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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
23/30

間違いは、隠れひそみ気づけぬもの

暗い裏路地を男が全力で走っている、男の頭の中ではなぜの二文字がずっと飛び交い続けていた。

男はいつも通りに仕事をしようとしていた、通りをちょこまかと走り抜けるそれをみて狙い目だと思い仲間と共に追い詰められる場所へと先回りしてのだ。

ここ半年から一年ほどこの副業は成果が芳しくなかった、その前まではちょこちょこと成功させその度にちょっと贅沢な酒やツマミにありつけていたというのに。

ここには厄介な奴らの拠点がない、だからこそ苦労なく大手を振ってそれをやってこれた。

そう、いないはずだったのだ、あいつらは。


「どちらまで行かれるのかな? よければ君が行くべき場所へとご案内したいのだが」


角を曲がったところで前からそう声をかけられた、このごろ随分と綺麗になって汚物処理の穴を気にする必要のなくなった裏路地を全力で走っていたはずなのに。


「なに、驚くことではないよ。君の全速力より私の走る速さが上だっただけさ」


男は逃げ足自慢だった、なんなら荒野に住むハイエナからも走って逃げ切ってみせたほどだ。

それなのに息も切らさず汗の一つもかかずに追い抜き、立ち塞がってみせるなんて……

「お、お願いだ、命だけは助けてくれ! 知ってる事は全部話す! 俺は小遣い稼ぎ程度でしかやってないんだ!」

「語るに落ちるとはこの事だな。今回だけなら未遂という事で見逃す可能性もあったが……詳しい話を聞かせてもらおうか、誰にも迷惑のかからぬ場所でな」


夕暮れの中鋭い悲鳴が響き渡る、小悪党の断末魔に悪人はおびえ善人は過ちを犯さぬよう引き締める。

そうして治安が安定することこそ獄卒部隊の存在意義なのであった。



「これはどういうことか! 私はこの都市内での貴方がたの活動を認めた覚えはありませんぞ!」

「ですからこのように謝罪に参っているのですよクピディアス殿。図らずも治安維持活動を行った形になりましたからな、報告せぬわけにいかぬと思いこうして参ったわけです」


口角泡を吹いて抗議するクピディアスに慇懃無礼に頭を下げるメズ、頭を下げたまま昨晩の事情とやらを話し始めた。


「いえ、我らの隊に入れるかもしれぬ新人候補になにやら付け回す不審者がおりましてな、誰何するために声をかけたのですがいきなり逃げ出されたのですよ。これは怪しいと追いかけ捕まえてみればなんと、人買いの一味だというではないですか。さすがにそれを見逃すことはできず捕縛しまして、こちらまでしょっ引いてきた次第でして」


新人候補というのは嘘ではない、ただこの都市の孤児グループはローグたちのグループ一本にまとまっているため孤児全員に適応されるわけだが。

誰何のために声をかけたのも間違いではない、威圧的な声を出していた点を言ったないだけである。

捕まえた後何も聞いていないわけがない、もちろん尋問している。

起こったことのすべてを話していないのはクピディアスも想像がついているがそれを指摘しては、


『この都市の治安の悪さが原因です、この機に我らが活動を許可しては? 無論全力を尽くすことをお約束いたしますよ?』


などと言ってくるのは明白だから口をつぐまざるを得ないのである。


「そ、そういうことならば致し方ありませんな、ですが今後はお控えいただきたい。でなければこの都市への出入りをお断りさせていただきますぞ!」

「そうですな、身内に危険が及ばない事態には手を出さないことをお約束いたしましょう」

「そんな曖昧な条件で許可できるとでも……」

「本来ならば! 我々は罪人すべてを切って捨てる判断が許されている! この都市内では我々の活動許可が出ていない故今回も捕縛のみで終えたのだ!! これ以上の譲歩を望むのならば、ラテベア教の上層部と直接交渉していただこう」


後からどうとでも言い逃れできそうな条件に鼻白み、さすがにそれは許可できないとクピディアスが口にする前にメズは大上段から切って捨てた。

恫喝にも似た物言いに文句の一つも言いたいところであったがさすがにラテベア教を丸々敵に回すわけにはいかない、渋々追及を諦めるクピディアスであった。



そのあとは話すべきこともないということでさっさとメズは退出していき、屋敷の門前で待っていた部下と合流した。


「お疲れ様です隊長、奴らのそっ首落とす許可はもらえました?」


そして開口一番の部下の言動に眉間に皺を寄せる羽目になった。


「……アーク様の残した言葉にこういうものがある、『罪を憎んで人を憎まず』と。彼らは悪人であり罪人であるが、同時に人でもあるのだ。あまり怒りや憎しみをぶつけるのはやめなさい」

「はっ、申し訳ありません」


ため息を吐きたい気分を抑え経典の言葉でもって注意をすると素直に過ちは認める、無論言葉だけで、だが。


(我が隊の者は本当にどいつもこいつも……)


彼の部下がこういう性格なのはある意味仕方ない話ではある、隊の性質上こういう性格の者が多く集まるのだ。入隊してから、いや、する前から再三再四言われることは『我々は正義ではない』『悪を断つだけの別の悪である』『罪人であれ悪人であれ殺人には変わりない』『正義であるという思いに酔うな』などである。それらに反するのであれば自身が悪として裁かれる、そういう覚悟を常に持ち続けれなければいけない部隊なのである。

それでも入隊するような奴は筋金入りの悪事嫌いか正義感が暴走しがちな熱血漢、あとは厳しい隊規で雁字搦めに縛り上げなければならないような訳ありの人物ぐらいである。

そしてそんな奴らが都市国家の長程度に臆するような可愛げがあるだろうか? 答えは否だ、なんだったら都市を幾つも抱えるような大国の王相手にも平然と歯向かうような連中ばかりである。


(平隊員のころは私も隊長に同じように思われていたのだろうなあ)


なお、当然のごとくメズ自身も同類である。

ただ、隊長になったら自重が効く、あるいは一番自重が効くものが隊長になるといった方がいいのかも知れない。

そうやってメズが感慨にふけっていると、注意した後そのまま動かないメズを心配したのか部下が声をかけた。


「どうされたのです隊長? どこかに討ち入りする計画でも考えていましたか?」


訂正、心配ではなく期待であった模様。そのような前例でもあったのだろうか? いや、そこまで強引な手段はとるわけがないので、部下がよほどこの都市内の治安状況に不満があるだけだろう。


「俺はもう隊長だぞ、そんな勢い任せな真似ができるか」

「確か前回やったのはメズ隊長が副隊長であった時では?」

「だからこそだ、あの後どれだけ絞られたと思ってる。そういえばあの時は俺だけ代表殿に直接お叱りの言葉をもらったんだが、その前は受けなかったということはあれはある意味洗礼なのかもしれんな」


どうやら前例があり、なおかつ前回の首謀者はメズ自身だったらしい。

しかも複数回あったようで、その時教団のトップに直接怒られるのが隊長になる者への洗礼とすらなっているようだ。


「あれってその時の責任者だけが呼び出されるんですかね? それとも一番自重ができる人間が呼ばれるんですかね?」

「前者だと思いたいが……後者の可能性を否定できんのが我らが隊の酷さだな」


獄卒部隊、それはラテベア教外からは最大の武闘派だと見られているが、内部からは一番の問題児部隊と認識されている部隊である。



「いかがでしたかクピディアス様、奴らへの牽制の効果のほどは……」


メズが退出し部下と物騒な雰囲気を含んだ会話していたころ、クピディアスの下にはソレティアが訪れていた。


「ふん、予想通り、いや予想より強行的であったわ。奴らめ、ガキどもの中に自分達の子飼いを潜り込ませたようだぞ?」

「子飼い、でございますか?」


ソレティアが訝しげに聞き返す、ラテベア教とはあまり繋がりづらい言葉であったからだ。


「ああ、新人候補などと言っておったからな、ラテベア教が囲い込んだ孤児でも連れて来たんだろうよ。そこまでしてここに影響力を持ちたいとはな、築き上げた者としては誇らしいではないか」


嫌らしい顔で嘲笑うクピディアス、今日までの獄卒部隊の行いにはわずらわしさしか感じていなかった。

だが、今回の囮捜査のようなことをしたということはそうするしかなかったわけで、綺麗事ばかり口にしていた相手が自分と同じところにまで落ちたということではないか。

そう考えると多少は溜飲が下がるというもの、暗い感情とともに満足感を感じるクピディアスである。

言うまでもないがそんな事実はない、現地の孤児をこじつけで新人候補と言い張っているだけなのでクピディアスの考えていることは的外れである。

しかし、人は自分を基準にして考えるもの、そして彼からすれば無理に新人候補と言い張るより別のところから連れてきたという方が納得できるのである。


「ソレティアよ、奴らが送り込んできたであろうガキを特定しておけ。いざとなったら人質、いや、それを木っ端の人買いどもに狙わせて目くらましとして使うぞ」

「はい、ですがどういう基準で特定いたしますか? ガキどもなど違いもほぼありませんが」

「ふうむ、目立つようにはしてはおらんだろうが……潜り込ませた時期にもよるだろうがラテベア教所属だ、浮いた部分は出てくるであろうな。隠していたとしてもふとした時に育ちというものは出るものだ、そういうガキを探せばみつかるだろう。かなず見つけ出せ? そ奴の存在こそが奴らのアキレス腱となるはずだ」


クピディアスの指示に恭しく頭を下げ了解の意を示すソレティア、いもしないスパイを探しだす羽目になった彼に同情すべきだろうか?

一応弁護しておくと彼らは別に無能ではない、廃墟であったこの場所を曲がりなりにも人の住む場所に変えたのだから商売などには有能であったといえるだろう。

ただ、今回の件は別畑であるうえ実際に起こったことや関係者の性格が普通とはかけ離れていただけである、というか孤児の集団と治安維持が使命の部署がつながりをあんな方法で持つと想像する方がおかしい。

この後、ソレティアの放った調査員は見事にサルーシャという大外れをラテベア教からの潜入工作員と断定するという大チョンボをかますのだが、幸いにも時期が来るまで監視でとどめるとしたため間違っているという事実が明るみに出ることはなかった。

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