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猿、月に手を伸ばす  作者: delin
序章
1/30

伸ばした先は

それは遠い未来の話。


天幕の中に慌てて報告にくる兵士が一人、相当焦っているらしく天幕前の警備兵を無視して飛び込んできた。


「将軍、敵軍を発見いたしました!」

「そうか。で、数は?」


人間同士の戦に慣れているわけではないが、訓練をしっかりと受けた兵がここまで慌てるのは尋常ではない。

それでも指揮官たる者、兵に不安を抱かせてはならないと冷静に報告するよう促す。

しかし、その冷静の仮面はあっさり砕けた。


「はっ、およそ五千。当方の十倍はいるかと!」

「「「なっ!!」」」

「……何を考えているのだ、奴等は!」

「ここは奴等の本拠地から遠いのでは? 大災害が起きても本拠地に影響はない、そうタカを括っているのかもしれません」

「残念だがそれはない、この盆地から一番近いのは間違いなく奴等の本拠地だ」

「つまり、起きたとして被害無く鎮める自信があると?」

「間違い無くな。人の命を盾にするような真似をしおって、あの忌まわしい精霊付きめ!」


この部隊を指揮する将軍はそう吐き捨て遠くの空を睨みつける。

人類の常識を嘲笑い外法を突き進む男、歴史にも類を見ないほどの人類社会に衝撃を与えた者。


「貴様の思惑通りにはいかせん、必ずやその野望を打ち砕いてやる!」


現在の社会秩序に手袋をぶつけた者、その名は、


「精霊付きサルーシャ!」


これは愚かな男の未来のお話。



___________________________________________




なんというか、うん、ありふれた展開だな。

お話の中ではという条件が付くが。


どうやら俺は転生したらしい。



目が覚めたら、そこは知らない場所でした。



目が覚める前の最後の記憶は確か、近所の飲み屋でしこたま飲んで、金を払い終わって帰ろうとしたところだな。

そして、ふらふらしながら川を見たらそれはそれは大きくきれいな満月が映ってて、あれ欲しいなーなんて思って……どうやら死因「酒に酔って川に転落、溺死」のようだな。


あ、あほだ……水面に映る月に手を伸ばして溺死ってどこのサルだよ、知られたら死ぬほど(死んだんだけど)馬鹿にされるな。

まあ、何で川に落ちたかまではばれないからその点は大丈夫だろうが。


で、今目の前には喜びだか誇らしさだかで、くしゃくしゃな顔をした二十前半ぐらいの青年や、汗だくで温かい目をしてる四十から五十ぐらいのおばさんが、どーみても現代じゃ見かけない中世風の服装でしゃべっているわけで、何より自分がいまそのおばさんに抱えられているわけで。

どう考えても赤ん坊になっています。本当にありがとうございます。


ついさっきまで暗くて狭いところでいたもんだから、いきなり明るいところに出たんでびっくりして声を上げたんだが、ぜんぜんうまくしゃべれなくて、出てくる言葉が「おぎゃあ、おぎゃあ!」だもんな、びっくりしたわ。

まあ、おかげで変な赤ん坊には見られてないみたいだから良しとしよう。


「ありがとうなレティーシャ、元気な俺たちの子供を生んでくれて」

「サルバンこそ産むまでの間ずっと手を握っててくれてありがとう。とっても心強かったわ。……手、痛くない?」

「このぐらい、お前の痛みに比べたらどうってことないさ。本当にありがとうな」

「サルバン……」

「レティーシャ……」

「はいはい、いちゃつくのもいいけど早くこの子に名前をつけてあげな!」


いきなり、今生での両親のラブシーンを見せ付けられそうになりました。

前世では魔法使い通り越して妖精になってしまった自分にはきつかとです。おばさんグッジョブ!


「ほら、早く抱いて上げな!今日から親父になるんだからね!しっかりしなよ!」

「すみませんモーラさん。……ほーら始めまして、俺がお前のおとうさんだ」


ゆっくりととても大切そうに俺を受け取った今生での親父さんは、俺の両脇を抱えて持ち上げるとやさしい声で新たな俺の名を告げた。


「お前の名前は俺たちから半分ずつとってサルーシャ。元気に育ってくれよ」


ちなみに、ここまでの会話は実はさっぱりわかっていなくて聞き取れたのが名前の部分のみなのだ。

なのでそのときこんなことを思ってしまった俺を許して欲しい。


だれが猿か!!


これが猿山門司40歳改めサルーシャ0歳の始まりの日です……。



生まれてから4年半がたちました。

言葉って一年間毎日聞いてれば覚えるものですね、今じゃあ普通に会話ができます。

まだまだ舌っ足らずな部分もあるのですが、大人の人たちにびっくりされるぐらいしゃべれてます。

村はだいぶ豊かなところらしくあまりお腹をすかせたことはありません、なのですくすくと成長中です。


「こらー! まちなさーい!」


かれこれ十分近く、母から逃げ続けられるぐらいには成長しております。


「レティーシャちゃん、今日はサル坊なにしたのー」

「火打ち石を持ち出そうとしてたのーーー!」

「がんばって捕まえなよー」

「ありがとー!」


後ろで母が田んぼの手入れ中のおばさんと話してましたが、今回は持ち出そうとしたわけではありません。

……ええ、今回は。


「火打石は危ないから外に持ってこうとしちゃだめって、この間もいったでしょー!」


持ち出そうとしたのではなく使い方を知ろうとしただけです。

そのために触っていたところを母に見つかり今に至るというわけです。

もうすぐ森で入ってしまえば逃げ切れる……ところで体をひょいと持ち上げられた。

この感じ、今世ではもう慣れ親しんだ体温は……、


「こーら、レティーシャ母さんを困らせちゃダメだっていつも言っているだろ」


やっぱり父さんだ、頼もしい我が家の大黒柱の登場である。


「サルバン、ありがとう。もう、火は危ないってこの間も言ったのに!」


捕まってしまったし悪いとも思っているので、ここは素直に謝ることにする。


「ごめんなさい」


ここで心のそこからすまなそうにするのがポイントなのです。

そうすれば、


「母さんもその辺にしといてあげなよ。大分反省しているみたいだしさ」

「もう、父さんはいつもサルーシャに甘いんだから」


このように許してもらえるってわけです。


「……だけどサルーシャ、今朝言った事は忘れてたね」


はて? 今朝言われた事?

記憶をさらってみると、確か朝食中に何か言われたような……


「あ」

「思い出してくれたかな、数日は森に入らないようにって言った事」


この村では度々こういうことがある。

大体月に1~2回程度だろうか、一日から数日にかけて森に入らないように言われるのだ。

なぜかはまだ知らないが、大人は全員知っているようなのでそのうち教えてもらえるだろう。

それより今は……


「あうあうあうぅぅ」

「ダメって言われたときは森には絶対に入らない! しっかり覚えておきなさい!」


父さんからのしつけの拳骨の痛みに耐えるのが先である。



この村は生まれる前までに想像していた中世風ファンタジーの村とはかなり違う。

具体例の一つは文字の読み書き計算を子供に教える青空学校みたいな場所があることだ。

計算速度では一番になれたが、文字の読み書きが遅くて毎回一番最後です。

一番最後だが幼稚園の読み聞かせレベルだからまだ落ちこぼれじゃない。

それはまあ、慣れればどうにかなりそうな気がするのでいいのだが、


「それじゃあ、魔力を感じるための瞑想を始めるよ」


これが本当にダメ!

体の中の魔力ってなに? 動かせって言われても全く分かんないんだけど!?

教師のモルモン婆! 全く分かりません!!


「サルーシャ、あんた全く魔力動いてないよ。いいから目を閉じて体の中にある熱いものを感じるんだよ」


体内の熱いものって血液か内臓じゃねえの? 


「まあたさっぱりわからないって顔してんじゃないよ。今あんたの周りに魔力を流してやってるだろ、それと同じもんを自分の中で見つけりゃいいのさ」

「感じられる気温は全く変化ないのですが」

「おしゃべりする暇あったらとっとと目を閉じて自分の中に集中しな! 後、外の魔力が熱くないのなんて当たり前だろ!」


口開かないと疑問点聞けないじゃんと思いながら、叩かれた頭の痛みから気をそらすべく自分のへそあたりに意識を持っていく。


「いいかい、あんたと同じように習ってた連中はみんなもう次に進んでるんだからね。さっさと魔力を感じられるようにするんだよ」


この授業かれこれもう半年ほど続いていますが瞑想しているのすでに自分だけになっています。

早い子なんて3日目にはできていたし、一番遅い子でも一か月前には次に進んでます。


「はぁ……、あたしは他の子の面倒を見てくるから、魔力を感じられるか時間になるまで瞑想してな」


そう言ってモルモン婆はいってしまった。

もちろん残された俺はそのままで、結局今日も時間になっても魔力とやらはわからないままであった……。



「てなわけで、今日もさっぱりわかんなかったんだよ」


夕飯が終わった後の団欒の時間の中で思わずそう愚痴る。

というか四歳児に勉強詰め込むか? 勉強させるならもう少し育ってからだと思うんだが……


「それは仕方ないよ、サルーシャは村で一番年下だからね。むしろ計算が一番な事を自慢していいんだよ?」

「それはそれ、できないってのが悔しいの」

「意地っ張りねえ、誰に似たのかしら?」

「それはレティ……いや、そこはどうでもいいよね、うん。

いいかいサルーシャ、先ずはモルモンさんが教えてくれた事を思い返してごらん?」

「ああ、最初に習った奴?」

「そうそう、一番大事なのは最初に言ってあるらしいから、よく思い出すといいよ」


一番最初に言ってたことかあ、確かこの世界では全ての物に魔力が宿っている、だっけ。

自分の中にある魔力も外にある魔力も同じもの、だからどちらかでも感じ取れればいい。

なので考えすぎずに感じろ、だったかな? いや、何か一番重要だとか言ってた事無かったっけ?

覚えてないけど、感じられない原因と関係あったっけ?

うん、覚えてないけど多分ないな! あったら何回も言うだろ、多分。つまり関係ないという事だ。


「いや、だからその感じ取る方法が知りたいんだよ父さん。父さん母さんはどうやって感じ取ったのさ」


そういうと困ったように顔を見合わせる両親。

どうしようか? どうしようかしらね? なんて目で会話してないでどうやって感じとったか教えてほしい。


「サルーシャなら大丈夫かなあ……。いいかい? これを聞いても大人達を馬鹿にしちゃダメだし、うっかり遊び仲間に喋ってもダメだからね?」


少し真剣味を増し気味にして話す父に姿勢を正す、なにか重要な事を伝えるつもりのようだ。


「実はだね、村の大人達は、みんな魔力を感じれないんだ」

「え?」


ちょっと? どういうことですか?


「魔法を使うには訓練が必要なんだ、これは分かるね?」


そりゃそうじゃなきゃ訓練を受けさせたりはしないだろう。

って、つまりはそういう事?


「この村ができてまだ十年ぐらいだからなあ、御領主様の命令で子供に勉強させるのだってこの村ができてからだ。

つまり、他から来た父さん達は読み書きも魔法もできない訳だ」


はっはっはとアメリカンに笑う父に、いや笑うこっちゃないだろうというツッコミをするのを堪えるのにいっぱいいっぱいな自分であった。

後、読み書きだけは覚えるようにと村長から通達はされてたらしく、気づいたら読み書きはできるようになってた両親である。



今日は週一度の休息日、村の皆揃って教会に来ております。

なんでもこの教えの開祖が休みを入れた方が良いからと、7日に一度は休みと決めたそうな。

他にも色々とやった人みたいで、今もその人のエピソードを他の子供達と一緒に聞かされている。


「それはそれは大きな大きな津波でした、まるで山が迫りくるような水の壁を見た人々は思わずその場にへたり込んでしまいます。

そんな人々を守るためアーク様はその力をふるわれました。

アーク様が地に手をつき『壁よあれ』と言われると、みるみるうちに大きな大きな壁が伸び上がっていきます。

見上げるほどの大きさになった壁は見事に津波を押しとどめ、そうして漁村の人々は救われたのです」


周りの子供達から歓声が上がる、スッゲーだとか、さすがアーク様だとか口々に言うみんなとは違い自分にはちょっと疑問が浮かぶ。


「シスター、質問です」

「はい、なんですかサルーシャ君」

「壁だけで津波って防げるんですか? 川に石を置いても水が横や上を越してくだけで止められないんですけど」


我ながら可愛くないガキだと思うがそんなにうまくいくもんなのか、話を盛りすぎじゃないのかって思ってしまったんだから仕方ない。

そんなこまっしゃくれた態度をとるガキに対してもシスターは優しく対応してくれた。


「いい質問ですね、けれど続きの中にその答えがありますのでちょっと待ってくださいね。

そうして救われた漁村でしたが海の様子が一変している事に人々は気づきます。

『アーク様、海の色が変わっております。先程までは水底が見えていたのに、今では見通せぬほどに深い蒼に染まっております』

『皆を救うため、壁を生み出すのに海底の下の土を動かしたからだ。また、押し寄せる水を受け止める場所も必要であった。故に水底は深く遠くなっている、皆の暮らしは変わらざるを得ないだろう』

その言葉通り漁村の人達の生活はその日から随分と様変わりしてしまいました。

海へ出て魚を獲る生活から様々な場所から人が集まる港町へと変わっていったのです。

初めは変わってしまった生活に戸惑っていた人々でしたが皆の頑張りとアーク様達の手助けによって豊かな生活を送れるようになったのでした。

また、この時の御経験からアーク様は災害に備える事の大切さをよく説かれるようになったそうです」


それでこのお話が終わったのだろう、手元の本を閉じるシスター。


「ちなみにこの港町は今も存在していて、このお話通り深い蒼の海は素晴らしい景色だそうですよ」


周辺地形丸ごと変えられるほどの力があるのか、魔法には。

うーん、魔力を感じ取れなくてもいいかなって思った時もあるけど……やっぱり頑張って覚えよう。


「頭良さげな事言うけどサルーシャってけっこーバカだよな」

「ホントホント」

「こら! お友達を馬鹿にしちゃいけません!」

「「わー、シスターが怒ったー。にっげろー」


うん、魔力を感じ取れない事でバカにされるのが悔しいという訳ではない。

……ホントだよ?



この世の中の物全てには魔力が宿っている、しかしその量は一定ではない。

例外はあるようだが大体、大型動物>>小型動物>>大型植物>>小型植物>>虫>>無生物>>空気の順で内包魔力量が多いらしい。

だから里によっては馬や牛に乗っけて魔力を感じる訓練をする所もあるとはモルモン婆の言。

まあこの村では馬や牛をそんな事に使うほど余裕はない、豊かな村ではあるが子供一人のためだけに大事な労働力を独占させられる訳はないって事である。

なので自分は考えました、馬や牛の代わりが在ればいいじゃないと。

植物にも虫にも魔力あるんなら代役いけると思ったので、俺は森の中にいます。

教師役のモルモン婆はお偉いさんのところに現状の報告だとかで村にいない、なので苦肉の策ってやつである。

なに、この頃は森に入っちゃいけないとは言われていないし、暗くなる前に帰ればなんの問題もないだろう。

という訳で寝っ転がって自分の内側に意識向けまーす。

ただの昼寝と化す気しかしないけどな!



案の定眠っていたようで、ようやく目覚めた時一番に感じたのは閉じた瞼越しの光だった。

まさか朝まで寝ていた訳はないだろうと思い、目をゆっくりと開ける。


<あ、動いた>


そこにあったのは丸い月、キラキラと輝く大きなお月様。


<ねえねえ、貴方はヒトだよね? お願いがあるんだけど……>


無意識のうちにそれに手を伸ばし、


<あ、受け入れてくれるんだ。よかった>


伸ばした手から自分の中にそれは入り込んできた。

……呆れられるだろうが、その時自分はこう思ったんだ。


『俺は月をこの手にできたんだ』


厄介極まりない寄生生物に寄生されたくせに、この上ない満足感と達成感に包まれていたのだから度し難い。

だって仕方ないだろう? 夢で魔力を最初に習ったことを思い出していたんだから。

魔力とは『望みをかなえるための力』だっていう事を……。


評価、感想いただくと大変喜びますのでお時間ございましたらぜひお願いしたいです。

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