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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
28/30

死と隣り合わせ

地上に出て真っ先に思ったのは、ここは本当に住み慣れたローウェス・テラートゥスかということだ。

雑然としてはいたがちらほらと豪華な屋敷が遠くに見え、あばら家同然の店とはいえ活気に満ちた人だかりが多かったあの都市と本当に同じものなのだろうか。

崩れそうで崩れない危ういバランスの建物は今や完全に崩れただの瓦礫と化し、喧嘩の音やそれを囃し立てる声聞こえず、代わりに聞こえるのは助けを求める悲鳴と痛みに喚き散らす怒号、そして奴が起こす殺戮の犠牲者の断末魔。

都市壁の外側で暮らしていた身なのでそこまで親しみを持っているつもりではなかったのだが、存外この都市を気に入っていたらしい。

ローグ、本当の名前はルシェットというらしいからそっちで呼ぶべきだろうか? あいつの弟だといっても全く勘弁する気にはならなかった。


<落ち着いてサルーシャ、肉の性能ではあっちが圧倒的に上なんだから一発ももらわないように冷静でいて>

(? あれって魔法で強化してるんじゃないのか?)

<うん、素の体をそこまでの力が出せるように変えてるんだよ>


しかし見た目の大きさは大男程度、せいぜいが2m超えのボディビルダーみたいな体だったんだが……。

そりゃ俺と比べれば圧倒的なパワーを出せるだろうが、地下室から腕の一振りだけで屋敷を倒壊させられるのかといったら無理だろう。


(なのに奴は身体能力だけでやってのけたってか?)

<多分そういう体を作ったんだと思うよ、新生は、プルシディンス・ヴィータはそういうものだから>

(無茶苦茶だな、なんでもありかよ)


そう考えれば身体能力だけで済んだのはむしろ喜ぶべきことなのかもしれない、最悪は『絶対無敵! どんな攻撃も通らないし、どんな防御も無視できる!』みたいになられたらどうしようもなくなる。


(ん? でも、プルシディンス・ヴィータって起きたことはあるんだよな? なら、なんでそういうやつらは今はいないんだ?)

<みんな死んでるから、なぜか知らないけど寿命が短いらしいの〉

(そういや、読んだ話の中でなんかあったな。もう少し生きられてたらこっちが死んでたみたいな話)


まあ、そういう考察は時間のある時にでもやるか、なんて考えていると、


「うおっと!」


部下の人が飛ばされてきたので慌てて避ける、かなり驚いたがとりあえずほっとくと死にそうなのでまずは止血をしよう。

止血用の布は悪いと思ったがそこらの死んだばかりの人の服からちょうだいする、仇はとるので死体漁り亜種は目をつぶっていただきたい。


「きみ、は、サルーシャ君だったな、私の事はいいから今すぐに逃げなさい、あれは無差別に人を襲ってくるぞ」

「いいから黙って、血を止めないと貴方死にますよ!」

「あれを相手にするんだ、命の一つや二つ投げ捨てなければ止められないさ」

「血止めしなきゃ止め切る前に死ぬでしょうが! 時間かからないからおとなしくしてろ!」


言いたいことはわかるがそれとこれとは別だろうに、相手の意思を無視してさっさと傷口を縛り上げていく。って、この左腕おれてるじゃねーか、添え木添え木ぃ!


「頼むから聞きわけてくれ! あれは今人ばかりを狙って殺して回っている! すぐにここにも来るぞ!」

「わかってますよそんなの」


あの野郎近くの人間殺しつくしてからこっちに向かってやがる。なぜそれがわかるかって? もう断末魔の悲鳴が聞こえないからだよ!


「KYUAAAA!!」

「はい、いらっしゃい。そしていってらっしゃい、空中遊泳と紐無しバンジーを楽しんでこい!」


こっちの姿を確認してすぐに喜色の混じった声を上げながら文字通り跳んできた奴を、そのまま風で高く打ち上げてやる。

どうやら近い人間から殺そうとしているから真上に打ち上げてやった、こうすれば俺が一番近くなのは変わらないからな。


「き、君、こんな事が出来たのかね?」

「できますよ、魔力量が多いのは気づいていたんでしょ? 他の奴に魔法を教えてたのだって知ってたでしょうに、戦えないとでも思ってました?」

「い、いや、戦えるとは思っていたが、ここまでとは……」


ちょっと呆然としながら答える部下の人にさっさと応急手当を済ましてしまう、時間があるわけじゃないからな。


「わかってくれたら周囲でまだ生き残ってる人を避難させてください、これ以上の犠牲者が出るのはいろんな意味でよろしくない」

「今ので死んでは……くれそうにない、か。わかった、この傷では君の足手まといにしかなれないようだ、済まないが無辜の民衆を守るのに力を貸してくれ」

「ええ、そのためにも周囲の避難を早めに。それが終われば俺も逃げられますから」


そろって上を見上げながらそんな言葉を交わしあう、見たわけではないがお互いの表情はいま完全に同じだろう。

受け身など取れないように、空中で体制が整えられないようにと、ただ打ち上げるのではなく空中で体が回転するように吹き飛ばしてやったんだが……二人が見ていたものが錐もみ状態で勢いよく地面にたたきつけられ、その衝撃で地面に大きな穴が開く。


「これで多少でもダメージを受けてくれてたら嬉しいんだけどな……」

「期待はしないほうがいいぞサルーシャ君。私も何度も切りつけたんだが、このざまさ」


そういって持ち主より遠くへ飛ばされた剣……だった物を指さす部下の人、あれはもはや柄っていうと思う。


「体の頑丈さは折り紙付きかー、内部が柔ければ衝撃でどうにかなってるんだけどなー」


淡い期待を込めて穴をのぞき込む、もちろんそんな期待に応えてくれるわけもなく、のぞき込んだ先には元気に怒りの雄たけびを上げる姿が! あ、地団駄踏んでる。


「一つ幸いなことがわかりましたね。あいつの精神は子供そのものだ、囮として弱そうなやつががちょっかいかけ続けてやれば釣れると期待できます」

「あらゆる意味で君に任せるのが最適か……頼むから生きて無事に戻ってきてくれよ? でないと私も隊長も、腹を切るどころか罪人として首を撥ねられかねないからな」


切腹の風習あんのかよ、さてはアークって日本人だったな?


「もちろんですよ。死ぬ気はないし、死なせる気もありませんって。それより、早くここから離れてあなたのやるべきことを」

「ああわかった、武運を祈る」


地団駄をやめて憎々しげにこちらをにらみつける新生物から目をそらさずに避難を促せば、素直に離れる部下の人。

生き残れるかもしれないぐらい実力があると理解してくれたのだろう、激励に片手をあげて感謝を返す。

さて、ここからが本番である。この後の俺の人生においても滅多にない、婆とやった時以来の命懸けでの格上との戦いが始まろうとしていた。



「へいへーい、当たってないよー当たってないよー、当てるきあるのー? そんなんじゃいつまでたっても当たりゃあしないよー?」

「KIIIIII!!」


風を切り裂いて俺の頭めがけて剛腕が振りぬかれるが、俺は柳に風とゆるりと体を柔らかく曲げてその下を潜り抜け、腕の後を追うように荒れ狂う風に逆らわぬように跳んで見せる。


「はーい、追撃はお控えいただいておりまーす」

「GUGE!?」


跳んでる最中に追撃の気配があったのでツクヨが電撃を浴びせかけその動きを封じ、その間に俺は無事に瓦礫の上に着地をして見せた。


「ざーんねん、またまた外しちゃいましたね? 今ので何回目だったかな? いい加減俺には当てられないって理解していいんじゃない?」

「GUGAAAAA!!!」


今度は上から叩き潰そうと高く跳びあがってきたので、


「はーい、またいってらっしゃい」


そのまま高く打ち上げさせてもらう。

……すこしだけ時間が空いてくれたな。


(ツクヨ、魔力はどうだ?)

<私はまだいくらか余裕があるよ、サルーシャは?〉

(もうすでに余裕がないから全力で増やす体制に移ってるよ、体力の方は……持たせる)


少しでも空気を取り込んでそこから魔力を吸収するため、大きく深呼吸を繰り返しながらツクヨと現状を確認しあう。


<あっちの様子は体の方に変化は見えないけど魔力自体は減ってる、と思うよ?〉

(そっか、そりゃよかった、まだ十分程度とはいえあれだけ激しく動いてんだ、ちっとは消耗してくれねえとキッツイ)


さんざん挑発を繰り返してるからひたすら大振りで動きがわかりやすいのはいいんだが……いかんせん俺自身が訓練とか受けたことのない身だ、それなのに一撃即死をよけ続けるのは無茶が過ぎる。

だから魔法に頼っているんだが、自分の体が勝手に動くようにしたのは失敗だったかもしれない、動かされるたびに大きく体力を消耗する。


「でも、そうしなきゃ死んでたよな、これ。さて、避難が済むのが先か、俺が耐え切れなくなるのが先か」

「そんなの答えは決まってるよ」


大きく飛ばされた奴が落ちてまたも大穴を作り出す、今回はコマのようにではなく鉄棒で体操の選手が下りるときのように回してやったからか頭から落ちていった。


「MUKYAAAAAA!!!!」


そしてそんなもの知らないとばかりに元気に飛び出してくる新生物、ただ先ほどの反省からか地面をぶち抜いてだが。


「こいつが耐え切れなくなるのが先に、ね」

「ま、その結論は当然だな。この程度の知恵しかないんだから」


しかし、俺に向けてまっすぐ地面を掘りながらなもんだから、五月蠅いうえに遅くってその上見えてないから軌道修正も効かないと、よけてくださいと言ってるようなもんなので飛び出してきたときには俺はすでに安全圏まで移動完了していた。


「GUMUUUUU!」

「唸ってないでかかって来いよ、お前程度の頭じゃ悩んだって無駄なんだからよ」


愚直に近づいて殴るを繰り返されれば身体能力の差から俺はあっさりと地面のしみになるしかないだろう、だから無駄に考えて余計な労力を使い続けてもらうために馬鹿にするような挑発を繰り返す。

綱渡りのような動きの連続だがこれが一番救える人間が多いんだから仕方ない。


<これ続けてるの大分つらいんだけど? 最大威力で吹き飛ばすじゃだめかなあ〉

(弱音は似合わないぞ? 大体、それが当たるかわからない、倒しきれるかわからないって言ったのお前だろ?)

<そうだけど、じりじりと余力が減ってく事がこんなに辛いなんて思わなかったんだよ〉

(自分がつらい時は相手もつらいらしいぞ? 弱気でいるとあちらさんを調子づかせかねないからな、大丈夫だと言い聞かせて我慢するのがいいぞ)

<精神論じゃん……>

(虚仮の一念岩をも通す。精神論ですべてができるわけじゃないが、出来ることが増えるのも事実ってもんさ)


いつまで持たせれば避難が終わるかわからない、どれだけダメージを負わせれば倒れるのかもわからない、そんな先の見えない、終わりがあるかすらわからない戦いだが諦めればそこで死ぬだけだ。

だから、俺はできるだけ不敵にみえるように笑ったのだった。

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