猿、荒野を超えて
かろうじて草がまばらに生えている程度の荒野、時折姿を見せる動物は自らが生きられる場所を探す放浪者。
そんな命の営みが乏しい場所に小さな影、それもまた自身の居場所を探す放浪者であった。
「あ゛ー! まったく景色が変わらんのキッツイ!」
<だから飛ぼうって言ったのに、徒歩こそ旅の醍醐味なんて言うからだよ>
……放浪者すべてが余裕のない悲壮感だらけなわけではない、たまにはこんな例外もいる。
しかし、こんな子供が荒野で大声を出していたら肉食動物に襲われないだろうか?
「くっそ、この辺の動物はもう襲ってこねえか。学習能力高えじゃねえか」
<食料補給兼実戦経験のいい相手だったんだけどね>
言動と行動がほとんど蛮族である。
いや、意味もなくやっている訳ではないのだ、森から出る辺りでの会話だがこういうものがあった。
「ツクヨ、これから俺らは治安の悪い場所に行く、その時丁寧な口調では目立つと思うんだ」
<丁寧さが必要な相手はまともなヒトのみだからだったっけ?>
「そうだ、そして治安の悪い場所ではまともなヒトの割合は非常に低い。必然的に丁寧な口調の人は少なくなるわけだ」
<ふむふむなるほど>
「なので、これからしばらくは乱暴な口調になれるため丁寧な口調は使わないようにしようと思う、違和感あっても我慢してくれ」
<はーい、了解だよ>
これも目立つことで精霊であるツクヨの存在がバレないようにするための行動である。
ちなみに、ツクヨはサルーシャの中で自分の気配や魔力を感知できないようにする結界の練習中である。
表に出て魔力を出したら生き物が近くに来る事はないので仕方ないのだ、また感知器にあっても大丈夫にするためでもある。
そのため動物の相手はサルーシャが一人でやってるのだが……。
「お、待ち伏せだな。ハイエナの仲間っぽいな、草もまばらな場所で上手く隠れてるもんだ」
ちょうど今野生動物に囲まれ襲われるところである。
ちょっと野生を舐めた態度じゃないかって? その通りであるが、ある意味仕方ないのだ。
サルーシャの後ろから死角をついて飛びかかるハイエナ(の近種)が一匹。
その爪が届くかという瞬間、サルーシャとハイエナの間に閃光が走った。
バヂィ、と明らかにやばい音を立てた後、肉の焼ける匂いが辺りに漂い始める。
「うーん、ちょっと出力が過剰だったかな? もうちょい弱めないと対人には殺害目的にしか使えねーや」
<でも便利でいいんじゃない? 耐えられる奴はそうはいないよ?>
「それが問題なんだよ。後魔力効率はよくないしな、要改良だわ」
何が起こったかわからず戸惑う残りのハイエナたち、彼らが飛びかからずにいたのは正解である。
目を凝らしてよく見れば見えたかもしれない、サルーシャの周りに浮かぶ時たま光る球状のなにかが。
それがサルーシャにとびかかろうとすれば避けるのは難しいぐらいの数が一定の間隔で並んでいた。
「結界だとこっちから攻撃できないし魔力の消費は激しいしと欠点が多かったからやってみたんだが、消費がおんなじぐらいじゃ意味ないな」
<間スッカスカだからヒトが使う武器とかだとあっさり抜けちゃうしね>
「面白いアイディアだと思ったんだけどなあ、真空で閉じ込めた雷を浮かべるのって。使えない訳ではないが、上位互換がいくらでもあるってところだな」
術者の動きに合わせて動くようにするの苦労したんだけどなあ、などとぼやきつつ氷の礫を生み出すサルーシャ。
手の上に生み出したそれらを無造作に投げてハイエナ達の鼻先にぶつけていく、ただでさえ先の一頭が返り討ちにあったのもあって群れはあっさり散っていった。
「さすが野生動物、少しでも危険だと判断したら即逃走にかかるか。そうじゃなきゃ野生じゃ生きていけないってこったな」
逃げ散った群れからあっさり意識を外し、残されたハイエナに目を向ける。
「多少火が通ってるが、ま、問題ないか」
浮かべていた雷球を消し、代わりに右手に刃を生み出す。
サルーシャは残されたハイエナから魔力が抜けるのを確認すると、徐に解体を始めるのだった。
「まずは血抜きっと」
首に切り傷をつけ血を出させる、心臓が止まっているのだろう、その勢いはたいしたことはない。
これでは血が中に残り酷く臭う肉になってしまうだろう、魔法がなかったらであるが。
血が流れている傷口に手を当て村にいた頃習った魔法を使う、すると流れ出る血の勢いが一気に激しくなった。
狩った獲物の血抜きに欠かせない『血抜きの魔法』である。
本来ならこの血は捨ててしまうのだが、放浪中のサルーシャには貴重な塩分補給手段である。
噴き出す血を落とす事なく球状に丸め宙に浮かべると、なにやら板状の結界を四つ並べて電気を流す。
少し待った後五分割された血の球の真ん中に口をつけ、思いっきり啜り込んだ。
「あー、血の匂いがキッツイ」
<これも魔力効率悪いよね、やっぱり塩を直接取り出す魔法の方がよくない?>
「否定できないがな、一応物理法則が同じか調べるって目的もあるんだよ」
<イオン膜製法だっけ、魔法でやるなら水分を奪う方がイメージしやすい分効率良さげだよ?>
「いつか大規模な塩田作る時が来るかもしれないだろ? その時のための実験だよ、将来への布石って奴さ」
<やれるか試したいが8割とみた!>
「残念、9割5分だ」
軽口を叩きあいながらも手を止めずに、スムーズに内蔵を外し皮を剥いでいく。
荷物になるので毛皮と一部の肉(それでも8歳の子供には大分多い)のみ持って後は捨て置く。
持っていく肉にしても水分を奪ってカラカラに乾かし、保存性を上げなるべく軽くしてからだ。
「結構な大物だったぜ、水分飛ばしても重いもんなあ」
<そろそろ森で作ったズタ袋が皮でいっぱいになりそうだよ? 食料入れる場所を考えるとこれ以降は捨てちゃった方が良さそう>
「金になりそうなもんなんてこれぐらいだから、なるべくとっときたかったんだが……仕方ないか、次からは肉だけもらってこう」
なお、毛皮はなめしてからしまっている……魔法で、であるが。
できない事はないのだが魔力の消費量と、普通になめす労力を比べるとそんな魔力の無駄遣いのようなことはだれもやらない。
悠長になめしていられる時間もないし安全な場所もないので、仕方なしにやっているのだ。
「まあ、空気中の魔力を貰ってくるの限界そうだったしちょうどいいか」
<サルーシャの魔力量だと一枚ですっからかんだもんね。やった後は数時間は魔力を空気からもらい続けなきゃだし、おかげでこの周囲の魔力もすっかり薄くなっちゃってるよ。むしろやめられてよかったかもね>
「魔力操作の練習にはぴったりだったけどな」
ケラケラと笑ってみせる余裕すらある。
荒野を行く旅なのに割と気楽そうなサルーシャとツクヨであった。
そんな風に魔法の実験と動物の撃退経験を積みながら荒野を進む事数週間、サルーシャはとうとう人の住む都市の見えるところまでやってきていた。
「ようやく見えてきたな……」
<声に力がないけど大丈夫?>
ツクヨの指摘通りサルーシャの声は弱々しい、魔法を使って気楽な旅をしていたはずなのに何故だろうか?
「考えればわかる話だよな、魔力の使いすぎは体力を削るなんて事……」
<考えてなかったんだ……>
そう、調子に乗って魔法を使いすぎたサルーシャは今くったくたに疲れているのだ! ……ただの間抜けである。
必要なことにのみ使っていればこうはならなかっただろうに、欲張って技術の習熟を上げようとした結果である。
向上心が高いのだとフォローする余地もあるが……
「周囲から集めるばっかりだと使用感が薄いのもあるかもな。限界のライン見極めるためにももうちょい慣れたい、とっとと安全に休める場所見つけないとダメだな」
それよりもサルーシャが持つ危機感が薄すぎるのかもしれない。
いや、警戒心がないわけではない。持っていたズタ袋は盗まれないように少し離れた場所に埋めて保管しているぐらいだ。
……また土の下かよ、リスかお前は、などと言わないであげてほしい、誰にも見つからないように隠せる場所など根無し草にあるわけないのだ。
閑話休題、見える範囲をざっと見渡したサルーシャは都市壁へとこっそりと近づいていく、なるべく門から離れた昼でも薄暗い方へとだ。
というのも、自分ぐらいの子供が門番に見つかったら誰何するだろと思ったからというのと、
(遠目からだとわかりづらかったが、やっぱりあったな都市内に入れない奴らのたまり場)
このように貧民窟といえるような場所があればと期待したからだ。
<なんで直接中に入らないの? このぐらいの壁なら上を飛べばいいんじゃない?〉
(んー、門のところに人がならんでたろ、あれって怪しい奴や危険な奴を入れさせないためのものなんだよ。だから、そういうことする奴は自分は怪しい奴ですって自白してるも同然なんだな。ついでに俺は今絶賛怪しく危険な奴扱いされる可能性が高い、つまり都市内に入るのは現状無理ってわけだ)
<村で精霊を警戒してたのと同じなのかな?>
(そんな感じだな。都市内にはいれない、けど寝るとき体が冷えない、襲われないもしくは襲われづらい場所が欲しいとなると、こういう場所しかないわけだ)
<ここホントに冷えない、襲われづらい場所なの?〉
目の前には廃材の群れにしか見えないような瓦礫の山、ツクヨの今までの記憶からするととてもヒトの家には見えない。
(いや、俺らからすると森の中の方が安全で襲われにくい場所だけどな、……婆の事を考えると人里から離れたくないんだよ)
懐疑的なツクヨに苦笑しながら返すサルーシャ、今を生きるならば森で暮らした方が正解であるのは間違いない。
だが二人の目的を考えれば人里から離れて生きるのは悪手、多少の環境の悪さを飲み込んでも都市の近くで生活すべきなのだ。
(わかってくれたなら早速この中から多少でもましな板とか探そう、土に直接寝転がるのはもうやめときたい)
<待ってサルーシャ、周り囲まれてるよ〉
(やっぱいるか、同じような境遇で同じ思考にたどり着く奴なんて)
周囲にはいつの間にか多くの人影、余所者が近づいてきたらこうなるだろう予想はできていた、ただ少し予想と違う部分もあった。
「おい、余所者が何の用だ? ここら辺がこのローグ様の縄張りと知ってのことか?」
周囲を取り囲む者たちは全員子供であり、目の前の瓦礫の山の上から声をかけてきたのもどうみても子供だったことである。
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書き溜めるとか言っておきながらそこまで溜めれてない……隔日でなくなったら書き溜めなくなったんだなと思ってください。




