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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
22/30

猿、後続に道を作る

あのおっさんまた来たんだけど! なんかたくさんのパンを持ってだから邪険にもできねえ!


「やあ、ローグ君にサルーシャ君だったね。今日はラテベア教の者として義務を果たしに来たんだ、受け取ってくれるかな?」


爽やかに笑いながらきっちり全員にいきわたる量持ってきやがった、もう人数調査完了してるってことだよな? 怖っ!


「ちょっと夜逃げの準備が必要かもしれない……!」

「いや、余るぐらいの量持ってきただけだろ。この間来た時大まかな人数聞いたらしいし、考えすぎだろ」

「つっても警戒しないわけにはいかないんだよ、あのおっさんがラテベア教である以上獄卒部隊を呼び寄せる可能性については考えなきゃまずい」


婆の記憶から知ったことだが、獄卒部隊ってのは生物災害対応のための部隊でそこ所属の人間は徹底的に戦闘訓練をやらされるらしい。

武芸十八般と魔法の両方を納めさせられる鬼のように厳しい訓練であり、所属の者はそれこそ無双ゲーのキャラのごとき真似ができるそうな。

さらに治安維持の役割も持っているので悪人には容赦がない、そんなおっそろしい奴らを抱えているようなとこは避けるべきだろ?


「いや、悪人じゃなきゃ大丈夫なんじゃ……そうだな、俺が間違ってた。お前はあまり関わらないほうがいいな」

「気づいてくれて嬉しいよ、基本的にあのおっさんへの対応は任せるわ」


俺もツクヨも自分から悪事を働く気はないが、初見の他人がそれを信じられるわけがない。

三大生物災害に数えられる精霊がいたら当然対応部隊呼ぶだろうし、それを人里近くに連れてきた奴とかただのテロリストだからな。


<あのおじさん魔力量もすごいし、襲われたら逃げるか殺すかの二択だろうね〉

「三択かもな、殺されるっていう最悪の選択だけど」


それを選ぶぐらいなら婆相手に抵抗してないが。


「そんな強いのかあのおっさん、もしかしてその獄卒部隊の人だったりな」

「……え?」


何気なく、からかい半分でローグは言ったんだろうがその可能性は考えてなかったぞ。

なにか特徴がなかったっけ? たしか左胸のあたりになんか隊章をつけてたとかなんとか……。


「……あのおっさんさあ、左胸のあたりに金棒と鎖の意匠の物をつけてた?」

「ん? ああ、確かつけてたな。あのちょっと派手目の奴だろ?」

<……記憶をさらってみたけどさあ、上の立場の人間の方が派手にした方がわかりやすいからそうしてるんだよね?〉

「ああ、だけどあまり派手なやつにすると無駄に威圧感が増えるからって変化が乏しく、トップでもない限り区別が尽きづらいとも記憶は言ってるな」

「……あれ、かなり派手だよな?」

<記憶にあるものと比べて、金で縁取りしてあったりと一目でわかるぐらいには〉

「「<…………>」」


さて、となると忙しくなるな。


「んじゃ俺はいろいろと旅に必要な物を集めてくるから」

「まてまてまて、ノータイムで諦めんな。誤魔化す方法とか見抜かれない方法とかもうちょい考えやがれ」

「って言われてもなあ」


長くいればいるほどバレる危険も上がるし、匿っていたってことでこいつらに迷惑が掛かるのも嫌だ。ラテベア教は知らなかったって言えば責めてくるような奴らじゃないのは知ってるが、それはそれとして精霊の存在を許すほど甘い奴らでもない。

だから早めに俺はここから離れるべきだと思うんだが……


「いやいやいや、アレの処理とかお前がいなかったらあっという間にやめることになるぞ」

「んん? なんでだ?」

「アレやる奴らかなり嫌気さしてるからな? 親分の俺と一番強いお前が率先してやってるからついてきてるだけで、いなかったらみんな投げだしてるぞ」

「ええっと、なんで? 毎日確実に食えてはいるだろ?」

「もっと贅沢ができると思ってたんじゃねえの? あと、死ぬくらいまで食えない奴って今いねえからな」

「ああ、苦労して飯をいつでも食えるようになったのに、そうじゃない奴も死なない程度に食えるようになってるから不満が出てるのか」


つっても二三日食えなかった時にしか飯食わせてないんだけどな、そこまでの金はさすがに捻出できない。


「……もっと待遇のいい場所にいけたらそいつらの不満もなくなるよな。そいつらをおっさんに引き取ってもらうのってどうだ?」

「おいおい、なにを考えてやがんだよ? ラテベア教はお前にとって危険な相手だろ、そこに顔を知ってる奴らを送り込むって……」


そこまで口にしたところで俺の狙いに気づいたらしい。


<つまり、ラテベア教の中にすぐに襲い掛かってこない人を送り込もうとしてるんだね?〉

「間違ってないけどもうちょい表現を柔らかくしてくれツクヨ、事実を知った時話し合いから始めてくれる人を増やすって感じで」

「ついでにもっといい場所に行けるとわかれば今やってる処理仕事にも身が入るわけか、だけどお前の負担結局減らねえんじゃねえのか?」

「増えないんなら上等じゃないかね、負担云々考えるならそもそも森にこもってた方が楽だったしな」


人間社会で生きるための必要経費ってことで納得しとくのが一番丸いってもんだな。


「あとはおっさんとの交渉だけど、一緒にやってくれるだろ?」

「このグループの親分は俺だぞ? 俺が出ないでどうすんだよ」

<それじゃ、私はその間サルーシャの奥に引っ込んでるから。終わったらすぐに呼んでね? 私も結果が気になるから〉


そうして俺らは帰ろうとしていたメズさんに声をかけ小屋の中へと案内するのだった。



ローグとサルーシャから話を聞いたメズは少々戸惑っていた、不都合だからというわけではない、むしろそうなればいいと考えていた通りだったからこその戸惑いである。

正直都合がよすぎて何かの罠ではないかと一瞬思ったほどだ、彼らにメリットがないだろうとすぐに否定したが。


「すまない、なぜ私に引き抜きをしてほしいのか、それをもう一度説明してくれないか?」

「んー、端的に言っちまうと『上がり』がほしいんだよ。ラテベア教所属ならここよりまともに生きられるし、俺らより上に行けると思えるだろうからさ」

「君らが引き抜いてほしいという子は君らのグループの中でも上位の子だろう、彼らが抜けて大丈夫なのかね?」

「全員をいっぺんに引き抜かれるわけでもないし、最悪でも最初のころみたいに俺が処理に張り付くだけで済みますよ」


なんでもないことのように言うが彼らだがメズは知っているのだ、引き抜いてほしいという子らがその作業に根を上げている事を。そして、その子たちが彼らに不満を抱いている事も、だ。


「人数が増えすぎたってのも引き抜いてほしい理由の一つだな、食えねえ奴にも食わせてっから結構やべーんだわ、金が。それでもまだ最初の方の分を使うだけで済んでんだけどな」


簡単に言ってみせるがそれがどれだけ辛い事か、何かあればすぐに飢えて死ぬのが彼ら孤児というものだ。いや、死ぬ事など当たり前に近いはずなのだ、それなのに彼ら二人は笑ってみせている。

崖を登っている最中にジリジリと命綱をが切れようとしているに近いはずなのに笑って他者を助けようとしているのだ。

事ここに至ってメズは覚悟を決めた、救うべき命を取捨選択すると。


「ローグ君、サルーシャ君、引き抜きならば私はまず……」

「俺らは残ります、気持ちはありがたいですけどまだやる事があるんで」


しかし、その決意はサルーシャによって止められてしまった。


「俺らはどうとでも生きていけるんです、でもあいつらは無理なんですよ。理由はメズさんならわかりますよね?」


魔法を使えるのは極一部の人間だけだ、そして魔法を使えたからといって無敵になれるわけではない。

心折れるまで打ちのめして反抗心を叩き潰せば、いくら鋭い武器を持っていても危険はなくなるのである。


「あいつらにはそんな目にあってほしくはないので」


少し儚げに笑ってみせるサルーシャにメズは自分の想像が当たっていた事を確信する、同時にそのような境遇におかれながらもなお優しさを失わない姿に感動を覚えていた。

ちなみにこの時のサルーシャの内心はこうだ、


(あいつら無闇に魔法を使いたがるんだよな、そんな事やってたらあっという間にこのおっさんとかに捕まるってーの。是非ともこのおっさんの下で矯正されてほしい、物を壊したり人を傷つけるのは犯罪なんだぞー)


拐われる危険性には一応気づいてはいるがそこまで高いとは思っていない、小綺麗にしてりゃどっかの丁稚だと思うだろと考えているからだ。

最初に誘拐の可能性をみた炊き出しでの一件が、ボロボロの死にそうな子供を対象にしてたせいでそれ以外に目が向かなかったためである。

そんなサルーシャの内心とは裏腹にメズは決意を固めていた、この都市に蔓延る人買いどもを根絶やしにするという決意をである。


「わかったよサルーシャ君、彼らは私が責任を持って守り抜こう。そして、君らにこれ以上の労苦を負わせない事を約束しよう」


メズが勢いよくそう言ってみせると二人は驚きに目を丸くする、丸くした後顔を見合わせて笑いあい丁寧に頭を下げるのであった。



<で、定期的に来てくれる事になったわけなんだ>

「そ、しっかしあいつらの喜びようを見ると悪いことした気がするな。まさかあのおっさんがそこまで教育熱心な人だったとは、あいつらの自由に魔法を使える時期はもう終わっちまったんだなあ」

「守るってそういう意味なのか? 普通危険から遠ざける時に使う言葉だろ?」

「だって、あいつら乱暴者なんですよ、って意味で言ったのにそういうって事はおそらく叩きのめされないようにするって事だろ、しっかり躾される事だろうさ」

「そうかねえ? なんか勘違いがある気がすんだけどなあ……」


とりあえず当面の危機は抜けた事に満足しているサルーシャはローグの言葉をあえて無視した。

処理作業にしたって自分だけでなくツクヨもいる、そこまで近づく必要もないしむしろ遠くからやった方が魔法の練習になる。虫退治は風を操ってメタンガスと一緒に巻き上げて別の穴で焼けばいいし、とサルーシャだけは処理作業をあまり苦にしてないのだ。


「回収作業の方がよっぽど嫌なんだよな俺」

「もしかして、金を半分くらい食えない奴に回してんのそれが理由か?」

「みんなは食えるようになる、俺は罪悪感が薄れる上に感謝される、いい事ずくめだろ」

「それが原因でやれるようになった奴から不満が出たんだが?」

「……力ある奴こそ苦労すべき、そう思わないか?」

「実践もしてるから文句はねえけど、考えてなかっただけだろ?」

「おっと、そろそろ引き抜きの話をみんなにしないとな」


そそくさと逃げていくサルーシャの背に思いっきりため息を吐くローグであった。

なお、この後メズが逃げ出すことの禁止について『君らが誘拐されないようにするためだ』と言いだしため、めでたくサルーシャの勘違いは正された。

ポーカーフェイスを保つのにとてつもなく苦労したらしい。

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