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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
12/30

思い知る

村の現領主であり騎士ドルスの上官である隊長は目の前の光景が信じられなかった。

ここは村人たちが薪を取りに来る場所から少し外れていたが数日前は確かに木々が生い茂り、地面は草木で覆われ土の色など一切見えやしなかった。

それが今ではどうだ、緑など一切見えないほぼ土の色一色ではないか。

例外はある一か所のみ、そして、その例外こそが隊長とそれに率いられた者たちを絶句させていたのだ。


「モルモン殿……!」


胸の真ん中を土の杭で貫かれながらも倒れず、顔すら下げず目の前を睨みつけたままでいるのは確かにフォルティス王国の宮廷魔術師モルモンであった。


「そんな、モルモン殿が……」

「精霊退治を何度も成し遂げた御人ですらやられてしまうなんて……」

(不味いな、兵に動揺が広がっている)


ざわざわと兵士たちが落ち着かない様子で口々に喋り出すのを見て、隊長は決断する必要があることを認めた。


「総員傾注! 私ともう二人がここに残り調査とモルモン殿の遺体を運ぶ! 残りの者は村に戻り防衛準備! ないとは思うが精霊が村を狙うかもしれん、副隊長の指示に従い村を守るように! いいな!」

「「はっ!」」


指示に従い動き出す兵たちを見ながら、隊長はそっと天を仰ぎ見る。


(何かが大きく動き出す、時代とやらが動こうとしているのだろうか?)


動乱の時代が訪れる予感におもわずため息をつく。


(その渦中にいられぬことを喜べば良いのか、部下がそれに立ち向かわなければならん事を悲しむべきか)


いずれにせよ自身は関わることすらできまい、見通せぬ未来だがそれだけは確定だろう。

あの真面目な若者にせめて良き明日が訪れるよう祈る隊長であった。



気づけば辺りは暗くなっており、見たこともない場所に立っていた。

周囲の足元は草で覆われており人はおろか動物の痕跡さえろくにみえない、おそらくは森の相当深い場所にまで入り込んだのだろう。


<やっと起きた。もう、あのままだったら捕まってたんだからね>

(え? ああ、おはよう? ツクヨ。えっと、ここは……?)


寝起きの記憶の混乱が収まらず、なぜこんなところにいるのかがさっぱり分からない。


<もう! 私残り少ない魔力を振り絞ってここまで飛んできたんだよ? 大変だったんだからね!?>

(ああ、うん、ありがとう。ごめん、ちょっと頭が回ってないんだ)


意識を失う前の記憶を思い出そうと頭を回す、たしかとても恐ろしい目にあって……


「うぐっっ!」

<どうしたの!?>


一時的な記憶の混濁が収まり気を失う直前の記憶が鮮明に蘇る。


「殺人ってのは嫌なもんだって身をもって知っただけ……」

<サルーシャ!?>


なんとか説明しようとそこまで口にしたが、込み上げる嘔吐感に耐えられずその場で胃の中をひっくり返す。

吐瀉物を見るとまだ原型を留める物がある、ならそこまで時間は経っていないな。


「ぐっ……ツクヨ、追手は来てないのか?」

<うん、ここまで飛んで来たけど、ヒトらしき気配はまったくないよ>

「そうか、なら他の動物に襲われない所に隠れよう、何処かいい場所はないか?」

<サルーシャ、ちょっとなにを言ってるの?>

「人間は数がいてこそ自然と戦える生き物なんだ、一人だけの、しかもガキでしかない奴なんてただのエサだろ。早いとこ身を守れる場所を見つけないと……」

<しっかりしてよサルーシャ! 私がいる所に他の動物が来るわけないって言ったのはサルーシャでしょ!?>


その通りだ、他の動物からみれば精霊は強い、食えない、最悪乗っ取られて同種族が根こそぎ殺されるという近寄るわけのない存在なのだ。

だからこそ好き勝手森の中を行き来していたのだ、今更忘れるわけがない。

ただ、今はなにかしていないと殺人の重圧に潰されそうだから都合のいい理由付けとして言っていたに過ぎない。


「そうだ、な、ああそうだよ、ツクヨの言う通りだ。だけど雨に降られたら体が冷えちまう、雨に濡れない場所探しだけはしておこう」

<う、うん、それなら、まあ……>


それらを見抜かれてもまだ言い訳をして考えない理由を作る、我ながら救い難いと思う。

思うが、今はその事を考えたくない想いが強かった。



安全そうな場所はすぐに見つかった、ちょうどいい大きさの木のウロが近くにあったのだ。

子供の俺より少し大きい程度の穴の大きさで、肉食獣なんかだとつっかえて入れそうにない、一晩の宿には文句のない場所であった。


(ここなら寝ても大丈夫そうだな、雨も入り込みづらそうだし)

<そうだね、でもまだ外は明るいよ?>


ツクヨの言う通り日は傾き始めているが暗くもなっていない程度であり、普段ならまだまだ外での作業をしている時間帯であった。


(そうだよな、旅のために集めた物、全部使えなくなったんだから、また集めたり作ったりしなきゃ、なんだよな)

<うんうん、特に食べ物は今夜の分もないんだよ? 集めないとダメだよ。さっき吐いちゃってるんだし、しっかり食べとかないとね>

(そうだ、吐いた分も食べないと……うぐぇっ!」


そう考えた途端吐いた原因まで思い出してしまい、えずいてしまいウロの中でひっくり返る。


<サルーシャ!? なにやってるの?>

(バ、バランス崩しただけ、だよ)


驚いた声を上げるツクヨに答えながら体を再度ひっくり返し座る姿勢へと整える。

そこから食料を探すために立ちあがろうとするが……力が入らず体は座り込んだままだった。


<? 食べ物取りに行かないの?>

(その、思ったより疲れてるみたいだ。少し休んでからにするよ)

<そう? まあ、サルーシャがそう言うならいいけど>


ツクヨの声は訝しげだ、体力的にみれば動けるのは間違いないのだから当然と言えば当然だろう。

安全面では先程までと変わりないのだし、無理にでも動いたさっきとの違いがツクヨにはわからないのだ。

だが、俺はもう動けそうにない、体ではなく心が休みを欲しているのだ。

座ったまま膝を抱え顔を埋める、こうして止まってしまえば考えたくない事でも考えてしまう。

婆の最期を、あの鬼気迫る表情の意味を。

なぜ婆はあそこまで魔力を振り絞れたのだろう、使命感? それとも国への忠誠心? はたまた精霊への憎悪や敵愾心?

仕えているにしてもどういう立場かすら知らない、こんな辺境にまで送られるぐらいだからそこまで強い立場じゃないだろうけど、行ったり来たりだったからそうでもないんだろうか?


「俺、婆の事なんにも知らないんだな……」

<あのヒトの事を知りたいの?>

「そうだな、知ってどうなるわけでもないけど、知りたいとは思う」

<じゃあちょっと待ってて、今引き出すから>

「は? いや、何を……」


疑問を口にする前に俺の意識はもたらされた莫大な情報の波にさらわれていった。



その女性はこの国の中心、王の住まう城のある都市の城下町にて生を受けた。

幼い頃から賢い子供であり、将来は学者か役人になるだろうと言われていた。

しかし、ある時魔法の存在を知り、強く憧れて終いには当時の宮廷魔術師に弟子入りを認めさせてしまった。

砂が水を吸うように知識を吸収していく少女に師匠である魔術師は困り果てた、自分の持つ知識はすでに全て伝えてしまったからだ。

悩みに悩んだ師匠は王へと願い出る、彼女に最高の環境を与えるためラテベア教と冒険者組合が共同で経営する学院へ彼女を留学させることを。

元々魔法使いの数が少ない王国は喜んで彼女を送りだす、学院は誰でも入学試験は受けられるからだ。

だがその入学基準は厳しく、王国からの入学者はほぼいなかった。

そして彼女は見事試験を合格してみせた。

学院での日々はとても充実しており彼女はめきめきと頭角を表していった、同時期に学院に所属した者の中で一、二位を争うほどに。

最終的に三位以下を取ることなく卒業した彼女は王国へと戻り、その力を持って王国を強大な物へと生まれ変わらせた。

王国としては是非伴侶を国の所属者からとってもらいたくて色々と見合い攻勢を繰り広げた。

夫は要らぬ魔法が伴侶であり子供であると公言して憚らぬ彼女はそれに辟易し、ある時二年ばかり国から出ていった。

当然国は上を下への大騒動となり、見合い攻勢の中心者は王から直々に叱責を受け失脚、市井でその生涯を終えたという。

その後はそれ関係の話をする者はいなくなり、彼女はやりたい事を好きにやれる立場を手に入れたのだ。

そして、そんな彼女の生涯最期のやりたい事がこの村だ。

彼女の功績によって幼い頃から魔法を学ばせた方が大成するという事が常識になっていた。

ならば、もっともっと幼い頃から教育できたなら?

魔法というものの新たな境地を生み出す者が誕生するかもしれない、そんな期待を持って開拓村を作らせる事を認めさせたのだ。

領主の座は丁重に断った、もう先が長くない上に子のいない自分がなっても相続で揉めるだけと思ったからだ。

そして、待望の新たな境地を生み出す者、自身の後継者と言える子が現れた。

その子供は理屈っぽく半年かけても魔力を感じ取れない鈍い子供であったが、感じとれた後は驚くべき速度で魔法を使いこなしていった。

風で刃を作るのは一番早く、魔力の最大値を増やすための魔法を一年で自力でできるようになったのは一人だけ、研究者でもなければ思いつかない事も聞いてきたし、ポーション作りに興味を示したのだってその子供だけだ。

そのせいで期待をかけすぎて色々やらせすぎたのは少々反省する点だ。

だが、それすらその子は超えてきた、だけでなく自主練までこなすほど。

きっと、自分さえも超えていく、そう確信できる子供だったのだ。

だから、精霊に誑かされたと聞いた時は頭に血が登った。

現領主である騎士にもラテベア教からの協力者である司祭にも邪魔しないように言い放って飛び出した。

見つけた瞬間に制圧のため風で抑えつけたが、操りづらい筈の土を操っての脱出と壁の生成。

才能を遺憾無く発揮する姿に喜びすら覚えるが逃がすわけにはいかない、一気に詰めて首根っこ抑えようとする。

しかし、精霊に邪魔をされ思うようにいかない。

放たれた火は飛ばしやすい球形、精霊のくせに考えられた魔法の使い方をする。

ならば、最大級の魔法でもって抵抗できないほど魔力を削るしかない、歴戦の勘で素早くそう判断する。

思惑通り奴は防戦一方に追い込んだ、後は魔法が切れぬように集中するだけ、だったはずなのだ。

突如土の杭が飛び出し自分の胸を貫くまでは。

精霊は防ぐのに精一杯のはず、なのになぜ? そんな疑問はすぐに解けた。

先程だって行使していたではないか、見事なまでの速さで生成される土壁を、だ。

死に際し恐怖はなかった、それよりも自分を超えていく子供によくぞという賞賛だけがあった。

だが、それだけに惜しい、このままではこの子は人間の敵になってしまう。

それだけは嫌だと全ての魔力を振り絞る、魔力が尽きて動けなくなれば後からくる騎士達に保護させる事も可能なはずだ。

この子を人間社会に留める、その願いを込めて魔法を維持し続ける。

どうか、どうかこの祈りが届きますように。

それだけを想い、二度と目覚めぬ眠りについた。



「ああぁぁぁ!!」


叫んでいた、遺体を見た時と同じように。

どうして、どうして、どうして! 俺は逃げてしまった! 殺してしまった! どれだけの想いを向けられていたか理解しなかった! 少しだけでも冷静さを保つことができていればこんな事態にはならなかったはずなのに! 本当の祖母のような愛情を向けてくれた人を、なぜ!?


<サルーシャ! どうしたの! なんで叫んでるの!?>


だが、その時はこいつを見捨てる羽目になっていたのでは? 核を個人が所有するような真似を組織が許すか?

あるわけがない、確実にこいつは排除される。

そう、俺はすでに選んでしまったのだ、人間側ではなく精霊側に立つ事を。

婆を殺したという事はそういう事だと理解してしまう、最早後戻りなどできないのだ。

叫びが止まり放心するように膝に顔を埋める、失ってしまったものの大きさに打ちのめされる。


<サルーシャ? なんで今度は泣いているの>


気づかぬうちに涙が出ていたらしい、感情が限界を超えてしまったのだ。


<あ、こういう時はこうすればいいんだよね>


もう何も考えたくない、そう思い心を閉ざす直前、何かが耳に聞こえてきた。


「眠れ良い子よ、父さん明日には帰るだろ。

坊やにお土産沢山で、優しく抱きに帰るだろ。

眠れ良い子よ、母さん隣で歌うだろ。

坊やが寒くないように、優しく抱いてくれるだろ。

眠れ良い子よ、明日も良き日になるだろう」


ツクヨが歌っている、驚きのあまり涙が止まった。


<眠かったんでしょ? 眠るまで鳴らしておくから、寝ちゃっていいよ?>


頭を撫でるように風が吹いた、いや、ツクヨが撫でているのだ。


<大丈夫、大丈夫だよ。心配しなくても明日は来るよ、ゆっくりお休みね>


ああ、プルケさんがサティを寝かしつける時そのままじゃないか、対象の年齢が違うぞ。

そう思うが、今はこの心地よさに身を委ねていたい。

ゆっくり目を閉じて眠るとする。


「眠れ良い子よ……」


俺が眠るまで静かな歌と頭を撫でる優しい風は途切れることは無かった。

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