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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
6/30

未来のための修錬と

さて、子供虐待ではと思うような魔力を増やすための作業、稲刈りも無事全ての田んぼで終わった。

婆曰く、寒いのと熱いのを交互に受けたくないなら必死になって自分だけでできるようになりな、とのことである。

スパルタ通り越して虐待では? 幸いにも風邪をひく子供は出なかったが、一歩間違えれば不味い事になっていたと思うんだが……。

問題提起するような機関も存在しないから気にしてないのだろうか?

そんな風にこの時は考えていたが、実は裏でかなり手厚いケアがされていたそうな。

子供が帰ったら風呂が用意されていたり、美味しくて栄養たっぷりな食事が配給されてたり、高いはずの薬まで準備されていたそうな。

そこまで手間をかけてでも魔法使いを増やしたい、そういう目的があったらしい。

そして、その気持ちもよくわかるようになった、その後の魔法訓練の内容が内容だったからだ。

水をお湯に変える訓練から始まり、それを均等に分ける訓練、水自体を操り渦巻かせたり止めたりする訓練、火を起こす訓練とそれを安定させる訓練などなど。

勘のいい人なら分かったろう、つまり魔法使いに期待されているのは、


「これ、家電製品の代わりだ……!」

<家電? あー、イメージきたきた。なんでもしてくれる便利用品なイメージかな?>


婆のやってることを考えれば機械全般……! これは流石に将来が暗いと言わざるを得ない! いや、待遇面知らんから一概には言えないけど、とりあえず自由な時間は多分殆どないぞ!


<そうなの?>

「やれる事が多すぎてめっちゃくちゃ頼まれ事しまくる奴だよ、俺大きくなったら村から出るぞ、絶対に!」


元々村に残る気、もとい残れる気はなかったが自分の楽しみ的な意味でも出なきゃならなくなったぞ、これ。


<残る気だったの?>

「……いや、ツクヨに見せてもらった風景とかこの目で見たいし、その先がどうなっているのか知りたいし、この世界を見て周りたいから残る気は無かったな」


そのための準備とかも必要だから、すぐにってわけではないけれど。

とりあえず体が大きくなるまでには全て整えておこうと思う。


「その準備の一環として、今日は空気中の魔力を支配下に置くのに挑戦だな」

<イメージはこんな感じだよー>


ふむふむなるほど? 自分の意思を魔力に乗っけて別の魔力にぶつけて塗り替えるみたいな感じか。

先ずは近くの空気を対象に試してみる。


「……魔力に意思を乗せるって結構難しくね?」

<そう?>

「いや、お前は魔力に意思が乗ってるのが命を持ったようなもんだから分からんだろうけど、自分以外に自分の意思乗せるって人間にゃ基本分からんぞ」


そもそも意思ってなんだよってなるわ普通、結局その日は成果なしで終わったし。

完全に一人になれる時間って結構貴重なのに……。



それから何ヶ月もかけたが、上手くいかない日々が続いていた。

試行錯誤して魔力を空気にぶつけるが、全く持って成果なし。魔力の動かし方はよくなったが、何か根本的に方向を間違っているのかもしれない。

もしかして難しく考えないほうがいいのか? 魔力を動かすことはできる、つまり魔力を自分の思い通りに動かすことはできる。

これってすでに意思が乗ってるって事なんじゃないか?

試しに魔力に『動け』ではなく『俺のところに別の魔力を持ってこい』と念じてみる。


「……できたわ」


ツクヨからもらったイメージをもう一度確認してみる、そしたら案の定であった。


「いちいち動作を区切ったりしてねえ……」

<なんでそんなやり方なのかなーって思ってたけど、分かんなかっただけだったんだ>

「言えよ!」

<ヒトのやり方としてはそれが正しいのかもって思ったの!>


くうっ、精霊だもんな、ヒトのやり方とか何が正しいか分かんないよな!


「くそっ、時間を無駄にした気分だ」

<だけど魔力の動かし方は上手くなってない? 結構スムーズに動かしてる気がするけど>

「確かにそんな気はするけど、気のせいじゃないのか?」


だって、ツクヨの動かし方と比べると雲泥の差だぞ?

例えるならバイクと徒歩って感じ、魔力の動きが目に見えて違うんだよな。

待てよ? 冷静になって考えると比べるものが間違っている気がする。

方や魔力を動かせるようになって数か月程度、方や云千万年下手すると云億年。


「違って当たり前じゃないか!!」

<なんで怒ってるの?>

「自分の馬鹿さ加減にだよ、こんちきしょう!」


全然なってないなー自分、とか考えてたけど比較対象ツクヨとモルモン婆じゃねえか!

そりゃ大したことないように見えるわ、大ベテランと神話生物相手に何比べてんねん自分!

自信失くす必要かけらもねえじゃん、寝る間も惜しむ勢いで魔力操作してたんだぞ俺。

薪拾いを風でやってみたり、食器洗いながら水操作してみたり、両親の寝室の空気を入れ替えたりとか色々やってたってのに。


「笑えよベジー○……」

<時たま変なこと言い出すよねサルーシャって、もう慣れたけどやめた方が良くない?>


がっくりと項垂れながらネタ台詞でギャグで流すが、ざっくり切られた。


「うるさいやい、気づけ無かった自分が恥ずかしくて仕方ないから笑い話にしたいんだよ」

<笑い話にして『あれは笑いを取るためだった』っていう事にしたいんだっけ? ヒトって不思議だね?>


ヒトの心の動きとか学ばせるために、いちいち俺の行動理由を説明してたけど、こう、結構くるな。

自分自身を客観視させられるのってさ、正直、辛い。

おかげで深く考えようとする習慣はついたけどさ。


<ついたの?>

(ようとする習慣はな、できてる自信はない)


今だってそうだ、ツクヨの奴はとっくに気づいて空気をふるわすやり方じゃなく心の中だけで話してたのに。


(いつから居たんだよ、あの人)

<サルーシャが口で喋るのをやめる前ぐらいから?>


なら気づけなくても仕方ないのか?


(声が聞こえる範囲に入ったのは?)

<空気中の魔力を支配下に置けたぐらいかな? それからゆっくりこっちに向かって歩いてきてたよ>


ふむ、足音からして成人男性かな? もう冬だから落ち葉も乾いているがそれでも結構足音が大きい。

しばらく待っていると森の奥の方から若い男性が現れた。


「おや、君は、たしかサルーシャ君だったね? もしかして先程の声は君かな?」

「そうですけど、うるさかったですか? そうでしたらごめんなさい」


こんな誰も来なそうなところで声が聞こえれば不審に思うよな、そう思い頭を下げる。


「いや、うるさい事はまったくなかったよ。これだけ離れてればどれだけ大きい声でも誰も迷惑に思わないんじゃないかな」


歯切れ悪くそう返す男性、よく見ればこの人は、


「俺を捜索してくれた人の一人ですよね? あの時は迷惑かけてすみませんでした」


隊長さんのすぐ後ろにいて特に険しい顔してた人だ、多分呼び出されたタイミングが一番悪かったんだろう。

きっと俺に対して悪い印象、悪ガキだとでも思ってるだろうから先んじて謝罪しておく。

くっくっく、こうやって礼儀正しく謝罪してやれば例えどんなに悪印象の相手でも責めたりはできまいよ。

現にこの人も驚いた顔した後慌てて頭を上げさせようとしてきたしな。


「そんな、子供が気にすることじゃないさ。君はもう夜遅くまで出歩いたりしてないだろう?」

「はい、もうしてません」

「なら問題ないさ。同じ事を繰り返さない、それが一番大事だと隊長もおっしゃってたしね」


そう言って笑う顔は思ってた以上に嬉しそうで、打算込みだった自分がちょっと恥ずかしい。

この人は心からよかったって思ってるんだろうなあ、そう考えると自然と背筋が伸びる。

計算と打算まみれで生きてるのが後ろめたいというかなんというか、とりあえずもう少し人の好意とか誠意とか人格全般とか信じてみようかなと思ったり思わなかったり。


<結局どっちなの?>

(専門用語で『前向きに善処します』という奴だな!)

<それって結局やらないって意味って言ってなかった?>

(少しだけ違うぞ、検討の結果できそうにないという結論に達するだけだ)


結果的には変わらないのだが、考えた上でだし、できない事に恥じてもいるので勘弁してほしい。


「ところで、お兄さんはなんでこんなところに? ここはほとんど誰も来ないからこそ俺も魔法の練習場所にしてたんですけど」


ここは村から大分離れた場所、とはいっても子供の脚でこれる距離なのでそこまででもないが。

それでも誰かがわざわざ来るような場所ではない、だからこそ俺もツクヨも遠慮なしにしゃべってたんだし。


「いや、それはね、ちょっと道に迷ってね」


嘘だな、目が泳いだし返答に間があった……だからといって追及する必要があるわけではないが。

大人がやってることで子供に言いづらい事柄なぞいくらでもある、そっとしとくほうがいいことも多いのだ。


「そうなんですか、村までの道はわかります? 良ければ一緒に行きますが」

「うーん、それじゃあお願いできるかな」

「はい、村はこちらですよ」


何をしてたのかは知らないが、ああいう言い訳をした以上こう言われれば断らないだろ。

変な事をするような人ではないだろうが、子供に言いたくない事しててその子供を一人だけ残して帰れないだろうし。

これもまた大人に対する気遣いって奴である。



そうして俺は今、お屋敷と呼べるお家の中にいます。

村への帰り道で色々お話ししていたのだが、この人結構おぼっちゃまだ。

この村はフォルティス王国の辺境にあるらしいのだが、この人、ウェル・ドルスさんのお父さんは王国騎士団長だそうな。

話しを聞く限りこの人は四男、どんだけ上でも三男っぽいが、それでも息子を辺境に出せるってすごくないだろうか?

家を出ると同時に結婚して新たな分家を作ったみたいだが、なによりの驚きとしてはこれで領主じゃないのだ。

有力者の息子なのに? と思わないでもないが、この人おそらく父さんより年下、それも5歳近く下っぽいから経験を積んでから譲られるのかもしれない。

それでなぜ俺が屋敷の中にいるかだが……


「という風に僕の指を掴んでね、とても愛くるしい話だろう?」

「はい、とても可愛い子なんですね」


産まれたばかりの赤ちゃん自慢を受けるためです。

いや、家の中に誘われたのは村の話を聞きたいって理由だったんですけどね、メインは違うっぽい。

良いとこのおぼっちゃまなだけに赤ちゃんを初めて見たそうなのだが、これほど可愛いとは思わなかったとのこと。

さっきからこの子の自慢話で喋りっぱなしです、産まれてまだ一ヵ月らしいのによく話が尽きないな。


「世の父親が生きてる中で一番辛い事は娘を嫁に出す事などと聞いた時は何を馬鹿なと思ったものだが、たしかにそうもなろうと僕は理解したよ」

「はあ、俺にはちょっとよくわからないですけど」

「はっはっは、それはそうだろうさ。ただ、それを知っていれば結婚する時に義父さんに礼儀正しくしなければならない、その理由が理解できるって話だよ」


俺まだ5歳なんだけど、そう思うがこの人より年下の人って多分この村にいないんだよな。

なんたって俺の両親が村じゃ一番若い、そんな俺の両親より年下のこの人より下ってなるとそれこそ子供達しかいないわけだ。

人生の先輩面して年下に色々言うには俺みたいな子供っぽくない子供にやるしかない、って話だな。


<面倒>

(これ、的確な一言をぶつけるのはやめたまえ)

<産まれたばかりのヒトはたしかに見たいけど、いつ見せてくれるのこの人>

(ウェルさんが満足するまで喋った後、かな)


出されたお茶を飲みながらウェルさんの話に相槌を打ちつつツクヨの不満を宥める。

マルチタスクの良い練習である、そう思えば苦になら…ごめん、やっぱ辛い。


(お前が赤ちゃん見たいって言ったから俺も我慢してるんだ、もうちょいだろうから我慢してくれ)

<それにしたって長いもの、言ってる内容変わらないし>

(よくそれだけの表現方法知ってますね、そう感心したいほどだけどさ。それにきっとあれだろ、これは多分)


ツクヨに続きを伝える前に扉が空き、優しそうな笑顔の女性が赤ちゃんを抱いて入ってきた。

すぐに立ち上がり頭を下げて礼を伝える。


「突然のご訪問失礼しました奥様、俺はサルーシャと申します」

「あら、礼儀正しいのねサルーシャ君。遅くなってごめんなさいね、この子がぐずり続けるものだからなかなか連れてこれなかったわ」

「ああ! 待っていたよ僕の宝物達! さあ、見てくれサルーシャ君! 僕の自慢の妻のプルケと娘のサティさ!」


おぼっちゃま気質で無防備なところがある旦那に代わって子を守る母の審査の時間はようやく終わったらしい。


<ずっと誰かが見てたのはそのためだったって事?>

(ウェルさんも緊張してるし、多分まだ審査終わってないけどな)


何かあったらすぐに取り押さえられる位置にいるっぽいし、酷く警戒されてるな、我ながら。

変な事しなければいいだけだし、俺は緊張とは無縁だけど。


「産まれたばかりの赤ちゃんってこんななんですね」

「可愛いだろう? 僕はこの子のためなら命を捨てられるよ、きっと」

「親になるってすごいんですね、俺はよくわからないです」

「ふふっ、サルーシャ君も大人になればわかるわ」


美白なほっぺの赤ちゃんをしばらく見させてもらい、遅くなる前にお礼を言って屋敷を辞する。

家への帰り道、初めて見た赤ちゃんの話でツクヨと盛り上がる。


<産まれたばかりのヒトって、想像以上にか弱いんだね>

(たしか、人間は脳が大きすぎて未熟な状態じゃないと母体から出てこれないからあんなんらしいぞ)

<そっかー、それであんなに魔力少ないんだね>


んん?


<あれだと近いうち、多分季節が一巡するぐらいには魔力尽きちゃいそうだったけどそれが当たり前なんだねヒトって>

(……ツクヨ、たしかご近所にも第二子、第三子が産まれてる家あったから近いうちに見に行くぞ)

<? いいけど、なんで?>

(嫌な予感がするからだよ!)


このパターン前にもあったな、そう思いながら俺は誓った。

ツクヨに早いとこ人間全般の常識を覚えさせる事と、精霊の常識を俺が覚える事をである。


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