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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
30/32

渇望と羨望と殺意

 いくつもの街灯に照らされた満岡公園の花壇の花たちが初夏の風に揺れる。木々も大きくざざわめき、ひらひらと深緑に染まった葉を落とす。広大な土地を有し、周りに民家のないこの公園は夜の暗さも相まって終わりがないとさえ錯覚させる。

 本格的に夜が始まり、空が一面黒く染まる。星が瞬くことで、その空一面の真っ黒なキャンパスに時おり白い輝きが描写される。

「お前を殺す」

「むざむざと殺されるわけにはいかない」

 隼介と対峙して真っ直ぐ見つめ、モード・レッドにより刀身を真っ赤に染めた光粒子刃(フォトンエッジ)を強く握りしめた。

 正直、まだ自覚したつもりはない。

 だが、親友としてここで俺が止めなくちゃいけないことだけははっきり分かる。

「どいて、悠理」

 天音に押し退けられる。

 俺が後ずさりをした瞬間、隼介の足元に蒼い火柱が何本も出現する。

 火柱の発生を事前に予測した隼介は何度も何度も避け続ける。

 天音も隼介の移動した箇所に即座に手をかざし、何度も標準を合わせる。

「無駄だ、その発生速度では俺を捉えることはできない」

「くっ!」

 天音の瞳の翡翠の輝きが一層強くなる。

 あんな大規模な火柱を連続で休みなく何度も何度も出しているんだ、そろそろ限界が近いのだろう。

 ついに瞳から輝きが消えて、膝に手を付いた。

「序列一位が聞いて呆れるな。能力を使ってもその程度かよ。しかも、その能力の発生速度と強度、先天性だな」

 天音は何も答えず、息を整えながら隼介をじっと見つめている。

「そして悠理、お前は後天性だ。共感性羞恥すら感じるよ、お前の能力の弱さには」

 俺を指差し、嘲る隼介を横に天音は膝に付いていた手を徐々に光粒子刃のグリップに動かしていた。

 凛とした視線で俺にアイコンタクトを送ってくる。

 彩色明衣流(さいしきあかはりゅう)

「「紺兎覚撃(こんとかくげき)」」

 俺は正面から、天音は側面から技を放つ。

 そんな俺らの攻撃を隼介はバックステップであっさりと避ける。

「遅い」

「今!」

 剣戟が交錯する瞬間に天音に合図を出す。

 もう一度、天音の瞳が翡翠に輝き、隼介のバックステップ先に蒼い火柱を出現させる。

 天音が作り出したその蒼い火柱に巻き込まれる直前に隼介は勢いよく刀を振り下ろし、その反動で宙に逃れる。

 大きく巻き起こった砂埃のなか、俺は隼介のいる宙へと空気を固めた階段を駆け昇る。

 最後の一段を高く跳び、隼介目掛けて光粒子刃を全力で振り下ろす!

「落ちろォォ!」

 隼介は必死に刀身に手を当てて、ガードするが俺の光粒子刃でそのガードを破る。

「ぐはぁ!」

 勢いよく落下した隼介の衝撃で地面に亀裂が入った。

 ひゅーひゅーと隼介の口から空気が漏れ出す。

「今のお前じゃ俺と天音に勝てないんんだよ。もうこれ以上はやりたくない」

「ひゅー……ひゅー……お前はいつもそうだ…………どうして……どうしていつもお前ばっかり……」

「何を…………言っているんだ……?」

 地面に横たわる隼介の目が閉じられ、右手に持つ刀を夜空に掲げる。

 刀からは黒い羽根のようなものが零れ落ちていき音もなく、隼介の身体が癒えていく。

 頼む、これ以上もう立ち上がらないでくれ。

 そんな思いとは裏腹に隼介は刀を杖にして、ゆっくりと立ち上がった。

「いつもいつも周りの奴らはお前ばっかりに目を向ける!師範も!両親も!先公も!部活の奴らも、クラスの連中も!全部全部!お前にばっかり注目して!俺のことなんかおざなりなんだよ!」

 目を真っ赤に血走らせて、一息にまくしたてた。

 鳳切、とかいう刀に侵されているのか、いつもの隼介じゃない。

「そんなことないだろ! 昔から剣も運動も勉強も中学から始めたサッカーだってお前は俺の何歩も先を行っていただろう!」

「確かに俺はお前のすべてに勝っていた!だけど、周りの奴らの見る目はいつもお前ばっかりだったじゃねぇか! わざと勉強の手を抜いてみたりもしたが、全然周囲の目は俺に向かなかった!」

 隼介は夜の公園で今まで胸の中にしまい込んでいた思いを俺に大声で言い放つ。

 その熱は伝搬して、自然と俺の声も大きくなった。

「見てたよ! 俺も天音も、他の皆んなもお前のことを!俺はずっとずっとスゲェ奴だって思ってた!」

 隣に立つ天音も胸に手を当てて、頷いている。

「じゃあ何でだよ!師範は俺にだけ時間を作って個別に稽古を付けてくれたことはあったか?先公が俺の成績を見て認めてくれたことがあったか?部活の連中がチャンスで俺にパスを出してくれたことがあったか?」

 普段からは考えられないくらい隼介はどんどんとヒートアップしていく。

 怒りの矛先を向けられている俺はその怒りを鎮めることはできそうにない。

 むしろ、今のこの状況では俺は何を言っても火に油だ。

「隼介、ちょっと落ち着い――」

「天音は黙ってろ!俺は今、俺と悠理の話をしてる!」

 そう言われたら天音は押し黙るしかない。

 もう何も言うまいと口をつぐんでいる。

「ねぇよな?ねぇだろ!師範から指名されるのはいつもお前!先公の信頼を得ているのもお前!ゴール前のラストパスも全部お前!どうして、お前ばっかり俺よりいつも優遇されてんだよ!」

 隼介は刀を持ったまま、両手で顔を覆う。

 もうどうしようもないとでも言わんばかりの身振りをする。

 後者二つは隼介が感じていないだけだ。

 師範から特別に稽古を付けてもらっていたのは、それは俺だけが特別な世界の見え方をしていることを師範が知って気にかけてくれていたからだ。

 隼介は俺の眼のことを知らない。

 もう隠すのは無理だ、今伝えるんだ。

「隼介!師範が俺に目を掛けてくれていたことは違うんだ!それには事情があって――」

「もういい。もういいんだ、悠理」

「待て、頼む!話を!少しの間でいい!話を聞いてくれ!」

 腹が熱くなった。

 血が、俺を構成する命の流れが俺の脇腹からぼたぼたと流れ落ちていく。

「悠理!」

 目の前で天音が隼介に切り掛かる。

 まずい、いつもの流麗な天音の動きじゃない。

 冷静さを欠いたでたらめな太刀筋。

「邪魔だってんだよ!」

 隼介の横薙ぎの一閃で天音の身体は軽々と吹き飛ばされた。

 まずいな、出血量が多い。

 脊髄反射でとっさに身体を捻ったことで、深い傷は負わなかったが、それにしても傷が塞がらない。

 体内光子を脇腹に集中させるが、癒える気配がない。

「なんなんだ…………その刀は…………」

 隼介は俺の血がべったりと付いた刀を振って、血をはじく。

「この刀の銘は『鳳切(ほうぎり)』。使用者に望む力を与え、戦場の鳥ですら、かつて打ち落としたと言われている。そうだな…………端的に言うとだ……」

 切っ先を俺に向ける。

「ヒナ鳥を皆殺しにする刀だ」

 まずい。

 まずいまずい。

 全身から汗が吹き出る。

 いくらポーションが尽きたからと言って、隼介はそこで終わったわけじゃなかった。

 鳳切がある限り、隼介は止まらない。

 使用者の大幅な身体能力強化、脅威的な治癒力、そして斬撃による回復の遅延。

 おまけにそれを使うのがあの隼介だ。

 あまりにも分が悪すぎる。

 先の戦闘で天音は大きく消耗したし、俺も万全とは言い難い。

 長期戦は不利、長引けば長引くほどに戦況はどんどん悪化していく。

 時間との戦いだ、できるだけ短時間で隼介を討つ!

「ラァッ!」

 俺は俺の一番愛用している技を放つ。

 蒼い軌跡を描いた横八の字の剣戟が隼介の胸元目掛け飛んでいく。

 隼介も俺の技の発動を見て、同一の剣技を放ってくる。

 小気味いい剣戟の音が三回鳴り響き、四撃目にはつばぜり合いにもならず、天音のすぐ脇に吹き飛ばされる。

「ゲホォッッ!」

 肺の中の空気が無理やり押し出された。

「お前の底は知れてる。結局、蒼燐花月に頼ってしまうことも」

 もう無理なのか。

 勝ち目は無いのか?

 視界も狭くなっていってるし、モード・レッドにするために光粒子刃に光子を流し込み過ぎた。

 刀を下ろし、隼介がゆっくりと俺に近づいてくる。

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