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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
23/32

勝率と可能性

『聞こえるか? ユウ、天音』

「はい、良好です」

 俺はまた昨日の廃デパートの屋上に立っていた。

 相変わらず小さな遊園地はさび付き、埃をかぶり、全盛期の見る影もない。

 昨日と風景は変わらない。

 ただ一点、違うことと言えば、隣に立つパートナーが女子小学生ではなく、俺の同級生であり、幼馴染みの少女ということだ。

 俺は戦闘用の黒い機能性に優れたパーカーとベージュ色の半ズボン。上半身も下半身も衝撃を吸収する特殊なジェルはが入っているスパッツを身に付けている。

 隣に立ち、黒髪をなびかせて、街を俯瞰する少女は俺とは違い、半ズボンの代わりにミニスカート、黒いパーカーの代わりにグレーのワイシャツを着ている。

 衝撃を吸収するスパッツを全身に着ていることは同じだ。

 そしてさらにその下、素肌の上には痛覚遮断テープが俺と同じ位置に巻かれているはずだ。

 これ以上ないほどの完全装備でこれから戦いに臨む。

 髪を耳にかけ、こちらを下から覗き込んでくる。

「なーにー?クールな天音ちゃんに見とれちゃったー?」

「…………っ!別に…………」

 顔をそらして、思考を切り替えようとする。

 このこの思春期め、と肘で突っついてくる天音を俺はうるさいと払いのける。

 これから始まる戦いの緊張感を少しでも和らげようとしてくれているのか?

 いや、多分これは違うな。

 耳のインカムにチャンネルが合ったザッという短い音が鳴る。

『間もなく作戦開始だ』

 早苗の防衛に当たる隊長の声は重い。

 何せ絶対の信頼を置いている清羅さんも組織から疑いを掛けられて、この作戦には参加していないからだ。

「悠理、取り戻そう。私たちの今を」

 数歩先の天音が風に髪を揺らし、こちらに振り向く。

「ああ、俺と天音なら負ける気がしない」

 お互いに見つめ、決意を固める。

 相手が誰であろうと俺たちの日常は壊させやしない。

『これより、オペレーションarrest a falconを開始します。総員、指定位置に付いて、任務を遂行してください』

 藍吏さんの声がインカムから聴こえた。

 俺と天音は隊長からの次の指示を待つ。

 だが、数秒後にまたインカムに声が届く。

『……………ユウ、天音。捉えた、北北東四キロ、コンビニ前。以前とは違い刀を携帯してる。警戒してくれ。俺は早苗とのリンクで具合が良くない。あとは任せた。くれぐれも死なないでくれよ』

 珍しく隊長の息が荒い。慣れない早苗とのリンクに大きく消耗したのだろう。

「了解しました。今すぐ反重力で向かいます。早苗は任せました」

 言い終えると同時にインカムの通信が切れた。

 消耗してると言っても、隊長だ。

 生半可な敵に後れを取ることはまずないだろう。

「行こうか、悠理。逃げられたらまずい。飛ばしていくよ。付いてきて!」

 腰に付けた反重力発生装置を起動させる。

 無音で身体を物理法則から解き放ち、宙に浮かせる。

「ぬかせ!天音こそ俺の速さに舌を巻くなよ!」

 廃デパートの屋上から、二羽のカラスが飛び立つ。




「概算で構わない。のぞみ、藍吏(あいり)、きみたちは今回の勝率をどう見ている?」

 一面白色の情報管理室のスクリーンで、悠理と天音の胸に取り付けられているカメラからの映像をほぼリアルタイムで見ながら、紅隴は二人の女性に尋ねる。

 照明からは溢れんばかりの光が降り注いでいるが、一様に場の空気は重い。

 茶髪を一つ結びにして横に流した小柄な女性はテーブルに肘をつく。

「いいのか? 本当に言っても」

「うん。のぞみと藍吏、二人の忌憚ない意見を聞いておきたい」

 のぞみは白衣をはためかせ、スクリーンを見つめて、立ち上がる。

 真実を射抜く眼光で目まぐるしく景色が後ろに流れる映像を捉える。

「…………十パーセント……だな。どれだけ、大きく見積もっても」

「私ものぞみと同じです」

 藍色の髪をした女性も賛同し、のぞみの両肩に手を置く。

 スクリーンの光によって照らされた二人の肌は、普段からあまり外に出ないためか、この部屋に負けないくらい白い。

「……そうか…………」

 紅隴(くろう)も椅子に座ったまま目を伏せる。

「だが、勝機は確かにあるぞ」

「ええ、間違いなく彼らには勝つ見込みはあります」

 紅隴はスクリーンを見つめたまま、小さく呟く彼女らに目線を移す。

「聞かせてくれないかな?」

 一縷の希望でさえ縋りたい紅隴はその深紅の双眸を二人に向ける。

「そう見つめてくれるなよ、ジジイ。はじめから教えてやるつもりだ」

「のーぞーみー?」

 小柄な少女はさらに身体を小さくしたように見えた。

 藍吏にたしなめられたのぞみは頭をぶんぶんと横に振り、身体を元のサイズに戻す。

「いいか、笹宮少年はまだ力を隠してる。奴の実力はまだまだあんなものじゃない。それに奴に第七能力を発現させたのは誰だ? それに担当医としても、普段から奴を見ていれば分かる」

 紅隴と藍吏の二人は、目の前の小さな天才を見つめる。

 桜井のぞみ――七人の天才、第七能力研究の第一人者の一人。

 医師免許こそ持っていないものの医療知識、技術にも優れ、その才能は留まるところを知らない。

 それに弱冠十八歳ながら、桜井シリーズという彼女以外では再現ができないオーバーテクノロジーを何度も実用化させてきた。

 光粒子刃(フォトンエッジ)、反重力発生装置、痛覚遮断テープ、それらは全部のぞみが開発、実用化させてきたものだ。

 ましてや、反重力(アンチグラビティ)と呼ばれる物理法則を根本から否定した代物を生み出すその技術は神の域と言っていい。

「そうだね、悠理にはまだまだ頑張ってもらわないと」

「代表、一つお聞きしてもよろしいですか?」

 藍吏が紅隴に身体を向ける。

「どうしたんだい? 言ってごらん」

 藍吏は浅く頭を下げて、敬意を示す。

「天音ちゃんのことです。悠理くんと過去に同じ師に剣を習い、先日の剣道大会でも十分過ぎるほどの結果を残しています…………ですが、第七能力については、その一切を私たちは聞かされていません。彼女の持つ力は何なんですか?」

 のぞみも藍吏と同じ向きに直り、腕を組む。

「私もその点は聞かねばならないと考えていた所だ。紅隴、もういいいだろう。彼女の、紺野天音について何を隠してる?」

 紅隴は背もたれに寄りかかり天井を仰ぐ。

 横目で反重力を用いて高速移動をしているであろう悠理と天音からの映像を見る。

 目を閉じ、心を落ち着かせる。

「おい、紅隴――」

「のぞみ、藍吏。話す機会を作れなかったのは悪かったよ。ごめんね。ただ、彼女の第七能力は分からないんだ」

「は?」

 怒気を含んだ声で結論を焦るのぞみと静かに言葉の続きを待つ藍吏。

 それを紅隴は視線だけで静かになだめる。

「これはこれは第七能力研究の第一人者の目の前で失敬。私は分からないけど、のぞみは分かる可能性が十分あるね」

「その通りだ。この期に及んで情報の共有を怠るのは理解に苦しむ」

「無礼を承知で申し上げますと、私もいささかその点に関しては懐疑的です」

 小柄と長身の二人に迫られ、続ける言葉を模索する。

「……見た方が早い。もう間もなく会戦する」

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