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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
11/30

誰にとっても望ましくない結末

しくじった、それだけが頭の中を占めている。

なんで逃げてしまったのか、なんで誤魔化そうともしなかったのか、騙すつもりなんてなかったはずだ、順序だてて説明すれば問題なかったのでは? これではやましいことがあると大事で叫んでいるようなものでは? 今からでも遅くない、戻って説明するべきじゃないのか? 将来的に旅をするために少しずつ物を溜めていてよかったあれらがあれば逃げてもすぐに飢えたりはしないはずだ、ずた袋は不恰好だし大きく作りすぎた奴だ持ってかない方がいい、ナイフを用意出来なかったのは痛恨事だ魔法で代用するしかないだろう、ウェルさん泣きそうだった、父さん母さんに悪い事したのでは、etcetc……。

幾つも不味い点が浮かんで消える、いずれもしくじったと言える事柄だ。


<ねえ! なんで逃げてるの!?>

(精霊に対しては即時抹殺が許されてるからだよ!)


口を開く余裕もないため心の中だけで怒鳴る。

ウェルさんは特に精霊に対して恐怖心を持っていた人だ、あのままあそこに留まっていたら斬られていたかもしれない。

あの場で死なない、そのための最善の行動は逃げる事だった。


<この後どうするの!?>

(わからん! とにかく逃げて命を守るのが最優先!)


いつまで逃げれば死なずに済むのか、そんな事はわからずとも今は逃げる事しか俺には選べなかった。



呆然として座り込むしか彼にはできなかった。

何故あんな風に答えてしまったのか、動揺を抑えてゆっくりと話そうとすれば彼も逃げなかったのでは? そうだ、彼の意思はしっかりとあるはずだ、なぜなら精霊に入れ替わられていれば精霊の魔力しか感知しない、あの音は生き物の中に精霊がいる場合に鳴る音なのだから。

自分はどうしようもなく失敗した、娘が精霊に狙われていたのかもしれないと思うあまり対応を間違えたのだ。

彼に憑いていたのならわざわざサティを狙う必要がない、他者から魔力を奪えるならばそもそも空気や水からの方が楽だからだ。憑依の対象がすでにあるのに他を探す意味などない、そんな事は馬鹿でも分かる。

つまり、ウェル・ドルスは自身の恐怖心と猜疑心に負けて致命的な失敗を犯したのだ。

その事実が肩に重くのしかかり彼の体を縛り付けていた。


「騎士ドルス! 状況を報告せよ!!」

「はっ!」


その怒声に反応できたのは真面目に訓練に励んでいたおかげだろう。


「精霊に関する新たな情報を見つけるため村民全員調査を行なっていたところ、精霊付きであると感知器が反応を示した子供を発見。感知音に付いて質問されたため答えたところ、子供は逃亡いたしました!」


思考停止状態のまま、今起きた事が口から出てくる。

自分が口にした事実が耳に入る、どこまで愚かなのか僕は、自身を縊り殺したい情動に駆られながらも隊長からの命令を待つ。


「……っ! お前は……! いや、どうこう言っている場合ではないな。貴様は兵達を集めておけ! 私は村人を落ち着かせた後、司祭殿とモルモン殿にご助力を願いにいく!」

「はっ」


命令に従い兵達を集めに行くため走り出した直後、隊長が声をかけた。


「騎士ドルス!」

「!? 隊長、他に何か!?」

「王国騎士として、王国人の常識として貴様の態度は間違っていない。気に病むなとは言わん、しかし引きずるな! わかったな?」


隊長の叱咤に背を伸ばし胸を張る。そう、彼の行動に大きな瑕疵はない、より良い選択があっただけで致命的な間違いがあったとはいいがたいのだ。


「はっ、ありがとうございます! 騎士ドルス、任務のため全力を尽くします」

「よろしい、兵を集めたらここに集合、指示のあるまで待機するように」


敬礼を返しウェル・ドルスは走り出す、その後ろ姿を見ながら隊長はため息をこぼした。


「これから大変になるぞ騎士ドルス、お前が重責に潰されんことを祈っているからな」


そうつぶやくと隊長は教会内へと急ぐ。司祭殿とモルモン婆、現在のこの村の責任者たちと話しを通すためにである。



旅に必要なものを隠しておいた場所まであっという間についた、ツクヨの魔法を惜しみなく使った結果だ。

かぶせておいた葉っぱや土をどけ、その下にあった包みを引っ張り出す。

包みは二重にしてあるから一つ目の包みを捨てれば土汚れとかは気にしなくていい、これだけ持ってとにかく安全な場所まで逃げなければ……。


<安全な場所ってどこ?>

(わからん! けど、ここにいても良くて実験動物、悪ければ即死刑だ!)


戸惑うツクヨを気遣うこともできず、怒鳴るように思念を叩きつける。

そんな風に余裕のない状態だから気づけなかったのだ。


<! サルーシャ!>


突然の突風に地面に這いつくばらされる俺、胸が詰まりツクヨの呼びかけに反応もできない。


「ずいぶんと用意がいいみたいだねえ、サルーシャ、の皮をかぶった精霊(ジン)は」


その声はよく聞く声だったはずだ。

だが、今は全く聞き覚えがないものにしか聞こえない。


「いや、違った、サルーシャと精霊だったねえ。そうじゃなきゃ鳴らない音だったそうなんだから」


普段の声はぶっきらぼうに聞こえてたんだが、あれでも優しい感情のこもった声だったんだなと理解する。


「詳しく説明してもらうよ、抵抗するってんなら怪我の一つや二つ覚悟しな? 精霊(ジン)相手に手加減できるほど、余裕はないからねえ」


言葉とともに押しつける空気の圧力が強くなる、掘り返したばかりの土に体が沈み込む。

このままでは不味い、上は完全に抑えられて何かする余地はない、ならばどうにかできる道は、


「下だ!」

「むっ?」


土の中というのは意外と生き物が存在している、主に虫などだがたまにモグラやアナグマとかだ。

木や草の根っこなんかもあるので魔法で操る対象としては選ばれにくい。


「でも、それ以外は操れないわけじゃないんだよなあ!」


幸いにもここのあたりは俺が物を埋めていた場所、つまり邪魔な生き物は多くないわけだ。

土を操り道を作って婆の操る空気から逃げる、と同時に土で壁を作り婆の視界を塞ぐ。


「そんなもんでどうにかなるとお思いかい!」


当然のごとく吹き飛ばされる土壁、けっこー厚く作ったはずなんだけどなあ!

だけど、欲しかったのはその壁を吹き飛ばすときの一瞬の隙、その間に俺はツクヨの魔法で大きく後ろへと跳ぶことができた。

魔法は射程を伸ばせばより多くの魔力を使う、つまりこれで距離という防壁を張れたわけだ。

そしてこの防壁を攻略するためには距離を詰めるしかないが、迂闊に動けばいい的になる。

慎重になってくれれば時間稼ぎができて……


「ガキが! お舐めじゃないよ!」


って、一気に詰めてきた!?

慌ててもう一度土壁を作ろうとする。しかし、後ろに退がった分掘り返した場所から遠ざかったわけで、土は思ったように動いてはくれない。

間に合わないと思った瞬間婆へと向かって火の玉が幾つも飛んでいく、空中で跳ぶ方向を変えて避けられたが接近されるのは避けられた形だ。


<サルーシャ! 油断しちゃダメ!>

「すまん、助かった」


咄嗟にツクヨが手伝ってくれなければ捕まっていた、考えていなかったわけではないがやっぱり俺は戦いのド素人で、


「ふん、一対一じゃなく二対一だったねえ。年を取りたくないもんだよ、数も数えらんなくなっちまった」


そして、目の前の人は城に呼び出されるほどの腕前を持つ魔法使いだ。

経験の差がこの後大きく響いてくるのは明白、ならば仕方ないだろう苦肉の策だがこれしかない。


(ツクヨ……)

<なに? 意識を外すと危ないよ〉

(お前が主になって戦ってくれ、出来そうだったら俺も援護する。逃げることを目的に、俺と婆になるべく怪我がないように頼む)

<わかった。でも肉の体を動かすのに慣れてないから避けきれないと思う。なるべく防ぐけど、避けられそうだったら避けてね>


回復魔法の開発は上手くいってはいないが、血を止めてかさぶたをできやすくするぐらいならやれる。

そちらに集中するためにも体の操作権を一部ツクヨに明け渡す、賭けではあるが命のやり取りですらほぼ素人の俺よりかはましのはずだ。

渡した途端腕が勝手に動き、指先から火の玉が飛び出した。

婆は操ってる風で地面に叩き落としたが、俺の魔法との違いに気づいたようだ。

舌打ちしながら憎々しげに睨んできた。


「精霊が表に出てきたかい、その前に処理したかったけどね。まあ構わないさ、あんたみたいな精霊退治は初めてじゃないんだよ!」


怒声とともに無数の風の刃が襲いかかる、無傷での制圧を諦めたらしい。

ツクヨも対抗して火柱を婆との間に上げ空気をかき乱す、あるものは柱にのまれあるものは乱された気流によって明後日の方へと跳ぶ。

その一回だけでツクヨの技量が高い事を理解したらしい、今はジッとこちらの出方を伺っている。

お互い少しでも多くの魔力を集めるため、対峙しながらも深く静かな呼吸を繰り返す。

こっからは俺らにとっては逃げる隙を探すための、あちらにとっては援軍が来るまで足止めする溜めの持久戦である。

ここは村から近いとも遠いとも言えない辺りの森の中、逃げるためには時間をかけているわけにはいかない。

しかし婆が健在では逃げるのも不可能、魔力をある程度消耗させなければあっさり追いつかれるのがオチだ。


(時間は俺らの敵って状況だぞ、睨み合いだけで大丈夫なのか?)

<今どうにかするための魔法を練ってる最中なの、サルーシャは邪魔しないで>


焦れてツクヨをせっつくが大人しくしてろと言われてしまった、なので大人しく呼吸に集中し少しでも多くの魔力を集めていく。

睨み合いは短くも長くも感じたが、先に動いたのは婆の方であった。

操る風が渦巻き始めたと思うとたちまち大きな竜巻へと変わっていく、それも一つではなく三つも同時にだ。

これにはツクヨも仰天したようで練っていた魔法を変更、慌てて氷の壁を生み出した。


(おい! これだけで防げるのかよ!?)

<多分無理! なるべく壁を維持するけど反撃はお願いね!>

(反撃って、風で全部吹き飛ばされておしまいだろ!)

<その辺はそっちでどうにかして! こっちも余裕ないの!>


氷の壁が風に削られる音が響く中、どうすればこのピンチを切り抜けられるか必死になって頭を回す。

竜巻の勢いは凄まじく壁もいつまで持つかわからない、婆だってこれほどの大魔法をいつまでも維持できないはずだ、我慢比べで婆に勝てるのか? ツクヨが頑張ってくれているが時間の問題でしかないぞ、壁が崩れてしまえば……


(死……!)


竜巻にのまれボロ雑巾のようにバラバラになる姿を想像してしまい、より焦る、焦る、焦る! 何かないか何かないかと忙しなく動き続ける目、耳、鼻、五感の全てを使って何かないかと探し続ける。

氷の壁の向こう、ふと目に止まった物があった。

それは俺が旅のために用意していたずた袋、風の中で翻弄されて最早原型をとどめていない。

そんな物を見た所で何か思いつくわけが……


(下だ! 地中は風の影響が少ない!)


さっきもやっていた土操作を思いついた瞬間、地に手をつけ全力でもって魔法を行使する。

イメージすべきは前世で見たもの、何かを操るタイプの能力者が出るなら一作に一回はやっていそうな()()

発動地点を婆の辺りに決めて魔力を無我夢中でできる限りぶち込んだ。

ドシュッと重い音が聞こえた気がした。


<なにしたの!?>

(地面から杭を生やした! 悪いんだけど魔力はこれですっからかんだ!)

<私も殆ど残らないよ、これ! この後どうするの!>

(手ごたえはあったから傷はあるはずだ! こっちを追えない程度には消耗してるだろうし、後は走って逃げるぞ!)


怪我をしてしまえばこの竜巻ももう長く維持できないはず、そうすれば俺らの勝ちだ。

そう思いながら壁を必死で維持するツクヨを応援するが、なかなか竜巻は消えなかった。


<なんでこんな大魔法を長時間維持できるのぉ! もう保たないよお!>

(頑張ってくれ! まだ威力が残ってる、ここで壁が消えたら俺らボロ雑巾になるぞ!)


段々とツクヨの魔力も心許無くなり始め、俺もツクヨも焦燥心でパニックになりかけた頃、唐突に竜巻は消え去った。


<と、止まった? 止まった、よね?〉

(風の音も、氷が削れる音も、しないな)


あちらも魔力が尽きたのだろう、そう思いツクヨは壁を維持していた魔法をやめた。

もはや触るだけで崩れそうなほどに削られていた壁は魔力の供給をやめただけであっさりと崩れ去り、その先にあった光景を俺たちの前にあらわにした。

そこは竜巻で根こそぎ吹き飛ばされて荒涼とした風景を見せる元森であった場所と、


「嘘、だろ?」


土の杭によって胸の真ん中を貫かれながらも倒れず、事切れた今でもこちらをにらみつける婆の姿だった。

婆の体からふわりと何かが抜け出る、それは少し婆の周りを漂うと一部が俺の中へと入り込んだ。


<最後の最後まで振り絞ったからあれだけ長時間維持できてたんだ、おかげで増える魔力もこのクラスの魔力容量持ちにしては最低限になっちゃったね〉


生き物が死ぬとそこにあった魔力は周囲の生き物に吸収される、魔力の性質としてそういうものがあった。

つまり、だ、婆は今死んだ、原因はその胸を貫く土の杭だろう。


「あ、あああ……」


そして、その杭は俺の魔法で作ったもので


「違う、そんな、つもりじゃ」


だから、()()()()()()()()()


「嘘だー-!!!!」


現実を受け入れられない俺には叫ぶことしかできなかった。

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