表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
10/30

過ちを犯す

それは必然の流れだった。

彼がやったこと、それに対する周囲の行動、その流れを考えれば当然の帰結であった。


「ドルス様、例の物ようやく届くそうですぞ」

「おお! とうとうこの村にも! これで村の安全をより守りやすくなりますね!」

「ええ、今度の物は範囲も感度も以前の物とは比べ物にならないほどと聞いておりますからな、万一の事態でも致命的になる前に対処できるようになるでしょう」

「そうですね、起きてしまえばこの村だけでなく王国全体に関わる大事になる事柄です、なんとしても阻止しなければなりません」

「しかし、これほど早く届くとは言ってもいませんでしたな」

「森への立ち入り禁止も多くなっております、最新式の物を置いておく必要があると教会も組合も判断したのでしょう」

「ドルス様の働きかけもございましたからな。御息女の魔力の件はやはり精霊が?」

「わかりません。わかりませんが、あの子が生まれる少し前から精霊騒ぎが多かったのは事実です」

「此度の措置で落ち着くと良いのですが……」

「僕もそう願っております、この村は僕にとっても大事な故郷となる場所ですから」


人は自分の常識に従って物事を判断する。

自身が全てを知っているわけではないと理解していてもなお、他者の考え、行動、善悪を己の価値観の下で勝手に判断するのだ。

しかし、それを責めることは誰にもできない。

命が、それも自分だけでなく守るべき者の命もかかっている状況で、それら全てが失われる可能性がある方に賭ける者は普通なら愚か者と呼ばれるからだ。



無事治療完了しました、サティちゃん今後も生きていけそうです。

あれから二回も侵入する羽目になったけど、誰にも気づかれることはなかったし痕跡も上手く消せたので問題なし。

懸念であったあの子の体内に残る魔力の残滓も、すでに一年が経過した今では発覚の可能性はゼロ。

ドルス家も明るさを取り戻し関係者一同胸をなでおろしているところ、村の、ひいては俺の将来も明るいといえよう。

ドルス家との関係も良好なものに戻ったしな、おかげで高価な本も一々許可を取らずとも読ませてもらえている。

教養や礼法などの習熟は他の子どもたちより一歩も二歩も先に進んでいる、ウェルさんに教材を色々貸してもらったおかげである。

魔法技術に関しては大人を含めても婆以外に上回る人はゼロ、まあ婆以外に魔法専攻の大人村に来たことないけど。

狩りや農業はさすがに俺より上手な奴の方が多いがそれでもできないわけではない、狩った獲物の処理とかも教わったのでこっそりと進めている旅の準備も順調だ。

ツクヨとの相互理解も進んでいる……はずだ、質問されることも減ったしなんでそれ言わなかったのみたいなことも少なくなっている、と思う。

自信がなさげなのは勘弁してほしい、精霊と人の違いが多いことはわかっているが全て分かっているわけではないので今どれくらいか分からないのだ。

おそらく、今すぐに人になっても日常生活に支障をきたすほどではないとは思う。

使える魔法の種類はぐんぐんと増えていて出来ないことを探す方が早いぐらいだ、精霊の魔力操作技術をちょっと舐めてた、どんな無茶ぶりでもあっさりとこなしやがるこいつ。

総じて極めて順調といえる、このままいけば将来の展望も明るいものであるといえよう。

まだ八歳にもなっていないが何をしたいか、何をしなければいけないか、目的を軽く見直しておくか。


<一番は私をヒトにしてくれるヒト探しだよね〉

「だな、まあ嫁探しに近いな。俺とツクヨを信頼してツクヨを自分の子どもとして受け入れてくれるなら、他の夫婦でもいいんだけどな」


まず間違いなく無理だろう、精霊のやらかしは絵本にもたくさん載ってたし、おとぎ話の悪役として引っ張りだこだ。

ウェルさんちの書斎で読ませてもらったけどいくつもの種が滅んだ原因って、ちょっとはしゃぎすぎじゃないです?


<そう予想されてるって書かれてただけじゃない、精霊(ジン)の仕業と断定はされてなかったでしょ>

「その説が一番有力視されてるのは事実だけどな、それに交戦記録はあるっぽいし」


言葉を濁されたが婆もウェルさんも知ってるっぽい、交戦者が開祖のアークであろうということまでは二人の言葉の端々から類推できる。

……アークって人多分転移者なんだよな、いくつかのエピソードからの推測だけど。

例えば金属の製造についてなんだが、最初は精製純度をとにかく上げさせて、次はいろんな成分を細かく記録をつけながら混ぜ合わせるのを提案していたり、金属の強度に剛性と靭性という言葉をもってきたのもこの人だ。

数学知識もこの人が基礎を作り上げたようだし、でもsin(サイン)cos(コサイン)tan(タンジェント)はわかりやすすぎるだろ。他の言葉がしっくりこなかったんだろうけどさ、もうちょっと現地の言葉を考慮すべきだったのでは?

一番重視すべきなのは教育であると事あるごとに言っていたらしい、自分がわかることが周りは理解できていないという事態が多かったんだろうな。

世界が丸いという知識も今でこそ常識だがアークのいた時代では理解されなかったらしいし、平面であると主張する人達には水平線の丸みを見せることで納得させたそうだ。

浮くという感覚が理解できず飛ぶときはまるで矢のようにすっ飛んでいくしかできなかった、というのは珍しいアークの苦手分野として伝わっている。正直分かる、俺もすっ飛ぶのは飛行機を想像すればいいけど、浮くのは風船のイメージが強くって自在に動くのができないもん。

極めつけは太陽と名付けられた魔法だろう。

精霊(ジン)と並ぶ三大生物災害の一つ竜、それの退治に使われた魔法らしいのだがその描写がこんな感じである。

『地上にもう一つの太陽が生まれたかのごとき光は遠く離れた我々の目をも焼かんとする凄まじき輝きであり、その後地の揺れは世界の終焉が訪れたとすら思えるものであった』

この文の後、アークが戻るまで避難した人達の心理描写があって戦場の描写が、

『そこには何もなかった、いや、在ると表現できるものはある、巨大で何よりも深い穴だけがそこにあった』

どうにもこの時のアークは上下に結界を敷き忘れていたらしく、上下にだけ爆発の威力が向かってしまったようだ。

つまり銃とかと同じ理屈だな。すさまじい勢いで膨張する空気に押させてものすごい勢いで銃弾を飛ばし、その銃弾で地上には大穴が開いたってわけだ。この場合の銃弾は竜の肉体だけどな……。

この魔法の詳しい説明はあまりされず、代わりに禁止事項としてこの言葉が残された。

『物質のエネルギーへの変換を禁ず』

勘のいいひとならばわかったかもしれないが、何が起きたかわからない人もいそうなので説明しよう。

()()()鹿()()E()()m()c()()2()()()()()()()()()()()()()()()()

それを知った時こいつが開祖のラテベア教とは距離を置こう、そう心に決めた俺は悪くないと思う。

この世界でかなり大きく広まってるみたいだけど、将来はこの宗教の影響が少ないところでツクヨを人に産んでくれる人を探そう。


<そういえば今日は教会に集まる日じゃなかった?>

「悪い人達じゃないってわかっているけど、あまり行きたくないんだよなあ」


とは言っても村全員が集まるように言われてるのでさすがにサボれない、大人しく向かうとしよう。



教会の前ではウェルさんの指示の下、訪れた村のみんながなにやら大きな鐘のついた器具に触れていた。


「こんにちはウェルさん、あれってなんですか?」

「こんにちはサルーシャ君、あれは新しい魔力感知器だよ。以前の物より詳しく調べる事ができて、魔力の痕跡に触れたケースでも反応してくれるらしい」


挨拶と合わせて訊ねればそういう答えが返ってきた。


(それだと確実に鳴るなあ、どうっすかな)

<鳴ってるヒトもいるし、大丈夫じゃないかなあ>

(どこで遊んでたのかって聞かれたら面倒なんだよなあ)

<誤魔化す必要もないでしょ、素直にいた場所を答えればいいんじゃない?>

(ま、そうだな。森の奥に行った時も実際あったし、正直に答えりゃいいだけか)


一々結界張るのも面倒だと思う時だってあったのだ、森の奥でやってればその場面を見られない限りいくらでも言い逃れできるし。

だから気負いもせず触れて、音が鳴った時も気にしなかった。

そして、不味いと思ったのはウェルさんの方へと振り返った時。

信じられないという表情のウェルさんを見てようやく気づいたのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「えっと、ウェルさん? 顔が怖いんですけど、今の音って何か不味かったり?」


引き攣りそうになる顔を必死になって抑えつけ、なるべく素知らぬ風を装い聞いてみる。


「……鳴る音は感知した濃度によって違うと聞いているよ。残滓に触れた者程度なら低い音が、精霊自身の痕跡を感知した場合もう少し高い音が鳴り、近くに精霊がいる場合にはもう一段高い音が鳴るそうだ」


答えるウェルさんだが、顔は強張り声は震えている。

そこにどんな感情が込められているのか、俺にはわからない。


「出せる音の種類にも限界がある、だから区別するのも最低限だと説明された」


いつのまにか彼の手が、俺の肩にかけられている。


「おそらく必要はないだろうと言われたけれど、最悪を考えると設定せざるを得なかったらしい」


話しが進むたびその手に力が入っていく、震えながらも逃がすわけにはいかないという使命感からか。


「生き物の中に精霊の魔力そのものを感知した時だと」


その言葉が発された瞬間、俺は何もかもを振り切って逃げ出していた。

評価、感想いただくと大変喜びますのでお時間ございましたらぜひお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ