猿、強要する
炊き出しをしている場所周りを軽く歩き周ってみたのだが、怪しい点が出るわ出るわで困った。
なんでか知らんが妙に暗く狭い場所でやっていたり、行けるルートが不自然なほど少なかったり、そのルートの間には待ち伏せに便利そうな場所があったり、炊き出しを与えてくれるのが子供にだけだったりち枚挙にいとまがない。
噂はあくまでも噂でしかない、そう思っていたんだので一応程度の備えだったんだが……それであっさりと成果が出るとは思わなかった。
「炊き出しの場所辺り見て周ったけど怪しすぎて笑えるぞローグ、噂が本当だという前提で考えるとしっくりくるわ」
「……マジかよ」
ローグも噂が真実とは思っていなかったのか、顔を引き攣らせて呻くように声を出した。
ただ、違和感が正直あるんだよな。
「なあ、奴隷って連れてる奴いなくはなかったよな?」
「ああ、この都市だと少ねえけど、それは貧乏な奴が多いだけで他のとこだとわりとみるらしいぜ」
「子供の奴隷って、売れるのか?」
意外な事を聞かれたって顔だな、そこら辺考えなかったのか?
「子供と大人じゃ当然大人の方が労働力として上だよな?」
「そりゃそうだろ、そのせいで俺らが仕事探すの苦労してんだから」
「じゃあ、大人を拐った方が金にならないか?」
「大人を拐うのは面倒が多いんじゃねえか? 子供だったら大人一人で拐えっけど、大人だと複数人必要だろ」
「炊き出しなんてして大規模に誘き寄せてか? そこまでやるなら二、三人使うのも変わらないだろ」
慈善事業やって民に配慮してますよってポーズ? なら大人を排除する理由はないし、そもそももっと目立つ場所でやる。
百歩譲って子供メインで配慮しますって言ったとして大人向けにやらない理由がない。
子供だけじゃなきゃだめな理由でもあるのか? 逆に大人がだめな理由でも?
「判断材料が足りないな、これは。もうちょい聞いて周ってみるか? それともなんかありそうなとこまで潜り込んでみるか……」
いずれにせよ、解決までもっていくなら危険に踏み込む必要があるだろう。とすればどこで踏み込むか、だが……
<ねえ、踏み込む必要ってあるの?>
「んん?」
<避ければいいだけじゃない? わざわざ深掘りして危険を犯す必要ある?>
むう、たしかに言われてみれば必要性は薄い、のか?
「そう、だな。子分にもなるべく行かないように言い聞かせってっし、無理に暴いても俺らじゃ返り討ちが関の山だよな」
ローグも別に暴きたてたい訳では無さそうだ、噂のことを話してきたのローグだからどうにかしたいのかと思ったんだが……どうやら違ったらしい。
「んじゃあ、子分どもには行かないよう言っといて、他の奴らなるべく子分に勧誘するって感じでいいか?」
「うん、それでいいぜ! ついでに俺らのやってるとこやる奴を増やそう!」
俺の言った方針に元気に返事を返すローグ、よっぽど嫌なんだろうか今の作業……。
別にやめてもいいと思うんだけどなあ、都市の衛生環境がよくなっているのは事実だけどそれこそ俺たちの考えるべきことじゃないしな。
「結構稼げてもいるし、具体的な金額でも公開してみるか?」
「額につられる奴がでりゃ御の字だな、俺も魔法を少しは使えるようになったから襲われてもどうにかできそうだし」
宿案内の仕事がチップ付きでもパン2個買えるぐらいの50モネが一日の最高記録(しかも孤児への同情心ありのチップ込み)だったのに対し、こっちの仕事は5日に一回、一日走り回れば500モネ、銀貨5枚は固いのだ!
……どれだけ困ったことであり、どれだけ敬遠される仕事であるかわかろうというものである。
ここまで汚れ仕事が嫌われる理由は、おそらくだが衛生概念が下の方にまで浸透している事が原因の一つだと思う。みんな汚物は触れてはいけないと理解しているのにこの都市は処理施設がろくにない、だからここまで稼げるんだろう。
そしてなぜ処理施設がろくにないのかは、『古い廃墟の再利用』なのと『都市長がそこを軽視する人間だった』のが原因だと思われる、今の都市長は一から都市を作れる器ではなかったということだと思う。しかし、それで金を稼いでる人間としては言うべきではないかもしれない、ローグもこの話をしたとき複雑そうな顔してたしな。
「んじゃあ、稼ぎの一部を子分に撒きながら話してくるぜ、ついでに飯買ってくるが何がいい?」
「肉だな、贅沢したって困らないぐらいは稼げてるし」
この後、遠慮なしに食いまくる子分どものせいで散財しすぎたらしく、買ってきてくれた飯はパン一個だけであった……ちきしょうめ。
さて、めでたく汚れ仕事でもやってくれると言い出した奴が数名出てきたので俺とローグは頻度が格段に下がった……わけではなかった。
正確にはローグの方は下がったし俺も回収の仕事はやらなくなった、ただ熱する作業の交代要員がいないだけである。
<仕方ないんじゃない? だって、風を操るのも同時にやんないと爆発しかねないし〉
「魔力が持たねえんだよ、魔力が。テメエらはなんでそんなに魔力が持つんだよ!?」
そう、魔力量の壁が俺らとローグらとの間に分厚くそびえたっていたのである。
考えればわかるが、俺は5歳のころから魔力量を増やしてきたし、魔法技術も磨いてきた。
ひるがえってローグたちは覚えたばかりの付け焼刃、同じことができるわけがなかったのである。
「魔力を増やしてきたのと技を磨いてきたから、なんだよなあ魔力が持つ理由は」
「なんだ、そんな簡単に理由がわかんのかよ。だったらテメエと同じことを俺らにもやらせりゃいいじゃねえか」
お気楽に言ってくれるなあ、技術に関しては地道に練習あるのみなんである意味簡単なんだが……。
「魔力を増やす方法は、生き物が死んだ時その近くにいる事、だぞ。用意しなきゃいけないのは死んでもいい生き物、どうやって調達しろって?」
「い!?」
明らかにたじろぐローグ、なんか日本語だったらダジャレになってたなこの状況。
そしてここにも浸透しているようだ、死への忌避感ってやつは。
「どうしたよ、誰かが死ぬなんて日常茶飯事だろうが、なんでそこまで嫌そうな顔してんだよ」
「いや、だって、お前、死体だぞ、死体。誰だって嫌なもんだろ、それは!」
「嫌なのはわかるけど、それでもこれ以外に魔力の最大量を増やす方法ないぞ? 最大値が低ければ当然練習時間も減るし、拒否してたら話にならないものだぜ?」
「そう、なの、か? いや、待て待て、調達できねえんだろ今! なら無理に考える必要ないだろ、な? だから、この話は終わり! いいな!?」
うーむ、結局俺がやるか危険を承知でツクヨにやらせるかしかないのか、どっかでやめるか、もっと広範囲に場所を広げるか……。
やめたら金が手に入らない、広範囲でやると悪臭が広がって追い散らされかねない、うーむ、夜逃げの準備でもしといた方がいいか? これ。
<ねえねえ、何を悩んでるの?>
「ん? だから、魔力を増やす機会がないなあって悩んでるんだが……何か思いついたとか?」
<うん、っていうかサルーシャも私もずっとやってるじゃない?>
「サルーシャとツクヨがずっとやっている? なんだ? 何を言いてえんだ?」
うーん、何のことだろ? ずっとやってることで、俺とツクヨだけがやってること?
「あっ」
<気づけた? うっとうしいなあって言いながらずっとやってたじゃない>
「なんだよ、もったいぶらずに早く言えよ」
効率よくないしその自覚もなかったから頭に浮かばなかったけど、確かに俺とツクヨはずっとやっていたな。
俺らが処理してるのは有機物だ、それが外に大量にあり、しかもその周囲は常に暖かだったら……
「虫の退治はずっとやってたわ、そういや。延々と湧いてくるあいつらに何度もげんなりさせられてたっけ」
<そうそう、一匹一匹は少ないけどそれでも数をこなせば少しは足しになると思うよ?〉
「……まてよ、お前らが言ってる虫の湧いてる場所って、あそこだよな?」
泣きそうに顔を引きつらせながらの問いかけに笑顔で深くうなずく。
「魔力を増やすには生き物が死んだときに近くにいなきゃならねえって言ったよな?」
二回目の質問にも深く、深くうなずく。
「つまり、あれか? テメエらは、あそこに、処理中に、近くにいろと、そういってんのか?」
笑顔でサムズアップしてみせると、即座に逃亡しようとしたので足元を崩して即席の落とし穴にする。
「わーっ!!」
「なぜ逃げるのかね?」
まるで漫画のように落ちてったローグに上から声をかけると、奴は半ば以上泣きながら叫んだ。
「嫌だぁぁ! 回収するときでさえ死んにそうなのにそんなところにずっといたら臭さで死んじまうぅぅ!!」
「安心しろ、嗅覚っていうのはマヒするの早いぞ。一分もしないうちに何も感じなくなるさ、俺も毎回そうだからな」
「何一つ安心できねえよ! それってそのぐらい悪臭がするってことじゃねえか!」
「はっはっは、ローグは賢いなあ、賢い君なら逃げられない事、いや、逃がさない事ぐらい理解してくれるよね?」
「理解したくないぃぃぃ!! 俺を巻き込むなあぁぁぁ!!」
「残念だが君が選んだ道なのだよローグ君、恨むならあの時これをやると決めた自分を恨みたまえ」
その日ローグの悲痛な悲鳴がスラムの一画に響き渡った。
後日、処理場で死んだ目で穴のふちに立ち続けさせられるローグの姿があったそうな。
「……俺だけこんな目にあうなんて理不尽だよな……作るか、巻き添えを……」
しばらく後、処理場担当の交代要員は劇的に増え、その増えた全員が消臭と体の洗浄、そして風を操る魔法が得意であったという。




