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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
24/30

知られたくない事ぐらいある

「なんか俺の事を探っている大人がいたって?」

「そうそう、でもお前自身を探そうとしてたわけじゃないかもな、最近から少し前ぐらいに加わった奴でちょっと変な奴を探していたらしいから」

<それサルーシャの事じゃないの?〉

「それだったらもっと直接猿顔の奴っていうだろ、こんなに猿っぽい顔なんだしよ」

<それもそっか、こんなに分かりやすい特徴あるんだからそれを目印にするよね〉


ここしばらくで猿呼ばわりがすっかり定着してしまった、前世ではさんざん言われてたから慣れているし気にすることでもないんだが、なんか違和感があるな。

村ではそんなこと一切言われなかったんだが、なんでいきなりそう呼ばれるようになったんだろう? と、いうか、猿ってこの世界にいるのか?


「直接見たことはねえんだけどよ、この前おっさんが図鑑持ってきてたぜ。あれすっげーよな、綺麗な絵が何十枚も使われててよ、たっかいんだろうーなって思ったぜ」


おっさん、あんたか原因は。っつーかなんでこんなところにそんな高価なもん持ってきてんだあのおっさんは、ドルスさんの書庫にもそんな絵をたくさん納めた図鑑なんてなかったぞ。


「あんときお前来なかったけどさ、お前の名前の由来がこれじゃないかってわざわざ持ってきたんだってよ」

「なんでサルーシャで猿が出てくるんだよ……」


この世界での猿の発音は『シーミャ』もしくは『シミヤ』だ、間違っても『サル』ではない。


「なんでもラテベア教を作った一番偉い人の故郷での呼び名らしいぞ」

「それを聞かされてなにをしろと?」


揶揄われる材料にしかならんと思うんだがなあ。


「いや、お前のルーツ探しだってよ」

「はい? 俺のルーツ?」


おっさんの予想するところ、俺は結構いい家庭に生まれたのではないかとのことだ。

その根拠となるのが俺の名前、顔が猿そっくりでそこから名付けなれたのでは? そして、猿が生息する地域はもっと南の方、知るためにはそのあたりに住むか高価な図鑑を見るかのどちらか。

そして、俺の能力の高さからは良い教育を受けたことが予想される。

子供に高度な教育を施せるのは裕福な家庭のみ、なので俺はいいとこのお坊ちゃんだったのでは? と予想されたと。


「ついでにラテベア教の関係者だったのかもしれないっても言ってたな、じゃなきゃ『(シミア)』の別の呼び名は知ることは難しいってよ」

「いや、俺への名付けは偶然だと思うが……」


両親の名前を足して2で割るとちょうどそうなるんだよな、俺の名前って。いや、そんな単純すぎる名付けするか? もしかしたら司祭さんとかに改めてつけてもらったとか……って、ないなそれは。

ほっとんど忘れてるけど産まれる前から俺の名付けは決まってたわ、じゃなきゃあの時『誰が猿じゃ!』とは思わないもんな。


「お、考えこんでるってことは思い当たる節でもあったか?」

「ちげーよ、ちょいと記憶を漁ってただけだ。とりあえず名付けは産まれる前からだと思うからおっさんの予想は外れだな」

「ちぇっ、産まれた時から猿顔ヤローだってからかってやろうと思ったのによ」


つまらなそうな声を出しやがって、俺を揶揄うネタなんぞツクヨからいくらでも引き出してるじゃねえか。


「というかだ、いいとこの産まれっていうならお前だろローグ」

「は? なにを言ってんだオメー」


思いっきり顔を歪めてメンチを切ってくるローグ、凄んで黙らせるつもりだろうが無駄である。美形なこいつが凄めばそれなりの迫力が出るが、悲しいかな婆の方が素の顔で迫力あったんだよなあ。なので俺には効果がないのである。


「お前視野が広いよな、最初に金稼ぎの方法提案した時すぐに欠点指摘してたし」

「そんぐらい生きてく上で必須だろ、長く稼げなきゃ生きてけねえんだからよ」

「子分どもや酒場で管巻く破落戸を見てもそう言えるか? あいつら結構刹那的に生きてるぞ」

「くそっ、反論し辛え……いや、運がなきゃ無理だろあんな生き方。俺がそうしなきゃ生きてけなかったってこと間違いはねえ筈だ」

「逆だ、逆。運が無くてもそうやって生きてけたって事が能力の高さ、ひいては教育の高さを示してんだよ。腕っ節ならともかく頭の良さ、それも長期的な視点で見れるタイプの良さって知らなければ発揮できるもんじゃないからな」


知識が必要な類のもんだからな、少なくともただの小作人や単純労働ひに従事する奴にゃ必要ない能力だ。

必要ない能力を子供に教育できるわけがないので、こいつの親はそこら辺ではないと断定できる。


「ついでにお前って相当美形だよな」

「! い、いきなりなにを抜かしてやがる! 変態かテメエ!!」


そんなに顔を赤らめるなよ、可愛くみえて変な気分になるだろうが。


「権力者ってのは美形が好きなんだそうな、で容姿って親に似るもんだろ? これを遺伝って言うんだが、美形ばっかを嫁だの婿だのにするから自然と遺伝して子孫も美形ばっかになるんだってよ」

「残念だったな、俺は母親似で母さんは普通の町人だよ。偶々美形に産まれたってだけだろうさ」


語るに落ちるってこの事だよな、母親はそうかもしれないがこいつが言及してない部分が丸わかりだ。


「父親が権力者な訳だな」


俺の断定する口調で失言を悟ったらしい、悔しそうに顔を歪めるローグ。

別に隠さなくてもいいだろうに、それとも母親からなにか言い聞かされているんだろうか。


「大体想像ついたけどそんな気にしなくていいぞ? 言いふらす気もそれでどうこうする気もないし」

「なっ、ならなんで……」

「追求されたくないもん持ってるのはこっちだけじゃないだろ? って言いたかっただけだよ」

「あっ! ……悪かったよ、ごめん、な」


さっきとは別の理由、今度は羞恥で顔を赤らめた後しおらしく謝罪してくるローグ。

なんだか、美形な奴がシュンってなってるのを見ると、こう、くるものがあるな。サディストの気持ちってこういうものなのだろうか? それともただの優越感か?

とりあえず、罪悪感が湧いてくる前に空気を変えよう。


「変に落ち込むなよ。知りたいんだったらお前だけになら教えていいから、探りをいれるんじゃなくて直接聞いてこいって」

「! いいのかよ!?」

「お前だけならな、っていうかツクヨの件と比べりゃ小さな事だろ」

「確かにそうだな、んじゃあさあ……」


それから俺の昔の事を根掘り葉掘り聞かれた。


「米? 食った事ねえなあ、美味いのかそれ?」

「そんな小さい頃から魔法の勉強してたのかよ! 通りで上手いわけだぜ」

「婆って奴はなんだってそんなキッツイ事を……、え? 植物ってそんな死ににくいのか?」

「魔法ってそんな身近な事に使うもんなのか? 多分、その村だけだと思うぞ」

「へー、騎士の人の家に入り浸って、か。それで色々知ってんだな」


婆の一件とツクヨがどうバレた以外はほとんど喋った気がする。

我ながら随分とこいつを信用していたみたいで、その二つ以外黙っている気になれなかったのである。

まあ問題はない、ツクヨと仲良くやってくれてるし、そこそこ長い付き合いだしな。

そう、気づけばここで過ごした時間も三年を超え、四年目に入ろうとしていた。

もう数年したら旅立とう、その時はこいつも一緒かもしれないが、それも、きっと悪くない。



「本当か、それは」


部下の何気ない話を聞いたソレティアの声は固く冷たいものであった。


「ひっ! は、はい! 少なくとも俺にはそう思えました」


この部下は大分長く仕える者であり屋敷にもよく出入りしている、なので彼女を見た事があっても不思議ではない。

不思議ではないが、問題はそこではない。


「本当にその潜入工作員の近くにいたガキに見覚えがあったんだな?」

「そ、そうっす、やめたメイドが産んだ子なんじゃねえかって思っただけで、べ、別にソレティア様のお手つきがどうってことじゃ……」

「黙ってろ! ……この事は誰にも言ってないな?」

「はい、誰にも話してねえっす!」

「それならいい、とっとと下がれ!」


そう言われた途端逃げるように、いや、実際に逃げている気分だろう。

ソレティアはクピディアスやチージオの相手をしている時とは全く違う顔、酷く酷薄な目で彼を見ていたのだから。


「そのガキの年齢から考えると……あり得るな。あの女、突然やめたのは正妻が孕んだからだと思っていたが、なぜこの都市に残っていやがった?」


妾が正妻の怒りを恐れて逃げ出す、別段不思議な事ではない。

だが、それならば違う都市にまで逃げ出さないだろうか? ガキも物心がつき長旅もできなくはない年齢だったはず、ならばなぜ?


「まさか、とは思うがな」


自分の野望を察知して子供を守るために逃げ出した、それなのにこの都市に残っていたのはいざという時には予備と言える子供をすぐ近くにおいておくため……。


「考えすぎだな、他の都市に行くのに伝手が無かっただけだ」


とはいえ排除しておくに越した事はない、早速その手の仕事担当を呼び出す事にする。

程なくして彼の部下の中では腕利きの男が彼の下へとやってきた、細身でぱっと見では地味で目立たない、そしてどこかくたびれたような印象を与える男だった。

彼が自分の前にひざまずき頭を下げるとソレティアは早速仕事の内容を話し始めた。


「今回の対象はスラムのガキだ、さらって遊んでも構わんが消しそびれるのだけは無しだ、わかったな?」

「旦那ぁ、勘弁してくださいよ。獄卒の長が彷徨いてる辺りじゃないすか、あっしじゃ出会った時点で詰みですぜ? あっしは結局そこそこどまり、ガキや破落戸相手ならともかく人間の中でも指折りの奴相手はちょいと……」


頭を下げたまま卑屈そうな声で拒否したそうに語る男、名をメビという者の訴えを一顧だにせずソレティアは重ねて命じる。


「やれと言っている、わかったな? それに別段急ぎではないのだ、奴がいない時を狙うぐらい訳はなかろう?」


メビはため息をつくと頷いて了解の意を示す。


「あっしもそろそろやばいんで、下っ端にやらせたいんですがかまいませんかね? もしくは川に流すか、荒野に四肢を折って放り込むかにしときたいんすが」

「死んだことを確認しておきたい、とどめだけは下っ端にでもやらせろ」


最後の抵抗とばかりに多少の条件をつけるが、それすらもほぼ却下されて最低限しか通せなかったことにがっくり肩を落とす。


「へい、わかりやした。んじゃ、早速行ってきやすわ」


観念したようにのろのろと立ち上がり部屋から出ようとするメビの背中にソレティアが思い出したかのように追加の仕事を申し付ける。


「ああ、先に一人始末しておけ、目標は貴様の前にここに来ていた奴だ。ついでにとどめをささせる予定の下っ端が使えるかどうか確認しておくように」


長く従ってきた人間でも容赦なく切る、そんなんだからあんたは(かしら)になれないんですよ、そんな愚痴を心の中だけでつぶやきながら背中越しにへーいと気のない返事を返すのであった。

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