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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
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親鳥の苦悩と動転

悠理と早苗の二人と別れた直後。

「なぁ、清羅。悠理と早苗の二人は今回の任務大丈夫だと思うか?」

 俺は横に座っている清羅に自信なく、話しかける。

「あなたが信じた子たちでしょう? 二人きりになるとすぐ弱気になる。悪い癖よ、柊」

 そう言って、夏にも関わらず冷たい俺の手が清羅によって握られる。

 俺の手はおかげでどんどん体温を取り戻していく。

 大好きな人の前では強くありたいのに、結局俺は清羅がいないと何もできない。

「早苗はまだまだ悠理に対して懐疑心がある。逆も然りだ。早苗の『千里眼(せんりがん)』の第七能力(セブンス)は汎用性があまりにも高い。早く実用にこじつけたいのは分かる。分かる……分かるけどっ――」

 清羅は俺が言い切る前に俺を優しく抱きしめた。

 いつも安心するこの香りと温もり。

 清羅にはいつも負担をかけてきたように感じる。

 思春期真っただ中のチームの子供たちを安心させ、同い年の俺もこうして頼ってしまっている。

「大丈夫、悠理は弱くない。チームの中では三本の指に入る実力よ。それにあの子はまだまだ何か隠してる。あなただって気づいているんでしょ?」

「ああ、無論だ。チームの中では俺が一番あいつと手合わせしてる。まだ上手く探れてはいないが、第七能力……もしくは他の何か……」

 口元に手を当て、物思いに耽る。

「ぷっ、あははは!柊ってば、全然カッコついてないよ!同い年の女の子に抱きしめられて、胸の中で深く考察したって思いつくものも思いつかないって!」

 はっとして、距離を取る。

「わるいな、冷静さを欠いた」

「いいよ、赤くなってる柊も可愛いし。それに私たちは二人でチームを引っ張っていこうって約束したでしょう?柊が弱気なときは私が、私がくじけてるときは柊が頑張ってよね」

 ったく、カッコイイな清羅は。

 俺もいつも通りのチームの皆んなが憧れる立派な天方柊隊長でいなくちゃな。

 空も茜色が消えかけ、黒く染まろうとしている。

 ビルの下の道路では馬鹿そうな大学生たちが若い女を口説いてる。

 俺も第七能力の適正がなかったら、ああなっていたかもしれないのか。

 柄にもなく、もしものことなんかを考えてしまう。

 立ち上がり、手を差し伸べる。

 俺の最愛の人に。

「今日も元気にお仕事するか。存分に手伝ってくれよ、清羅。なんたって俺はお前の前では弱虫で何にも出来ないダメダメ隊長だからな」

 もうしょうがないなぁ、そんな笑顔で清羅は答える。

「そうだね、柊は皆んなの前ではあんな堂々としてるのに、私の前では弱気で意気地なしだもんね。特にベッドの上では」

「ちょっ、今その話はしてないだろう」

「けど、事実でしょ」

 おっしゃる通り……かもしれない。

 どうしてこうも俺のチームは俺を含め男は女よりも立場が低いんだ。

 何となく、邪馬台国を女である卑弥呼が統一していたのに合点がいった気がする。

 ふと、携帯のバイブレーションが鳴っていることに気づく。

 俺は反射的に携帯を手に取る。

「こちら天方、どうした?」

『こちら情報班、非常事態発生――』

 早苗のデビュー戦はそう上手くいかなそうだ。

 状況を整理しろ。思考を加速させろ。

 今、俺が取るべき判断は――――。




 隊長の声が聴こえるまで、間が空く。

 珍しい。伝えたいことは伝えてこちらの言葉などほとんど聞かずにいつもなら切ってしまうような人なのに。  

 何の変哲もないただの状況確認のための連絡か。

 違う。それならテキストメッセージで十分だ。

 電話口の息が荒い。

 嫌な予感がする。

 我慢が出来なくなった俺は声を発する。

「こちら実働班笹宮。お疲れ様です、隊長。どうかなさ――」

『ケイジが死んだ』

「え?」

 息が止まった。からからと急激に喉が乾いた。

『俺も突然のことで混乱してるし、お前も今混乱してるよな?』

「はい」

『呼吸が止まったからな。だけど、もう一度事実を伝える。今回の任務対象である市原ケイジが死んだ』

 俺の頭の中にさっき会ったばかりのカエデの顔が浮かぶ。

 父であるケイジが亡くなった事実を彼女は恐らくまだ知らないだろう。彼女に少しでも多くの事実を伝えるために俺は情報を集めなくてはいけない。

「隊長……ケイジの死の詳細について教えて下さい」

 数秒、沈黙が続いた後に声が発せられた。

『他殺であることには間違いない。ただ、犯人は繁華街の人混みに紛れて消え失せた。こちらからは追えそうにない』

 力ない柊さんの声だけが俺のインカムから漏れる。

『ここから先は警察の管轄だ』

「それは分かっています。それでも――」

『それでも追うよな? お前はそういう人間だ』

人が亡くなったというのに自然と笑みがこぼれた。

 俺という人間を少しでも理解してもらえていたというのが嬉しかった。

『笑うなよ、不謹慎だぞ。それとこっから先は俺は不介入といかせてもらう。面倒ごとにしないでくれよ、悠理。俺が後々、大変なんだからな。それと、もう二点だけ伝えさせてくれ』

 隊長はこういった所でルーズだから助かる。くれぐれも迷惑は掛けないように気をつけよう。

 それと二点……?

「どうぞ」

『まず、一点目。作戦はいのちだいじに、だ。お前に限って大丈夫だろうが、踏み込み過ぎるなよ。そして、二点目、暗くなるまでに帰ってこい』

 何だよ、隊長。

 伝えるべきは生還してこいって一点だろ。

 まあ、他にも色々と突っ込みたい所はたくさんあるけど、また時間のあるときにでもゆっくり話そう。

「分かりました。気を付けて行ってきます」

 隊長と清羅さんのいる方角へ身体を向けて、通話を切った。

 茜色のオレンジから夜空の漆黒へのグラデーションが美しい空の下、向けて両手を高く伸ばしてストレッチをする。

 さて、今俺が置かれている現状について一旦整理しよう。

 対象は依然失踪中。組織及び部隊との情報共有も不可。こんな状況でどうやって犯人に接触する?

 無理だな、空を飛んで探そうにも人も多いし、場所の特定は厳しい。

 当てずっぽうで怪しい奴を探してみるか?

 いや、それはあまりにも非効率だし、確実性がない。

 人海戦術を取ろうにも今は実働で動いてるメンバーは限られている。

 何とか俺一人で解決出来ないものか……。

 口元に手を当て、思慮に耽る。

 ちょっと待て。この場にいるのは俺だけじゃない。

 ハッと閃き、俺は隣で幸せそうに眠っている幼い少女に目を落とす。

 今日は何のためにこいつを作戦に加えたかをようやく思い出した。

 悪く思わないでくれ。事態は一刻を争う。今日が終わり次第、ゆっくり寝かせてあげた上で後日、甘いものでも奢ってやろうと固く誓う。

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