死を厭え
「さて、では話していただこうか。この地下室はなんのために在るのか、なぜこのように径の小さい枷があるのか、なぜ……血の匂いがここには染み着いているかをだ!」
出口への経路を完全に塞がれ追い詰められるソレティアの横を抜けローグ、いやルシェットのとこに駆けつける。
「よっ、名演技だったな。やっぱ美形がやるとなんだって絵になるな、特に最後の皮肉でのありがとう、いい笑顔だったぜ?」
「うっせ、……演技なんてしてねえよ」
「うん? なんか言ったか?」
「なんにも言ってねえよ! で、これでもう大丈夫なんだろうな?」
妙に小さな声だったから聞き取れなくて聞き返しただけなんだが……聞かれたくないようだから別の話に乗ってやるか。
「おっさんここの都市長とその周りの首根っこ抑えられるかどうかにかかってけど、見た感じ大丈夫そうだ。明日っからは落ち着いて稼ぎ方を探せそうだぜ?」
「……お前は俺の生まれのこととか気になんねえのか?」
聞かれたくないのか聞かれたいのかはっきりしろ、というか推測が当たりまくりじゃねえか。、これ以上なにを聞けってんだ。
「大体わかったから言いたかったら聞くってとこ、それともなんだ? 高貴な生まれだから敬えとかか? もしそうだったら笑い倒してやろう」
「んなこと言うかバカ! ……なんにも聞かずに、明日っからも一緒って言ってくれんだな」
そりゃ言うだろ、ローグ改めルシェットがこのお屋敷で暮らしたいと言い出すならともかく。そうじゃないなら俺らが暮らせる場所なんてあの、廃材で組んだけど意外とがっしり作れた家ぐらいなんだし。
(自分には住める場所の目処がついたからさよなら、なんて言い出さない奴だよなあこいつは。……言われたらどうしよう、やべ、ちょっと不安になってきた)
<人の事はわからないけど、それだけは違うって私の勘が全力で叫んでるんだけど>
(おっ? お前もそう思う? なら大丈夫だよな、うん)
などと心の中で漫才をしていたら恰幅のいいおっさんが地下室に飛び込んできて、メズさんの方を指差して叫んだ。
「これはなんのつもりだ! 屋敷に勝手に張り込んだ挙句にわしの最も信頼する者を不当に拘束するとは……いつから獄卒部隊は押し入り強盗の類になったのか!!」
「強盗のように物は奪いませんよ、ただすべき事をするだけです」
しれっと答えるメズさん、だがその片手でソレティアとかいうおっさんを吊り下げながらだとすっごくシュール。
流石に話す姿勢ではないなと思ったのか、ゆっくりと降ろすがそれでも首を掴むその手は離さない。
実は片手でネックハンギングツリーやってたのだメズさんは。俺がルシェットとの方に行ったのはその近くに居たくないというのも少しだけあったりする。
「さて、では質問に答えていただこう。今まで拐って来た子供達は今どこにいる?」
その質問に明らかにたじろいで見せたのはクピディアスの方、ソレティアはというと首を握られているというのに笑って惚けてみせる。
「拐った? なんのことやらさっぱりですね。ああ、もしやそこのルシェット様の一件をその一環と思われました? だとしたら的外れですね、クピディアス様の血を引く者が何やらスラムで怪しげな集団を形成している、それに対する対抗措置ですよ」
「苦しい言い訳を……! その程度の言い逃れで誤魔化せると思うなよ、この径の小さな枷がなぜ使い込まれているか言ってみろ!」
「待てソレティア、なぜ死んだはずのあの子の名が出てくる!? わしは報告を聞いておらんぞ!」
なかなかに混沌としているな、でもまあソレティアとかいうののあれはただの悪あがきにしかならないだろう。
ここまで詰められたんだ後はもう時間の問題、メズさんが万事納めてくれることだろう。
「で、父親があちらにいるんだが会わなくていいのか?」
「今更親子だって言われても困るんだよ、俺はもう独り立ちしてんだ、どうこう言われたくねえから黙って俺を隠れさせとけ」
「別に構わないけど、どっかで話しとくのも悪くないんじゃないかねえ」
そんな風にメズさんとクピディアスに詰め寄られるソレティアを眺めながら俺らは暢気に構えていた、だからだろうか、その後の流れへの対応が遅れたのは。
なぜかクピディアスとともに戻ってこなかった(逃げたものと思っていた、今でなくとも捕縛は容易だと判断したためどちらでもよかったからだ)メビが十歳ぐらいの男の子を伴って現れたのだ。
「おーい、獄卒さんよい、その地下室で行われたことはこの子の仕業。なんで、この子だけで勘弁してくれませんかね」
「なにっ!?」
「貴様っ、何のつもりで……!」
「いやあ、子供のやったことでしょ? この人たちなら殺したりはしないでくれるでしょ、素直にはきゃちっとはご容赦してくれるでしょうし」
メビの言ってることは大部分が本音だ、ただ一番重要なソレティアへの嫌がらせという点を隠していただけで。ソレティアがチージオに何かをやらせるつもりだったのは察していた、そのためここでメズに引き渡せばその妨害になると考えたのだ。
確かにメズに引き渡すことに成功していればこれ以上ない妨害になっただろう、目の前でそれを行えればより強力な嫌がらせとなったに違いない。
「チージオ様」
周りの大人たちの剣呑な雰囲気に怯え戸惑うチージオにいち早く、そしてとてもやさしい声をかけたのはソレティアだった。
この少年にとって一番身近で一番やさしくしてくれたのはこのソレティアだ、だからこの時もその声に反応しパッと顔を輝かせて次の言葉を彼は待ったのだ。
事実、ソレティアから出たのは彼にとってとてもうれしい言葉だった。
「その男が次の玩具です、一回で壊せたら次の玩具はいくらでもご用意しましょう」
事情を知らぬ部外者にとっては意味の分からぬ言葉であり、事情を知るものにとっては意想外過ぎて反応が遅れるような言葉であった。
ゆえに、動いたのはただ一人。
「や、や、った! たく、さ、んだよ! あ、あそ、び、きれないぐ、らい、ちょう、だ、いね!」
興奮のあまり言葉が判別できないぐらいどもりを激しくさせながらも、その凶刃は的確にメビの頸動脈を貫いていた。
「へ?」
やたら間の抜けた声を最後に崩れ落ちるメビ、その首からは赤い噴水が勢いよく吹き出し低い地下室の天井まで赤く染める。
きっと自分が刺されたことすら理解できなかっただろう、痛みを感じることがなかったのが唯一の救いだろうか。
ソレティアが何をしたかったのか、それをすぐに理解できた者はだれもいなかった。
しかし、魔力を感知できる四名にはそれが見えた。
「あ、あああ、あああああああああああああああああああああ!!!!」
メビの遺体から抜け出てくる魔力、生き物が死ぬと中に宿っていたそれが近くの生物の中に入り込む様が。
そして、入りきることができないにもかかわらずそれでも入り込もうとするそれらが、少年の体を作り変えていくその瞬間を。
「ぬおおおぉぉぉぉ!!」
雄たけびを上げながらメズが走る、今命を絶てばもしかすれば止められるかもしれないという儚い望みにかけて。
「チージオォォォ!!」
クピディアスが走る、可愛い息子が変わり果てる姿に耐え切れずただ抱きしめるために。
「ふふふ、ははは、はぁーはっはっはっはっは!」
ソレティアが笑う、自分の野望、一国の王になるという望みは果たせずともそれを阻んだ奴らに地獄を見せられることを確信して。
「ローグ! 伏せろぉぉ!!」
サルーシャが氷の壁を作り出す、瞬間的にできる最大限の魔力を練りこみ、決して破れぬように全力を以て固く厚く作り上げる。
「Ku、KYAAAAAAAAA!!!」
それらすべてがチージオだったものが片手を振った瞬間、塵芥の如く吹き飛ばされた。
<サルーシャ!>
意識を飛ばしていたのはどのぐらいか、ツクヨがいてすぐに戻してくれただろうからあっても一、二秒といったところだろう。それでもツクヨに起こされ周囲を見回した時、どれだけ眠っていたのかと考えてしまうぐらいに当たりの光景は一変していた。
薄暗くはあったが確かにあった光源はなく身動きの一つも取れない、そして少し遠くから響く地面の揺れと悲鳴と怒号。
「って、ローグ! ローグは無事か!?」
「俺なら、ここだよ」
自分の下から聞こえる声に、慌てて体を多少動かしその下を見る。
「見ての通りお前のおかげで傷一つねえよ、ありがとな」
「なら、よかった。他の奴は……」
ローグの無事を確認して改めて周囲を見回すと、自分たちは完全に生き埋めになっているようだった。
「……なあ、あれはいったい何なんだよ……」
「多分だけど、魔力を体内に集めすぎて起きるっていうプルシディンス・ヴィータってやつだと思う」
<間違いないと思うよ、あの魔力の動きを見たでしょ? あんな風に体を作り変えていくんだね……〉
ゾッとするような動きだった、何百もの腕のようなものに集られ潜り込まれ内側から膨張していく。
その光景はなぜか地の底に引きずり落されていくかのよう見えた。
「とにかくここから出ないと、生き埋めのまま死ぬのはさすがに勘弁だからな」
<それなんだけどさ、もうしばらくここにいない?〉
生き埋め状態で待てと? それがどれだけ苦しいか分かっていってるんだろうか? ……それでも待った方がいいってことなんだろうな。
「察するに地上は阿鼻叫喚の地獄絵図か」
<うん、さっきの新生物が暴れまわっているうちは危ないからここで待つべきだと思う〉
「新生物?」
「精霊たちはプルシディンス・ヴィータを新生、それで生まれた生き物を新生物って呼んでんのさ。お前でも厳しいか、ツクヨ」
<……魔法勝負では勝てるとは思うけど、サルーシャの肉体を守り切れるか自信ない>
なるほど、それなら答えは一択だな。
<隠れながら空気の循環もできるし、もう少しだけなら空間も広げられるからちょっとの間だけ我慢して……>
「ローグ、地上に出たらお前は生き残りの人たちと協力してけが人の手当てや避難を頼む。みんなが逃げる時間ぐらいは稼いで見せるからさ」
<サルーシャ!?>
「お前、なんで……!?」
なんで、か、ここで過ごした時間って村の次に長いからとか、ローグの親父さんが、いやルシェットの親父さんて言った方がいいか、それが必死になって築き上げた都市だからとか理由はいろいろあるけれど、
「力があって勝算もある相手、だけどそう言えるのは自分だけ……そんな状況でなあ、わが身可愛さで逃げ出すような奴を、俺は、『人間』とは呼びたくないんだよ」
俺はそうありたいし、ツクヨにもそうあってほしい、それが人間社会に生きることにつながると信じるからだ。
「かっこつけやがってよ……ばーか、死ぬんじゃねえぞ」
<私だけだと叩かれたら終わりだから仕方ないけど、仕方ないんだけど! ほんとは逃げたいんだからね!? そこのところ分かってよね?〉
「怪我したいわけじゃないし、ぶっ殺さなきゃいけない相手ってわけでもない。基本的にひきつけながら逃げてやりゃいいだけ、そんな難しいことじゃないってもんさ」
そういって真っ暗の中ニカッと笑って見せる、見えないながらも雰囲気が伝わったらしくローグも苦笑したようだ。
「無事生きて帰って来いよ、待ってるから、な」
「任せとけよ、俺とツクヨのコンビは世界最強だぜ?」
そうかっこつけて見せた後頭上の土砂を吹き飛ばし、地上へとローグを抱えて飛び出す。
「んじゃ、他の人のことは頼んだ」
「ん、任された。勝って来いよ?」
「勝利条件は生きて帰る事だからな、楽勝ってもんさ」
そっと降ろした後、日常のような軽いやり取りでローグと別れる。
そうして向かった先でサルーシャは知るのだ、なぜこの世界の人類に殺害への忌避感が強く植え付けられているか、なぜ昔の人たちはそう子孫に教え込んできたのかをである。




