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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
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紺野天音という少女

「さすが柊だ。彼に任せて本当に良かった」

「奴以外には任せられないだろう。役不足だ」

 柊の胸元に付けてあるカメラからの映像が映し出されたモニターを見て、紅隴(くろう)と私が呟いた。

「ねぇ、のぞみ。あなたは天方隊長が勝つと確信していたの?」

「ああ、天方の戦闘能力はずば抜けたものがあるからな。まず、よほどのイレギュラーが起こらない限り負けるはずがないと考えていた。それに第七能力に関しても、戦闘が長引けば長引くほどその真価を発揮する」

 側に立つ藍吏(あいり)が驚いた顔で私を上から覗き込む。

「なんだ、藍吏。そんなに自分の背の高さを誇示したいのか?」

「べっつに~、ただ、のぞみが人を褒めるなんて珍しいこともあったもんだなぁ~って思っただけ」

 後ろに手を組んで私を覗き見る藍吏はそっぽを向いている。

 胸を張るな!胸を!

 椅子に座る私からは顔を背けられると胸で顔が見えない。

 忌々しい双丘め……いつか研究の過程で絶対に縮小させてやる……。

 私は自分の可能性は無限大だが未だ不十分な双璧に手を触れ、藍吏を睨みつける。

「どうしたの? 部屋ちょっと寒い?」

「いや、気にしないでくれ…………」

 いかんいかん、藍色の髪を揺らして気遣ってくれる親友に一瞬、殺意に似た何かを感じてしまった。

 それに空調どうこうは同い年の私にじゃなくて、しっかり歳を食ってるあの温厚老人に聞いてくれ。

 薄暗い部屋で天方の勝利を確認し、私たちは一息をついていた。

 今回、直接戦闘に参加できない我々はこうしてモニターをじっと見つめることしかできない。

 年寄りには辛いだろうに、紅隴はウトウトもせず、じっとそれぞれの胸元のカメラから送られてくるほぼリアルタイムの映像に目を向けている。

 藍吏も同様に見つめている。

 二人とも自分たちが戦闘の助けになれないことが相当もどかしいのだろう。時おり、拳を力強く握り、息が荒くなる。

「大丈夫……笹宮少年と紺野少女はちゃんと強い。負けるはずがない」

 真剣にモニターを見ている二人に咄嗟に言葉が零れ落ちた。

 あいつらはただの中学三年生ではない。

 その事実はこの二人も十二分によく知っていることだろうが、それ以上に私は把握しているつもりだ。

「相手も相当若いね…………同い年くらいに見える」

「彼らの反応を見るに十中八九、顔見知りだろうな。それにしても紺野少女には躊躇いが一切感じられない…………」

 もちろん、剣筋に迷いが生まれればそこから崩れ一方的にやられるのは必然だから、迷いなく戦えているのならばそれに越したことはない。

 だが、それにしてもここまで迷いなく相手を殺しにかかるのはどうしてだ…………。

 笹宮少年の反応が自然だが、紺野少女の戦い方にはどこか鬼気迫るものを感じる。

「天音ちゃんの技、すごい…………」

 隣で藍吏が目を爛々と輝かせ、技の一部始終を見届けている。

 確かに私もあの剣技を見るのは初めてだ。

 思考の全てが脳から消え失せるほどの衝撃。

 紅隴も口に手を当てて感嘆していた。

 彩色明衣流(さいしきあかはりゅう)御白鏡面(みはくきょうめん)

 おそらく、現状では紺野天音ただ一人だけが行使できる技。

 相手の太刀筋を完全に読み切り、初撃を完封した後に、同一の太刀筋で相手を切り伏せる剣技。

 まさに最強の返し技と言って差支えないだろう。

「これを使い続ければ――」

「まず無理だろうな」

「それはどうしてだい?のぞみ、私たちが分かるように説明してくれないか?」

 私は一口カップに口を付けて喉を潤した。

 紅隴と天音は私をじっと見つめている。

 分からないのも無理はないか。

「はぁ……あくまで私の推測による部分が大きいがそれで構わないか?」

「構わない、続けてくれ」

 紅隴の言葉で私は椅子に座ったまま、言葉を続ける。

「今の紺野少女が使った技は御白鏡面……というのだろう。私も映像越しに読唇術を使うのには慣れていないからな。ここでは便宜上、そう呼ばせてくれ」

「御白鏡面……鏡を冠した技か」

「そうだ、この技は相手の繰り出そうとしている技を完全に読み切り、同型のものをぶつけるということで始めて成し得るカウンター技だ。鏡写しのように相手の動きをそのままトレースするのだろう」

「ねぇ、どうして?どうして、この技を使い続けることで勝てないの?」

 藍吏が私の肩に手を掛けて、顔を近づけてくる。

 私は手でその整った顔を押し除ける。

「勝てなくはない、ただ――」

「連続または繰り返し、使えないのか…………」

 紅隴がその深紅の瞳の裏で正解に辿り着いていた。

 流石は組織をこれまで大きくしてきた実績はある。

「その通りだ。御白鏡面はその技の特性上、相手の動きを完全に読み切る必要がある。一瞬の攻防のうちにいくつもある技を限定して、さらに初撃を防いだ上でかぶせるようにして、同型の技を放つ。この一連の動作にどれほどの脳のリソース、厳しい体制から技を繰り出す身体的負担があるか…………」

 紅隴と藍吏はモニター越しに辛そうに顔を歪め、肩で息をする天音を見つめる。

「天音ちゃん…………」

 膨大な情報から数多存在するうちのたった一つの技を限定する脳のリソース。

 膂力で負け、剣を振るのが困難な体制からでも技に繋げる身体のバランス力。

 そして、圧倒的なまでの戦闘勘。

 これらのうち一つでも欠ければ技の発動には至らないだろう。

 つくづく恐ろしい子だ。

 よく紅隴はここまでの隠し玉を今日まで取っておいたな。

 紅隴の深紅に輝く双眸が私を捉え、身体が強張る。

「御白鏡面……悠理は使えないのかい?」

「ああ、奴は使えない」

 紅隴はそうか、と一言残し、モニターに視線を戻した。

 ダメ元で聞いてみたのだろう。

 あいつは聡いから、理解していたはずだが、一縷の希望で聞いてみたという所か。

 まぁ、ピースは揃っていないことはない。

 脳のリソース、身体のバランス力、戦闘勘は紺野少女に劣っていない。

 ただ、笹宮少年には視力が足りない。

 正確には眼の力と言ったほうが良いだろう。

 技を捉え切れないから、使えない。

 眼の力は一朝一夕で向上するものではないし、才能に通ずる要素が大きい。

 だが、今後、眼の力が飛躍的に上がれば…………。

「なーに難しい顔してんだよっ! 倒しちゃったよっ!勝った勝った!私たちの悠理くんと天音ちゃんが勝っちゃったよっ!」

 藍吏が私の身体に抱きついて離さない。

 長身の藍吏は必然的に手足も長い。

 その長い両腕を私に巻き付け、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。

「あい……り……くる……しい…………」

「ああ! ごめんごめん! 顔色の悪いのぞみがいつもよりも青白く!」

 藍吏から解き放たれた私は改めて酸素が供給できる喜びを全身で嚙み締めた。

 それに青白いは失礼だろ、色白美人と言って欲しい。

 あーくそっ、それに何かすごい良い匂いしたな。こいつ私と同じ洗濯機で服洗ってるんじゃないのか?

「喜ぶのは早いよ、二人とも。どうやらここからが本当の戦いらしい…………」

 紅隴が珍しく顔をしかめる。

 視線の先には傷が完全に癒えたファルコンが立っていた。

 部屋の温度が下がった気がした。

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