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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
25/30

迫る魔手

「いない時を狙えって言われてもねえ、あの鬼さんってばちょくちょく来てるみたいだし、そばにいるのも工作員らしいしでろくに一人になる事ないんだけど」


下調べをした時点で早くも降参したくなったメビだったが、そういうわけにもいかない事を理解もしていた。


「幸いにも急がなくていいってご注文だ、ゆっくりと機会を待つとしますかねえ」


メビは慎重派であった、ターゲットの行動パターンを割り出し、そのパターン内でどこで実行するのが一番確実かを考え出し、更に気づかれないように破落戸を唆して実行する日に騒ぎを起こさせるようしむけ、暴れられても抑え込めるように破落戸ばかりだが人数を揃え、それを新入りの下っ端に率いさせ、最後に自分は後づめとして少し後ろから統率した。

特に前に出ないようにしたのはいざという時に破落戸を盾に逃げ出すためでもあった、なのでこの結果はある意味順当であったと言える。



ローグは回収作業のため店の裏口へと向かう最中、前を塞ぐ破落戸を見て道を変えようとした。しかし横を向いても後ろを見てもにやにやと笑う破落戸に塞がれていることに気づき、自分が襲われようとしていることに気づいた。


「ずいぶんと馬鹿な奴らだなテメエら、俺が孤児たちの親分だと知ってのことか?」

「へへへっ、だから何だってんだ? ガキ一匹で何かできるとでも思ってんのか?」


自分たちが優位であると思っている、これから弱者をなぶろうとしている奴特有の声だ、すなわち嗜虐心と暗い優越感で濁った声である。

随分と久しぶりに聞く類の声だ、数年前までは聞きなれた声であったのだが。


「こいつは親切心からの忠告なんだが……とっととしっぽ巻いて逃げた方が身のためだぜ? こわーい獄卒がうろついてっからな」

「へ、バーカ。昨日のうちに都市から出たのは知ってんだよ、こっちは」


正面真ん中にいる少しだけましなかっこの破落戸が得意気に語る、多分こいつがこの中のリーダーだ。

……こいつ程度でこの人数を率いれることに違和感を感じ破落戸どもの向こうにも注意を向けておく、人間三人分くらいの距離など余裕で一足の間合いの奴を知っているからだ。

そしてわざと十字路の真ん中に身を置く、囲まれている現状で本来ならやってはいけない事だがなるべくたくさんの人数に一気に襲ってきてほしかったのだ。


「いい位置じゃねえか……おめえら、やっちまえ!」


そしてリーダーの声で四方の破落戸がとびかかっていき……


「んぎゃ!」

「ぐげっ!」

「あばばば!!」


ローグが自分の周り浮かべていた雷球に触れ気絶にまで追い込まれた。


「「はあっ!?」


想像もしてなかった結果に破落戸どもが固まる。

そしてそんな致命的な隙を見逃すほど甘いローグではなかった。


「しっ!」


気合一線、まずは頭をつぶそうとリーダーに襲い掛かる、とっさに防御しようとする姿からも周りの十把一絡げな連中よりはましだとわかる。


「ぐぎゃっ!」


先ほどの気絶させられた連中の様子を見ておいて防御しようとする時点で論外であるが。

浮かべた雷球があれだけであるはずがなくあえなく気絶するリーダー、それを確認するより前にすぐに正面にいた連中を雷球で気絶に追い込むローグ。


「……まだやるか?」


瞬く間にやられてしまったリーダーを見て明らかにたじろぐ他の破落戸をにらみつけ逃げるよう促してみる、できれば逃げ散ってほしいと思いながら。

そして破落戸たちに逃げそうな雰囲気が出たことでローグは少し安堵するが、別にこれ以上のけが人を出るの嫌がったとかそういう人道的な理由ではない。


「いやいや、なんで人数集めたと思ってんですあんたら。このガキがチンピラの数名ぐらいじゃどうにもならないからに決まってるでしょ」


隠すことなく舌打ちする、できればこの自分よりかは強いであろう男が出てくる前に雑魚が減ってほしかったからだ。


「き、聞いてねえぞ! あのガキあんなに強かったのかよ!?」

「だーかーらー、そうじゃなきゃわざわざあんたら集めないでしょ? もうちょい考えなさいっての、そんな奴だから集めたんだけどねえ」


油断なく身構えながらじりじりと後ろへとさがるローグ、この場でなければ切り抜けられる、大通りに出たっていい、店に飛び込むのもいい、とにかく人目がないここはまずい。


「あれの弱点ぐらいすぐにわかりそうなもんだけどねえ」


そうつぶやきながら男、メビが砂を一つかみローグに向かって勢いよく投げつける。

しまった、そう思うがもう遅い、投げつけられた砂に反応して雷球が一斉に放電してしまう。


「ほら、魔法たって無敵でも何でもないんですよ。回数を使えるわけないしとっとと捕まえてくださいな」

「へ、へい!」


サルーシャから教わったままの弱点をつかれ舌打ちを一つ。


(魔力量の関係から、俺だとちょうどいい強さだったから楽だったんだけどな)


向かってくる破落戸に氷をぶつけてやりながらメビを警戒し続ける、あいつもこいつらだけでどうこうできるとは思っていないだろう。


「ああもう、結局自分が動かなきゃどうしようもないんですねえ」


つぶやきながら腰から縄でつながれた石ころ、ボーラを取り出すメビ。そんなものをこの破落戸が前にいる状態で投げられるとは思わずローグはわざと破落戸たちを残す。


「ほいよっと」

「うおっ! うそだろ!?」


しかし、ローグの予想とは裏腹に破落戸の間を抜けてローグのもとへとボーラは次々に襲い掛かる。

いや、よく見れば破落戸にもあたっている、誤射を恐れていないだけであった。


「マジかよ、味方にあたる方が多いだろうが!」

「そりゃへたくそがやるからですよ、それに半々程度で十分ですしねえ」


実際徐々に破落戸の数と一緒にローグの余力も減っていっている、メビの位置を常に頭に入れながら破落戸へ対処しなければならないからだ。そして、この状況では破落戸の一発でも受けるわけにはいかない、体格差であっさりと体制が崩れてしまう。

そんな状況でもローグは粘った、粘って粘って破落戸どもを全員気絶させるまでは粘って見せたのだ。


「よく頑張りますねえ、ここまで強いとは思ってなかったですよ?」

「るっせえ、俺の強さがわかったなら諦めてどっか行っちまえ」

「ほんと立派なもんです、転がってる破落戸なんかよりあんたの方がよっぽど生き残るべきなんでしょうねえ」


ほとんど独り言のように話しながらメビの手がローグに迫る。

そして、ローグにはもはやそれにあらがう体力と魔力は残っていなかった。



「旦那あ、攫ってくるのには成功したんで、面の確認だけしてもらっていいっすか?」


メビが報告に来ての開口一番のセリフにソレティアの眉間に皺がよる。


「なに? なぜさっさと処分していないのだ?」

「いやあ、処理させる予定だった下っ端が思いの外使えなくってですね。まさか、あんなガキにのされるとは……」


詳しく話させると誘拐の場に連れて行き、これからの濡れ仕事のために場数を踏ませようとしたのだが……結果はまさかの返り討ち。

こりゃダメだと仕方なくメビが出張って完遂したのだが、ターゲットの強さが想像もしていなかったほどで雇った破落戸どもが全滅。

どうしようもないので苦渋の選択として、こちらまで持ってきたわけである。


「それらの処分は? それと確認しなければならんわけは?」

「処分の方はさっき指示を出しやして川流しで、確認して懸念のガキでなかった時は坊ちゃんの玩具にでも、と」

「すぐに処分しなかった理由は?」

「ここまでやられたんです、少しでも回収したいのが人情ってもんでしょ。報告あげた奴もいないわけですし人違いだったら二度手間だ、もう一度を気楽にできるわけでも無し、面の確認程度ぐらい労いの意味でもお願いできませんかね?」


珍しく顔を歪めて心のうちから何かを滲ませるメビに何かを察するソレティア。


「手酷くやられたか、ガキ程度に」

「言わねえでくだせえよ旦那、ちょいとばかり地獄を見てもらいたいって個人的な願望っすよ」


卑屈に、そして暗い喜びを微かに滲ませながら笑う姿に目を細める。

考えてもみればこいつには色々命じてばかりで労うことなどほぼ無かった、ならばたまにはいいか。


「いいだろう。だが、私の想像通りのガキだったらすぐに処分するな」

「へい、それもちろん!」


気まぐれにメビのストレス解消に一役買う気になったソレティアは地下室へと向かう、もうすぐ自分の野望が果たされるのだその程度の余分な事ぐらい問題なかろうと考えながら。



ソレティアが来た時暗い地下室の中には壁際に子供が一人座らされ、その監視のためだろうかガタイのいい覆面男が静かに佇んでいた。

そしてそのガキを一目見た瞬間、彼は自分の予想した人物に違いない事を確信した。

故にバカ丁寧に、その子供の前で仕える者としての態度で接したのだ。


「お久しぶりでございます、ルシェット様。私の事を覚えていらっしゃいますか?」

「……へっ、忘れたくても忘れられねえよ。母様からよーく言い聞かされてるからな、この都市が滅ぶとしたらアンタが原因だってよ」


ソレティアの猫撫で声に嫌悪感を露わにして答える子供、ルシェットと呼ばれたローグは淀みなく憎まれ口を返した。


「ふうむ、彼女は意外と賢い女性だったのですなあ、まさかあの頃に私の野望に勘づいていたとは。いやはや、クピディアス様のお手つきとなる前に手を出して抱え込むべきでしたな」

「けっ! テメエが母様を、だって? 気色悪くて仕方ねえや、父親がテメエみてえなクズの王様だったかもなんてよお」


自分の行っている事に疑問や違和感を感じている者がいたとは思わなかったソレティアは惜しむように呟く。

彼にとっては賞賛の言葉だったのだが、ローグ改めルシェットにはおぞましいとしか言えず、当然悪態をついた。


「ほう、ではクピディアス様の方が父親として喜ばしいと? あなたは屋敷にいた間、大層肩身の狭い思いをしていたと記憶しておりますがねえ? 私としても可哀想だなと思っていたのですよ、戯れに手を出されただけの女が、貧乏人の買われた女の股から生まれたガキ風情が、と陰口を叩かれるあなたたちのことはねえ」


同情めいた事を口にするソレティアだが只々嘲笑っているだけなのは目と口調でわかる、確かにあの頃は周囲の大人たちに怯えてばかりの日々であった。


「ああ、そう言われりゃそうだったっけな、言われるまで忘れてたわ」


だがルシェットの心には一切響かなかった。


「特にここ最近は忙しくってよ、物心ついたばっかりの頃とか思い出す暇もなかったぜ。懐かしい事思い出させてくれてありがとうってとこだな」


そのあまりの余裕さに何かがおかしいとソレティアの勘が疼く、これは早めに処分するのが正解だろう。

嬲られる姿を見たがっていたメビには悪いが生かしておく価値がない、いや生かしていては不味いと処分するよう指示をだそうと振り返った。


「メビ、こいつを殺す担当を……」

「彼ならば少し離れているよ、呼んできてほしい人がいるのでね」


そこにいたのはここに一番いては不味い者。


「さすがに言い逃れや情状の余地はない、それは理解できるな? クピディアス殿の懐刀殿?」


獄卒部隊の長であるメズ隊長その人であった。


「こういう事ってあるんですね。こんなの物語の中だけの話だとばっかり思ってましたよ」

「物語という物は現実を元に書かれる物らしいぞサルーシャ君、私みたいな者には懐かしさすら感じる飽きるほど見てきたパターンだよ」


そして、今しがた天井から降りてきたのは工作員と目されていた子供。

事ここに至ってようやくソレティアは悟る、自分ははめられたのだと。

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