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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
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早苗との感覚共有

「早苗ッ!早苗!頼む!起きてくれ!」

 早苗は目元をこすり、とろんとした目をゆっくりと開ける。

 完全に目が開くと瞬時に状況を理解したのか、焦って起立して、俺に深々と頭を下げる。

「す、すいませんでした!任務前の大事な時間に眠りこけてしまって!」

「そんなことはいい。それよりも頼みがある。今からもう一度だけ第七能力を使うことってできるか?」

 華奢な両肩に手を乗せ、見つめ問う。

「は、はい!寝させていただいたので、ある程度回復しました。やれます。それと悠理さん。今はどういった状況なのですか……?」

 早苗の第七能力(セブンス)を使える。その言質をとれただけで十分だ。

 俺はまくしたてるように言葉を続ける。

「どういった状況かは落ち着いたら必ず話す。いいか、早苗。今から言う条件で索敵してくれ」

感覚共有(リンク)しますか?」

「驚いたな早苗、お前もう感覚共有するレベルまで第七能力が使いこなせているのか。助かるよ、頼む」

 早苗は頬を少し染めながら恥ずかしがるように軽く広げた小さい手をこちらに差し出してくる。

 俺は首をかしげる。どういう意味だ?

「早苗……何か欲しいものでもあるのか?」

 途端、早苗の顔が先ほどとは違うテイストでみるみる赤くなっていく。

 年相応に地面をジタバタさせながら、怒気を含んだ声で言う。

「手ですよ!手!私の第七能力の感覚共有にはお互いに触れ合う必要があるんです!どうして察せられないんですか!清羅さんはもっとスマートにこなしてくれましたよ!」

 さっきはあんなに簡単に握ったのに、と言いつつ、地面を踏みつけて怒り狂っている。

 俺は見たことのない早苗の豹変ぶりに気圧されてしまった。

 嫌だなぁ、こんな所で彼女いない歴イコール年齢の童貞中学三年生の弱点を的確に突かれるとは。きっと、メンタルの摩耗がゲージで見えたなら爽快なサウンドとで大幅に減少していたことだろう。

「わ、わるかったって……」

 ズボンで手を拭いた後に早苗の手を握る。

「まったく……次はありませんからね!」 

 そう言って、握った手を何度も感触を確かめるように握り返してくる。

 心なしか、さっきより上機嫌なようにも見えるが、言葉にするのはよそう。口は災いの元だ。

「ありがとう、条件を伝えるよ。心拍が速く、体温も高くて、高速で移動している人をサーチして欲しい。体温は……そうだなぁ……具体的に三十七度五分を越えている者に限定していい」 

 俺の言葉に頷くと早苗は目を閉じ深く息をして、精神を集中させた。

 そして第七能力を行使したまま、立っているのも辛いだろうと思い、近くのベンチの埃を払って二人で腰かけた。

 翡翠の欠片のような、小さな光芒が早苗と俺の周りをゆっくりと浮遊し、廻り始めた。

 幻想的なその光景に俺は一瞬ここが廃デパートの屋上の小さな遊園地であることをすっかり忘れそうになる。

 最近、ゲームをしたからか、俺には第七能力を行使する早苗はさながらファンタジー世界の森にでも出てきそうなエルフを彷彿させた。

「悠理さん何考えてます? 早く目を閉じて私と同調して下さい」

 いけない、余りにも現実離れした光景に目を奪われていた。

 目を閉じて、体内を流れる光子の周波数を早苗と同調させる。

「あ、ああ。、始めてくれ」

 数秒後、握っていた早苗の手の感触が無くなると同時に、俺の真っ白だった脳内に二種類の映像が流れ込んできた。

 仮想現実のようなものだと思った。本当の身体は廃デパートの屋上のベンチにもたれているというのに、身体が宙に浮かんで街を俯瞰しているような感覚だ。

「悠理さん、聴こえますか?今、おっしゃった条件にヒットする二種類の映像が視えていると思います。どちらにフォーカスしますか?」

 インカムとはまた違う鼓膜に直接語りかけてくるような声。

 早苗の第七能力の感覚共有は俺の中での視え方、聴こえ方とはやっぱり違うな。

「犬とランニングしているおっさんはいい。それよりも茶色い鳥の面をかぶってる怪しさマックスな全力疾走野郎にフォーカスしてくれ」

 言い終えた瞬間に映像が切り替わる。鳥仮面(仮称)は無駄のない動きでなおも走り続ける。面を付けライダースジャケットを着ている。結構なスピードで走っているにも関わらず、まるでスピードが落ちない。背丈は俺よりも高いが、仮面の他に夏にも関わらず、ニット帽をかぶっているため、髪型や髪色も判断できない。

 しばらく、相手を観察していると、急ブレーキをかけて、ゆっくりとだが、こちらに振り向いた。早苗の第七能力の視界の中だが、完全に視認されたように感じる。

 仮面のせいで表情は無論、確認できないが、宙に浮いている感覚の俺に悪寒が走る。

 こいつ、笑った……?

「早苗、まずい。視認されたかもしれない。俺の勘違いだったら、すまないが、感覚共有を一回切る。ある程度の場所と人物は把握できた。ここからは一人で向かうよ」

「――ッ!視認、ですか?初めての経験です。分かりました。一度、切ります」

 身体に重力と体温が戻った。早苗との五感の感じ方のズレから少し目の前がクラクラする。

「悠理さんは私の第七能力にあまり酔わないんですね。清羅さんは一分も持たずにギブでしたよ。やっぱり、歳が近いからでしょうか?それとも相性が良かったりして……?」

 自分の第七能力が役に立ったのが嬉しいのか、身体をくねらさせて落ち着かない早苗。    

 短い時間であれど、一度眠ったからか顔色が良い。

「いや、軽くではあるけど酔ってはいるよ。それと歳とか相性とかのことは清羅さんには言うなよ。お前のこと大好きだから気にするぞ」

 俺は隣でしっかり自分の仕事をこなした早苗に優しく言葉をかける。

 クラクラが治まってきて、ベンチを立った。

「俺は早苗が第七能力で見せてくれた鳥仮面を追うよ。反重力(アンチグラビティ)を使って奴を追う。早苗は隊長達と合流して、指示を仰いでくれ」

 早苗も俺に続いて勢い良く立ち上がる。

「駄目です! 私も同行します。今日の悠理さんのペアは私なんですから、一人で行かせるわけにはいきません。悠理さんの実力は先ほど拝見させていただいたので、心配とかはありません! けど――」

「いや、それでもここから先は俺一人で行くよ。もし戦闘になったら、早苗を守りながら戦う自信だってないし、何より早苗……お前、反重力慣れてないだろ?」

 身体を一瞬、びくつかせたと思いきや、さっきまでの勢いは何処へやら、彼女は口ごもって俯く。

「今回は緊急事態なんだ、分かってくれ。お前を足手まといや迷惑だなんて思ってないよ。ただ、今日に限っては隊長達と俺の無事をナワバリで祈っててくれ」

「はい……」

 不甲斐ない自分が悔しいのだろう。

 半分は俺のせいとは言え、眠りこけてしまったし、まだ反重力にも慣れていないから、高速移動にも大きな支障が出る。

 それでも、自分の中の色々な感情を押し殺して「はい」と返事をするのは流石早苗といったところだ。とても十二歳の少女の判断とは考えられない。

 こちらの気持ちを汲んでくれた早苗に頷き、腰の反重力発生装置のスイッチを入れて身体を少しの間、重力から解き放つ。

 軽く前傾の姿勢を取り、足裏にも付けてある反重力発生装置に意識を集中させ、目標に向かって宙を駆けた。

「悠理さん、すいません。次からはもっともっとお役に立てるように精進致します」

 まだまだ幼い少女はショートカットの髪の毛を手櫛で整えて、自分よりも少し大人で、経験のある仲間の無事を祈った。


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