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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
17/30

猿、現状を憂う

さて、ここのスラムの子供の一日の流れを説明しよう。

朝は日が昇るより早く起きて動き出す、路上に放り出された酔っぱらいどもの懐を漁るためだ。

大抵は飲み屋の店主に粗方奪われているもんだが、たまに取り残した分があったりするのでそれ狙いだ。

運がいいと喧嘩で双方共倒れがあるので、その時はありがたく双方の懐を漁っていく。

ちなみに武器なんかには手を出さない、それを持っていくとガチで殺しにくるし、大抵なまくらなので中古屋に持っていっても二束三文なんで旨味がないのだ。

武器防具まで持っていくのは俺らみたいな浮浪児が、死体を相手にした時だけだ。

その後は子供でもできる仕事を探して町中を彷徨い歩く、運が良ければ仕事を見つけてその日の飯を確保して終わり。

普通なら見つからずに生ゴミ漁りへと移行する、店の人間に見つかると殴る蹴るの暴行を受けるのでかなり危険だ。

ついでに飯を出す店は少ないので大人の浮浪者とも奪い合いになる。

夜は飯を確保できた奴はとっとと寝てしまうが、確保できなかった奴は町中で粘ることになる。

狙いは朝と昼のものと変わらない、つまり酔っぱらいと残飯狙いである。

危険度は朝と昼より跳ね上がる、まだ動いている奴が多いのだ。

酒が入っている分加減がなくなっていたり、忙しく働く店の人間も時間がないからやはり容赦がない。

それでもやはり人類全体に殺しに対する忌避感があるらしくそこで死ぬ事は少ない、暴行が元で動けなくなりそれで死ぬ事例は掃いて捨てるほどある事だが。

幸運にも絡まれず、不幸にも飯にありつけなかった者はすきっ腹を抱えてスラムへと帰って眠る。

そしてまた朝早くから起きる、というサイクルで体がある程度大きくなるまで過ごすわけだ。


「ちょっとこれだと死ぬ奴多すぎるからどうにか変えようぜ?」

「だから今魔法を覚えようとしてんじゃねえか」

「ああ、うん、力をつければ盗むのも楽って言いだした時点でアウトです」


よくわからんって顔をするんじゃない、何かを手に入れようとする時他人から無理やり奪うのは一番の下策なんだぞ。


<ヒトは盗んだ相手を恨むから、だっけ?>

「そうそう、人間は感情で生きる生き物だから、一度感情で否定しちゃうとずーっと続くからな。敵を増やすとろくなことにならないのはよくわかるだろ?」

「そりゃわかるが、やらなかったら飯が食えねえだろ。結局喰えずに死ぬぜ?」

「いや、言いたいのは仕事をいつでも見つけられる状況を作ろうって事だよ」

「それができりゃあ苦労はねえだろ、なんにもできねえ孤児をずっと雇う奴なんていやしねえぜ」


その通りだとは思う、思うがそこで終わってたら言い出した意味がない。


「なにもずっと雇われようってんじゃないんだ、店を構えている奴だけに絞る事はないんだよ」


呆れ混じりの目だったローグが姿勢を整える、どうやら興味を持ってくれたらしい。


「今考えてるのはここまで来た旅人相手の商売だな、いい宿への案内とかどうだ?」

「探す時間なら俺らにはいくらでもあるし、なんだったら宿の店主と結託してもいい。悪くはねえな、やる価値はあると思うぜ」


おお好感触、これならいけそう……


「で、そいつは何人でやるんだ? 一人二人だと手が回らねえだろうが五人六人と食えるぐらい儲かるのか?」


むう、確かに大勢を食わせるほどにはならない。


「後はそうだな、この都市にくる奴なんてそう多くはないぜ? それだけでいつでも仕事があるって状況にはできねえんじゃねえかな」

「このアイディアは駄目かあ……」


わりといけると思ったんだが、仕方ないから別のアイディア考えないとな。


「何人か宿の奴と話した事ある奴にこれはやらせるとして……、おい、次のアイディア言ってみろよ?」

「ん? 駄目って言わなかったか?」

「なんで全員まとめて同じことやんなきゃいけねえんだよ、どうせ俺らは襲われにくいように固まってるだけだぜ? やれることがある奴はそれやってりゃいいんだよ」

「お前の子分達じゃないのか?」

「喰えねえ奴同士で奪い合う馬鹿ばっかだったから俺が親分としてまとめただけだ、テメエで生きられる奴はテメエで生きろってんだよ」


いい大将してんじゃんこいつ、案外成長したら大勢を率いる立場に立ってるかもな。


「おい、にやついてないで次を話せよ。休憩中ったって時間無駄にする気はねえぞ?」

「悪い悪い、考えてる最中だったんだよ。やっぱ食えるもんを育てるのは基本だよな、この辺りの農民はなに作ってんだ?」

「そりゃ小麦じゃねえの? 見た事も調べた事もねえから知ってるわけじゃねえけど」


知らないか、全部を知ってるわけないが畑の場所から調べなきゃいけないかもしれないのは少し手間だな。


「このへんでなにが育つのか知りたかったんだが、要調査ってとこか。近くに森はあったっけか?」

「結構遠いぜ? 四半日ぐらいは歩かなきゃつかねえよ」

「そりゃ好都合だな、ちょっとぐらいなら狩り場に入り込んでもこっちが疑われることは無さそうだ」

「おいおい、さっき敵を作るなって言ったのテメエだろうが」


軽い調子のツッコミに肩をすくめながら答える。


「生きる糧を直接奪わなきゃ大丈夫さ。狩や採取をするのは森の奥、人が滅多に入らない場所にするつもりだし、そんな場所が無かったら種だけ採るつもりだしな」

「んー、なら大丈夫なのか? まあ、その辺は任せるわ、上手くやってくれや。で、他にはあんのか?」


少しつまらなそうなのはなんでだこら、問題をワザと起こす気は俺にはないぞ。

問題が起こることを期待しているのではなく、俺が、ひいては魔法という力がどこまでのものなのか知りたいだけだと思うが。


「他か……、俺たちみたいなガキの集団じゃまともな仕事にゃありつけない、それは確かだよな」


前提とも言える事を言い出した俺に怪訝な顔をするローグ、だがある程度は信用してくれてるのだろう、口を挟まず黙って続きを待っている。


「だが、覚悟さえすりゃあまともじゃない仕事も俺らはできる、そうだな?」


スッとローグの目が座る、俺が提案しようとしている事がどんなものでもたじろがないように覚悟を決めているのだろう。

だけど俺がしようとしてるのは、斜め下な提案なんだよなあ。


「俺が魔法を使う姿を見せる事が前提なんだがな、きっとこれなら仕事になる。お前と子分達にやってほしいのは……」


俺の提案を聞いたローグの顔がみるみるうちに歪んでいく、当然の反応と言えるだろう。

だが、だからこそ俺たちでも金が取れる仕事になるはずだ。


「魔法を使えば仕事の後始末は楽にできる、これの担当になる奴には優先的に魔法を教えてやると言えば成り手がないって事もないはずだ。っていうかこれぐらいの特典がないと成り手がないかもだが」


ついでに言えばそこまでの覚悟がある奴なら信頼して魔法を教える事もできる。

……俺とローグは強制参加になるが。


「どうする? なるべく下げるつもりだが、病気の危険だってある。辞めとく、ってのも悪い判断じゃないと思うぞ」

「…………! や、やるぞ。背に腹はかえられねえ、まともにやってちゃ死ぬのが俺らだ、ならまともじゃない手段だって選ばなきゃいけねえ時がある!」


いい覚悟である、提案した甲斐があるというものだ。

……できれば蹴って欲しかったという本音はしまっておくことにする。



ローグが魔法を多少とはいえ使えるようになった頃、俺が出した三つの案は動き出し順調に回り始めていた。

都市内の宿は多く無かったから話しを通すのはわりと楽にいったし、旅人の案内も数こそ少ないもののしっかりチップを貰えるいい仕事になった。

食べられる奴を育てるのもムカゴを見つけることができ、すくすくと葉を伸ばしてくれている。

世話をする奴も真剣そのものでやってるので、時期がくればムカゴや山芋が食えるだろう。

そして最後に提案したアイディアだが、極めて順調に稼げている。

都市内でも嫌がる人間ばかりであり、それ用の処理システムが無かった事が決め手である。

そして、今俺はそれの処理を行なっている。


「熱よ!」


掛け声と共に目の前の、都市中から集められ穴に放り込まれたそれが熱される。

同時に風も操り、『悪臭』が撒き散らされないようにする。


「本当に、ホントーにこれで臭いが消えて危険もなくなるんだろうなあ!」


鼻をつまみながらローグが涙目で叫ぶ。

そんなもん微生物に言ってくれ、俺ができるのは彼らが活発に活動できる環境を整えてやるだけだ。


<大丈夫だよ、段々土に変わっていってるよ>

「本当だなツクヨ! 信じたからな、嘘だって言うのは無しだかんな!?」


ちなみに、今いるのは俺とツクヨとローグだけなのでツクヨが堂々と喋っても他の誰かにバレる事はない。


「最初に説明したろ? つうか、乾いていきゃ土になるなんて誰だって知ってるだろうに」

「うるせえ! こんだけの量があったら腐って悪臭やらばら撒く方が先だろうが普通!」


そろそろ想像ついていると思うが、俺が出した三つ目の提案、それは、


「う◯こ回収とか誰もやりたがらねえよなあ、そりゃ! チキショウ! 俺だってやりたくなかったぞ!」

「結局志願者ゼロだったからな、俺とお前の二人だけで回収する羽目になるとは……!」

「クソがっ! こうなったら腹一杯美味いもん食ってやる! 羨ましがらせてやるって言う奴増やすぞ!」

「忘れたいしな、臭いとか」

「思い出させんなぁぁぁ!!!」


だが、誰かがやらなきゃならないことなんだよなあ。

今まで裏道とかちょっと外れたところに好き勝手に埋めてたらしく、嫌な落とし穴がそこら中に作られているような状態だったもんなあ。


「あ、後これで燃料に困らないぞ。俺とツクヨ限定だけど」

「めたんがす、だったか? そんなもん使って臭い移らねえのか?」

「もちろん移る、だから俺とツクヨ限定なんだよ」


今のところ採ってもすぐ横の穴を暖めるぐらいしかしてないが、冬になればありがたみが分かると思う。


「ありがたみと魔法の利便性が知られれば、交代要員もできるだろうから、それまでの辛抱だなあ」

「コレのお陰でお湯を作る魔法と乾かす魔法はあっという間に覚えたぞクソが!」

「必要は発明の母という奴だな、喜べばいいじゃないか」

「うるせえよ! 後で一発殴らせろ!」

「どうぞご自由に、ただし決断したのはお前自身だというのはお忘れなく」


むぎゃおー! というローグの叫びが暗くなっていく空に響き渡る。

俺らの未来は確実に明るくなったはずなのだが、それに反比例する勢いで気分が落ち込んでいく夕暮れ時であった。

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