真実を見せる白い鏡面
「ククッ、アハハハハハ!同士討ちはもういいのか?俺はもっともっと見たい!」
「下衆が…………」
天音から怒気を含んだオーラを感じる。
それにしても今の戦い方はすごくクレバーだった。
数で不利な戦況を同士討ちを誘発させることで好転させようとした。
俺と天音の攻撃を食らって、ダメージを受け、錯乱したと見せかけてからの一瞬。
こいつは俺たちが考える以上に悪知恵が働く……。
「彩色明衣流……」
隣の少女が小さく呟き、息を深く吸った。
「陽雫紫」
瞬きをする前に天音はファルコンに接近し、流れるように三連撃の全てを面に放った。
動体視力には自信のある俺でさえ目で追えなかった。
うっ!視界の奥に紫のもやがちらつく。
これはなんなんだ?
ファルコンは砕ける面を必死に顔に押さえようともがく。
まだ奴は何が起こったかさえ、理解できていないだろう。
「その醜悪な面見てるとこっちまで不快になるから、わざわざ取ってあげたの」
そう言い天音は剣を切り払った。
巻き起こった一陣の風が吹き、ファルコンの面を粉々に崩壊させた。
見慣れた茶髪のヒヨコ頭に挑戦的な目、高く通った鼻筋に固く結ばれた唇。
「…………まだ、信じたくなかったよ……………………」
「俺もまさかお前たち二人がここまで力を付けていようとは思わなかった」
「…………隼介…………」
そこには部活の元チームメイトであり、現クラスメイトの隼介が立っていた。
ショックで立ち尽くす俺の側に天音が即座に駆け寄り、耳元で言う。
「悠理、よく聞いて。これは想定していた結果だったはず。あくまで目の前にいるのは『目標』なの。中途半端な情を抱えたままこれ以上戦えば、こっちがやられる」
天音はずっと隼介を見つめながら、早口にまくしたてた。
「何でだよユウ、どうしていつもいつもお前ばっかり! 俺の欲しいものは全部全部お前が持っていくんだ!」
俺と天音を見る隼介の瞳がどんどんと開いていく。
親指の爪をかじり、顔を苦悶の表情へと変え、身体を小刻みに揺らしている。
「な、なぁ、天音。あいつは本当に隼介なのか……?」
「うん。間違いなくこの感じは隼介だよ。ただ、様子がおかし――」
俺は天音に突き飛ばされて、街頭に背中をぶつけた。
項垂れた顔を上げる。
「何す――」
息を飲んだ。
悪鬼の如く何度も切りかかる隼介とそれをギリギリの所で何とかいなす天音の姿が見えたからだ。
夜の公園で二人の剣戟が何度も繰り広げられる。
俺の入る隙が見つからない。
「青迫裁!」「橙楓果!」
二度左右に強い振りを放つ隼介の剣に対して、剣を立てることで上半身をガードする天音。
だが、やはり膂力の差で押し負け、飛ばされる。
「今の隼介はあの頃とは違う。見誤ったら私たちが足元をすくわれる」
「それだよ、それぇ!何でお前はいつもいつも上からなんだよぉ!そんなにも道場での序列が誇らしいのかぁ?」
天音は表情を変えず、現状を打開する術を模索する。
「だんまりかぁ?都合の悪いことは全部全部お口チャックかぁ?」
何とか言えぇ、と上段から切りかかる隼介の剣をじっと見つめたまま天音は動こうとしない。
「彩色明衣流……」
目を細めて、隼介の放ってくるであろう剣筋を見極める。
いつしか俺は立ち上がり、天音の放つ剣技に見とれていた。
来る……天音の十八番が。
天音にしか体現出来ない唯一無二の技が。悠理
隼介は目をギラギラと輝かせ、確実に天音を落とそうと襲い掛かる。
「慈狂赫ゥゥ!」
黒みがかった赫く重い剣戟が天音の肩口に届こうとする瞬間。
再度、天音の口が小さく開いた。
「…………御白鏡面」
その言葉を発したと同時に天音の胸の前に構えた光粒子刃の刀身が白く輝きだす。
白く輝く刀身を顔の前で高速で二回転させ、正面からの隼介の突きのすべてを叩き落とした。
さながら、白い盾。
「あなたの剣はもう届かない」
突きのすべてを弾かれ、大きく後ろに身体が倒れこもうとする隼介に天音は近づき、告げる。
「御白鏡面がただの防御技じゃないことくらいあなただって忘れたわけじゃないでしょう?白はどんな色にも染まれる…………」
俺と隼介の顔が強張る。俺はいつの間にか光粒子刃を手放して、天音と隼介の間合いに入ろうと駆けていた。
「駄目だ!これ以上は!」
天音は俺の言葉が耳に入ったのか入っていないのかは分からないが、俺の顔を見て微笑んだ。
その表情からは大丈夫、と語りかけて来た気がした。
天音がもう一度、口を開く。
「…………派生・慈狂赫」
白い輝きを放っていた刀身がみるみる黒みがかった赫色に染まっていく。
刀身の色が変わるたびに天音の表情は苦悶に満ちていく。
後方に跳ぶ隼介を確実に捉え、技が始まる。
うっ!視界の奥が赤く点滅する。
さっきから天音の剣技を見るたびに眼の奥に疼きうを感じる。てんめ
天音の左下からの切り上げ、逆手に持ち替えての返しのあと三度大きく突きを出す。
「ゲホォ!グルァ!がぁぁぁぁ!」
激しく立ち上った砂煙が晴れていく中で見える仰向けに倒れる隼介とそれを見下ろす天音。
良かった、天音の持つ光粒子刃の色は通常の黄色に戻っている。
慈狂赫の際に刀身を変色したときは天音がすごく苦しそうだったから。
俺は横たわる隼介と話すために落とした光粒子刃を拾い歩み寄る。
「まだ近づかないで悠理。隼介の意識が失くなってない」
「それなら、なおさらパラライズで落とさないと!」
「おかしい。あれだけの攻撃を受ければ第七能力保持者の大人でも卒倒するはずなのに」
その通りだ。いくら隼介が頑丈だといっても、天音が繰り出した慈狂赫の五連撃は相当効いたはずだ。
それでもまだくたばらない隼介はなんなんだ…………?
隼介は顔だけを横に向け、口の中に溜まった血を吐き出す。
「…………ッツゥ……本当に容赦ないな、天音は昔から。もう少し手を抜いてくれてもバチは当たらないはずだぜ?」
「お願い、隼介。もうこれ以上立ち上がらないで」
そんな天音の言葉とは裏腹に隼介はゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。
「ユウ、天音。おかしいとは思わないか?」
何だ、隼介は何を言っている?
隼介は胸ポケットから、ボトルを取り出し、音を立てて飲み干した。
すると、隼介の身体に数多あった傷がみるみると塞がっていく。
「チッ! これで最後かよ。ポーション飲み切ってもまだ身体からダメージが消えない。天音、随分やってくれたな?」
「あなた…………それ……」
「ああ、これのことか? ポーションだよ、ポーション。ゲーム何かでよくあるだろ? 回復アイテムさ。あれ、あまりピンと来てないようだな天音。お前は昔っからゲームとかあんまりしない方だったか?」
ポーション。あまりにも有名なゲームのアイテムだ。RPGなどで体力を回復させるときに使われる液体。
だが、あくまで空想の産物だ。実在するはずがないと思っていた。
「そんなものを飲んで、ただで済むはずが――」
「もちろんデメリットもあるさ。これはあくまで命の前借りみたいなもんだ。幻聴や幻覚、記憶混濁、数えだしたらキリがない。だけど、こんだけのデメリットを抱えても俺はこれを使わなくちゃいけない」
完全に薬物中毒だ。
名前こそポーションという回復アイテムと同一ではあるが、確実に身体、精神に悪影響を及ぼす。
こんなものを一体どこで手に入れたんだ?
「隼介、もうやめよう。完全にお前は薬物依存だ。俺の手を取ってくれ、まだやり直せる」
俺は目の前に立つ隼介に手を伸ばす。
こんな代物一つでこれまでの隼介との日々を失いたくない。
隼介は俺の手をじっと見つめる。
俺の手を通して、これまでの自分を振り返るように。




