猿、魔法を使う
婆の雷が落ちた後、みんなが授業を受ける態勢になったのはたっぷり二十分以上も経ってからだった。
もちろん全員頭にいい一撃をもらった上で、がっつりとお説教食らったからである。
尚全員の中には俺自身も含む。
「婆、やっぱり授業放棄しようとしてない俺が殴られるのは納得いかないです」
「うるさいね! 連帯責任、森で迷子になった件、他の奴らから不公平とか言われないように、好きな理由で飲み込みな!」
「理不尽な!」
「だからなんだい! 集団で起こした問題で一人だけ逃げられるなんて思うのは甘いんだよ!」
くそう、こっそり逃げ出そうとしてたの気づかれてたか? バレたらみんなに恨まれそうで中止したし、気づかれてないと思うのだが。
「ごめんなサルーシャ、巻き込んじまった」
「うん? 別にいいよ、婆のお説教中はどうせ何かできるわけじゃないし」
「それでもお説教受ける必要はなかったろ? だから、ごめん」
口で言うほど理不尽とは思ってないのでそこまで謝られると逆に気まずいんだが……。
そんな様子を見て満足気に頷く婆、頷いた後改めて真面目な話を始めた。
「いいかい、あんたらは自分達がやろうとしていた事がどれだけ危ない事か知らないんだよ。
プルシディンス・ヴィータを引き起こしかねなかい行動だったんだからね」
プル……? なんだって?
「あんた達が死ってもんに忌避感を持ってるのは正しい、そうなるよう教えてきたわけだからね。まあ一人変な奴がいるのは置いとくけど」
さて、いったい誰の事かなー? 思いっきり俺を見てるけど、別に悪いことしたわけじゃないからすっとぼけるのが一番だ。
「魔力を多く持つためには生き物が死ぬのを見届けなきゃいけない、だけどそれをやりすぎるとさっき言ったプルシディンス・ヴィータを引き起こすんだよ」
そこからの説明は概ねツクヨから聞いたものと同じであった。
どうやるのかの説明は同じで起きる現象についてもほぼ変わらぬ物。
ただ、そのあとの話が強烈であった。
「大量殺戮!?」
「そうだよ、プルシディンス・ヴィータの後には大量殺戮を繰り返す奴が残るのさ」
曰く豊かな森が一昼夜で荒野と化した、曰く大きな湖がただの窪地になった、曰く大きな都市がただの瓦礫の山になった、等々どうやらとんでもない被害を幾度となく起こした原因であるらしい。
(また精霊を人に産み直してくれる人が見つけにくい理由が出てきたなあ)
<なんか、ごめん?>
(まあ、いまさらって感じだし、魔力集めをやり切れた記憶もないんだろ? なら責めるのはお門違いってやつさ)
正直俺にとっては知ってたことをもう一度聞かされただけ、って印象で特に気になる話でもなかった。
それよりもこの後の魔法を実際に使ってみる授業のほうが気になって仕方なかったし。
ただ、コレがあるなら大軍同士の戦争は起きにくいだろうな。
うっかり大量の死者が出たら、その戦場に地獄が現れるわけだしなあ。
「魔力の増やし方、やりすぎの危うさはわかったね? 次はお待ちかねの魔法の使い方だよ!」
わっと歓声が上がった、というか上げた。
<なんかはしゃいでるね?>
(当たり前だろ? 魔法だぞ、魔法。憧れてたそれをできるようになるんだ、はしゃがなきゃ嘘だろ!)
俺と周りのテンションの上がりようにツクヨは理解が追いつかないらしい。
ツクヨからすれば出来て当然な事だから理解できなくても仕方ない、俺らで例えれば呼吸できる事でテンション上がる奴を見せられるようなものだろう。
「はいはい楽しみだったのはわかるから婆に説明をさせな。魔力を動かす感覚は覚えているね、その時に動けってイメージを持ってたろうからそれを風よ吹けってイメージでやってみな」
婆の指示に従って思い思いに皆風を起こす。
意外と難しくないな、あっさりと手の先から出ていく風の流れを感じながら思う。
<空気は魔力をあんまり含んでないから動かしやすいの、水とかだったらもう少し難しいと思うよ?>
(水のが魔力を多く含んでるのか。土とか木はどうなんだ?)
<水より土のが難しいよ。後、乾いた木なら土と同じくらいだけど、生きてる木はすっごく難しいね。できないとは言わないけど、魔力をたっくさん使っちゃうからやろうと思った事ないなあ>
(無駄遣いを避けたいのか……あれ? 魔力って使うと無くなるのか?)
<うん、しばらくすると戻るけど>
(どっから?)
<知らない>
後で婆に聞いたら体力と同じようなものと言われた、魔力を使って失った魔力を戻すのを生き物ならば自然に行っているらしい。
つまり、調子に乗って使いすぎると死ぬわけだな。
後、魔力を早く回復させるには、深呼吸するのが一般的って言ってたので空気中からも取り込んでるのだろう。
他には魔力を多く含ませた水薬、いわゆるポーションなんかもあるらしい、高いけど。
作り方が難しい上保存も効きづらい、止めに需要はほぼないときたらもう仕方なくはある。
待ってりゃ回復するものにそりゃ金はかけないわな、あるとしたらそれを飲まなきゃ死ぬ状況、使いすぎる可能性がある時のみ。
医療機関とかやらなきゃ死ぬ緊急時とか、後は
「いいかい、辛いと思ったらすぐに止めるんだよ! じゃなきゃくっそ苦い上に高いもん飲ますからね!」
今みたいに調子に乗っちゃいそうな奴がいる時とか。
さすがに興味本位で死にかけになる気はありませんよ?
本当だよ? 苦いと聞いて飲んでみたいとか少ししか思ってないから。
(でも、作り方とか材料ぐらいは知りたいかな)
まあ、今は魔法の習熟のが先だが。
その日はみんなが風を起こせるようになったところで終了、明日は実際に使って魔力集めをやるらしい。
風を起こす程度で何ができるのか? 明日にはわかるがみんな不安であまり眠れなそうであった。
はい、昨日の不安返してください。
我々は今田んぼの前におります、綺麗な黄金色の稲穂が重そうに首を垂れていますね。
「おはようございますモルモンさん、今年はとうとう子供達の実践ですか?」
「そうだよ、そろそろアタシも年だからね、やれるところはどんどんやらせんとね」
呑気そうな会話を婆とこの田んぼの持ち主であるおじさんがしているのを見ながら、俺達は昨日できるようになった風起こしを次の段階に進めるように練習している。
次の段階とは、この風起こしを稲刈りできるぐらいの勢いにするか鋭さを上げる事。
ついでに田んぼ周辺の草刈りも兼ねております、効率的ですね!
子供も労働力ってのはわかるがもうちょっと雰囲気とかをですね……具体的には我々を脅した昨日のアレは何だったんだと。
「アレはアレでいいんだよ、あんだけ脅しときゃやろうなんて考えやしないだろ」
一番最初に釘刺ししとくかー、みたいな? そんな感じか。
恐怖心を最初に植えつけとけば無茶はしない、という判断だと思うから理解できる。
大量殺戮犯なんぞになられたらたまったもんじゃない、ってのは当然だしな。
ちなみに自分は早々に草刈りを成功させて婆の横で待機中である。
何人か成功させたら婆が実際に稲刈りをやるのを見せてもらうんだが、かれこれ15分ぐらい待ちぼうけしてます。
「婆、一回やって見せた方がよくない?」
「それだとイメージが固まっちまうからねえ、やるんだったらいろんなやり方を見せてやらんといかん。アタシだってそこまで沢山の引き出しがあるわけじゃない、だからそれぞれでイメージ掴んでもらわんと」
「でも掴めそうな奴いないよ?」
「むむう……」
このまま待ちぼうけを続けるのかなあ、流石に退屈、ってわけでもないが。
どうせ時間をつぶすならツクヨとの話をしてたほうが有意義なんだよな、でもあまりそちらに集中してぼろ出すような真似をしたくないし。
「はあ、仕方ない。サルーシャだけでも先にやらせるかね」
「はーい。あ、そういやイメージが固まっちゃうとなんか悪いことがあるの?」
「風だと草を刈ることしかできない奴が毎回何人か出るらしいんだよ、アタシは直接は知らないけどね」
風で切ることと草刈りが完全にイコールで結ばれちゃうから、とかかな?
ま、それはいいとして先ずは婆の手本を見させてもらうとしよう。
「それじゃ見てなよ、すぐに同じ真似までは求めないけど、いつかはできるようになるんだよ?」
風で稲刈り、同時に何本かをまとめて縛って外まで出す、出した場所では干し場が組んであっておじさんがそこにかけていって……効率良すぎない?
え、最終的にここまでやれと? コンバインじゃん、人間コンバインじゃんこんなの。
いや脱穀と選別とかまではしてないから少し違うけど、ほぼ同じじゃん!
「最初は刈るだけでいいからね。ただ刈った稲を吹き飛ばさんよう気をつけな」
「はい」
婆、すげえ、ちょっと舐めてた。
真面目にやってこう、魔法の使い方とかよく見て真似すればすっごく勉強になりそうだ。
でも、とりあえず最初はできる事から始めよう、上級者の真似をいきなりするとか失敗するフラグだもんな。
だからまず風で稲刈りから、さっきやった草を刈るのと同じ要領で風の刃をぶつけてみる。
狙い通り最初は一つだけ刈れた、なので次は横一直線にやってみる。
これも成功、放った風の刃は俺のイメージ通りに直線状の稲を刈って見せた。
「ほう、やるもんだねえ」
婆もおもわず感心するほどの出来、やってやったぜと胸を張る。
「だけど魔法ってのは威力を上げれば上げるほど、射程を伸ばせば伸ばすほど魔力を使うもんなんだよ。だから、自分の限界を理解せずにやるとそうなるんだよ?」
先に言ってほしい、地面に倒れこみながらギリギリで意識を保ちつつ、心の中だけでつぶやいた。
その後ポツポツと草刈りを成功させた子供たちがやってきては婆が手本を見せ、各自一つずつ稲を刈っていった。
それまでの練習で魔力をほぼ使い切っている子が大半だったので、一つだけで終わらせたようだ。
その間俺は土手の上で座って見学である、俺も魔力を使い切っていたから当然である。
もちろん稲刈りを終えた子らも横に座っていく、みんな初めての魔法の実践で疲れ切っていた。
そのせいでおしゃべりする余力がある子はいやしない、静かなものである。
<そんなに疲れたの?>
なので俺は心置きなくツクヨとの会話に集中できるのだ! 無理やりでも何かしてないとと疲れで寝そうなので無理してるとも言う。
(疲れたぞー、例えるなら全力疾走をし続けた直後みたいな? って伝わらないか、これだと)
そもそも疲労って概念がなさそうだしな、どういえば伝わるかなと悩んでいるとちょっと聞き捨てならないセリフがツクヨから飛び出した。
<空気の中の魔力を使えばいいのに、体内のだけでやるのがヒトのやり方なのかなあ?>
(なぬ?)
<肉の体の中の魔力なら最初から自分のだからかなあ?>
(待て待て、何? 空気中の魔力を使って魔法って発動できるの?)
<うん、私達はそうやってるよ>
なんでも精霊は空気や水の中の魔力を自分の支配化に置く事で、大規模な魔法を使用可能にしているらしい。
ただ、自分のもの以外の魔力を自分のものにするにはやっぱり魔力を使うようだ。
なので魔力の使い方が下手だとマイナスにしかならない。
が、精霊は魔力で体ができているから当然使い方は一級品、故に時間さえかければいくらでも魔力を集められる、とのこと。
……時間さえかければプルシディンス・ヴィータ起こせるじゃん、そう思ったが無理らしい。
魔力に宿る肉の体の情報がないと体を作れないそうな、そうじゃなきゃ今頃全ての精霊が肉の体を得ているか。
でも、空気中の魔力を自分のものにする方法は後で教えてもらおう、きっとスッゲー便利だろうから。
そんな風にツクヨと会話していたらいつの間にか稲刈りは終わっていたらしい、婆が俺ら全員を呼んでいる。
刈り終わった田んぼの中になんか等間隔で並ばされたと思ったら、
「んじゃあ、ちょいと寒いけど我慢すんだよ」
そう言うって婆は田んぼの土をいきなり凍らせた。
いや、植物って刈るだけじゃすぐには死なないけど、いくらなんでも乱暴すぎない?
そう抗議したかったが、寒すぎてみんな口がきけない。
そんでもって、即溶かすために今度は熱風が吹き荒れる。
悲鳴がそこかしこから上がるが婆はどこ吹く風、淡々と必要な事を事務的に告げた。
「この作業を村の田んぼ全部でやるからね、覚悟しときな」
村の田んぼって20以上なかったっけ? 終わるまでに何人が風邪をひくだろうか、ちょっと気が遠くなる秋の季節の話だった。
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