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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
13/30

独り立ち

「隊長! どういう事ですかこれは!」


領主の執務室に朝早くから飛び込んできたのは騎士ドルス、真面目な彼にしては珍しくノックもなしの入室だ。


「騎士ドルス、私は入室の許可を出した覚えはないが?」

「はっ! 申し訳ありません! ですが、納得出来かねる辞令が来ましたので問い正したく思い参りました! 質問の許可をお願いいたします!」


からかい混じりの叱責にも動じず自分の要求を口にする、どうやらよっぽど納得できないようである。


「まったく、そんなに不思議か? 元々次期領主として研鑽を積んできた身だろう、その時が来たからといって動揺してどうする。どっしりと構えて謹んで拝命いたしますと言えばいいだけだぞ」

「その拝命理由が納得いかないと申し上げているのです! なぜ精霊排除の功が私に与えられているのですか! 本来なら無闇に現場を混乱させた罪により解任か死を賜るべき事例のはずです!」


彼の主張としてはこうだ、今回の精霊事件は自分が無思慮に感知器について話したが故の暴走でありその責は全て自分にある、精霊を退けられたのもモルモン氏の命がけの行動の賜物であり功は全て故人のもの、それを掠め盗るがごとき行いは国に対する裏切りに等しい、と。


「ふむ、貴様の主張はよくわかった。そこまで言うならば詳しい事情を説明するとしよう」


一つ頷くと隊長は奥の部屋へと向かう、無論余人に聞かせないためである。

部屋に入るとウェルを座らせ棚からグラスを二つと酒瓶を一つ取り出した。


「隊長、まだ昼にもなっておりませんが……」

「そう固いことを言うな、こんな話、素面で話せるものか」


そういうとウェルと自分の前にグラスを置き少々乱暴に酒瓶から中身を注いだ。


「生憎とそこまで給金が高くないのでな、安酒だが悪くない味だぞ」

「はあ、それではいただきます」


飲まなければ話を進める気がないことを悟った彼は仕方なくグラスに口をつける。


「!! ゴホッ、ゴホッ!!」


その途端酒精の強さにむせ返った。


「はっはっは! 強い酒を飲むのは慣れていないか? これからは酒宴に参加する機会も多くなる、慣れておかんと辛いぞ?」

「です、から、私にはまだ早いと……」

「そう言っていられんのだ、ウェルよ」


自身の未熟を自覚するウェルはそれをも含めて今回の辞令に反対なのだが、隊長の悲しげな声で息を呑む。


「よいか? 此度の件、本来なら責任者達全ての首がすげ替えられて然るべき事態なのだ、貴様も含めてな」


それはウェルとて重々承知だ、だからこそ自分だけがそこから逃れ栄達するなどもっての外だと主張するのだ。

なんといっても自分の迂闊な行いによって起きたも同然なのだ、むしろ自分のみに責を負わせる形にするのが当然とまで思っていた。


「貴様のみに責を負わせればいいと思っているようだが、それは不可能だな。そもそも精霊付きに気づかない時点で領主としては大失態だ、村が無事だったのはただの偶然でしかないと言える。

しかし、ここで疑問なのだがいつ精霊が憑いたのか?」

「いつ、ですか?」

「そうだ、普通ならば精霊は憑いた時から虐殺を始めるものだろう? だが、あの子が森に行ったのは朝早く、そこから教会までに何人かの村人と挨拶を交わしていると証言がある。

おかしいのだ、精霊に憑かれたにしてはな」


言われれば確かにおかしいと思うのだが、それがいったいどう繋がるのだろう。


「そこで、だ、私と司祭殿は大胆な推論をたててみた」


ピンと指を立てて心なしかドヤ顔で隊長は推論とやらを口にした。


「あの子が迷い子になった5歳の時、その時にはすでに憑かれていたのではないのか? とな」

「……はあ?」


呆れで物も言えない、そんな気分であった。


「隊長、精霊にそんな知恵があったら人はもう滅んでいるでしょう。あの時隊長も司祭殿もそう言っていたではないですか」

「おう、その通りだな。では、いつ憑いたのだ?」

「いや、それは分かりませんが……それにしたって無茶がありすぎませんか」

「その通り、無茶がある。しかしだな、精霊が村の中に突如発生し、偶々そこにいたサルーシャ君に憑依、すぐに気づかれたので即逃亡。なんていう推理よりかは納得できんか?

『偶々そこに発生した』よりかは『偶々知恵の回る精霊がいた』の方がまだ安心できるしな」


確かに前者よりかは後者の方がまだ対処のしようがある。

前者は精霊の発生条件を調べなければならないが、後者は感知器を活用すればいいだけだからだ。


「隊長の推論は理解できました。ですが、それが私が責任を問われない理由とどう繋がるのです?」

「何を言う、貴様だけだろうが憑かれているのではと疑ったのは。更にその精霊の邪悪な企みを暴いたのも貴様だ、功があるといっていいだろう」

「無理を通せば道理は引っ込む、でしたか、詭弁を弄してまで私を庇うのはなぜなのです? 父への配慮でしたらやめていただきたい、逆にそんな卑怯者に育てた覚えはないと絶縁されかねません」


ウェルの言う通り騎士団長は清廉な人だ、詭弁を弄してまで子を庇われれば逆に不快に思うだろう。

だが、それを無視してでもやらねばならない。


「先程貴様は言ったな、功があるのはモルモン殿だけだと」

「ええ、言いましたが……?」

「では、モルモン殿の願いを叶えるのは当然の事、そうだな?」


何が言いたいのかウェルにはわからない、わからないが故人の願いを叶えたいという意見には賛同できた故に頷く。


「モルモン殿の願い、それは魔法の新境地を開拓できる者が、自身の後継者が生まれることだ。

そのための場所がここであったのだがな……知っているか? 魔力が集まる場所には精霊が現れやすい、という話を。俗説ではあるが信じる者も多い説であり、それを根拠にこの村を廃するべきと主張する者もいるのだ。モルモン殿が実力で黙らせてきたが、それでもなくならぬ程度には根強い意見だよ」


そこまで語ると隊長はグラスの酒を一気にあおり、あとは黙り込んでしまった。

ここまで説明されればこの後の流れはいやでもわかる、この間の一件で反対意見を力で封じてた当人がいなくなったのだ。当然反対勢力は勢いづくだろう、事の原因が反対派の主張する意見に近いのもまた悪い。

裏の話を今日初めて聞いたウェルであったが、放置すればこの村は確実に廃村となる事がよく理解できた。


「それを防ぐために無理にでも私に功績があると主張されたのですね、この村を守らせるために」

「そういうことだ、すまんが頼めるか? モルモン殿には世話になったのでな、出来うる限りあの人の夢を残したいのだ」

「そうであれば無能非才の身ではありますが、全霊を以て挑ませていただきます」

「すまんな、助かる」


改めてグラスを掲げ合う二人、強い人であった女性魔法使いへの献杯であった。


「それにしても……先に詳しい説明をしてくれてもよかったのでは?」

「ああ、それは、なあ、こうすれば村を守れると思ってすぐさま報告を上げたのだがな、それで安堵してしまい、つい……」

「つい、ではありませんよ。私が父や騎士団に先に行ってたらどうするつもりだったのです」

「……先にこちらに来てくれたのだ、問題ない!」

「気まずいからといって黙っておくとより酷いことになる、よく言われる事だったはずですが?」

「すまんすまん、反省しているので司祭殿と同じような事を言わんでくれ」

「その言い様、すでに怒られた後ですな。なぜすぐに行動されなかったのです」

「悪かった、本当に反省している、だからこれ以上は勘弁してくれ。まったく、説教くさい事を言い出すのは司祭殿の影響か?」

「でしょうね、司祭殿と隊長には沢山学ばせていただきましたから」

「そうか……」

「そうですよ……」


それからこの朝方の飲み交わしは兵が報告に来るまで続いた。

そして、これがウェルにとって騎士から領主へと意識が変わるきっかけであったのである。



<おはよう、よく寝てたよ。元気出た?>

「……おはようツクヨ、お陰で大分気が楽になってるよ」


朝ツクヨに起こされて目を覚まし、ゆっくりとウロから出て体を伸ばす。

あれだけ重かった手足が軽い、一晩木のうろの中で休みんだおかげで多少は気力が戻ってきたようだ。

軽く朝食となる木の実やキノコを焙ったりして腹に収めた後今後について考える。


「これからどうするかな……」

<はーい、私はヒトになりたいです>


そこはブレないよな、ならどっかに紛れ込む必要がある。

森に引きこもるのは不可能じゃないし、もしかしたら隠れ里みたいなところがあるかもしれない。

だが、やっぱり大都市に、それも治安がある程度悪い場所に潜り込むのがいいと思う。


<どうして? ヒトがいるところならどこでもいいけど、襲い掛かってくる奴がいないほうがよくない?〉

「治安がいい場所には教会もあるだろうからな。一人と複数名、襲ってくる相手としてどっちが対処が楽かって話だよ」

<……一人の方が怖かったんだけど〉

「へい、ツクヨ、婆は例外枠だ。いくらなんでもゴロゴロいるってクラスじゃないと思うぞ」


多分国に一人とかそのクラスだと思うんだよな、ちらっと婆の記憶を見た感じわがままを力で押し通してたし。

ゴロゴロいたらおとなしく森に隠れ住もうとは思うけど……。


「とは言ってもろくに地理を知らないからな、とりあえずは村から離れる方向に向かって進んで人が多い場所を探そう」


探す方法は高く飛んで広く見渡す、名付けて『自分がドローンになる』作戦である。


<ドローン?>

「鳥の一種と思えばだいたいあってるぞ、なんでそれにしたかは特に理由はないから気にするな」


高空を飛んでも魔法で寒さを防げばいい、俺が無理でもツクヨにやってもらえばいいしな。


「なあツクヨ、人になった後何したいってのはあるか?」

<んー? 考えたことないなあ。ヒトの生き方ってよくわからないことも多いし、ちょっと想像できないや〉

「そんならさ、魔法の研究者になるのはどうだ? ツクヨなら魔法の新境地ってやつを開けると思うし、俺も協力するし、どうだ?」

<……それは、婆の願いだったから?>

「やっぱり、わかるよなあ。ああ、婆は俺に後継者になって欲しかったみたいだけど、魔力操作って面だとツクヨにゃ及ばないからな」


婆は最後に俺が人間社会から離れないよう祈ってた、故人の最後の願いぐらい叶えるべきだと思う。

人に有用な存在でいられれば人外であっても受け入れられるのではないかとおもうし、な。


<発想だとサルーシャにまったく及ばないんだけどなあ。まあ、サルーシャのお願いならいいよ、研究者っていうのを目指してあげる>

「ああ、ありがとうなツクヨ。できる限りの協力するから、よろしく頼むわ」


ツクヨに感謝しながら歩き始める、まずはこの森の中である程度食料を集めよう。

二、三日分ぐらい集まったら出発だ、村から遠くを目指して歩き出そう。

ずっと先の未来でこの時を振り返った時思った、俺とツクヨの世界を巡る旅はこの時が第一歩だったのかもしれない、と。

評価、感想いただくと大変喜びますのでお時間ございましたらぜひお願いします。

序章はここで終わりとなり、書き溜めのため次話の更新はしばらく後になります。

なるべくお待たせしないよう努めますが、ご容赦お願いします。

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