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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
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第七能力《セブンス》

「よう、早苗。今日はよろしくな」

 ブリーフィングを終えた後、俺と早苗は隊長に指定された廃デパートの屋上に来ていた。一昔前までは栄えていたであろう小さな遊園地は黒ずみ、埃をかぶっている。

「はい、こちらこそ。ご迷惑おかけするとは思いますが、頑張りますので何卒お願い致します」

 彼女の能力の詳細について共有しておくため、隊長の指示通り早苗と話し合う。

「わるいな、他の年長者じゃなくてお前の次くらいに幼い俺がパートナーで」

「いえ、とんでもないです。悠理さんがお相手で良かったです。いつも私に良くしてくださいますし、信頼しています」

 嘘だ。

 その理由として身体の小刻みな震えが止まっていない。それに口元をやけに触ったり、手を添えて隠している。視線も右斜め上に行きがちだし、瞬きも心なしか多い気がする。

 それもそうだろう。まだ幼い少女だ。初任務は経験豊富な年長者と組みたいに決まっている。可能ならば隊長、次点で清羅さんといったところだ。

 この子は口調、振る舞いこそ十二歳とは思えないほど大人びてはいるが、やはりこういった本心を隠しきれていないところがまだ子どもだ。子どもといっても俺自身も十五で早苗と三つしか変わらない子どもなんだが。

 俺とでも清羅さんのように安心感を抱いてもらいたい。

 そうだ、良い手があるじゃないか。

 俺は早苗の小さな手を両手で包み込む。

「ふぇっ!?」

 発達心理臨床の分野の研究において、ボディタッチは相手への安心感、信頼感を得ることができるという文献を俺は見たことがある。

 それに、あいにく俺は小学生の、しかも女子の扱いには慣れてないからどうしていいか良く分からなかった。 

 目に見えて動揺しているな。それもそうだろう、年上の、しかも異性から突然手を握られたんだ。同様の一つもするわな。失策だったか?

 いや、もうしてしまったことは仕方ない。言葉を続けよう。

「早苗…………」

「ゆ、悠理さん……に、任務前ですよ?……」

 任務前だから聞くことを聞いておきたいんだろ.。

 目がうっとりしてるように見えるのは気のせいか?

 けど、良かった。さっきまで露骨に緊張していたが、今はさっきに比べてどことなくリラックスしているようにも見える。やるじゃん、幸せホルモンオキシトシン。

 どうやらさっきのアクションは失策じゃなかったらしい。本題に迫ろう。

「早苗……お前の能力……お前の第七能力(セブンス)について分かり得る情報を可能な限り共有して欲しい……」

「…………はい……」

 早苗の目にハイライトがなくなった。

 どこかで間違えたか?

 露骨にきょどっていた俺に視線を合わせてサナエは時間を掛けて、大きくため息をついた。

 左右に首を振って、静かに言葉を選び、説明を始めた。

「お話します。私の能力……第七能力は―――」

 第七能力。通称、セブンス。

 世間から秘匿されているそれはある時を境に一部の人類に発現するようになった超常の力。

 異能。

 超能力。

 魔法。

 魔術。

 奇跡の体現。

 有識者からは様々な呼称で呼ばれるが、俺らの組織では、勘である第六感に続く人の持つもう一つの可能性という位置づけで、第七能力――セブンスという呼び名で統一されている。

 第二次性徴期の不安定な精神状態において多く発現するといった研究データが今は一番有力視されているが、実態はまだ把握しきれていないらしい。

 まだまだ謎が多いそれは各地で研究が重ねられてはいるが、進展はあまり耳に入らない。

「――以上が私の第七能力です。何か聞いておきたいことはありますか?」

 よく分かった。これは使える。上も早急に実践起用したくなるわけだ。

「いや、大丈夫だ。また分からない所があれば都度聞かせてもらうよ」

「……で、いつまで手を握って下さるんですか?このままだと私、各所に敵をつくりそうですごく不安を覚えるんですけど?」

 慌てて手を離した。

 早苗、苦笑いしてるけど、目が笑ってない……。

 ニコニコ続けるのやめろ、逆に怖いから!

 それに凄い勢いで握ってた手離しちゃったから、女慣れしてないのとかバレてないよな?

 何で俺は女子小学生相手に童貞隠そうとしてんだよ。あれ?なぜか目が潤ってきた。

「話は変わりますが、悠理さんの第七能力については隊長からは集合前にお聞きしたのですが、『風』に関するもので間違いありませんか?」

「……あ、ああ。違いないよ……」

 隊長、マジか。早苗にもう言っちゃったのかよ。

 第七能力はその特性上、チーム内でも徹底的に秘匿されている。

 まぁ、俺の第七能力はチーム全員にばれているし、早苗は今回合同で任務に当たるんだ、当然といえば当然か。 

「そうです……か……」

 早苗は腕を組み、一人考えに耽る。

 目からは不安の色が消えてない。微かにだが、組んだ腕も震えている。

 早苗のような反応はもう見飽きた。俺と組むと大半が不安を覚え、この反応を取る。

 その理由も容易に想像がつく。

 それは俺の第七能力が使い勝手が悪く、弱いと判断されるからだ。 

 一般的な意見はそうだろう。俺も自分自身の第七能力が強いとは思っていない。

 ただ、まだ俺の『風』の第七能力には周りには知られていない使い方があるし、力がある。

 それを使いさえすれば弱くはないとも客観的に考えている。

 不用意に教えてやる義理もないため、俺は口をつぐむ。

 今回は早苗のデビュー戦だ。俺のことは自分よりも弱いと考えてもらって、緊張感を持って臨んでもらうことにしよう。

 この人は強くないんだ、自分が率先して何とかしなくちゃ、それくらいの心意気で任務に臨んでもらうに越したことはない。

「隊長とか他のメンバーから聞いたかもしれないけど、俺の第七能力《セブンス》は強くないんだ。わるいな、早苗。迷惑かけるよ」

 弱気な俺の言葉に早苗は慌ててフォローを入れる。

「だ、大丈夫ですよ! 悠理さんの強みは第七能力じゃないんですから!思考力、判断力、それに剣技に関してはチームの中ではピカイチだって隊長がおっしゃってました!」

 第七能力が弱いことに関してはフォローしてくれないのね。

 それに剣技がピカイチときたか。

 剣技に関しては自信が無いわけじゃない。

 ただ、隊長にピカイチと言われると嫌味にしか聴こえない。

「俺の剣技、見てみるか?」

「え?」

「聞こえなかったか?俺と軽く手合わせしようかと言ったんだ」

 十二歳相手に何を言っているんだ俺は。

 ただ漠然と目の前の少女に期待してしまう自分がいる。

 第七能力が眼に特化したこの子なら俺の剣戟を見極めることすらできるかもしれない。

「――ッ!やります!」

「お! 早苗いいね~。かかってきなよ、今からどこからでも」

 一瞬、きょとんとした早苗だったが、すぐに力ある目で俺を見て答える。

 俺自身、早苗の実力には興味があるし、早苗も俺の実力――特に剣技に関しては懐疑的な所だろう。

 最年少配属の腕前を見せてもらおう。

 腕時計を確認する。

「時間はあまり多く残されてないな。早苗、いいよ。どこからでもかかってきな。ただ、剣は低レベルのパラライズに設定しておいてくれよ?」

 まぁ、断じて遅れを取って、一撃をもらう予定など毛頭ないが、万が一の場合を考えて軽く冗談めかして忠告しておく。

 サナエは無言で頷くと、腰のベルトから下がっていた黒い筒状のものに手をかける。

 筒状と言うよりかはテニス、バドミントンラケットのグリップに近い。

 親指部分にあるスイッチをスライドさせ、起動させる。

 俺らの主装備である剣――正式名称、光粒子刃(フォトンエッジ)

 俺らは光粒子刃とは言わずに刀や剣などと呼ぶことが多い。

 光粒子刃は空気中の光粒子(フォトン)を棒状に集めてグリップの先から黄色の刀身を形成する。

 長さは八十センチ弱といった所か。

 刀身からはジジッ……ジジッ……と断続的に人を不安にさせるような音と黄色い光芒が零れ落ちている。

 線香花火のような落ち着きをもたらす音でなく、静かに、だけど確実に人に焦燥感や緊張を与えるようなそんな音。

 戦闘には触れた相手の身体に微量の電流を流して、痺れさせ、行動不能にさせるパラライズモードが主に使われる。

 イメージとしてはスタンガン、テーザーガンを近接武器にしたようなものだ。

 早苗は腰よりも低い位置で光粒子刃を構え、俺の様子を伺っている。

 いや、俺も光粒子刃を抜くのを待ってくれているんだろう。

 俺もベルトから下げたグリップを手に取り、スイッチを入れ、光粒子刃を起動させる。

「来い、早苗。俺から一本取ってみろ。必要とあらば他の武器や第七能力を行使しても構わない」

 俺も早苗同様、パラライズモードに設定する。強度はもちろん最弱だ。

 これでこの後の任務にも支障をきたさないだろ。

 深く息を吸って、目の前の少女から後ろに数歩、距離をとった。

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