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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
1章
16/30

猿、誘いをかける

精霊(ジン)ってあれだよな、三大生物災害の……」


引き攣った笑いを浮かべながら震え声で聞いてくるローグ。

ビビりすぎじゃないですかねえ、君が選んだことなんだしもうちょっとどっしり構えていなさいよ。


<無茶振りってやつだよね、それって>

(その通りだけどなあ、自分で選んだ道なんだからもうちょい動揺隠せないもんかねえ)


精霊ったっていきなり噛みついてくるわけじゃないぞ?


「災害とは言われてるけど、無闇に襲ってくるもんじゃあないさ。ほれ、触ってみ?」


手に触れさせようとツクヨを持っていくとローグは慌てて後ろへ飛び、その拍子に壁へとぶつかってしまった。


「ぐえっ!」

「? 親分、どうしやした?」

「な、なんでもねえ! 生意気にもちょいと抵抗しやがっただけだ! おらぁ! 大人しく吐くんだよ!」


誤魔化すためにもそのパンチは受けておく、狭い小屋なんだから暴れるなよ。


「壁に触ったりぶつかったりした音は誤魔化せないぞ、そんな泡食って逃げんなよ」

「う、うるせえ! 逃げてなんかいねえよ!」

「さっきの子分への声は通してるから大丈夫、変に思ったりしてないよ子分」


うーむ、流石ツクヨだ。誰に向けての言葉か判別して通す通さないを判断するような結界魔法をいつの間にか使ってやがる。


<サルーシャが固めた空気に一手間加えただけだよ、たいしたことしてないって>

(たいしたことだと思うけどなあ……)


改めてローグへと視線を向ける、まだ顔色は血の気の引いた青い様子だが精神的に立て直すことはできたようだ。

なので、再度覚悟のほどを聞いてみよう。


「で、どうする? 三つ目に変えるか? 変えるんならラテベア教に駆け込むのがオススメだぞ?」

「るっせえ! この都市に教会はねえよ、ついでに組合もねえから俺らはこんなとこで群れてんだよ!」


あの二つの組織って孤児や浮浪児の保護もしてたんだっけ、ますます目の敵にされる精霊のヤバさが浮き上がるな。


「他の都市に行こうにもどれだけかかんのかもわかんねえ、どこにあるのかも知らねえ。だから、逃げることもできずここで身を寄せ合うしかねえんだ。例え、いつゴミみてえに殺されるかわからなくてもだ……」


そう言って俯いてしまうローグ、こいつはこいつなりに仲間を助けようとしてんだな。

やっぱいい頭だなこいつ、そんな奴を一発目で引き当てるとは俺の運も捨てたもんじゃない。


「……なあ、その力は半年ぐらいで使えるようになんだよな」

「俺ぐらいまでになるには時間かかるぞ?」

「それでも、殺されるのに抗うことはできるようになるよな?」

「少なくとも抗うための力にはなるな」


一つ頷き顔を上げ、真っ直ぐ俺の目を見てくる。

決意に満ちたいい目をしていたローグは勢いよく頭を下げる。


「頼む、そいつを俺だけじゃなく、みんなに教えてやってくれ!」

「つまり、お前だけじゃなく、お前の子分にも四つ目を選ばせるってことか?」

「ああ、飲ませる、飲ませてみせる。だから、俺らに生き抜ける力をくれ!」


流石に悩ましいな、秘密ってやつは知る人間が多くなればなるほどバレやすくなる。


<なら解決方法は一つじゃない?>

(そうだな、それしかないか)


どうするかを決め、頭を下げっぱなしのローグの両手をとって頭を上げさせる。


「ローグ、悪いんだけど無闇に秘密は明かせない。理由はお前ならわかってくれると思う」

「……だよな、全員が精霊付きなお前を売ろうとしないなんて、俺には約束できねえ。せいぜいが売ろうとしないよう目を光らせとくぐらいだ」

「だろうな。だから……」


俯きかける『(かしら)』の頬を両手で挟み、しっかりと目を合わせて言ってやる。


「頭だけでいいさ、秘密を知るのは。この力、魔法は全員に教えてやるよ」

「! いいのかよ!? 力をつけた後で裏切るかもって思わねえのかよ!?」

「俺だってここまでできるようになるのに数年はかかってるんだ、そんなに早く裏切れるまで上達しねえって」


安心させるためにニカっと笑って言ってやる。


「それに、教えるのは親分の命令で、子分はそれに従うのが当然だろ? 他の子分どもを抑えられるって信じてやるから、頑張ってくれよ(かしら)!」

「……ああ! もちろんだぜ! その程度できねえローグ様じゃねえってみせてやろうじゃねえか!」


そう言って本気で嬉しそうに笑うローグ。

この反応を見せてなお、裏切る算段を腹の底でできる奴ならとっくにこんなとこから抜け出してると思う。


(信用していいと思うぞ、こいつは)

<サルーシャの好きにすればいいって言ったじゃん、どっちでもいいよ私は>

(拗ねてんのか? 触れるのを拒否されたから?)

<っていうかどうでもいいかな? サルーシャさえいれば私は肉の体を得られるだろうし>


だからもうちょい他人に興味持てって、まだ人じゃないから仕方ないのかもしれないけどさあ。

まあ村と違って俺以外とも話せる人がいるんだ、こっから持てばいいだけだな。

こうして、俺は安全な寝床と新しい仲間を手に入れることができたのだった。

前のような失敗はしないように努めようと思う、二回も同じことするのは馬鹿のやることだからである。



その後、埋めて置いた毛皮を取りに行き、それを渡す代わりに仲間に入れさせてもらった。

そう他の仲間達には説明した、真実を話すと自動的に俺の事情を教える羽目になるから仕方ない。

魔法を教える事に関しては、先ずローグが使えるようになってから他の奴に教える。

この孤児と浮浪児の集団は、ローグの知恵と腕力でまとめているらしいのでそれ以上になられたら下剋上されてしまうからだ。


「それなら自分だけ使えるようになってた方がよくない?」

「俺が都市の中の奴より強かったらわざわざかかってこねえよ、そいつらから奪った方が楽なんだからな」

「それはそっか、動物だって狩りにくいのを狙うより狩りやすいのを狙うもんね」

<食える奴を見つけるのってかなり難しいみたいだから狩りにくそうでも襲う時はあるけどな。

それにしても……意外と仲良くなったな、お前ら二人>

「話してみりゃなんてことはねえ、単にものを知らねえガキってだけだ。魔法の腕がやべえってのも使ったとこ見たことねえからな、実感湧かなくてビビるのバカみてえに思えるんだよ」

「他の精霊はどうか知らないけど、私は意味なく殺したりしないよ?」

<待ちたまえツクヨ君、その言い方は意味があったら殺すって取られかねないぞ?>

「他のチンピラどもと比べりゃこいつの方がよっぽど理性的だぜ、少なくとも意味なく殺しにこねえ」

<あ、はい、下には下がいるもんなんすね。

というか意味なく殺しにくるってどういうことですか?>

「あいつらの目に止まったら、殴ったり蹴ったりとか普通にやられるぜ? 下っ端な奴であればあるほどな」

「なんで疲れるような事をわざわざやるの?」

「楽しいからじゃね? 自分より弱い奴を殴る蹴るぐらいしか好きにやれる事ないんだろ」

<自分より弱い奴にはなにしてもいいのかよ?>

「? そういうもんだろ、世の中ってやつは。いかに上の奴の機嫌を損ねないように力をつけられるか、それができる奴だけが生き残るのが当たり前だろ。

外の連中は俺らをどうこうしねえが、そりゃ別の場所の奴に手を出すのは別グループ丸ごと敵に回さないためだろ?」

「……この都市の構造が垣間見えるな、上の方には下から巻き上げるばっかの奴しかいないんだろう。

そんな場所だからろくな奴が入ってこないし、力のあるまともな奴はとっとと逃げるか殺されるかであっという間にいなくなる。

結果、都市の荒廃っぷりは加速する、と」


ため息つきたくなるぐらいクソな場所だな、ここ。


<サルーシャ、口使ってる>

「あ゛」

「今日もサルーシャの負けだな、これでサルーシャの3勝14敗だったか?」

「やべえ、五倍差つけられる寸前じゃねえか」


ちなみに今はローグの魔法の修練が終わっての休憩中だ。

その時間を使ってツクヨと勝負をしているのだが……お察しの通り惨敗中である。

勝負内容は俺が念話に慣れるのとツクヨが空気を震わせての会話に慣れるのはどちらが先か、というもの。


「そもそもこの勝負自体が無謀だったんじゃねえの? 精霊の真似を人間がするのと、人間の真似を精霊がやるってんじゃなあ」

「お互い慣れ親しんだこととは別の方法で意思を伝えるようになるのが目的だからな、その日その日の勝敗はそこまで気にする必要はないんだよ」

<勝ち負けの数一番気にしてるのサルーシャだよね?>


ツクヨは数えてもいない、ローグは参加してない状況だからその通りではある。

そう、俺が負けず嫌いなのではなくツクヨが気にしなすぎるだけと主張したい、口に出したらどう考えても負け惜しみにしか聞こえないので言わないが。


「まあその話は置いといてだ、今日も都市内の色々を話してくれよ」

「あからさまに話をそらしてきたな……いつも通りの流れっちゃ流れだけどよ」


魔法の修練をローグに教える代わりに、この都市自体や訪れる人々の事を教えてもらっているのだ。

世間知らずな俺たちのせいで、常識であってわざわざ口にしないことまで文章化させられてるローグの苦労は実は結構なものかもしれない。


「んじゃあ今日は金の話だな、まずは種類からだ」


懐から何種類かの銅貨を取り出し並べる、表も裏も同じ数字が彫られているものが4種類ほどだ。


「小さいのから順に、1モネ銅貨、5モネ銅貨、10モネ銅貨、50モネ銅貨な。聞いた話じゃ銀貨と金貨も同じように分かれてるらしいぜ」


よく見れば彫らている数字そのままだ、シンプルなデザインすぎないだろうか?

特徴といえば数字部分だけが白っぽい色から黒っぽい色まで違いがあるぐらいである。


「どこの国が作ったかが知りたいんだが、これってどこの貨幣なんだ?」

「は? 金は金だろ、どこでも一緒なはずだぜ?」


どこでも一緒? まさか通貨の統一がされている? いやいや国がたくさんあるのにそんな事できるのか?


「あとこの真ん中の奴……たしか数字つったったよな? こいつが黒ずんでるやつ見つけたら俺に渡せよ、ラテベア教の奴に渡すと新品のと交換した上で1モネ貰えっからな」

「なんでラテベア教はそんな事してるんだ?」

「さあな? 俺は興味ないから知らねえよ」


銅貨を一枚手に取ってみるが詳しく見ても複雑な彫は全くない、これなら偽造しようと思えばできてしまうのでは?


<サルーシャ、これ何か魔力がこもってない?〉

「ん? ほんとだ、なんでこんな手間をかけてんだろ?」


試しに魔力を奪い取ってみる、すると数字の色が周りと同じ色へと変わってしまった。


「ああ!? 何やってんだよ、そこまでになったやつは交換してもらえねえぞ!?」

「え? ……ああ! これ偽造防止の細工か!」


だんだん白から黒に変化する魔法をかけておいて黒になったら補充のため交換、魔法の効果に色々仕込んでおけばその術式がばれなければ偽造はできないようになっていると。


「ついでに交換するタイミングを遅めにしておけば、貨幣自体の劣化からちゃんと長年使用された物であるとわかる。だから勝手に作られてもすぐばれると、よく考えられているもんだ」

「テメエの考察はどうでもいいから、そのダメになった金どうすんだよ? それ持ってっと貨幣の偽造を疑われるぞ、縛り首ですみゃいい方だ」

「……溶かして何かに作り替えとくわ」


そこまで古く見えないもんなこれ、偽造しようとして失敗した物にしか見えんわ。


「ったく、いきなりやばいことをしやがって。ほんとにお前はどんな田舎から来たんだよ、金に関して全然知らねえじゃねえか」

「いやあ、お金を使う場所も持つこともなかったし、仕方ないんだよ、うん」

<お金? サルーシャ持ってた事あったよ?>


……修錬や勉強で忙しくてお金を渡されたことも忘れてた模様。


「結局テメエが間抜けだってだけじゃねえか、作り替えるのは売れるモンにしろよ? そっから銅貨分を回収すっからな」

「へーい」


こんな感じでローグとの仲は遠慮の必要ない友人という形になっていた。

なお、魔法を他の奴にまで教えていくのは、大分後の話になったことを蛇足として記しておく。

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