鴉と鶴の邂逅
「早苗、もう休んでいいぞ、目を瞑れ」
「いえ、まだ休むわけにはいきません。隊長にご迷惑をお掛けするわけにはいかないので」
「はぁ…………そうか……」
俺と早苗の二人は今、悠理たちのいた廃デパートから離れたマンションの屋上にいる。
早苗の第七能力を使う上で視界は十分に開けていた方が都合が良いからだ。
悠理たちが戦闘に入った今、俺と早苗の仕事はもうそのほとんどが終わったと言っていい。
ほとんどは終了した。
少なくとも早苗はそう思っているはずだ。
敵ははっきりとこう言った。
『千里眼の巫女』。
これは早苗の第七能力を知っている者なら、迷わず誰のことかは分かる。
敵の行動目的の一つは早苗を捉えることと見て、まず間違いないだろう。
悠理たちが向かった方角の空に両手を組んで祈る年端もいかない少女を見る。
なぜ、あいつらは早苗を狙っている?
『千里眼』を用いて何をするつもりだ?
情報が足りなすぎる。何も検討がつかない。
だけど、やるべきことははっきりしている。
悠理たちが勝つまで早苗を守り切る。
組織にとって有用である以前に、もうこいつは俺のチームの一員だ。
遠くで戦っている悠理たちのためにも守り抜いてみせないとな。
「隊長、お身体は大丈夫でしょうか?消耗しているようにお見受けできるのですが……」
「大丈夫だ、問題ない。言ってくれるな、ルーキー」
正直、全然大丈夫ではない。酷く消耗している。
軽い貧血だし、視界もいつもより暗く狭い。耳からは自分の血流の音さえ聴こえてくる。
何とか早苗との会話では目の焦点を合わしたが、本当は今すぐに膝に手をついて休みたい。
脈拍も急激に上がり、心臓の音がうるさい。
おまけには体内にある全光子量の半分ほどを早苗とのリンクに使ってしまい、第七能力発動時特有の疲労感と眠気も押し寄せる。
悠理も清羅も早苗とリンクして、よく平気でいられたな。
「あの、隊長……やはり、お顔が優れないように思うのですが…………」
心配そうに俺の元に駆け寄ってくる早苗の頬をつまむ。
「誰が、お顔が優れないんだって? 清羅は好きって言ってくれるんだけどな? 悪かったな、お前好みのイケメンじゃなくてよ?」
「ひゅ、ひゅいまへん!」
「ひゅいまへんじゃねぇよ」
つまんでいた手を離してやる。
無論、早苗が言いたかったのは俺の具合のことだ。
だが、ひと仕事を終えた早苗にこれ以上の心配をさせるわけにはいかない。
早苗はさっきまでつままれていた頬をさすっている。
瞬間、背筋に激しい悪寒が走る。
「伏せろっ!」
「へ?」
早苗をかばい、うつ伏せになった俺の背中を電撃を帯びた何かがかすめる。
戦闘の開始を予感した俺は腕の中でパニック状態に陥っている早苗の顎に掌底を加え、意識を失わせ、服の袖を掴んで給水塔の脇に放った。
すまない、早苗。今の俺にはお前をかばいながらは無理だ。
「あらら、随分、雑に扱ってくれるじゃない。私たちの巫女ちゃんを」
俺は呼吸を整えて、膝をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「安心しろ、早苗は知っての通り保持者だ。この程度で傷つきはしないさ」
俺は目の前に立つ、長身の鶴のお面をかぶった女に視線を合わせる。
脚こそ大きく露出しているものの、機能性に優れた白い着物。所々に赤い染めが施されており、職人が腕利きであることを感じさせる。
手にはスパークを帯びた警棒。映像で見たファルコンの警棒と似たようなものか。
「夏祭りに来るには、いささか早すぎるんじゃねぇか?それに手には水ヨーヨーの一つでも持っていてくれたら、ありがたかったんだけどな」
「うーん、あんまり面白くないかなぁ。冗談のセンスはイマイチだけど、反応速度と状況理解力は花丸をあげます!」
目の前の女は指で虚空に花丸を描いて、両手で自分の顔の前に置く。
想定よりも早い。
悠理たちの戦闘が早期決戦になると見込んでいるのか?
それとも俺の消耗をどこかで見ていた?
いや、そのどちらでもいい。
とにかくこの状況はまずい。俺の体力がまるで回復しきっていない。
少しでも時間を稼いで、回復に努めなければ。
「なぁ、お前、スタイル良いな。ここに来るまでその辺の男どもが放っておかないだろ?」
「時間稼ごうとしてるのバレバレ……もっとマシな話題なかったの?いいよ、本当に少しだけ待ってあげるから。へろへろの貴方に勝ってもあなた達のトップは私をちっとも評価してくれないでしょうから」
ありがたく体内の光子を回復に充てる。
脈拍が安定し、血の巡りも穏やかに、心臓の音も落ち着いてきた。
万全とは言えない状況だが、先ほどまでと比べると体調は雲泥の差だ。
「貴方、名前は?」
「…………天方柊」
「そう、天方柊…………良い顔になったわ」
「元々、それなりに整ってるつもりだ」
「タイムアップ。ここからは慈悲はかけない、無情に散っても己の実力不足を呪いなさい。導師の思し召しのままにクレインがここで貴方を討つ」
「来い、クレイン。上に立つ者の覚悟を今ここで見せてやる」
夕陽に照らされたコンクリートの上で、黒と白の直線が交わる。




