手にしたものは
<よーし、それじゃ魔力集めに行こっか>
その言葉が中から響いてきたことでようやく意識が覚醒する。
「待て待て待て、なに勝手に他人の体動かしてんだ」
なぜか勝手に動き出そうとしていた足を慌てて止めながら叫ぶ。
<? 受け入れてくれたじゃない?>
「完全に無意識だったよ! てゆーかお前何!?」
<私? 私はヒトからは精霊とか呼ばれているよ>
精霊ね、つまり日本語訳すると妖怪って事じゃないか?
「なあ、魔力集めって?」
<?>
自分の中にいるから直接見える訳ではないが、何を聞きたいのか分からず首を捻るような感覚が伝わってくる。
さっき見た姿は球体だったので首はないのであるが。
「だから、魔力集めって奴は何を目的にしてどうやってやるんだ?」
<???>
今度のは、何故そんな事を聞いてくるのか、何故知らないのかという疑問の感じだな。
「あー、いいか? 俺はヒトでお前は精霊だ。当たり前がそれぞれ違うんだよ、息をしたり歩いたりする感覚はお前は分からないだろう?」
<確かにそうだね、うん、よく分かったよ。君って説明上手いね!>
「感心するのはいいから質問に答えてくれ」
<ん~、そうだねえ……私たちはねえ、肉の体が欲しいの>
「たち? お前みたいなのが他にもいるんだな」
<そう、私たちはずっと彷徨ってるの>
こいつの説明はあっちこっち飛んで分かりづらいものだったが、俺が分かった範囲で話せばこういう事だ。
こいつらは魔力生命体とでも言うべき存在であること、そのため非常に不安定であり記憶が飛ぶのは日常茶飯事、ふと気づけば遥か遠くにいて季節が変わっていたことすらある。
それを避けるためには安定した肉の体が必要である。
そして、肉の体を得る手段が……
「持っている奴に譲ってもらう、って事か?」
無意識とはいえとんでもないもんを受け入れてしまったのではと戦慄しながら問いかける。
そしたらポンっとそいつは自分の中から飛び出してしまった。
何事? とびっくりして固まっているとあちらも慌てた様子で声を上げた。
<わわっ! 駄目だよ、君が嫌だって思ったら中にいられないんだから!>
今さらだがこれは空気を震わせてるのではないらしい、さっきの声と全く同じ調子で聞こえる。
骨伝導とかだったら離れた状態じゃ聞こえないだろうし、一体どういう仕組みで声を届けているのだろうか。
これだけ簡単に追い出せるのなら、いつの間にか体を乗っ取られていたりとかの危険性はないとみていいだろう。
おろおろした様子で明滅を繰り返すそいつに再度手から伸ばす、主導権をこっちが握れそうなら落ち着かせるためにも中に入れといた方が良い。
<あ〜良かった、折角のチャンスだったのに台無しになるかと思ったよ>
「安心するのはいいけど、早いとこ肉の体を得る手段の説明をしてくれないか?」
それ次第じゃ再度追い出すことになるしな、確認はしっかりとするべきだ。
<えっとねえ、魔力を沢山集めてくとね、そのうち肉の体に入りきらなくなるの。それでも集めてくともっと入れられる体に魔力が変えてくれるの、その時に私が混ざってあげれば私が好きに使える肉の体が出来上がるの>
「それって元の肉体の持ち主の意識はどうなるんだ?」
<……どうなるんだろ、やり方しか知らないし、やったことないから分かんないや>
やっぱり追い出した方がいいのでは? 最悪の場合一方的に乗っ取られて終わりだぞ。
いやいや、折角の“月”だぞ、もう少し安全にやれる方法がないか考えてみよう。
聞く限りだと魔力が体を作り変える時に紛れ込んで体の主導権を握る感じか?
「なあ、なんで受け入れられないと体の中に入れないんだ?」
<? 体にある魔力に弾かれるからだけど?>
「お前は魔力でできてるんだろ? なのになんで弾かれるんだ?」
<肉の体の中の魔力はその体の持ち主に従ってるからね、別の意思の元動いている魔力は混ざれないの>
ふーむ、魔力を動かす権利は早い者勝ちって事か。
……もしかして、こういうのならいけるんじゃないか?
「産まれる前の体に入ろうとした事はないのか? 母親の中に入っていれば産まれる子供に入り込めるんじゃないかと思うんだが」
<……考えたこともない、と思う。別の体を体内に持ってるのは特に私たちの事嫌うから>
「妊娠中の母親はそりゃ嫌うさ、我が子が乗っ取られるのは嫌だろう。でも、最初っからお前を産むってわかっていればいけるかもしれん」
そういう記録とか有ればいいんだが、魔力でできてる不安定なこいつらでは難しいか。
<もしかして、できるの?>
「俺は雄だから産むのは無理だなー」
オスとメスの違いからかー、本気で全く知らないんだな。
「俺自身じゃ無理だけど産んでくれる奴を探してやるよ、だから俺に憑いてこないか?」
<そっちの方が簡単なの?>
「時間はかかるだろうけど、他人の体を奪うよりかは受け入れやすいな。人って種族は同族を殺されるのを嫌うもんなんだぜ?」
人の腹から産まれるなら同族になるって認識でいけると思う。
うちの母さんがダメでも誰かは頷いてくれるだろ、最悪俺が成人してから結婚相手に土下座しよう。
<うーん、いっつも邪魔されてばかりだったから、それでいけるならその方がいいかなあ? ダメだった時でも君がどうにかしてくれるんでしょ?>
「もちろんそのつもりだ。どうだ、この方法を試してみる気になったか?」
<分かった、それでお願いするよ>
よしっ! 思わずガッツポーズを取る俺。
俺はどうしても魔力を感じとって魔法を使いたかったのだ、しかし魔力というモノはさっぱりわからない。
そこでこいつの出番だ、こいつの体が魔力でできてるんだからそれと同じモノを感じればいい。
見えてるそれがあるなら分かりやすさも段違いだろう、そう考えていたからこいつを引き込んだのだ。
実際この少し後、数日後には俺は魔力を感じとり魔法を使えるようになる事ができた。
「それじゃあこれからよろしくな。俺の名前はサルーシャ、お前は?」
<? ……ああ! 個体の識別のためのアレね! 私たちって同じ場所に二つ以上存在した事ないはずだからそういうの無いの>
「よく分からない生態してるなお前らって。名前無しだとやりづらいから、お前に名前をやろうじゃないか」
月を思わせるこいつの姿、だからそれに関する名前を考えてた。
「……ツクヨ、それが今日からのお前の名前だ」
<ツクヨ……うん、ツクヨ。 今日から私はツクヨ! よろしくね!>
はしゃぐ声を感じながら、我ながらいい事をしたと自画自賛する。
この後長い付き合いになるツクヨとの始まりは、こんな風に軽い考えで始まったのであった。
その後はもう日も落ちていたため家に帰る事にした。
ところで、小さな子供が夜遅くまで帰らなかったら貴方はどうする? そうだね、大捜索だね。
ただ、普通の大捜索と少し違う点がありまして……普通は見つかったら子供へのお説教が始まるもんでしょう?
自分は今、兵士さん達に取り囲まれて槍を突きつけられています。
<こいつら、いっつも私の邪魔する奴らだよ! 吹き飛ばしちゃおうよ! サルーシャがいるから他のヒトはもういいし!>
(ステイ! 大人しくしてろ! 俺がどうにかするから動くな!)
両手を上げて無抵抗にされるがままでいますが、俺の中のツクヨがさっきからうるさいです。
ついでにさっきまでわざわざ声に出してましたが、心の中で強く思うだけで中のツクヨに伝わるみたいです。
さっきの光景を誰かに見られなくてよかった、独り言をブツブツ呟くヤベー奴と思われる所でした。
現実逃避気味にそんな事を考えていると、隊長らしい方が前に出てこられた。
「サルーシャ君だね? 先ずはこれを口にしなさい」
なぜか渡された赤い木の実、訳が分からないが逆らう理由もないため口にする。
「……!」
唐突だが自分は苦党である、しかしこの村では苦い物といえば焦げた物みたいな否食用な物ばかりであった。
食生活から見ても苦い=食べられない物というイメージがあるような感じだ。
まあ、酒はあるようなので一概にそうとも言えないだろうが、少なくとも子供に食べさせる物の中にはなかった。
何が言いたいかというと、だ。
「美味いぞーー!!」
俺の好みにベストマッチ!! ひたすら苦味一辺倒であるのになぜかコクを感じる。
そうか! 苦味が強弱つけて何度も舌を叩いているからだな!?
おお、しかも噛んでいくうちに強烈な甘味が……! いいアクセントになって新鮮な心地で再び苦味を楽しめるぅ!
飲み込んでしまえばスーッと跡を残さずに去っていく……! 今生で一番の味だったぜ!
「もう一個!」
「……どうやら、無事なようだ。それは一個だけだよサルーシャ君、それなりに貴重な物だからね」
思わずおかわりをねだると隊長さんだけでなく、周囲の兵士さんたちも明らかにほっとした雰囲気に変わった。
今の木の実は一種の魔除けかなにかだったのだろうか?
さっきまでは悲壮感が溢れてたのに、今では九死に一生を得たみたいな安堵感でいっぱいだ。
例えるなら爆弾処理が上手くいった時みたいな感じだ。
「よし、これにて捜索対象の確保及び安全の確認を完了とする。速やかに村へと帰還するぞ!」
「「はっ!」」
隊列の真ん中、隊長さんと手を繋いで村へと戻る自分。
そういえばなにも言われなかったけどいいのだろうか?
「村へ戻ったら君のご両親からたっぷりお説教をもらうだろうからね、今だけは気楽にしてなさい」
OH……、今この時間はただの執行までの準備時間であったようだ。
<これから嫌な事されるの? なら、逃げちゃえばいいじゃない>
(逆だ、逆。俺が父さん母さんや村の皆に対して悪い事したんだよ、もうするんじゃないぞって言い聞かされるのさ)
<?>
(お説教とか終わって時間取れるようになったら、人の常識って奴を教えてやるから大人しくしてな)
俺の言葉がさっぱりわからない様子のツクヨに心の中だけで苦笑しながらそう伝える。
ツクヨへの教育は赤子に一から教えるような感じでやる羽目になりそうである、自分だってまだこの世に生まれて五年いってないというのに。
前世があるとはいえ中々大変かもしれない、などと呑気に考えていたのだった。
そして、両親には無茶苦茶泣かれました。
遊びに夢中で遅くなった子を迎える、というより行方不明だった子供が見つかったみたいな感じ……。
いや、近くの森ってそんな危険地帯だっけ? 少なくとも大きい子が大人と一緒に入ってる姿何回も見た記憶があるんだが?
隊長さんに連れて来られた姿見ただけで泣き崩れるって……
「いいかいサルーシャ、あの森にはとっても危険な物がいるんだからね」
「えっ? 大人だったら奥深くまで、子供でも浅い辺りには頻繁に出入りしてるよね?」
主に薪拾いだったり森の幸を採るためだったりと目的は多岐にわたる、そんなところに危険生物が?
「月に何日か森に入っちゃいけない時があるだろう? あれはその危険な物が確認されたからなんだ」
考えてみれば当然か、危険生物が確認されたなら立ち入り禁止にもなる。
だけど森の恵みは村にとっちゃ生命線だ、数日だけで済まさざるを得ないのだろう。
「あの、それって、どんな物なの?」
「父さん達も直接見た事はないんだが……、精霊って村長は言っていたね」
こいつかよ! いや、実はそんなに危険じゃないパターンかもしれない。
「父さん、その精霊ってどんな風に危険なの?」
一縷の望みをかけてツクヨにも心の中で同じ質問をする。
「そうだなあ、……森で赤い木の実を食べさせてもらったろう? それがすっごく苦くなるらしいぞ」
父さんはそこまで深刻に考えなくていいよと言いたかったのだろう、実際父さんの言葉ではクスッとなる程度だった。
ただ、俺の反応から実際には命の危険があったのだと理解したのに気づいてしまったようだ。
隠せなかったのかって? 正直そんな余裕なかった。
だって仕方ないじゃないか、ツクヨからの返答がやばい物だったんだから。
<この森ぐらいなら吹き飛ばせるよ? 生き物を壊した時に近くにいないと魔力を集められないからやらないけど>
俺がうっかり手を伸ばした物は、ミサイルほどに危ない物でした。
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