会戦と開戦
北北東四キロか。
飛ばして、十三分と言ったところ。
「一段階、ギア上げるよ!私を正面に置いて、少しでも抵抗減らしていいから!」
第七能力を使って、天音の正面に座標を固定し、空気抵抗を限界まで減らして、ギアを上げ、横に並んだ。
「おいおい、俺の第七能力は伝えたはずだが?」
天音は先ほどまでの勇ましい表情から一転、俺の第七能力で発生させた風で、軽くなった身体の負担で、あっけに取られた顔をしている。
空を駆けての高速移動で目まぐるしく、景色が流れゆくなか、俺はその表情を見逃さなかった。
「せっかくの美人が台無しだぜ、天音」
冗談めかして、今日の相棒に笑いかけてみたが、こちらを見つめるのみで反応はない。
あれ?俺、もしかしてスベったのか?
「おい、あま――」
「ううん、ごめん。正直、悠理の第七能力には期待していなかったから、驚いただけ。それに褒めてくれてありがとう」
どんだけ俺の第七能力って周りの評価低いんだよ。
個人的にはすごい気に入ってんだけどな……。
戦闘向きではないけど。
「この調子なら、あと三分で着きそうだね。もうひと踏ん張り!第七能力引き続き、よろしく!」
待て待て待て。これ以上ペースを上げる気か?
移動速度が速くなればなるほど、必然的に空気抵抗も大きくなる。第七能力を使う際に使われる体内光子の総量が周りに比べ少ない俺にとってはこれ以上の使用はこの後の戦闘に支障をきたすかもしれない。
第七能力――。
そう言えば、天音の第七能力って何だ?
「天音、一つ聞きたい」
さっきよりも、ギアを上げ高速移動を続ける天音に声を掛けるが、ニコニコとこちらを見て笑っている。
十中八九聴こえていないのだろう。
俺はさっきよりも声を張る。
「天音!一つ聞きたい!」
口を大きく開けた俺に、ドヤ顔で親指を立ててくる。
何がぐっ!だよ。お前は何も成し遂げてねぇ!
ムカついた俺は天音の正面に展開していた空気抵抗を減らすための風の出力を弱め、強制的に急ブレーキをかける。
急に発生した巨大な風の奔流で天音の腰まで届くような漆黒の髪が、重力を忘れて舞い上がり、俺の視界だけを夜空に変える。
ワンテンポ遅れて、落ちてきた髪を手櫛で整えながら、天音は俺に文句を言う。
「ちょっとー!何すんの!今、超ハゲるかと思ったんですけど!」
確かに盛大におでこは見えていたが、そのことには触れずにいよう。
「わるいわるい、一個天音に聞き忘れていたことがあってさ」
「もう!次はやめてよね。髪は女の命なんだから」
会話をしつつも、移動は続ける。ファルコンの移動速度から、またいつ見失うか分からないからだ。
「それで聞きたいことって?」
「ああ、それは天音の第七能力のことなんだ」
「私の第七能力? 『炎』だよ」
「へ?」
「ん?」
あれ、何かすんなり教えてくれた?
不安になってきた。もう一回聞いておこう。
「天音の第七能力――」
「『炎』だよ。カラフルな炎を沢山出せるんだー!」
めちゃくちゃ教えてくれるじゃん。
どうした国家最重要機密。
今日のテスト、百点だったよみたいなテンションで話してるけど、本当に大丈夫なのか?
「なに、きょどってんの?これから一緒に戦うのに不安になるじゃん」
「え、あ、いや、ごめん。あまりにもすんなりと教えてくれるものだから動揺してさ」
はぁと隣で大きなため息をつかれる。
「当たり前でしょ、これから戦うってときに悠理に手の内隠してどうするの。目標に近づいたら、私からも言うつもりだったからさ、それはごめんなんだけど」
呆れ顔で言われ、返す言葉もない。
ただ、一つ天音の言葉で気になるというか、悲しくなったことがある。
急速に心が温度を失くしていく。
「おまえ、今、目標って……」
「そう、目標。何も間違ったことを言ったつもりはないよ。悠理、あいつはもう目標なんだ。甘さ、優しさはこの空に置いていって欲しい。あなたは絶対に失いたくないから……」
天音の目は完全に本気だ。
ここまで本気の目をした天音は俺は見たことがない。
俺を大切に思ってくれているからこそなのか、憎悪に燃えるからなのか、それとも別の何かが天音をそうさせているのか……。
真相は分からないが、本気さだけは放たれているオーラから十分に伝わってくる。
「一つ、私の第七能力の特性上、言っておかないといけないことがある」
そんなのは言われなくても、理解はしてるつもりだ。
「使わせないよ」
「うん、ありがとう。私も極力使いたくない。さぁ、見えた!第七能力を解除して、戦うよ!」
お互いの正面に固定していた風を止め、忌まわしき鳥仮面に視線を移す。
器用に仮面を付けながらも、缶コーヒーを飲んでいる。
周りに人がいないが、本来ならコンビニの前で鳥の仮面を被り、ライダースジャケットを着てる男は即刻通報されて然るべきだろう。おまけに腰には刀を下げている。不審者のお手本で警察学校の教科書にでも載る気なのか、こいつは。
そこで俺と天音は気づく。
不自然に人がいない。
何らかの方法で事前に人払いをしたと考えて、間違いないだろう。
俺らにとって、人がいないことは僥倖と考えて差支えない。
多くの秘匿技術を用いて普段から戦うため、情報漏洩の心配は限りなく低くなるからだ。
「こちら実働班、笹宮。目標と会敵。戦闘に入ります」
『了解。ぬかるなよ』
インカムから聴こえてくる隊長の言葉を最後まで聴く前に、天音は腰から銃を抜き去り、素早く二回引き金を引く。
ファルコンは撃たれた弾には一瞥もくれず、缶コーヒーを持つ方と逆の手で握られた警棒を二度縦に振り、弾丸を弾いた。
天音が銃をこんなにも器用に扱うことには驚いたが、それ以上に姿勢を崩さずにノールックで弾をいなすファルコンの技量に衝撃を受けた。
俺らが支給されている拳銃の名前は『グロック』と言うらしい。オーストラリアで開発され、民間にも幅広く使用されるそれはセミオートであり、いちいち撃鉄を下ろさなくて良いため、連射ができる。ただ俺らは殺傷を目的としないため、弾には光子を混ぜ、被弾者を痺れさせ動けないようにしている。
天音の撃った二発は虚空へと打ち上げられ、カランカランと音を立てて、コンビニ前の駐車場に落ちた。
それは、これから始まる長い戦いへの開戦の合図のようにも聴こえた。




