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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
26/30

思惑

<隠れてなんだけどさ、ローグをつけ狙ってるっぽい奴がいるんだよ>


事態の始まりはツクヨのそんな一言から始まった。


「え、えっと? なんでわざわざ目立つローグを狙ってんだ、そいつ」


なんだかんだこの孤児グループのトップはローグだ、だから一人だけでいるって時は少ない。

というか、うっかり処理担当の一人が人攫いを魔法でぶっ飛ばしたせいで都市内で攫おうとする奴は劇的に減っている。……物理的にも、だが。

なぜって? そこに犯罪者に容赦しない獄卒部隊の長がおるじゃろ? それのお膝元でやらかす奴はただの自殺志願者でしかないだろ。


<うーん、理由とかは喋ってないよ。あのおっきな屋敷の中までは魔法の影響与えるの無理だから>

「ツクヨ、お前、おっさん達が感知器持ってないってわかってから魔法使うのに遠慮無くしてない?」

<やだなあ、これを使ってたのはずいぶんと前からだし、それに空気の振動を感知できるようにしてるだけだから魔力の痕跡もほぼないし、大丈夫だよ?>

「あれっきりさっぱり勝ちがないと思ったらお前……! そんなにマウント取られたのが悔しかったのか!?」


数年前に始めたどちらが先に慣れるか勝負だが、最終的に4勝696敗になった時点で俺がギブアップ、以降勝負形式ではやらなくなったのだ。


「うん、あの動きは二度と、二度とさせない……!」


わざわざ音を出してまで……そんなに嫌だったのか、NDKの動き付きのアレ。

いや、魔法まで使って再現して見せた俺も大概だと思うが、こいつの煽り耐性思ったより低いな!

というより感情に対し素直なのかもしれんが……今はそれは置いておこう。


「で、ローグを狙ってる奴がいるって話だよな? どんな感じ、つまりどんな風に動いてるのかが知りたいんだが」

<音だけだから詳しくはわからないよ? 部下っぽいのとかチンピラっぽいのに話してたけど誤解かもしれないし〉


そういってツクヨが受け取った音のイメージを流されたんだが、町の中の音を無差別に拾ってきてるせいで最初は何が何だかわからなかった。そりゃそうである、空気の振動をとらえているだけなんだから人の話し声どころか猫の足音、ネズミのかじる音、果ては風が吹き抜ける音まで拾ってきてたんだから。


「ごめん、この中から拾うのは無理だわ。どんな話か概要だけ説明してくれるか?」

<んとね、こんな感じ>


で、ツクヨが話してくれた奴を俺なりに翻訳したのが以下の会話だ。


『この場所でやるんすよね』

『そうそう、おぜん立てはしてやったから上手くやってちょうだいね。ターゲットの顔は覚えてるでしょ?』

『へい、あの妙に顔の整ったガキっすよね? やっぱあれっすか玩具とかにする奴っすか?』

『お前ね、話聞いてなさいよ。少し殴ったりけったりで遊ぶのはいいけど必ず殺すの、あと長生きしたかったら余計な詮索しない』

『そうでした、すいやせん』


これだけだと特定できないかもしれないが、注意してた方の声が別の時に破落戸に暴れるよう頼んでたのも聞いてるんだよな。


「つうか、騒ぎまで起こして大丈夫なのかこいつら? 昨日町を出てったばっかだけど戻ってきたら下手人は地獄を見るぞ?」


そこまでは考えられないのか? それともそれを考慮に入れてもやらなきゃならないのか? ……詳しく聞いとくべきだったかな、あいつの生い立ち。


「ローグに注意するよう言ってやらないと、今どこにいるんだローグの奴」

<今日は回収作業だね、朝早くに寝床から出てったよ>

「って事はまだ最初の店に着く辺りか」


あの辺りから裏道に入るんだよな、そんでもって大通りに戻るのはしばらく後……。


「急いだ方が良さそうだ、ちょっと走ろう」

<魔法は?>

「んー、殺傷以外解禁で」


少しでもいそぐため魔法で飛ばしてもらう、飛ぶのはツクヨの方が上手いんだよな、跳ぶならまだなんとか勝負になるんだけど。

そうやって飛んだ先で見たのは今にも殺されそうなローグ、咄嗟の選択で氷を選んだ事は褒められてもいいと思う。



「そいつはつまり燃やされたり刺されたりしなかっただけ感謝しろって事ですかい?」

「うん、うっかり殺されなかった事を感謝してくれ」


あの後、首謀者っぽいこのくたびれたおっさん以外の連中はお店の人にお願いしておいた。

報酬はこの老けて見えるおっさんも含めた見ぐるみ全部、お店の人は喜んで引き受けてくれました。

犯罪奴隷とまではいかないかもだが普通の奴隷として売り飛ばされるぐらいは覚悟してほしい。


「あっしもそうしてくんないですかねえ……」

「悪いんだけど無理だね、なんでローグを狙ったのかを洗いざらい吐いてもらってからラテベア教の人に突き出すから」

「ここで死んどいたほうが楽そうっすねえ、それは」


うーむ、このおっさん観念してはいるんだが有益な情報を何一つ話す気がないぞ。

ローグが戻ってきたのはそんな風にどうするかなあとちょっと困っていたところだった。


「すまねえなサルーシャ、お前のおかげで助かった。情けねえところ見せちまったな」

「あの人数とこのおっさん相手だったら仕方ないんじゃないか? 下手するとメズさんから逃げきれるぞこのくたびれたおっさんは」

「はっはっは、買い被りですよお坊ちゃん、あっしじゃ十数える前にのされて終わりですって。ところでこれからどうするんです? 獄卒の方々が戻るまで捕まえておく気で?」


もう一度こちらに来るのは早くて二週間後、そこそこ長い時間だが捕まえておくこと事態は難しくない。難しいのは、


「はっきりと言いますが、戻る前に死ぬと思いますぜ? こんな土に下半身埋められた状態じゃ」

「今の時期ならまだなんとか凍死は免れるだろ?」

「その前に餓死するでしょうねえ……ほら、死体処理なんて面倒でしょ? 他の奴と同じように奴隷として売り飛ばしましょうよ、ね?」


死んでも情報を吐く気はないし、できれば生き延びたい、こいつの思惑としてはそんなとこだろう。

自分の中の魔力量とメズさんのいるであろう位置を時間と距離から少し考えてみる。


「メズさんは昨日の昼にこの都市を離れたばっかで今は昼前、つまり急げば追いつけるな」

「おっさん達を呼び戻すのかよ、大事な定期報告だって言ってたろ? 戻ってくるのか?」

「もともとおっさんたちの管轄だろ、この辺の話は。むしろ話しとかないと泣くor怒るまである、『我々の力が足らないばかりに子供たちに負担を……!』か『子供だけで危ないことをするんじゃない!』とかいいそうだろ」


それに、ローグの雰囲気がだんだんと深刻なものに変わっていってるのも気になる、よくわからないがあのおっさんを長くここに置いておかない方が良さそうだ。

そうやってなにやら天を仰ぐおっさんと決意を固めたっぽいローグを置いてメズさんらを追って飛び立ち、そこそこ長旅になるためゆっくりとしたペースで馬を走らせてたおっさんとその部下の人に追いついて事情を話した。


「来てほしいって言ったのは俺なんで聞くのはどうかと思いますけど、定期報告とかするんじゃなかったんです?」


俺は部下の人の馬に相乗りさせてもらいながら、大声でメズさんに声をかける。


「なに、その辺りの事も戻った時に纏めて報告すればいい。むしろこれを放って報告する方が叱責物だろう」

「いや、二人いるんだから別れればいいのでは?」


俺が極当たり前の事を言えば部下の人が笑って答える。


「サルーシャ君といったかな? 君は賢いが我々の事をよく知らないようだ。そんな常識的な判断をしたりしたら昇進させられてしまうじゃないか、そんなもの少なくとも私はごめんだよ」


さてはこの組織好き勝手する人間しかいないな? 無茶苦茶な鍛錬を繰り返すにはそれぐらい強烈な我が要るのだろうか?


<納得だね、その理屈>

(ツッコまん、ツッコまんぞ、その独り言!)


誰の我が強いってんだよ! あ、答えなくていいです。

そんな感じで夜になる前に戻ってすごく驚かれた、恐縮しながら感謝と謝罪をローグからもらったが……一番苦労したのは馬だと思う。なので、たっぷりの水と飼い葉をくれてやってほしい。


「飼い葉か? どこにあるんだよそんなもん」

「そりゃ厩がある宿にだろ、この際だからケチらず金使おうぜ」


あの人達は俺らのために戻ってきてくれたわけだからな……多分。


「……ありがとうな、サルーシャ」

「? なんだよ突然?」

「いや、言いたかっただけだ。気にせず受けといてくれよ、俺からの感謝を、さ」

「変な事言う奴だなあ?」


そんな会話を交わしながら馬の世話を終えて、監禁場所まで戻ってきた。


「む、戻ってきたかね二人とも。ローグ君、君の要望通り尋問はせずに待っていたよ」

「すみませんお二人とも、私の事情でお二方に無理をさせました。お二人のご厚意に感謝と謝罪をさせてください」


口調をがらりと変え丁寧に頭を下げたローグに面食らう獄卒部隊の二人、俺はというとやっぱりなと言うのが正直な感想だった。


<そのぐらいできるって思ってたって事?>

(そういう事。それに口調程度で人は変わらないだろ、変わるのは他人からの印象だけだ)


人間社会だとそれこそが大切だから、口調に気をつけなきゃいけないんだけどな。


「んじゃ言うべきことも言ったし、慣れねえ言葉使いは終わらせてもらうぜ。とりあえず詳しくは言いたくねえが、俺はこいつの面を見た事あんだよ」

「はい?」


ローグのセリフで埋められてるメビ(名前だけは聞き出した)の顔が思いっきり引き攣った。


「ほう、どこで、と聞いてもいいかね」

「おう、いつってのは言わねえが、都市長の屋敷内で見た覚えがあんだよ。それも数回は、な」

「複数回見た覚えがあるということは、屋敷に出入りできる立場であるという事。道すがら聞いた話からすると、汚れ仕事担当だと考えるのが一番自然ですな」


獄卒二人の目が光る。都市長もしくは近い者による犯罪の証拠だ、大捕物になる可能性が出てきたわけである。


「では、洗いざらい喋ってもらおうか、メビとやら。沈黙はおすすめしないぞ?」

「喋ってもらおうかって言われましてもねえ、偉いさんだったらそんな暗部ぐらいあるもんでしょ? なにが悪いのか言ってくださいよ、どこもやってることでしょうに」


間違ってはいない、どこの統治機構も多かれ少なかれ見せられない部分は存在する。

そしてラテベア教もそこまで踏み込むのは難しい事が多く、結果黙認という形をとらざるを得ない事も多い。


「だが、そんなものを蹴とばすのが我々だ。しゃべらないなら結構、直接貴様を連れて問いただすまでだ」

「久しぶりの討ち入りですね、腕が鳴りますなあ」


その地の法より弱き人々を守ることを優先する、それが獄卒部隊の誇りである。ゆえにこの反応は至極当然であった。

それに困るのはメビだ、この二人に暴れられたら屋敷の警備では鎧袖一触で吹き飛ばされる。


「えっと、なるべく穏便に済ませちゃくれませんかね? あっしの同僚もたくさんいるんですよ、あそこ」

「仲間思いでいいことだな。よし、ならば、頭からではなく足だけ埋めるとしよう」


何も言わなければ警備の人間は頭から地面に突っ込まれていたのだろうか? いや、さすがに大げさに言ってるだけのはず……


(とは思えないんすよねえ、とにかくこの二人に好き勝手暴れられるのだけはまずい)


メビがどうすべきか悩んでいるうちに意外なところから助け舟が出された、被害者であったローグから待ったがかかったのだ。


「ちょいと待ってくれ、屋敷で働いてる奴は多分何にも知らない奴ばっかなんだ。そいつらに手を上げるのはどうなんだ?」

「む、それは確かによろしくはないことだが……」


この都市での獄卒部隊の活動は許可されているわけではない、無論許可があろうがなかろうが助けを求める人を助けることに躊躇いなどない者たちである。

だが、そのためであっても罪のない人に理不尽な目に合わせるのは避けたい事態である。


「それだったらこいつに協力させりゃいいんじゃないの? 警備に邪魔されないように、この事態を引き起こした奴だけを引っ張り出せるように、さ」

「いやいや、なんであっしが……」

「この人たちがその気になったらお屋敷が更地に変わるのなんてあっという間だよ、あんたが協力してくれなきゃ最悪そうなるけど?」


脅迫である、まごうことなき脅迫である。

しかし、放っておけばそうなることは明白……にっこりと優しく微笑む獄卒部隊の二名が怖すぎる。


「わ、わかりやしたよ、協力させていただきやす……」


悩みに悩んだのち、まだましな方を選択するメビであった。



そうしてメビはソレティアを残し、呼ぶよう言われたクピディアスのもとへと向かっていた……わけではない。

そこらにいたメイドにクピディアスへの伝言を頼んだのだ、


『先日都市より出て行ったはずのメズがなぜか地下室に現れ、現在ソレティア様が対応中。申し訳ないがソレティアが助けを求めております、至急お越しください』


そして、メビ自身はある場所へと向かっていた。

そこはもっともこの屋敷で警備が厳しい場所であり、絶対に奴らに踏み込ませてはいけない場所でもあった。

メビはそこの警備担当に声をかけ、中にいるはずの人物にこう伝えてもらった。


『新しい玩具の件でお父様とソレティア様がお呼びです、地下室までご案内させていただきますので出てきていただけますか?』


と。

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