れ、殿下の寵愛ぶりを周囲に見せつけやがった!!! どこが“美しい心の持ち主”だ巫山戯るな!!!!!

 


「――――発言の許可を、頂きたく存じます」

 


 自分でも驚く程に、低い声が出た。べらぼうに低かったからか、辺りは水を打ったように静まり返る。はいはい陰キャがごめんなさいね。スカートを摘まんでカーテシーをする。これで許してねー。


 コンスタンス様、マリアンヌ様、ソランジュ様、そして殿下のご友人方に「大丈夫」と目配せをする。暴れません。……恐らく。

 私の殺意、もとい気迫に圧されたのか、殿下が首肯した。


「有難う存じます。フロランタン伯が三女、アメリー・ド・フロランタンにございます。殿下並びに、シャンタン様、そして会場の皆々様に申し上げたき議がございます」

「なんだ?」


 殿下の言葉に、にこりと――笑ったつもりだけど、たぶん実際にはニチャァ……と――笑い返す。


「先程殿下が仰いました、コンスタンス様の孤児院での発言にございます。あの日わたくしも慰問に同行致しましたが、確かにコンスタンス様は汚さを指摘なさいました」

「そうであろう?」


 周囲の皆様が私の告発とも取れる言葉にざわめく。まだこれからだぞ。……それはそうと、ドヤ顔の殿下ぶん殴りたいな。駄目かな?


「ですが、それは施設内の衛生管理についての事。『こうも汚くては子供達が病を得るかもしれない』と仰いました」


 さっきよりも大きなどよめきが聞こえた。周囲に聞こえる様に「そして!」と声を張り上げる。ガンガン行くから振り落とされずに着いてきてね!


「コンスタンス様は、施設に渡る予算が少ない事に気付かれました。調査により、先日更迭された役人の手によるものと判明致しました。お調べになれば、直ぐにでもお分かりになります」


 殿下は反論された為か、俯きがちにわなないている。だが顔を上げ、きっ、とその青い目でこちらを睨みつけてきた。


「それはヴァランブール嬢の手柄ではないのではないか」


 おっと痛い所を突かれた。確かに事件の書類には、コンスタンス様のお名前は書かれていないらしい。調査を訴え出た施設長、そして調査の余地ありとしたヴァランブール侯爵閣下のお名前は記載されているらしい。あくまでコンスタンス様は指摘されただけだ。


「はい。書類のみを見れば“手柄”ではございません。なれど、孤児院の子供達は皆知っております。コンスタンス様御自らが、清掃や子供達の入浴を手伝われた事を。予算の額を不審に思われ、十年以上前の書類を遡りお調べになった事を」


 いやあ、あれは大変だった。用意した子供達の服だけじゃ全然足りなかったんだよね。施設の最低限の修繕しか回せなかったらしくて、施設長さん達の自弁で賄っていたからね。継ぎはぎだらけの服を二三枚しか持っていない子が多いわ、石鹸が足りなくてお風呂二週間に一回しか入れないわ、まあ酷い。コンスタンス様が侍女の方に石鹸を買いに行って貰って、全員でお風呂の手伝いをしたのだ。私は主にお湯の用意や石鹸の補充をしていた。……コンスタンス様を筆頭に、慰問に行ったお友達の皆様は、子供達に好かれていた……私を除いて……。子供は聡いから、陰キャオーラを感じたのか……。水分を拭ってあげようと、タオルを持って待ち構えたら後退りされたからな……うちの侍女にやんわりとタオル没収されたんだぜ……。いいもん、私の可愛い弟は「ねえねさま」って言って懐いているもん……。


 いかん、思考が逸れていた。


「それでは証拠にならん」


 お前が言うな。会場にいる殆どの方の心が一つになった気がする。ソランジュ様と目が合うと、コクコクと頷いていらっしゃる。可愛い。あの日一緒に行きましたもんね! ソランジュ様は子供達に懐かれてましたもんね! 子供って、分かるよね……はは……。

 コンスタンス様のご様子は――少し気まずそうでいらっしゃる。善行をアピールするのを好まれないのは知っている。だが私は、私のお友達の素晴らしさを世間に知らしめたいのだ。ひいては、この馬鹿げた茶番劇をぶち壊す為に必要となりますので。後で土下座して謝ります。


「さようでございますか。――では、コンスタンス様の髪飾りのレース。あれは孤児院の手先の器用な子供が、コンスタンス様にと作った物です。その子供――ニーナと言う少女ですが、ニーナは初め贈り物としてコンスタンス様に用意したのです。ですが、コンスタンス様は『このような素晴らしい物を頂いたからには、対価が必要です』と仰り、金貨一枚をお支払いになりました。加えて『沢山の方々に素晴らしいレースを届けてあげて』とも仰いました。金額ではなく、認められた事が嬉しかったのでしょう。ニーナは大層喜んでいました」


 因みに今のエピソードは、只のコンスタンス様自慢である。これからの話に全くの無関係ではないけども。


 ……旗色が変わってきたな。確たる証拠はなくても、周囲の心証は果たしてどうか。だなんて、聞くまでもない。私達には心があるのだ。又聞きの話より、実際その場にいた人間の具体的な話の方が、信憑性を感じる物でしょうに。殿下はシャンタン様に言わせるべきだったのだ。真実はどうであれ、“被害者“の口からの言葉の方が力があったのに。男性としての見栄なのか、殿下なりの優しさなのかは存じ上げませんけど。まあ、私は優しくないので、シャンタン様を場に引っ張り出すつもりですが。


「それがどうしたと言うのだっ」

 えへ、お友達自慢です。


 私は人差し指を立てる。今まであまり動かなかった分、唐突な動作に目立つだろう。周囲の皆様の視線がつられて私へ移る。


「土地や資産の話をなさっていた件に繋がります。――図書館でお聞きになられた方は、如何ほどおられましょう?」


 周囲を見渡すと、一拍置いて手を上げる方がちらほらと。私はその方一人一人のお顔を見詰める。


「手をお上げの皆様にお聞き致します。コンスタンス様は“自由に使える資産”で何をなさりたいか、お聞きになった方はいらっしゃいませんか?」

「決まっているだろう! 贅沢品にでも使うつもりだろう!」

「――失礼ながら申し上げます。わたくしは手をお上げになった皆様にお尋ねしております」


 聞いていない癖に、決めつけないでいただきたいですね。


「このっ……」

「……不敬です! ユーグ様に謝ってください!!」


 このタイミングでシャンタン様が口を開いた。ヒロインっぽ。でもね。


「不敬かどうかを決めるのは、シャンタン嬢、君では無いが」


 従兄様ナイスアシストです! シャンタン様はまだ殿下の婚約者ですらないですからね! 肩書きはただの男爵令嬢ですよ?


「不」

「今のは不敬にあたらないでしょう。フロランタン嬢は事実を言った迄ですし」


 殿下が口を開いた瞬間、宰相令息様がぴしゃりと仰った。お二方はこの件に関しては味方みたいですね! 感謝の気持ちを込めてアイコンタクトしておきましょう。陰キャの感謝受け取って! ……届いたらしい、軽く頷いていらっしゃる。

 私は「ぐぬぬ……」って顔をした殿下を尻目に、再び見渡す。


「――如何ですか? どなたもおられませんか?」

「……そう言えば、学校がどうのと聞こえた気が……」


 ――よっしゃあ! 証言来た! 正直ガッツポーズをきめたいところではあるが、胸に手を当て一揖する。仰った方、貴方に幸あれ。


「有難う存じます。仰る通りでございます。コンスタンス様は、身寄りのない方や貧しい方が良い職に着けるような、職業訓練の学校をお作りになられたい、と考えておいでなのです。学校を卒業した者に一定の身分の保証や、職の斡旋を出来る仕組みも。……皆様はご存知でいらっしゃるでしょうが、彼らの生活は悪循環に陥っています。少年は破落戸の手先や安い労働力に、少女は春をひさぐ店に。病める者は捨て置かれ、誰からも顧みられることなく朽ちていく。その子も、その孫らも! 這い上がれる者など限られています。才があっても、機会すら与えられない者が数多くいるのです。ニーナのように」

「そ、れは国の仕事だ。一介の令嬢が、考える事では……」


 最初と比べて、随分と声に覇気が無い。何か思う所があるのかもしれない。


「ええ、ご令嬢お一人の力では少々厳しい問題にございます。資金や土地、法という壁が。ですが、王子妃なら、如何でございますか?」


 殿下がはっと息を飲む。


「コンスタンス様はご自身が王子妃となられた際に、何をなすべきか考えておられました。時には自ら行動なさって。――殿下。殿下はシャンタン様を、『身寄りの無い者達に涙するような、美しい心の持ち主』と仰いました。シャンタン様は、涙して、他に何をなさいましたか?」

「…………」


 私の想像だけど、彼女は何もしていないのだろう。押し黙った殿下が答えだ。


「ユーグ様を責めるのは止めてくださいっ、わたしを虐めた時みたいに! ……皆さんっ、わたしはアメリー様に虐められていました!」


 へえ。思わず目を細めてしまった。どうやら私を敵認定したらしい。

 ていうか、お友達でもなんでもないのに名前呼びしないでけろ。私、貴方と初めて話したんじゃが……。


人気(ひとけ)の無い場所で傷つくような言葉を」

「いい加減にしてくださいませ!」

 ん?


「アメリー様はそんな事をなさいません!!」

 そ、ソランジュ様? ちょ、ちょい待って……。


「まあ。コンスタンス様だけでは飽き足らず、アメリー様まで? 欲張りな方ですわ」

「アメリー様はいつもわたくしと共に行動なさっていますわ。その様なお暇があるかしら?」

 マリアンヌ様にコンスタンス様まで!? 嬉しいけど待って……!


「わ、私はジゼル様が、アメリー様とコンスタンス様に呼び出されたのを見ました!」

「私も!」


 あああ、シャンタン様フレンズが加勢してきた……! ややこしい事になるパターン! 殿下のご友人方が落ち着かせようと右往左往している。少し前まで優位に立って、ドヤ顔していた殿下もオロオロしている。こういうタイプの女子の喧嘩って、男子は止めにくいんだよ! 下手に刺激したら泣かれたり、飛び火して心にダメージ負ったりするリスクあるんだからね! ふええ、男子可哀想だよお……!

 泥仕合になる前に、シャンタン様をぶん殴って終わらせたい。コンスタンス様に掛けられた冤罪晴らせるなら、もう私が悪役令嬢でも魔女でも何でもなってやる。


「――――――シャンタン様にお伺いいたします。それは、いつ、どこでのお話でしょう?」

「っどうして、貴方に言わなきゃいけないんですか!?」

「そうですわ! 加害者の癖に!」

「ご自分の胸にお聞きになってください!」


 うわ、凄い言うなあ。滅茶苦茶言われていて草通り越して森ですぞ。

 ……あっ、コンスタンス様、目が笑ってらっしゃらない……。いかん……。ソランジュ様は眉が八の字だ。貴方がヒロインか。唯一、マリアンヌ様は静観モードに入られたらしい。きっとお二人を宥めてくださる。お二人をマリアンヌ様にお任せして、目の前に集中しよう。


「わたくしにではございません。今この場にいらっしゃる、全ての皆様に、でございます」


 先に巻き込んだのは、そちらでしょう? 責任取りましょうよ。


「シャンタン様は先ほど、皆様に対しお声を掛けられました。ご自身が受けた被害を、皆様に訴えられたいのでございましょう? ならば、全てを詳らかにすべきかと存じますが」

「わ、わたし、そんなつもりじゃ……っ」


 そう言ったきり、シャンタン様は手で顔を覆って俯いてしまった。彼女が本当に泣いているか不明だが、端から見れば、私は女子を泣かせたやばい女である。


「追い詰めるなんて最低だわ!」

「ジゼル様、わたし達がついているわ!」


 シャンタン様のご友人が口々に発する。お友達を虚仮にされて腹が立つのは、よぉく分かります。でも嘘はいかんよ嘘は。


「ならば、シャンタン様の代わりにお答えくださいませんか。ご覧になったのでしょう?」

「そ、それは……」

「みっ、三日前でしたわ!」


 なる程なる程ー。三日前ですか。


「三日前の、何時頃でしょう?」

「えっ!? ええと、お昼ですわ!」

「お昼……? 可笑しいですね、わたくし三日前のお昼は、カフェテリアにおりましたが?」


 ご飯食べた後、ずっと編み物してたんですよねー。目がしぱしぱしたわ……。


「そんなの証明出来ないわ! 席くらい外すでしょう!?」

「そうそう、わたくし達は食事後直ぐに編み物をしておりましたが、始めた頃にブラン先生がいらっしゃいました。ブラン先生は刺繍や編み物がお得意でらっしゃいますので、お昼の間ご指導を賜っておりました。ブラン先生にお聞きになっては? それとも、お花を詰みに席を立った僅かな時間で、シャンタン様をどこか人気(ひとけ)のない場所へお呼びだてして、面罵し、カフェテリアへ戻った、と?」


 ぶっちゃけ私達は、手芸好きのブラン先生に捕まっていたのである。手芸沼住人の圧に、負けたんですよ……。孤児院への寄付の品だったのに、無駄に装飾過多になってしまったんだぜ……。解いて再利用出来るから良いけど。


「えっ……そっそう、四日前、四日前の間違いでしたわ!」

「四日前、で間違いございませんか? 四日前のお昼は」

「殿下にご挨拶に伺っておりましたわ。ええ、殿下とシャンタン様はご一緒でしたわ。お従兄(にい)様はご存知でしてよ?」

「ああ。確かにシャンタン嬢は一緒だった。始礼の寸前までな」


 私の言葉を引き継いで、コンスタンス様がきっぱりと仰り、従兄様も同意される。見れば宰相令息様も頷いてらっしゃる。兄もその場に居た筈だが、(あいつ)は行っちまったのさ、トイレの向こう側に……。それにしても、従兄様の言葉にちょっとトゲあったな。もしかして、シャンタン様を良く思ってなかったりしてね。穿ち過ぎか。

 一応殿下側にあたる方の証言に、シャンタン様のお友達は言葉に詰まった。次の証言()はもう出て来ない、と言うより、悟ってしまったのだろう。下手に話せば話す程に、自分達の首を締めてしまうと。


「――どうして、ひどい事言うの? わたしは、ただ、幸せになりたいだけなのに」


 ぽつり。それはシャンタン様の口から初めて出た、本当の言葉のように思えた。


「幸せになりたいというお考えは否定致しません。何を以て幸せと定義するのかも。全ては一人一人の心次第ですから。ですが、誰かを陥れて手にするなど……いえ、私は――わたくしは、わたくしの大切なお友達が不当に辱められるのが許せなかった。シャンタン様のご友人方と何ら変わりません。……皆様、心よりお詫び申し上げます」


 私はシャンタン様のご友人方一人一人と目を合わせ、頭を下げる。キレ散らかして揚げ足取りをしまくっていた奴が、一体何言ってるんだと言う話である。周囲がざわついている。


「――――皆様に申し上げます。わたくしアメリー・ド・フロランタンは、コンスタンス・ディアーヌ・ド・ヴァランブール様の無実を証言致します!」


 顔を上げ、会場中に聞こえる様に声を張った。普段こんな大声出さないから喉がビリビリする。後で喉に良いお茶飲もう……。

 ……やばい。この後どうするか考えていなかった……。どうしようかこの空気……いや、私がどうにかしないと駄目なんだけど……。

 


「私もフロランタン嬢に同意だ!」

 あまりにも唐突な声だった。

 


「よう、()の令嬢は随分と堂々したもんじゃあないか。なあ、ユーグ?」


 ずかずかと、けれど同時に隠しきれない優雅さを感じる足裁きで、その方は登場なさった。


「ぁ……ダミアン兄上……」


 ダミアン第二王子殿下その人である。


「お前は周りをもっとよく見ろ。忠告は聴け。お前の素直さは美徳であり、欠点そのものなんだからな。――皆も! 都合良く切り取られた他者の言葉を軽率に信じるな! 真実か疑い、己が頭で考えよ!」


 ダミアン殿下はユーグ殿下の頭をぽんぽん叩くと、会場の皆様を一喝された。皆様は気圧されたのか一様に礼をしている。

 お、おお……全部纏めてくださった……。流石王族、モブ()とは違う……。


「さてユーグ、お前ベルトランに感謝しろよ? あいつが私に諸々を伝えてくれたんだからな。先に兄上の耳に入っていたら、お前どころかそこの令嬢だって只じゃ済まなかったぞ」


 そこの、と顎をしゃくってシャンタン様を指し示す。ようやく、自分がどれ程危うい橋を渡っていたのか気付いたらしい。シャンタン様の顔から血の気が引いた。あの……気になる点が多いのだけれど、まず。ダミアン殿下の後ろで恭しく控えてるの。おい、トイレの住人どうした。


「お前達の処遇は、被害者の話を聴いてから決めるとしよう。重ね重ね申し訳ない、ヴァランブール嬢。申し訳ないついでに、後程時間を作ってくれ。あ、ユーグは母上のお説教が決定済みな」

「……はい」


 しょんぼりと肩を落としたユーグ殿下は小さく頷いた。会場に入って来た時とはえらい違いだ。


「皆! 水を差したな、済まない! 興が削がれただろうが、私の顔に免じて許して欲しい! 詫びにはならんが、幾らか酒等を持ってきた。楽しんでいってくれ!」


 ダミアン殿下が手を叩く。すると、ワインやシャンパンが注がれたグラスをお盆に載せた、給仕の人達が会場に入って来た。待機していた、だと……!?

 わっ、と緊迫状態だった会場の空気が緩んだ。今まで気配を殺していた楽団の方達も、安心したように楽器を奏で始める。なんて言うか、申し訳ない……。


「ベルトラン、君の妹は大した肝の据わりっぷりだな! 私に婚約者がいなければ、フロランタン嬢を娶りたいくらいだ!」


 兄が涼しい顔で恭しく一礼する。

「勿体なきお言葉」


 チラッと兄が視線を送ってくる。私も言えと?

 ダミアン殿下に対し、再びカーテシーをする。


「――わたくしには身に余る光栄に存じます」

 訳は、お世辞とは言え荷が重い、です! 例え話でも絶対無理。


「ふはっ! 一切その気がないな! 気に入った。何かあったら私の名前を出して構わんぞ、許す」


 一体何をお気に召したのか、ダミアン殿下は私の兄の肩をバシバシ叩いておられる。返事に困ったので、敢えて何も言わず微笑んでおく――ニチャァ笑いだけど。沈黙は金って言うし!


「面白い物も見られたし、私は帰るとしよう。ユーグ、お前もな。シャンタン嬢も急ぎ帰り沙汰を待て。ヴァランブール嬢は改めて謝罪の場を設けさせてくれ。じゃあな、ベルトラン、アメリー!」


 名前呼び……。友好値が上がってしまったらしい。何故。

 ダミアン殿下は、やって来た時と同様に、ユーグ殿下とシャンタン様を連れ颯爽とお帰りになられた。その背を追うように、シャンタン様のお友達もそそくさと出ていった。


 終わった。茶番と……色々な物が。


 あああああコンスタンス様の方見られないぃ!! つい頭に来てイキリ散らしまくってしまった!! コンスタンス様が王子妃になられる可能性を潰してしまった!!! もしコンスタンス様が、ユーグ殿下をお好きだったらどうしよう。それ以前に公衆の場でキレまくったのだ。お友達の皆様にドン引きされてもおかしくない。されても文句は言えない。うう、生きていけない……出家だ。出家しよう。


「アメリー様」


 ホギャアァ! コンスタンス様が目の前に!

 詰んだ。


「わたくしの為に、怒ってくださったのでしょう?」

「いえ。私は、私の為に」

「喩え貴方がご自分の為に仰った事だとしても、わたくしは嬉しかったですわ。有難う、わたくしとお友達で居てくださって」


 女神はここに御座(おわ)した……!! あ、握手、握手してる……課金させてください……。


「ふふ、惚れ惚れするお姿でしたわ」


 マリアンヌ様が見蕩れてしまう笑顔で仰った。有難うございます寿命百年延びました。


「……アメリー様、コンスタンス様、申し訳ございません。わたくし、何もお力になれませんでした」


 ソランジュ様は対照的にしょんぼりとされている。あああ、ソランジュ様悪く無いからあああ!! 悪いのは私! と殿下とシャンタン様!


「謝らなければならないのは私の方です。皆様にご迷惑をお掛けしてしまいました。特にコンスタンス様は王子妃となられるのは……」


 うっ、コンスタンス様だけではなく、各方面に迷惑掛けまくっている……。個人の問題じゃないぞこれは。侯爵家と王家と…………私の首一つでどうにかならんか……?


「アメリー様、コンスタンス様はベルトラン様をお慕いに」

「ソランジュ様!?」


 …………ん? ソランジュ様何だって?

 コンスタンス様のお顔が、赤い……?


「そのお方は、どちらのお家の方でいらっしゃいますか?」


 不肖の兄と同名かー。年近い方で兄以外にいらっしゃるっけ? 年上のおじ様と言う可能性も?

 ……あれ? コンスタンス様がぷるぷるしておられる。エグいくらい可愛いのですが? まだ引き出しをお持ちとは……流石!


「アメリー様……」


 え。マリアンヌ様何で憐れみの目を? おや、ソランジュ様も何で形容し難いお顔を? お二方そんな表情をなさっても圧倒的美……!


 いや違う。え、ま、まさか……そういう事かッ!? と言う目を向けると、皆様がこくりと頷かれた。嘘やん……皆知って……あ、少し離れた場所に居る兄はキョトン顔だ。お前……。

 そんな……でも、それなら全て辻褄が合う。殿下に会いに行っていた事も、従兄様がエスコートされなかった事も。…………今となってはユーグ殿下よりマシかもしれないな、と思ってしまった。

 

 



 

 その後、コンスタンス様は正式に王子妃候補を辞退された。理由は「殿下の軽率な行動をお止め出来なかったから」だ。コンスタンス様に目をお掛けになられていた王妃様は、大層お嘆きらしい。理由が理由なだけに、他の候補の方も辞退せざるを得なくなり、ユーグ殿下の婚約者は空席となった。三人の王子がいらっしゃるといえ、王家には王位継承権を持つ男性が少ない。放逐と言う選択肢は無いらしい。


 殿下とシャンタン様は現在休学中だ。コンスタンス様の強いご要望で、退学処分は免れた。これが罰らしい。コンスタンス様曰く「“悪役令嬢”らしいでしょう?」との事だ。復学しても針の筵だと。でもコンスタンス様はお優しいから、きっと手を差し伸べてしまうのだろう。好き。推し。


 そして、何故か。何故か、ヴァランブール家と我がフロランタン家の間で、縁談が水面下で――公然の秘密だが――進行している。コンスタンス様に非は無くとも、瑕疵のある――ないけど、世間的にある――令嬢が公爵家か侯爵家に嫁ぐのは難しい。その点フロランタン家は毒にも薬にもならない、超無難な家故に白羽の矢が立ったっぽい。王家との繋がりはいいのか、と思ったけど、ユーグ殿下のやらかしを不問にしたことで大きな貸しが出来たから良いのだとか。


 あの日以降、シャンタン様のお友達は見ていない。コンスタンス様には謝罪したらしいし、学園にも通っているらしい。全力で私を避けているのだと。私は狂犬か? まあ、コンスタンス様が謝罪を受け入れたのなら、私は特に言うことないです。


 意外だったのは、私にお咎めが無かった事か。不敬罪か、或いは別の罪状で訴えられる覚悟はあった。両親には、私の籍を抜いてくれと言っておいたのだけれど、杞憂に終わった。どうもダミアン殿下が動いてくださったらしい。いやあ、足向けて寝られませんね。

 目下の問題は、大変不名誉なあだ名が付いてしまった事ですよ。その名も“フロランタンの鉄の魔女”。ひどい。確かに魔女にでもなってやるって思ったけども。しかも、夜会に参加していなかった人の間で、噂に尾鰭が付きまくっているらしい。やれ“シャンタン様に(ぬか)付けさせた“だの、やれ”殿下の胸倉掴んで持ち上げた”だの、酷い言われようだ。とんでもないのは“シャンタン様は悪魔憑きで、魅了魔法に掛けられた殿下諸共調伏した”である。何を言っているか分からない。その所為か、やたら人に見られる様になってしまった。ち、違う! 自称じゃない! 悪魔祓い師でもない! そんな目で見るな!


 これもキレた弊害か……と思うが、良い事もある。あれ以来、コンスタンス様が“悪役令嬢”と呼ばれなくなった。色眼鏡で見る方が減ったのだ。私は遅かれ早かれ、世間がコンスタンス様の魅力に気付くとは思っていた。だってコンスタンス様はマーベラスでファビュラスでキュートだぞ? 強いぞ?


 それともう一つ。国が公共事業の計画を立てているらしい。計画には、職業訓練校建設も盛り込まれているのだとか。発案者は、なんとユーグ殿下。まだ計画段階なので、根回しが大変だろうが、なんとか良い形に持って行ってほしいと願っている。


 そうそう。孤児院のニーナは、お針子見習いとして新進気鋭の服飾工房へ就職した。あの夜コンスタンス様と共に髪飾りのレースが注目され、その出来に学園のご令嬢方の評判を呼んだらしい。分かる。あれは渾身の出来だった。それで、噂を聞きつけた工房の主が、直々にニーナをスカウトしたそうな。奉公じゃなくて就職と言う辺りに、レースの出来が窺える。遠くない将来、ニーナのレースで飾られた令嬢達で溢れるだろう。楽しみ。


 …………一番の傷を負ったのは私なんじゃないか疑惑が浮上した。元々感情が表にでない陰キャだったが、お触り禁止物件へとクラスチェンジした気がする。寧ろ祟り神……? 今までも私自身に縁談が来てなかったけど、完全に婚期を逃したな、ハハッ! マリアンヌ様のお宅で働けないかな。或いは貴族籍抜いて実家に就職。もしくはソランジュ様の嫁入り道具に紛れ込む。……現実的では無いか……。王宮のメイドならワンチャンあるかな。兄を通して募集要項聞こうっと。反省する気があるなら、どこかの男爵令嬢にも話を流してやらん事も無い。聞けば彼女のご実家、少々暮らしぶりが良くないようだ。先々代の浪費と、領地の災害が原因らしい。小さな弟さんもいるみたいだし、まあ、ね。


 とりあえず、先の事ばかり考えるのは止めて、しばし気楽な学生時代を楽しむとしましょうか。


 ……はあ。楽しそうにお話されるコンスタンス様麗しい……相手がうちの兄じゃなきゃもっと良い……。

 近頃、親睦を深める為にコンスタンス様は兄とお茶をするようになった。お茶。挨拶ではなく、お茶。完全な二人っきりではなく、少し間を空けて我々も居るけど。……コンスタンス様がお幸せならいいか。


 ところで。私は何故にゴーティエ様――コンスタンス様の従兄様――と、ジェローム様――宰相ご令息様――に挟まれて座っているのか。お二方、何故私に領地経営や法律の話を振る? 何を期待してんの? 分からないってばよ……。


「この周期で麦の病気に見舞われるから、麦を減らし芋に変えさせようと思うが、君はどう思う?」

「よろしいかと。付け加えるのでしたら、畑の畦や庭に、食べられる植物を植えるよう奨励されては如何です?」

「成る程、早速検討しよう」

「お役に立てたのなら光栄です」

 前世知識なんだが、役に立ったなら良し。


「アメリー嬢、この政策の欠点を上げて欲しい」

「そうですね、一時的には効果があるのでしょうが、長い目で見れば却って民の負担になると思われます。ですので、この予算を穀倉地の……ここ。この川の治水に回した方が後の為になりましょう」

「私も同意見だ。アメリー嬢とは話が合う」

「痛み入ります」

 あっ正解だった? ふう、当たって良かったぜ……。


「俺は可食の植物を調べに図書館へ向かうが、アメリー嬢、お手伝い頂けないか?」

「私でよろしければ」

「丁度良かった、私も他国の政策を調べに図書館へ行こうと思っていた所だよ。気が合うじゃないか、ゴーティエ」

「そうだな。全く以てその通りだ」


 仲良ぴっぴか。あれ……私いらなくない? このままコンスタンス様見ていたいぞ……。


「では行こうかアメリー嬢」

「段差が。私の手を」


 ええ……行かなきゃ駄目? よっこらせ……。


 ジェローム様の申し出をやんわりお断りして、段差を踏み越える。私、そんなドジっ子に見えるのか? 反復横跳びでもして見せようか?

 おう? マリアンヌ様が面白い物を見る目をしてらっしゃるし、ソランジュ様は「あちゃー」って顔だ。……ああ、令嬢としてのマナー的に、手を取らなきゃ駄目だったか。失敗。コンスタンス様は、微笑んで手を振ってくださった。くっ、語彙! 語彙が来い! あの美しさを表現する言葉が無いッ!!

 図書館で調べよう。必ずやコンスタンス様を讃える言葉を……讃えるで合ってる? 奉じる? ううむ分からん。早急に調べなくては!


「それでは皆様、行って参ります」


 一礼すると、私は急いで図書館へと向かった。

 

 


 ………………あ、お二人忘れてた。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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[良い点] 何回再読しても、面白い。 続きが読みたくてたまりません。
[良い点] 推しのためなら例え火の中水の中! とっても可愛い主人公で、読んでいて楽しかったです。 テンポの良い語り口が心地よい!! トイレの住人扱いされてたお兄さまに笑ってしまいました。 [気になる点…
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