猿、魔法を知る
ツクヨと出会ってから数日、朝目覚めたら空気から感じる物が変わっていた。
いや、空気だけじゃない、そこら中の物全てが違う感じがしたのだ。
さすがに理解が追い付かず、混乱のまま横で眠っていた母に縋りつく。
「母さん起きて、なんか変、周り中がなんか変だよ!」
「……んんっ、おはようサルーシャ、どうしたのいったい?」
起き抜けの母に抱きしめられ、優しく撫でられるうちに混乱した頭が落ち着きを取り戻してくる。
身体の中のものは暖かく、空気中や壁、床などのものは冷めているように感じるそれ。
何より、ツクヨと同じ感じを覚えるこれは……
「これってもしかして……魔力を感じられるようになった?」
「あら、本当? よかったわ、サルーシャ気にしていたものね」
意図せずこぼれた呟きに母さんが喜びのあまり俺を抱え上げる。
そのまま父さんの所に運ばれながら、何故いきなり感じとれるようになったのかを考える。
(何かしたか?)
<何もしてないよ? せいぜいサルーシャの記憶を見せてもらおうとサルーシャの魔力を動かそうとしてただけ、結局動かなかったけど>
はい、原因が判明しました。
ツクヨが俺の魔力をいじったことで動く感覚を身体が覚え、動かす事ができるなら当然魔力そのものを感じとれる訳だ。
実際今動かす事できるもんな……って、それより気になる事があるぞ。
(なあ、魔力をいじって記憶が見れるのか?)
<? だって私が昔を思い出せるんだから当たり前じゃない?
魔力って宿ってたモノの情報を持ってるものだし>
(なるほど、だから同族に宿りやすい訳か。ところで、どこまで見たんだ?)
<全然見れなかった、やっぱり意思あるうちだと情報見たりは無理みたい>
前世まで見られていたら説明が面倒なんだが、そう思っていたが杞憂だったらしい。
(うん? 『意思あるうちは』? って事は出てきた魔力からは可能なのか?)
<そうだけど?>
(目で見る感覚とか引き出せないのか?)
<あくまで主体は私だもん、私自身がわからないものは無理だよ。どれが目で見る感覚でどれが目以外の感覚器のものかわかんないもん>
(ごっちゃになって仕分けできないって事か。後さあ、お前の記憶が曖昧なのって、もしかして魔力に宿った情報のせいだったり?)
ツクヨ達の体は魔力でできている、で、魔力はどこから生まれたのかって話だ。
(お前の話してくれた記憶は魔力に宿ったものかもって思ってさ)
<……そっか、私の記憶だって思ってたのは私のじゃないかもしれなかったんだ……>
(待て待て待て! どの感覚器か明確に区別できない記憶はお前のだろ! 俺が言いたいのは、お前の生まれた瞬間が確定できるかもって話だ!)
<あ、そっか、その分け方なら区別できるね。……なんの役にたつの、それ?>
うぐ、苦し紛れの言い訳では誤魔化しきれないか?
考えなしに思いつきを伝えるもんじゃないな、これがなんの役にたつのか考えなければ……。
そうだ、これなら誤魔化せるぞ!
(始まりが有れば終わりも当然あるものだぜ? つまり、始まりが明確にならいずれ終わりも訪れる。終わりが来ないなんて落ち込む必要はないって事さ!)
沈黙が訪れる。ダメか? 考えなしに言いましたって大人しく白状すべきか?
そう思った瞬間、凄まじい勢いで感情をぶつけられた。
<サルーシャ、ありがとう、ありがとうね!! そうだよね、終わらないものなんてないんだよね!? 私達は、おいてかれるだけの存在じゃないんだよね! 本当にありがとう!>
(お、おう、気にすんなよ。たいしたこっちゃないさ、こんなの)
まさか、ここまで感激されるとは……、適当な言葉を並べただけっていう事実は一生秘匿しておこう。
父さんに笑顔で報告する母さんに抱えられながらそんな事を思う俺であった。
「さて、久しぶりの授業を始めるよガキども。とっとと座って静かにしな!」
はーい、とそろって返事をする子供達。もちろん俺もその中の一人だ。
今日は帰ってきたモルモン婆の久々の授業だ、そんな日の朝に魔力を感じとれるようになるとは……、ツクヨには感謝すべきだと思う。
<もっと大きなものをくれたんだもん、気にしなくていいよ>
(う、うん、でもそれとこれとは別だかんな、感謝はさせてくれ)
なんかツクヨのレスポンスが早くなっている気がする、多分ツクヨの意識が俺に向く率が上がっているのだろう。
無知な子供を騙くらかして利用しようとしているみたいで心苦しい……。
「始める前に……、サルーシャ! ちょいとこっちきな!」
おおっと呼ばれてしまった、これは勝手に森に入って夜遅くまで寝てたお叱りをもらうな。
そう思ったのでなるべくかしこまり、殊勝に見える態度で婆の前まで行く。
前まで行けば婆の眉間に寄っている皺がよく見える、これは相当きてるなと長いお説教を覚悟する。
しかし、俺の予想は大外れであった。
「大変な時にいれなくて悪かったね、怖かったろうに、よく頑張ったよ」
そう言って頭をゆっくり撫でてくる婆、不覚にも泣きそうになってしまった。
「あんた達も、サルーシャを揶揄い過ぎんじゃないよ。そのせいでこの子は森に一人で入って行ったんだからね」
はーいとまたそろって返事をした後、口々に俺に謝ってくるみんな。
ちょっと本気で泣きそうだ、うん、だとか、気にしてないよ、だとか返すたびに前世との違いに戸惑ってしまう。
いや、前世の環境が特別酷いわけではなかったはずなんだが、今の環境が特別良い環境なのだろうか?
比較材料がないからわからないのだが、とりあえず、この村にいつか恩返しはしなければならないだろう。
「はいはい、そんなもんで十分だろ。今度こそ授業を始めるよ、全員もう一回座んな」
パンパンと手を叩いて促す婆に従い皆が席に着く、少々脱線したが今日の授業の始まりである。
「んじゃあ先ずは宿題だった魔力を動かす事の結果を聞こうかい」
なぬ? 魔力を動かすのが宿題?
「この動かす感覚だけは各自で掴むしかないからね、しっかりやってきただろうね? これをサボってたら魔法を使うのなんて夢のまた夢だよ」
どうやら結構難関らしく、できたと言ってる子は二、三人程度。
その子達にしたって自信なさげか、もしくは自慢気に胸を張っている……。
つまり、魔力を動かす事が自慢できるような事、なのだろう。
さっき動かしてみた時には手や足、いや、息を吸うレベルでできたんだけど俺。
(ツクヨが動かした時にそのあたりの感覚まで移ったとか?)
<魔力が混ざんない限り無理だと思うよ?>
とりあえずツクヨのせいではないようだ。
自分だけで考えてわからない時は聞くに限る、早速手を上げて婆に質問がある意を伝える。
「はいはいサルーシャ、あんたは先に魔力を感じとれるようにね……」
「婆、俺今朝感じとれるようになりました。そんで動かすのもできます」
周りの皆が驚いて俺を見るが、婆はほうと感心、いや、あれはやっぱりなという響きだ。
「サルーシャ、あんた森で迷子になった日から今日まで両親と一緒に寝てただろ」
「はい、そうです」
やっぱりねえ、と言った後何やら呟き始める婆。
漏れ聞こえる言葉は『両親の愛情いやもっと単純に魔力に……』だとか『論文の通り? いや他の子との差異をもっと明確に……』だとかで自分の世界に入ってしまった感がある。
だけどそのままでは困るのでこっちから声をかけた。
「婆? 俺って変なの?」
「ん? ああ、そういうわけじゃないよ、あんたが感じとれてすぐ動かせるようになったのは不思議でもなんでもないさ。
感じとれるのに時間かかった奴は逆に動かせるようになるのは早いし、感じとれるのが早かった奴ほど動かすのに時間かかるもんだからね。
細かい理屈まではあんた達にゃ難しいだろうから説明はしないがね」
そういうものなのか。
「それより、サルーシャも魔力感じとれるようになったのなら話さなきゃいけないね。
全員に絶対覚えてもらわなきゃいけない事があるから、しっかり聞いて覚えるように!」
その時のモルモン婆の真剣さはそれまで子供達には見せた事のないもので、皆も俺も釣られるように本気で聞こうと婆の話に集中する。
子供達の聞く態勢が整ったのを見て婆は一つ頷き話し始めた。
「感じとれるようになったのならわかるはずだね、一人一人の魔力量が違う事、特にアタシとの違いが」
確かにわかるがそれは大人と子供の差、俺達が成長すれば埋まるものではないのだろうか?
「あんた達も大きくなったり体を鍛えりゃ魔力量は確実に増える、上手くすりゃあ宮廷に仕えるまでいけるかもしれない。だけどね、それだけじゃアタシの領域までは絶対に無理だ」
ああ、魔力の増やし方を教えようとしているのか。
もうすでに俺は知ってるけど知ってたことがばれないようにしなきゃな、誰に聞いたかなんて言えるわけないし。
「魔力を増やすには二つの方法がある、一つはさっきも言った体を大きくすること。もう一つは他からもらうこと、そして、魔力をもらう方法とは……」
ごくりと誰かが息をのむ、婆の雰囲気が怖いぐらいに真剣そのものだからだ。
「……生き物が命を落とすその時に近くにいることさ」
うん、だよなあ。
魔力の性質をツクヨから聞いたから知ってる、正直自分の手で殺す必要があったりするのかなあとか考えてたからマシかなって思う。
が、周りの子供達は違ったらしい。
いや、事前情報があったんだから違うのは当然なんだが……。
「うええぇぇ……」
「嘘ぉ……」
「俺絶対ヤダよ!」
完全拒否まで行くのはちょっと想像の埒外だ。
表面上は俺も驚いて見せているが、泣くほどいやか?
そりゃトドメを刺さなきゃいけないとかならわかるが、死を看取るだけならセーフじゃね?
しかし婆はさもありなんと頷くだけだ、子供達のこの反応は予想通りらしい。
「あんた達が嫌がるのもわかるよ、大人だって嫌なもんだからね。アタシだって必要じゃなかったらやんなかったさ」
婆自身も嫌だったのか……そういえば教会で聞くお話しって何かを退治するみたいな物全然なかったな。
もしかして、死を忌避する文化ができているんだろうか?
「だけどね、やらなかったら魔力が足らないって事も起きる。
明日っから魔法の使い方と一緒にやってみせてくからね、しっかり覚悟決めときな!」
みんなとても嫌そうだ、あんなに魔法の使い方を教えてもらうのを楽しみにしてたのにテンションが葬式みたいになってる。
「サルーシャ、あんた意外と平気そうだね」
おっと、周りの状態から浮いてたか。
みんなの反応が今ひとつ理解できないんだよな、だって、
「いつも食べてるお肉とかは猟師さんが獲ってきてくれる物ですよね? いつかは俺らがやる事になると思ってたので、騒ぐことじゃないかなぁ、と」
これは偽りない本音だ、だが時と場合を考えるべきであった。
「……お、俺だって大丈夫さ!」
「僕も、平気だよ!」
自分がこの中で一番年下である事を忘れていた、この年頃の男の子がかっこ悪いことをどれだけ嫌うかを忘れていた。
そして、周りがこう言い出せば年上のまとめ役に近い女の子だって、
「私だって平気よ! 男の子なんかに負けられないもの!」
こうなるし、そうなれば大人しめの子だって、
「私も、年下の子が頑張ろうとしてるのに、負けられない……!」
こうなる。
「そうだ! 今から行こうぜ! 俺、死にそうな鳥来る時に見たんだ!」
さらに間が悪い事にそんな珍しい物を見た奴がいたりすると、
「マジかよ! 行く行く!」
「みんなも行こうぜ!」
「「おー!!」」
勢いのまま授業の事が頭から吹っ飛ぶと。
これ俺のせいかなあ? まあ俺が悪いんでなくても発言には気をつけるべきだった。
だって、目の前で授業放棄をしようされてる婆の目が段々と吊り上がっていってるし……
「あんた達ぃ……いい加減におし!!」
案の定本日最大級の雷が落ちて、しばらくの間みんな行動不能と相成りました。
俺にできたのは事前に自分の耳をそっと塞ぐことだけであった。
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