表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
28/32

夜の帳が落ちるとき

「ユウ、お前は何も分かってない。ずっとずっと恵まれてきたお前には分かるはずがない!」

 俺の手を狙って電流を帯びた特殊警棒を真横に振ってきたので、慌てて手を引っ込める。

「もう無理なんだよ!俺がこの世界を一度終わりにしないと!俺の!俺だけでいい!俺が満足する世界を創らなくちゃ!」

 隼介は俺と天音に怒号し、顔を両手で覆う。

 ふぅふぅ、と息を荒げ、左手は顔に貼り付けたまま、右手で腰の刀に手を伸ばす。

 刀をゆっくりと鞘から抜いた。

 空色の持ち手に黒みがかった刀身。

 禍々しい空気がこちらに漂ってくる。

「これが鳳切(ほうぎり)…………さっきまでとは比べ物にならないくらい身体が軽い。ポーションで癒え切らなかった傷も塞がっていく…………」

 ついに腰の刀に手を掛けてきたか。

 ポーションと刀の力で隼介の身体は全快したと言っていい。

 もう一度、倒すしかない。

 倒せるのか、俺たちに。

 相手は真剣を持っている。

 それに比べ、俺たちの剣はパラライズモード。

 急所に一撃をもらったらそれで終わり。

 喉が乾く。身体から汗が吹き出す。

「…………あんまし、つまんねぇもの付けてるんじゃねぇよ」

 隼介が俺の視界から消えた。

 脊髄反射で光粒子刃(フォトンエッジ)で防御をするが、何も当たった感じがしない。

 両肩と両太ももだけが浅く斬られていた。

 隣の少女に視線を移す。

 天音も俺と同じ箇所が斬られ、両肩からは血が流れ、灰色のワイシャツを紅く染めていた。

 俺も肩と脚に鈍い痛みを覚える。

 痛み…………?

 焦って肩に触れる。

 痛覚遮断テープが切られている。

「お前らは俺と同じステージで戦うべきだ」

 背後に立っていた隼介が刀を横に薙ぐ。

 俺と天音はバックステップでギリギリの所で避ける。

 避ける拍子で、前髪が数ミリ切れる。

 速い――さっきまでとは段違いだ。

「まずいな、もう何も出し惜しみしていられない」

 天音は俺の言葉に頷き、一度ゆっくりと瞬きをして、耳のインカムにそっと触れた。

「対象の脅威判定を更新。光粒子刃のモード・レッドを許可申請します」

 俺のインカムにノイズが走り、チャンネルが合ったことを確認した。

『判断はそちらに一任している』

 俺と天音はその言葉を皮きりに光粒子刃のパラライズ調節バーを限界まで落とし、そして弾くように最大出力に上げ、刀身を赤くした。

 モード・レッド。それはパラライズ調節バーを最高から最低、そして再度最高まで引き上げたときに切り替わる殺傷を目的としたモード。対象の脅威判定が最大レベルに達したときにのみ使用が許可される。普段は黄色の光子を赤く染め、触れた対象を光子の微細な振動で切り裂く。

 このモードを使用するということは本気で隼介と命のやり取りをするということを意味する。

 自然と顔も険しくなる。

「へぇ、良い面構えになったじゃん。さて、第二ラウンドといこうか」




「ぐがぁッ!ハァッ!」

「なかなか倒れないね。満身創痍で今にでも横になりたいはずだと思うんだけど?」

「…………生憎と俺は寝具にはこだわりたい方でな」

「減らず口を」

 辺りには俺の血だまりが所々にある。

 激しい戦闘で出血を多くしてしまった。

 膝を付いて、見上げる俺の顎にクレインが鋭い蹴りを入れる。

 受け身を取り、ダメージは最小限に抑えた。

 クレインが向かってくる方向に血を吐く。

「…………ッ!」

 残像が残るほどの素早いサイドステップで俺の吐血を避ける。

 着物が汚れるのをひどく嫌っているようだ。

 口から鉄の臭いと血の味が消えない。

 今回の任務では俺も痛覚遮断テープは付けているが、さっきからもう身体中のあちこちから鈍い痛みが出ている。

 遮断できる痛みのキャパシティを越えつつあるのだろう。

「お遊びはここまで。そろそろフィナーレにしましょう。辞世の句はあるかしら?」

 クレインが着物の袖から小刀を出し、切っ先を俺に向ける。

「今日のパンツ、黒だろ?嫌いじゃないぜ」

「去ね」

 音も立てず、俺の頭に小刀が向かって来る。

 今!

 俺は温存してた残りの体内光子を使い、瞳を翡翠に輝かせる。

 第七能力をここで使う!

 クレインの足元に点在する血だまりから、有刺鉄線のようなものが伸び、小刀を持った腕と両脚の動きを封じた。

「な、なにこれ?これがあなたの第七能力……なの……?」

 俺はゆっくりと立ち上がり、胸から流れる血を手のひらに乗せ、クレインに向かって飛ばす。

 再度、第七能力を発動し、飛ばした血を先端を鋭利にした矢じりのようなものに変換する。

 全身に力を込めたクレイルによって有刺鉄線のように変換した血の鎖を破壊され、縦横無尽に回避される。

「奥の手まで出したんだ。これでくたばってくれよ」

「…………血液を固形物に変換する力……?」

「おっとそれは企業秘密だ」

 辺りの血だまりから、棘を何度も出し、クレインを宙に追い詰める。

 落下しながら切り掛かってくるクレインの小刀ととっくにモード・レッドに切り替えてある俺の光粒子刃がバチバチと音をたて交錯し、赤い光芒があたりに零れる。

 つばぜり合いに競り勝ち、今度は俺から地面に着いたクレインに上段から切りかかるが、小刀を逆手に持ち替えたクレインと再度つばぜり合いになる。

「…………甘く評価していた……これがヒナ鳥を統べる者の力……」

「さっき名前は教えたはずだが、クレイン。俺の名前はもっと甘い声で耳元で囁いてくれよ!」

 残り少ない体内光子を右腕に集中させて、膂力にブーストをかけ、クレインを吹き飛ばす。

 クレインはマンションの屋上から落ちたと思ったが、ヘリに手を掛けていたのか一回転して、屋上に復帰した。

「忍者……みたいだな」

「時代錯誤も甚だしい。そんな者は一部の者の戯言でしょう」

「フッ……」

「何がおかしいの?」

「いや、さ…………今のお前って俺の戯言に付き合うほどの余裕もないんだなって思ってさ」

 クレインの両肩が小刻みに震える。

 面があって表情はうかがい知れないが、面の下はきっと怒気に溢れているに違いない。

「…………消耗して、追い込まれてるのはそっちという自覚がまだ足りてないようね、天方柊」

「お、やっと、名前で呼んでくれたな、べっぴんさん」

 最高の笑顔をクレインに向ける。

 あんまり他の女性に美人とか言わないでって清羅に言われてるんだったな。

 まぁ、今この場にいないし、今回はノーカウントってことにしてもらおう。

 俺はこの場にいない最愛の人を脳裏に浮かべる。

「…………天方柊、あなたの力は…………」

 俺は光粒子刃を指揮棒のように振り、四方の血だまりから、矢じりに変換された俺の血の軌道を操作する。

 クレインは矢じりのほとんどを避け、回避できなかった一部を小刀で弾こうとする。

 血の矢じりが小刀に触れる直前に血液に戻し、クレインの着物を赤く染める。

 着物が汚れたことにより、放たれる怒気がより一層濃くなった。

 第七能力の発動を抑え、血だまりからの矢じりの射出を止めた。

「どういうつもり?」

「チェックメイトなんだよ、クレイン」

「まだ…………終わってないわ。それにお着物を汚された借りは返さないと!」

 小刀で俺に高速で突いてくるが、その全てを避け、最後の一撃は光粒子刃で弾き、小刀を俺の後方に飛ばす。

「教えてやる、俺の第七能力を…………」

 再度、瞳を翡翠に輝かせる。

 瞬間、クレインの肩口に付いた俺の血が棘に形を変え、着物の下に刺さる。

「ガハァッ!」

 急所は避け、両肩、太ももなどの大きい血管が通っている箇所を狙って棘で突き刺す。

「安心しろ、内蔵は傷つけていない」

「グホォッ!ガハァッ!」

 四肢に大きくダメージを負ったクレインが口から大量に吐血し、面の下から血が零れ落ちて真下に血だまりができる。

 膝を付いて俯き、肩で息をするクレインにはもう先ほどまでの気品の欠片すら感じない。

 もう終わらせよう。

 新しくクレインの真下に出来た血だまりから棘を生成し、面に刺さる寸前までその棘を伸ばした。

「言っただろう?チェックメイトだ、クレイン。大人しく負けろ」

「ゼェ…………ゼェ…………あなたは…………何者……なの?」

「天方柊……お前たちが言うところのヒナ鳥のリーダーだよ」

 面を壊そうと俺はモード・レッドの光粒子刃を振るった。

 だが、面と光粒子刃の間に見えない壁が現れ、攻撃が届かなかった。

 辺りの血だまりから棘を大量生成して不可侵の壁を突破させようと俺は第七能力の出力を上げる。

 目の奥がズキズキと痛むが、構っていられない!

 これで痛覚遮断テープを付けていなかったらと考えると恐ろしい。

 ピキッと、面の下半分だけがようやく割れる。

 ルージュが塗られた口からさらに真っ赤な舌が伸ばされた。

「ハァッ……ハァッ……また踊りましょう、ヒナ鳥を統べる者、いえ……天方柊」

「ま、待ちやがれ!」

 不可侵の透明な壁と俺の光粒子刃と血の棘が交錯した際の衝撃によって吹き飛ばされた勢いで屋上から滑空し、クレインが逃げていく。

 俺は反重力発生装置にスイッチを入れ、追跡を試みたが、少し考えてやめた。

 まず、俺の目標である早苗の護衛は達成された。

 もしここで持ち場を離れ、早苗が攫われでもしたら今までの苦労が水の泡だ。

 それに俺は早苗とのリンクに引き続き、クレインとの戦闘でこれまでにない程、大きく消耗している。

 仮に反重力を用いての高速移動でクレインに追い付けたとしても、先ほどの不可侵の透明な壁がある限り、俺の勝ち目は低い。

「チッ!これで勝ったって言えんのかよ…………」

 屋上にはあたり一面に自分の血が広がっている。

 大量に出血してしまった。おかげで頭がクラクラするし、身体も怠い。

 第七能力も派手に使ったことで、体内光子も空に近いため、治癒や血液生成も捗らない。

 戦闘が終わったことでアドレナリンが切れて、一気に疲れが押し寄せる。

 狭い視界の中で給水塔の脇で、スヤスヤと眠る少女に目をやる。

「ったく、お前はいつも寝てるな。まぁ、今回は俺が眠らせたんだけどな…………」

 早苗の頭をそっと撫でたときに、クラつき、膝をついた。

 片手で頭を抱えながら立ち上がる。

 まだ、ここで倒れるわけには…………。

「ハァ……ユウ、天音……こっちは大丈夫そうだ…………」

 次はお前たちの番だぞ。

 ユウ、俺は知ってる。

 お前の力はそんなもんじゃない。

 倒せ、倒して己が力を証明してこい。

 夕陽の名残が消え、夜が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ