集団は率いるものによっていかようにも変わる
「子供だけを対象にした炊き出しがあるんだってよ、ローグは行くのか?」
「……オメエは行く気か?」
「人が多く集まるところに行けるわけないだろ、感知器とか感知できる魔法使いとかいたらどうすんだよ」
<感知器はともかく、そんな触れずにそんな事できる魔法使いは婆の記憶にもいなかったけどなあ>
技術ってのは日進月歩、いつそんな技術持ちが現れるかわからないんだから警戒するに越した事はないのだ。
「そうか、ならいい。俺も行く気はねえからな」
「ん? なんでだ? ただ飯食う機会なんてそうはないだろ」
当然の話だが、孤児と浮浪児の集まりである俺たちは今日食う飯にも事欠く有り様だ。
なんで、炊き出しなんてあれば喜んで飛びつきそうなもんだが……。
「テラートゥスの名前でやってるやつだろ、それ。やべえ噂があんだよ、その炊き出しには」
「噂?」
「ああ、ここの都市長は一代でここを築き上げたすげえ人らしいんだが、やべえ手段でも気にせず使っちまうって話はしたよな?」
「ああ、ついでにいい話をする奴は子飼いの奴ばっかで、悪いうわさを流す奴はいつの間にか消されてるって話も聞いたな」
「それと同じようにまことしやかにささやかれてんだよ、ガキをさらって売り飛ばす商売やってんじゃねえかってな」
「……行くときは背に腹は代えられない時だけだな」
肩をすくめあってそんな時が来ない事を祈る俺とローグだった。
「あ、来ないでくれって子分どもに頼まれたぞ俺」
「遠巻きにされかけてる現実を思い出させんなボケ!」
ここは都市国家ローウェス・テラートゥス、サルーシャがたどり着いた都市である。
その中の最も豪華な屋敷、その一室で怒号が響いていた。
「ですから、このような状況を放置していましたら大きな災害が起きるの確実だと言っているのです!」
立ち上がりテーブルにこぶしを叩きづけながら叫ぶラテベア教の司祭服を纏う男、近くの都市国家の教会を任されている者である。
「そうラテベア教の方々が主張されてはや15年、いまだにそれらしき予兆すら起こっておりませんよ。
災害の詳細に関しても口をつぐまれるばかり……これはいったいどう判断すればよいのでしょうかなあ?」
その怒号にどこ吹く風という風情でふてぶてしい態度で問い返すのは、この都市国家の代表であるクピディアス・テラートゥスその人である。
「我々がやっていることが、不安を煽り心の隙をついて利益をかすめ取るためのものだとでも?」
「いやいやそんなまさか、そのようなことなど一つも考えておりませんとも。……まあ、そのように解釈する者がいないと申せませんが、ね」
司祭がクピディアスの煽るような言葉に苛立たし気な目とともに低い声で問うが、当の本人はにやにやと笑いながら更なる煽りを入れるのみ。
思わずといった雰囲気で司祭が拳をもう一度テーブルにたたきつけようと振り上げたが、後ろに控えていた者にそっとその腕を止められた。
「司祭殿、苛立ちをお納め下さい。我々は協力を申し出に来たのであって強制をしに来たのではありません、ローウェスの方々が望まぬとあればおとなしく引き下がるべきです」
がっしりとした腕で思ったより優しく止められた司祭だがそれでも激した感情は収まらなかったらしい、騎士のごとき装いの彼に向かって感情のまま声を張り上げる。
「だが、このままでは」
「ラテベア教は善意の協力者たれ、善意であるなら押し付けるな。アーク様の残した言葉です」
「……」
しかしその声は途中で遮られ冷や水を浴びせかけられた、ラテベア教の司祭として恥ずかしい行動であると言外に指摘を受けたからである。
先ほどまでは激情によって赤くなっていた司祭の顔が今度は羞恥で赤くなる、咳ばらいを一つ鳴らすとゆっくりと席へと戻った。
「大変失礼いたしました、クピディアス殿。わが身の未熟ゆえの醜態、お許しいただければ幸いです」
「いえいえかまいませんですとも、お若い司祭殿の使命感ゆえの事でしょう。こちらこそ言葉が過ぎましたな謝罪いたしましょう」
席に戻るとすぐに謝罪を口にする司祭、それに対しクピディアスは鷹揚に理解を示し逆に自分の言い方が悪かったと謝罪をした。
最も内心では余計なことをした男に向けて盛大に舌打ちをしている、あのまま激発させていれば二度と口出しをさせないことすら可能だったろうにと。
「素晴らしい落ち着きようですなメズ殿、さすがはラテベア教の誇る治安維持部隊といったところですかな?」
「いえ、差し出口を挟みました。お忘れいただければ、と」
「差し出口などと、誉れある貴方がたのお言葉です、横で聞けたのは自慢になりますとも」
クピディアスの言っていることは当然皮肉である、彼はつまりこう言っているのだ『治安維持部隊に諫められるとは、司祭殿は犯罪者かね?』と。
あからさまな当て擦りに司祭は内心はともかく表面上は無表情で流す、ゆえにクピディアスに答えたのは話しかけられたメズだった。
「クピディアス殿は一つ勘違いをされているようだ」
「はて? 勘違いですかな?」
「ええ、我々が声をかける相手が犯罪者であることは多くありません。むしろ無辜の民の慰撫のためにこそ、我々の口は使われることが多い。そして……」
それまで波一つない水面のごとき様相を見せていたメズの雰囲気が一変する。
「罪人には速やかなる処理を、それが我ら獄卒の役目であります」
表情はまったく変化がないのに地獄の悪鬼のごとく恐ろしい気配を漂わせる。
クピディアスにはそれが必ずや貴様の罪を暴いてやると言っているように思えた。
「はっはっは、頼もしいことですなあ。無辜の民の一人たる私としては、メズ殿のそれは安心できるというものです」
それでも決して表には出さない、弱みを見せてはつけいられるだけだからだ。
話し合いはそれからも続いたが言質を取られぬやりとりで終始し、その日は結局双方にとって実りなく終わったのだった。
「まったく、あの宗教狂いどもめ、ここはようやく手に入れた私の国だぞ? 貴様らなどに好き勝手させてやるものか!」
自室へと戻ったクピディアスは憤懣やる方ないとばかりに吐き捨てた。
「ここを廃墟から建て直しここまでにしたのは私だぞ! ここに住む事を許してやっているのだ、私の思い通りにやってなにが悪い! やれ、殴る蹴るを禁止しろだの、奪うな殺すなを徹底しろと! 何様のつもりだ! 自分達が秩序の全てであるつもりか!!」
誤解のないように言っておくが彼自身には暴力を直接振るう趣味はない、ただそれらを好む者の方が安く雇えるから禁止していないだけだ。
当然評判が下がり真面な者は雇いづらくなるが、それでも十分元手が取れる程度にはなった。
たまに足元を見て高い給金を要求する者もいたが、もっと安く雇える者を上手く煽ってぶつけ合わせた。
それを繰り返してこの廃墟に都市国家を作り上げられるほどの金を稼いでみせたのだ。
今さら品行方正には戻れないし、戻り方も知らない、ただひたすらこの道を突き進むだけである。
それに彼にはそれらを禁止しない最大の理由がある、ちょうどその事を思い浮かべていた時ドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ! 今は誰も入るなと言っておいたろう!」
「ひっ、ご、ごめんなさいパパ、でも、ち、ちょっとお願いが、あって……」
「おお! お前だったかチージオ! パパが悪かった、さあ、入って来なさい」
先程までの不機嫌はどこへやら、満面の笑みと猫撫で声でノックの主を部屋へと招き入れる。
ドアを開けて入ってきたのは、やけに細い十二、三歳ほどの少年。
チージオと呼ばれた彼は、盛大に吃りながらとてもか細い声でお願いを口にした。
「だ、大事なお話合いで、疲れているとこ、に、ごめん、ねパパ。あ、あのね、お、オモチャが、壊れちゃ、って、新しいのが欲しい、なって……」
「そうかそうか、偉いぞチージオ、自分でお願いすることができるようになったのだな! 今度はどんなオモチャがいい? 大きいのか? 頑丈なのか? それとももっと小さいやつを多くか?」
語りかけるクピディアスの顔は話し合いの時の狸のようなものとはかけ離れ、親馬鹿丸出しであり愛着で目が完全に曇っていた。
「う、うん! あの、ね、今度は、ぼ、僕、直接、見て、え、選びたいな、って!」
よほど嬉しかったのか、興奮のあまりさらにひどい吃りとつっかえながら話すチージオ。
「うむうむ、ならば色んなやつをそろえさせねばな。待っていなさい、パパがたくさんの種類を集めてやるからな?」
「そ、それ、なんだけど、捕まえる、前のも、見たいなって……」
驚きに目を見張るクピディアス、チージオが外に出たいと言うのは初めてだからだ。
「チージオ……! 外へ出て大丈夫なのか!?」
「こ、怖い、けど、パパ達が、守ってくれるから」
引きこもりの子供が勇気を出して外へ出てみると言い出した感動の光景である、……一つの問題点が無ければ完璧であったのだが。
テラートゥス親子が抱き合っていると部屋のドアがノックする音の後開かれた。
クピディアスの部屋に許可を出る前に入室するような者はほぼいない。
「失礼いたします、クピディアス様、チージオ様。チージオ様のお部屋の清掃が完了した事を報告に参りました」
だが今入ってきた男は例外だ、それだけの信頼をテラートゥス親子から与えられている。
男の名はソレティア、最も古くからクピディアスに仕える腹心中の腹心であり、チージオの教育係でもある。
「む、そうか。チージオ、そろそろお部屋に戻るかい?」
「うん、き、今日は、もう、戻って寝ちゃう、ね。お休みなさい、パパ」
そう言ってソレティアに連れられ部屋へと戻るチージオ。
それを笑顔で見送った後、別の部下へとクピディアスは支持を出す。
「おい、チージオが生のままを見たいと言っている、通りや広場に集まるように炊き出しでも準備しておけ」
「はっ、規模はどの程度にいたしますか?」
「ふむ、チージオが怯えてはいかんからな、ごく小さい規模で構わん」
「承知しました、いつでも始められるように準備しておきます」
親子二人の心温まるやりとりだった先の光景、その問題点とは、
「チージオのためだ、知らないガキの十や二十死んだところでなんの問題もない」
オモチャとは、捕らえられた人間を指す事であった。




