治安を守る者
「お疲れ様ですメズ隊長、現地協力者のあてはいかがでしたか?」
「良さそうな集団があったよ、今回の件が片づいた後も是非懇意になりたいぐらいのな」
ローウェス・テラートゥスでは上等な部類に入る宿の一室、ラテベア教に所属するメズとその部下がにこやかに会話を交わしていた。
「ほう? 長く協力者になっていただけそうですか?」
「いや、長く持つグループではないだろうな」
「えっと、早晩つぶれそうな集団となぜ懇意になりたいので?」
ごくあっさりとした否定に面食らう部下、さすがに真意が理解できず疑問を口にした。
「簡単なことだ、彼の集団は二人でまとめている物であり、片割れが表に出てくるのにためらっているからだ」
「? その程度でしたらもう一人が代表に、表に出たがらないほうが腹心として組織を支えればいいだけでは?」
「そうだな、その者が私を見て緊張しなければ私もそう思ったろう」
部下の目が鋭さを帯びる、自分たちの役割を十分に理解しそれに忠実に行動してきたが故の反応である。
「ほう、組織を動かす立場であれば後ろ暗いことはあるでしょうが、我々の姿を見て緊張するとは少々穏やかではありませんな」
「相当不味い事をやっている……と思うだろう? しかし、彼らの年齢を考えると我々の事を知らない可能性が思い浮かぶのだ」
「知らない、ですか? 若くとも組織を束ねる立場に立つ者であれば我々の役割と活動は知っていて然るべきでは?」
部下がそこまで話したところでメズは部下の勘違いに気づいた。
「すまんすまん、協力者という事で勘違いをさせたようだ。今日私が会いに行ったのは孤児のグループだよ」
苦笑しながらの謝罪に対し部下の困惑は深いものになった。
協力者と言っていたのになぜ孤児のグループが? そこで一つの可能性が部下の脳裏をよぎる。
「メズ隊長、まさかとは思いますが、囮捜査をさせるつもりではないでしょうな?」
部下の目が先程のものより鋭く冷たいものへと変わっていく、体も一見変わらぬ姿勢であるが見る者が見ればいつでも飛びかかれるものに変わっていた。
「その懸念を持つのは正しいな、だが我々の誇りにかけてその気はないと言おう。無論、被害にあいかけた子供から話程度は聞こうと思うが」
「……信じましょう、貴方がそういう手段を選ばぬ人でないと思ってはいますので」
ふうと息を吐き部下は体から力を抜く、実力でも立場でも上位の人間に立ち向かうのは緊張するものである。
「重ねてすまん、一から説明すべきであった、無用のプレッシャーを与えてしまったな」
「いえ、構いませんよ。自身の役割を自覚できた貴重な機会と考えておきます」
部下が言っているのはもちろん皮肉である、メズも気づいているが自分に非があるので指摘はできなかった。
「あー、なぜ孤児のグループが良い協力者になるかだったな?
それはな、彼らの中の何人もが魔法を使えるからなのだよ」
「……にわかには信じられませんね、専門的な教育と受ける側の努力と才能があって初めて使えるものでしょうに」
確かにラテベア教や冒険者組合には魔法を使える人間は多くいる、ただそれは教育体制をがっちりと固めたからこその成果だ。
普通の都市国家であれば都市全体で数名のみというのが平均であり、ここローウェス・テラートゥスのようにゼロであることだって珍しくない。
そこまで考えて気づいた、なぜ隊長が懇意になりたいと言っていたのかを。
「なるほど、貴重な魔法使いを確保したい、という事ですね?」
「それもある、あるが、な」
メズはそこで口ごもる、にわかにどころか笑い飛ばすのが常識レベルの話をする事になるからだ。
「その子供らだがな、一年前までは魔法自体知らなかったそうなのだよ」
「そんな馬鹿な話をまさか信じていらっしゃるので? 魔法のためと知らずに修錬をしていたとでも?」
案の定部下も呆れた様子で否定してきた、予想できた反応であるが『このおっさんついにボケたか』という目で見られるのは少し辛い。
「信じられんだろうが事実なのだ、魔法を使える全員が揃ってそう話しているようなのだよ」
「感知と操作が可能になるまで半年から一年、そこからまともに使えるようになるまでは二、三年というのが通常でしょう。それが四分の一から三分の一程度に短縮ですか、夢のある話で結構な事ですな」
部下のしらけた目が本当に辛い、他者から聞かされたら自分も寝言は寝て言えと言いたくなるので理解はできるが、辛いものは辛いのである。
「まあ待て、正気をを疑う気持ちはよくわかる。だが思い出してくれ、私をみて緊張していたという事実をだ」
「短縮させることができる技術を持っているからこその態度だと? 辻褄は合いますな、辻褄だけは。で、孤児の集団と、我々の事を知らないような年齢の子供だと仰ったはずですな? その年齢の子供にそんな方法を編み出されてたまりますか! 各国や組合、そしてラテベア教の教育機関の全員が卒倒しますよ!?」
「卒倒するような技術だからこその態度、とは考えられんかね?」
む、と眉根を寄せ考え込む、これもまた辻褄だけは合う話だ。
だが、メズが言いたいことはそこではない。
「その子供は方法の発案者ではなく、被験者ではないのか。そうおっしゃりたいのですね?」
「そうだ、私をみて緊張した理由も大人という存在自体に警戒しているのならば理解できるだろう?」
隊長が言いたいのはこういうことだ、その子供は被験者であり、脱走者ではないのか? 脱走したはいいが生きる糧を得るためには受けた実験の成果ぐらいしか持っていない状況、当然使わざるを得ない、しかし使えば注目を集める、脱走した場所に連れ戻されるのはいやだから表に出たがらない、そして緊張していたのは『もしや追手なのでは?』という想像をしてしまったから……。
「ずいぶんと物語的な話ですな」
「だがあの年齢の子供が編み出したというよりかは納得できるだろう?」
「まあ、幾分かは」
実際に魔法を使える子供がそんなにいるのか、いたとしてどの程度の人数なのか、どのぐらいの期間で習得できたのか、まずはそのあたりを調べることが必要だろう。
「人買いどもを調べる片手間程度に、ですが」
「おう、まずは地の獄に繋がれるべき人非人どもを片付けるとしよう」
この世界では奴隷制度は確かに存在する、だが子供がその対象になる事は少ない。
理由としては、労働力としてあてにできないというのが一つ、そもそも育てる費用がかかりすぎるというものが一つ。
「それこそが我々の役割ですからね、いつものように隊規の復唱を?」
「そうだな、初心忘るべからず、アーク様の残した言葉に背かぬようにもな」
腰の剣を鞘ごと外し胸の前で掲げると、両者は声をそろえて唱和し始めた。
「「我らは罪を裁く罪を負う者、人の身に過ぎたる業を負う者なり」」
「「我らは善にあらず、我らに誉れなし、我らは許されざる罪人、なれど歩みを止めぬ者」」
「「全ては善良なる民のため、悪を成す者に断罪を、人に仇成す者に鉄槌を」」
「「より善き社会のため我らは礎となる、人々の笑顔こそが我らの誇りにして救い」」
「「いつか我らが罪を重ねる要なき世の訪れんことを」」
そして最も大きいのがラテベア教所属の彼らに目を付けられやすいことだ。
彼らの名は地獄の獄卒隊、犯罪者をその場で断罪することを多くの国家から認めさせている悪人の最も恐れる者たちである。
ローグたちのグループでは処理担当希望を随時募集中である。
「おーいサルーシャ、新しい処理担当希望者だぞー」
「お、お願いします」
「あいよー、んじゃ小屋の中へどーぞ」
そして今新たな希望者が小屋の中へと案内されていくところであった。
「それじゃまず確認させてくれ、とにかく臭くって汚いのを処理しなきゃならないんだが、覚悟はできてるな?」
「はいっ、ここひと月ぐらい回収やってましたけど、どうせ汚いんならもっと稼げる方がいいっす」
「処理担当になったらそこから外れることはできない、これも聞いてるな?」
「はいっ! 逃げ出したら他全員で捕まえにくるって聞いたっす」
この辺りは仕方ない処置だ、うっかりツクヨの事がばれたときに逃げ出されても多数で追いかけられるようにするためものだからである。
後、純粋にきつい仕事なので交代要員を減らすとか冗談じゃないという感情もある、というか表向きはそういう理由である。
「じゃあこれから処理に必要な技能を使えるようにするから、まずは目を閉じて指先に意識を集中しておいてくれ」
そういって目を閉じさせた少年の手をとって、サルーシャも彼の指先に集中する。
そして魔力を指先に集中させ、彼の指先の中の魔力を無理やり揺り動かした。
「うっひゃあああ! なに、何をしてんすか!? 指先がすっげー熱いんすけど!?」
(外から無理やり魔力を動かして魔力が動く感覚を覚えさせようとしてるんだが、説明はする気はありません。熱く感じるってことはおそらく熱を発生させる役をやらせた方がいいな)
しばらくそれを続けた後、魔力だけを顔にぶつける。
「うわっぷ!? 今なにしたんすか!? 風? いやなんか違ったすよねえ!?」
「はい、処置成功。目を開けていいよ」
今回は一発で成功したが感知できない奴はとことんできなかったりする、それでも二三日でできるようになるので従来と比べると途轍もない期間短縮である。
「なんなすか、もー……うわあ! なんか部屋の中が変な感じに!?」
「それが魔力ってやつだ、詳しく説明するからしっかり聞いて覚えてくれ」
ここからは魔力に関する説明と魔法を使う方法についての説明が行われる。
「えーっと、すいません、さっぱりわかんねえっす」
「あー、うん、みんなそんなもんだから気にすんな。少しずつ分かるようになってくれりゃいいから」
なおここでは思いっきり躓く奴しかいないので時間がたっぷりとられる、とはいっても平均半年から一年程度であるので教育関係の人間が聞いたら目をむくことだろう。
そのあとは幻影を使ってのイメージ訓練なども行いつつ、魔力量を増やすことも並行して行っていく。
使えるようになり処理担当の当番に入っているのは未だに数名、それも熱を発生させる役、風を操って臭いを漏らさない役、虫を退治する役の三つに分けてようやくサルーシャの代わりを務められるようになっった程度。
そんな仕事配分であるためこの仕事で入る金の分け前は、教育役と処理担当三人分を同時にこなすサルーシャが4、親分にしてサルーシャに次ぐ腕前で二つ分は担当できるローグが2、残りの担当者全員で1(修行中でまだ担当できない奴はできる奴の1/3)という配分である。
文句を言ったやつもいたがローグの『ならサルーシャの役割をやれるようになれ』という一言で黙らされている。
なお、サルーシャが貰った報酬の半分くらいは稼げなかった子のために使われているためその文句は割と的外れでもある。
「俺の仕事一向に減らないんだけど、どうにかなんないかね?」
<サルーシャの担当の時私が全部変わってることもおおいじゃん、あとはみんながうまくなるまで待つしかないんじゃない?〉
「他の稼ぎ方見つからんかねえ……」
見つかったとしてもサルーシャの負担は減らないだろうとはローグとツクヨの共通見解である。
とはいえこの仕事が安定しているおかげでローウェス・テラートゥスの孤児グループは完全に統一され、都市内の孤児が飢え死ぬことがなくなっているので都市への貢献度で見るとトップクラスなサルーシャであった。
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