手にしたものと
あの後、顔を真っ青にした俺に驚いた両親に心配されて、一緒のベッドで寝る事になった。
俺を抱きしめる母さんの体が震えていたのはちょっとしたトラウマになりそうである。
父さんは上手く誤魔化せずにごめんなと謝っていた。
今はもう二人とも眠ってしまっている、大事な子供が死ぬかもしれない重圧で疲れ果てていたのだろう。
逆に俺は昼寝を思いっきりしてたせいで今一つ眠れない……いや、誤魔化すのはやめよう。
俺は自分が安易に手を伸ばした物のとんでもなさにビビっている、その危険性にも、だ。
魔力集めとツクヨは言っていたが、その実態が理解できたのだ。
分かりやすく言えば”経験値稼ぎ“だ、ただし、憑依した対象の同族が最大効率になるが。
なぜかって? 生き物が死ぬとその体内の魔力が外に放出されるのだが、大半は雲散霧消するがわずかな残りの魔力は近くの生物に入る性質がある。
そして、生き物の体内に宿っていたものなら当然同族と一番相性がいいからである。
つまり、精霊という種族は、生き物に取り憑くと、同族殺しを大量に行った上で、その体を奪いとる、ヤドリバチも真っ青な寄生生物だった訳だ。
普通ならすぐさま追い出してしまうのが当然だ。
でも、俺はそれをするのを躊躇ってしまった。
まだ魔力を感じとれていないのもある、約束したのもある、裏切られたツクヨがなにをしでかすか分からないというのも、ある。
だが、一番の理由はツクヨが肉の体が欲しい理由を語った時の様子だ。
ふと気づいた時、覚えのない場所にいるのはどんなに不安だろうか?
つい先ほどまで覚えていた事を忘れてしまうのははどれだけ恐ろしい事だろうか?
そして、精霊は、
(死なない?)
<そう、私たちは死なないの>
生き物の死の概念を説明していたら『羨ましいな』と言い出して、驚いた俺が聞き出した理由がこれだ。
断片的でどのくらい経ったかも分からないが、ツクヨ達は恐ろしく古い時代から生き続けているらしい。
最も古い記憶を聞く限り、下手をすると生命誕生から少ししたぐらいから生きている可能性がある。
だって、地上に森とか存在していないとか言い出してるし……。
生命が海から出てきていない時代かよ、と呆然となっても仕方ないと思う。
永遠に不安定な存在のまま生き続ける、しかもツクヨの無知具合から見て経験を積むという事すら困難な筈だ。
そんなもの、間の開くことのない苦痛、無間地獄となんの違いがあるのか。
もしも人として産まれることができれば、その境遇から逃れられるかもしれない。
そうこぼした時のツクヨの喜びようといったら……。
つまり、俺はすっかりこいつに同情してしまった訳である。
だからこそ、ツクヨの行動をコントロールして、産まれた後も人として生きられるように教育してやらなきゃいけないのだ。
(いいか、俺に黙って勝手な事するんじゃないぞ。お前が人になれるかは今後のお前の行動次第だからな)
<うん! 何かする時はサルーシャに聞いてからにすればいいんだね?>
齢五年未満で、なにも知らない生き物を人として生きられるようにしなければならないとは……大きすぎる責任を負ったものである。
それから、ツクヨに人の生き方を教え学ばせる日々が始まった。
(つっても、俺もまだまだ知らない事ばっかりなんだけどな)
<そうなんだ?>
とりあえず、先ずは何を知っていて、何を知らないかを確認すべきだと思う。
なのだが、今はツクヨとの会話に集中することはできない。
「サルーシャ、あまり離れちゃだめよ?」
「はーい、わかってるよ母さん」
なぜなら母さんの薪拾いのお手伝い中である。
本当なら周囲に誰もいない状況を作りたいのだが、行方不明になりかけた子供を次の日すぐに目を離す親は普通いないのだ。
なので母さんの近くで薪拾いしながら、心の中だけでツクヨと会話するしかない状態である。
<これって何をしてるの? そこらの動かない物の一部を拾ってるみたいだけど>
(あれらはまとめて木って呼んでてな、落ちて乾いた奴は火をつける元になるんだよ)
<火を? なんで火をつけるの?>
暖を取るためだったり、調理のためだったりと多岐に渡るんだが……どう説明すればいいんだろうか?
言葉の意味から説明しなくちゃいけないだろうからかなり大変だぞ。
そう思いながら火を使う場面を色々思い浮かべていると、不意にツクヨが声を上げる。
<こんな風に使うんだ、人ってなんかすごいね>
(へ?)
<サルーシャが今色々見せてくれたじゃない。火の熱を利用したり光を利用したりって、よく思いついたねえ>
今俺がしたのは火の利用方を思い浮かべただけなんだが?
<うん、サルーシャが伝えたいって思った物なら観れるよ、私>
(なんて便利な。ん? じゃあ逆もできるはずだよなあ、なのになぜ言葉だけで説明してたんだ?)
<目で見る感覚ってよく分かんないから無理だよ>
(肉体を持ってないんだからそりゃ分からないか)
そんな風にツクヨと会話しながら薪拾いしてたせいだろう、傍目には気もそぞろだったようだ。
「サルーシャ、今日はもう帰りましょうか」
「え? 薪の量いつもより大分少ないけど?」
「大丈夫よ、また明日も集めればいいんだから。さ、帰りましょう?」
そう言って俺の手をとり、家路へと向かう母さん。
随分と心配させてしまったようだと反省しきりである。
<このヒトはなんでもう帰るの? 薪の量足らないんじゃないの?>
(母さんの認識だと、昨日の俺は迷子になって夜遅くにようやく帰れた、そして帰ったら怖い顔の大人に囲まれて、その上命の危険があったと後で気づいたって訳なんだ。
今日森に連れて来たのは、もう迷子にならないよう村の方角の見方を教えておくためだと思う)
村に住んでいるなら森に入らないって選択は取れないしな、トラウマにならないように早めに印象を塗り替えてあげようって意図もあったのだろう。
<ふーん、ヒトって色々考えて動いているんだね>
(こういう風に子供のためを思って動けるのが、立派な親って言うのさ)
ツクヨに教えるのが大変とか思ってたけど両親の真似すればいいだけだな、俺は本当に恵まれた環境に生まれたようだ。
サルーシャが母に連れられて森へと入っていた頃、村の中央にある教会の中での事である。
そこにはサルーシャ捜索の指揮をとった隊長と若い副官、この教会の責任者である司祭と子供達の面倒を主に見ているシスターの姿があった。
「それでは騎士様、サルーシャ君は怪我もなく、精霊付きにもなっていなかったのですね?」
「ええシスター、特におかしな様子もなく、感知器もペデュクラスの実の色も変化はありませんでした。
念のためにと食べさせましたが美味しいと言ってお代わりまで要求、先ず間違いなく精霊付きにはなっていないでしょう」
恐る恐るといった様子で聞くシスターに朗らかに隊長は答え、その答えに安心したようにシスターは胸を撫で下ろした。
「よかったですねシスター、あのご家族に最良の結果がもたらされたようです。
我々にとっても村にとってもですが、お子様の不幸が無かった事が本当に喜ばしい」
「はい、私もそう思います。でも、あの子は頭のいい子ですから、危険な事はしないと思っていたんですが……」
「頭のいい子というのは意外と妙な事をしでかすものなのですよ、大人のように危ない事を危ないと理解している訳ではないですから。
なまじ考えられる分だけ深く踏み込んでしまい、危ない目に遭ってしまう事があるのです」
「おや? 司祭殿は経験がお有りで?」
「ご容赦ください騎士様、子供の頃の失敗談などこの年で語りたくはないですよ」
混ぜっ返すような隊長の指摘にバツの悪そうな顔で返す司祭、
その気安いやりとりにシスターがクスリと笑う。
ようやくシスターの気負いも抜けたようだ、と司祭と隊長も笑顔を交わし合う。
これでシスターの方はもう大丈夫だろう、司祭は未だに固い表情のままの若い副官に声をかけた。
「さて、お若い騎士様は何かご懸念でも?」
「いえ、そのような物は……」
「そんな顔で言っても説得力がないぞ。ラテベア教との連携は最重要事項の一つだ、隠せないのなら話すように騎士ドルス」
振り向かないままでの隊長からの叱責に近い一声に若い副官、騎士ドルスの体が強張る。
そして、少しの躊躇いの後懸念を口にした。
「あの場には確かに精霊の魔力が残っておりました、あの子に憑いていないのなら一体どこに行ったのかと」
「最もな懸念だな、お前は近くに足跡のあった猪に憑いたとは思えんか」
「はい、あの場で精霊の魔力痕跡は途切れておりました。あの子供が散らしたのでなければ、憑いた以外有り得ない状況です」
副官の疑問に答えるため頭を巡らせる隊長、しかし、その疑問に先に答えたのは司祭であった。
「その、言いづらい事なのですが、お渡しした魔力感知器は欠点があったようなのです」
「欠点?」
「はい、感知範囲が狭い事はお話し済みですな?」
「ええ、確か十歩も離れれば範囲外になってしまうとのことでしたな」
「上側はもっと狭く、成木の半分の高さでも範囲外になる事があるそうで……」
ギョッと思わず司祭の顔を凝視する三人、シスターまで同じ反応をしているということは彼女は知らなかったのであろう。
「それはまた……いつ、判明したのです?」
「私に通達が来たのが今朝で、判明は二日前です。あの子が行方不明になる前にその通達があれば、多少不確かであってもお伝えしておりました」
隊長が『秘匿していたので?』と言外に尋ねれば即座に司祭は否定した。
それを信じていいかどうか隊長はしばし考える。
ラテベア教と隊長の国、フォルティス国は別組織だ、無条件に信じて頼り切りになるのは彼の立場ではただの怠慢である。
故にこういう場合、虚偽である可能性を疑わなければならない。
虚偽の場合のラテベア教のメリットデメリット、司祭の人格的信頼性、そもそも虚をついたのは司祭かそれともラテベア教自体か……様々な要素を考慮して出した結論は、
「嘘ではなさそうですな、どう考えてもメリットがない」
ため息をつきながら上を向く、役割とはいえ無駄に疑わなければならない立場に少々疲労を感じながら。
「精霊は普通でしたら大型動物に憑こうとしますが、小動物に憑く可能性もない訳ではありません。
魔力痕跡が途切れていた原因も、木の上を通る栗鼠などを追っていったなども考えられますので……」
「私の疑念は、ゼロとは言えないが的外れの可能性が高い、そういう事ですね?」
騎士ドルスの言葉に静かに頷く司祭。
「申し訳ありませんでした、どうやら精霊を恐れるあまり無用の疑いをかける所だったようです」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。ラテベア教の信頼が損なわれるのを恐れて秘密裏に交換しておこうとした事が仇になったのでしょう。
これも私の不徳の致すところ、何重にもお詫び申し上げたい」
「騎士ドルス、あらゆる可能性を疑うのは悪いことではないが……もう少し感情を隠せるようにな。
おかげで司祭殿が無用の嘘をつく羽目になっているではないか」
互いに頭を下げあう両者に呆れたような声をかけたのは隊長だ、この後謝罪合戦になるのが目に見えていたからである。
隊長の言葉に騎士ドルスは押し黙ったが、司祭はとぼけた顔で心外そうに訊ねる。
「おや、私がどんな嘘を?」
「秘密裏に交換するつもりなどなかったでしょうに、うちの副官を甘やかさんでほしいですな」
「いやいや、そのような事は……」
あくまでシラを切るつもりの司祭に構わず、隊長は振り返って自分の副官に諭すように語る。
「いいか騎士ドルス、ラテベア教の教えには嘘をついていい時もあるのだぞ」
「隊長、彼らはそのような者達ではありません。
誠実であり勤勉な信頼すべき方々だと隊長ご自身もおっしゃっていたではありませんか!」
驚いきのあまり大声を上げる彼に満足気に頷く隊長、ラテベア教と不信による喧嘩別れはなさそうだからである。
「おう、その通りだ。だが、アーク様の言葉の中にあるのだよ『相手の為になる嘘は許される』というのがな」
ジロっと司祭を睨めばすっと目を逸らす、その様子を見てドルスはようやく気づいた。
司祭殿は自分があの子供を無用に傷つけないように、あの子供と自分を守る為に感知器の欠陥を語った事を。
最悪の場合意味なく子供を斬り殺すのを防いでもらった形だ、自分の未熟さに赤面するのを止められない。
「気づいたか? というか、精霊付きになっていたら即座にこちらを殺しに来るだろうに。
他人を、それも子供を疑いの目で見たりしていたら上の立場になど立てんぞ?」
「まあまあ、そのあたりで。彼も妻が妊娠中で気を張り過ぎていただけでしょう、精霊の危険性を考えれば仕方ない事ではないですか」
「だから甘やかさんで下さいと、司祭殿は此奴が孫のような年だから見る目が甘くなりすぎるのです」
「騎士殿こそドルス殿を子供のようにお思いなのでしょう、立派になってほしいからと無駄に厳しくしては潰れてしまいますよ?」
そこからは何故かドルスをどう導くかで口論に発展してしまい、話し合いとは呼べないものになってしまった。
しかし、ドルスにとってはそれこそが暖かな思い出であり、生涯忘れられぬ後悔の元となるのであった。
評価、感想いただくと大変喜びますのでお時間ございましたらぜひお願いします。